【完結】嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める

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6話 終わったこと

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 さて、面倒くさいことになったな。

 錬金窯をかき混ぜながら、今日二年ぶりに顔を見た『婚約者だった人』のことを思い出していた。
 いや、僕はあの人の顔を今日知ったばかりだけど。
 瞳の色が薬草畑みたいな綺麗な緑色だって初めて知ったよ。
 向こうは僕に気づかなかったけれど、側近の彼が、どうやら気づいたらしい。

 ……あの顔。忘れようにも忘れられない。
 心底うっとうしげに僕を睨みつけた紫紺の目が、焦りで凍りついていた。
 まさか自分の主人が放置した婚約者が、今や領地を支える錬金術師になっているなんて、思いもしなかったんだろう。

 ざまぁ見ろ、ってやつだ。
 あの顔が見られただけで、二年分の鬱憤が少し晴れた気がする。

 ……まぁ、でも、これで僕がここにいることもバレただろうな。
 追い出したくせに今さら何であんな顔をするんだか。
 『好きにしていい』って言ったのは、あっちの方だ。僕は何も悪くない。

 せっかくクロイツ領から腕の良い錬金術師たちが追いかけてきてくれて、ようやく組織も立ち上がったところだ。
 これから面白くなるのに、もしも婚約者がどうのなんて言い出して、煩わしい思いをしたくない。
 僕を必要としなかった人の傍に戻るなんて絶対に、御免だ。
 錬金術師としてならこの領地に貢献してもいいけど、「婚約者として」は絶対嫌だ。
 ……いや、そんなものはとっくに解消されているかもしれないな?

 だって、いらないってあの時はっきり言ってたし。
 うん、そうだ。そうに違いない。


「……ふぅ」

 考え事をしていたら、いつの間にか傷薬が鍋いっぱいに出来上がっていた。
「トムさーん、瓶詰め手伝ってぇ」
 調合室から声を張り上げる。

 本当は錬金協会の調合室で作業する予定だったけれどあの人に会った場所にいたくなかった。

 トムさんが店の方からやってきて調合室を覗き、鍋一杯の液体を見て苦笑いをした。

「また大量に作ったなあ」
「へへ……考え事してたら、つい」
「当分、売り物に困らんぞ」

 大きな手が頭をくしゃりと撫でてくる。
 その優しさに、胸の中のざらついた気持ちが少しずつ溶けていった。

 トムさんは、僕が何をしても褒めてくれる。
 そんなに褒められたら悪い事するかもしれないぞとおどけて言えば、ボウズはそんなことをせんだろうとにやりと笑った。
 僕を無条件に信用してくれているのが嬉しくて思わず抱き着いた。

「トムさん、好き」
「おうおう、なんだ甘えてきやがって」

 トムさんが肩をすくめて笑うと、温かな空気が広がる。
 僕たちは、気づけば祖父と孫みたいな関係になっていた。

 予定よりはやく帰宅した僕の顔を見たトムさんは、何も言わず調合室を開けてくれた。
 落ち込んでいたのを見抜いて、トムさんは好きに薬作りをさせてくれた。
 服に顔を摺り寄せると、染み込んだ薬草の懐かしい匂いがして落ち着く。
 ざらざらした大きな手が頭を優しく撫でる感触が温かくて気持ちがいい。

「僕、ずっとここにいたい」
 ここでは、何も気にしなくていい。
 トムさんはただ僕を僕として見てくれる。
 大好きな錬金術師でいられる。
 その安心感に、つい甘えてしまうのだ。
「おう、いいぞ。ワシが死んだら店はお前にやろう」
「本当!? あ、でも長生きしてもらうからね!」


 顔を合わせて笑い合う。
 くしゃくしゃの顔が笑うとさらにしわだらけになるその笑顔が僕は大好きだ。

「ここに来て、トムさんに出会えたのが、一番の幸せだよ」
「おう、ワシもだ」

 そう言い合いながら、二人で瓶詰め作業を始めた。
 鍋の中では薄い緑の液体がとろりと流れ、光の粒を散らしている。
 瓶に注ぐとキラキラと輝き、まるで生きているみたいだった。

