【完結】嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める

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23話 本当に、俺は後悔ばかりだ(オリバー視点)

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 騎士や住民まで巻き込んで捜索は進んだが、アッシュの行方は掴めない。
 通りという通りに騎士と住民が走り、子どもまで家の周りの木箱を開けて中を覗いている。けれど、誰もアッシュを見ていない。
 焦りで胸が焼けるのに、足元だけがどこまでも空回りしていくような感覚だった。


 アッシュは有能な錬金術師であり、身体強化を使い素手の戦闘もこなす。魔の森でともに戦ったから、それがどれほどの実力かは知っている。
 だから、不意打ち以外にやられる道理はない。きっと、周到に準備された誘拐だった。

 協力してくれている錬金術師たちの報告も聞きたくて、錬金協会を本部に進展を待つ。
 何かしていないと、今すぐ馬へ飛び乗り駆け出してしまいそうだった。
 この何もできない時間が、ひどくもどかしい。
 成果のない報告を聞くたびに、胃の奥に重石がひとつずつ積み重なっていく。
 焦れるような時間が続き、アッシュがいなくなってから二日目の朝。

「辺境伯様!!」
「どうした?」
「これ、この布についてた薬。クロイツでしか生成されてない特殊な物だよ!」
「アッシュは領主代理にさらわれたんだ!」

 アッシュが浚われたであろう場所にあったものを調べていたクインは、身分の差など忘れたように俺に詰め寄り、報告を続ける。
 布に染みていたのは、神経麻痺を促す特殊な薬品。
 他では生成不可能だ。レシピを知るのはアッシュただ一人。今これを使う権限があるのはクロイツ領の中で領主代理だけ。
 

 クインの報告に、拳が自然と握られる。
 あちらに残っている錬金術師たちもいるが、領主代理の命令には逆らえない。
 領地内で活動させてもらえるのは、貴族の庇護があってこそ。彼らもそれを痛いほど知っている。
 危険な薬だとわかっていても、渡せと言われれば拒むことなどできるはずがない。

 背筋を冷たいものが這い上がっていくのを、どうしても止められない。

「オリバー様! 街から出て行く不審な馬車を見た者がいます。荷台の側面に紋章が一瞬だけ見えたと……」

 ドアを開けて飛び込んできたナイアが、新たな情報を持って来た。
 心臓が静かに、けれど大きく鳴った。

「それがこれです」

 ナイアが聞き取りして描いた紋章は、クロイツ領のものだ。
「見えた紋章に間違いはありません。馬車職人も、あの刻印と特徴的なキャビンはクロイツ領主家のものだと証言を得られました」
 クロイツ家の馬車だけに備え付けられた、薬品を運ぶための大型の収納箱。特徴的なそれは見間違えるようなものではない。
 
 嫌な予感が、確信に変わる。
 喉の奥まで込み上げてきた怒りと恐怖を、必死に押し込めた。

 これで、アッシュの行く先が、追える。

 今アッシュをさらって一番得をするのは誰か。
 クロイツ男爵領主代理、アッシュの伯父。その可能性しか残っていなかった。


 最近耳にしたクロイツの噂が、次々と脳裏をかすめた。

 粗悪な薬を高値で売りつけて揉めていること。
 税は重くなる一方で、領民が逃げ出していること。
 かつてアッシュの父が築いた信用も、今ではほとんど残っていないと聞いた。

 そんな状況で、あいつがアッシュという「本物の錬金術師」を喉から手が出るほど欲しがったのは、想像に難くない。

 薬さえ良ければ民は戻る、評判も取り戻せる。
 そんな浅はかな理屈なら、あいつが飛びつくのも目に浮かぶ。
 アッシュを道具扱いする姿がありありと目に浮かんで、奥歯がきしむ。

 グラフィカとクロイツの契約は婚約と同時に解消された。

 婚約解消とともに、グラフィカから金を引き出す道は潰えた。
 しかもアッシュがクロイツに戻れば、自分の椅子も危うくなる。
 あいつにとってアッシュは、邪魔で仕方がない存在になった。
 だからといって、アッシュは殺してしまうにはあまりに惜しい。
 アッシュほどの錬金術師はそういない。
 特に薬の性能が格段に落ちて評判を落としているクロイツには、是が非