「ああ、今日のもいい出来だ。さすがボウズだな」
 褒められると、思わず笑みが零れる。
 両親に褒められた時のような、温かい感覚が胸に広がった。

「僕の特技だからね!」

 この世界でも、ゲームで覚えた知識は不思議と役に立つ。
 素材の見極め方、混ぜるタイミング、温度の管理。
 けれど最適を知るまでは全て試行錯誤の積み重ねだ。
 たまに失敗もするけれど、それすらも楽しくてこの世界に生きていることを感謝する。

「しかし、素材から品質を上げようなんて発想、ボウズくらいだぞ」
 キラキラ光る瓶を眺めながらトムさんは感心したようにつぶやく。
「だって素材の質が高ければ出来上がるものだってよくなるじゃん?」
 錬金術にはレシピがある。
 そのレシピ通りに作れば一定の品質のものは錬金術師なら誰でも作れる。
 けれど、やっぱりそれより高みを目指したくなるものでしょ?

 そう言えば、「変わったやつめ」と笑って、また頭を撫でられた。

 機嫌がよくなり、鼻歌を歌い出した僕に、トムさんはさらりと問いかけてくる。

「で、気は晴れたか?」
「……ん。ねえ、トムさん、聞いてくれる?」
「いいぞ」

 瓶の擦れる音を聞きながら、僕はぽつりと話し始めた。

 二年前、婚約者がいたこと。
 初めて会った時、相手があからさまに迷惑そうだったこと。
 婚約者本人とは一度も目を合わすことなかったこと。
 だったら望むまま好きに生きてやろうと屋敷を出たこと。

 そして今日、偶然再会したけれど相手は覚えてすらいなかったこと。

「もう終わった話だし、何ともないとは思ってるんだけど……」
 薬を入れ終わった瓶を机に置くと、カタンと小さな音を立てた。

「なんか、さ。ちょっとだけ、悔しかったんだ」
 胸がちくりと痛み、瓶を置く手が止まった。

 言葉にして初めて気づいた。
 そうだ、僕は悔しかったんだ。

 錬金術師としての僕は、あの人に評価された。
 僕の作った薬を褒めてくれて、敬意のこもった目で見てくれて。
 あの笑顔を見た時。
 二年前の自分が、ほんの少し、救われた気がした。

 でもせめて、あの時の僕にもあの笑顔の一欠片でも向けてほしかった。

「ボウズを手放したなんて、そいつはもったいないことをしたな」
 トムさんが僕を抱き寄せ、背中を撫でてくれた。
「ワシがあと二十歳若ければ嫁に貰ってやったのに」
「やだなー、三十歳は若くならないと」
「こいつめ!」

 くしゃくしゃと頭を撫でられて、悲しみも悔しさも笑いに変わる。

「……まぁ、もう会うこともないし、忘れちゃおう」
「そうだそうだ。嫌なことはうまいもんで流せ。今日は外でご馳走だ!」
「え、本当!?」
「嫌な時は腹いっぱい食べて寝る、それが一番!」
「じゃあ、ハンスさんところの肉が食べたい!」
「よし、終わったら行くか!」
「やったー!」

 その夜は、お腹いっぱいおいしい肉を食べて、ずっと欲しかった新しい錬金道具も手に入れた。
 笑って、笑って、幸せで心から満たされた。

 心が落ち着いたら、もう直接関わることはないんだから気にする必要はないんだって気付いた。
 だからベッドに沈みながら、「もう吹っ切れたかも」なんて思っていた。




 そして翌朝。

 店のドアを開けた瞬間、息が止まる。
 体が硬直し、足が動かない。

 僕はその元凶を壊れたブリキ人形みたいな動作で見上げた。

 なぜ辺境伯様が、こんなところにいらっしゃるんでしょうかね。

 ……朝からテンションを下げないでください、本当に。

 嫌な予感しかしないんですけど!
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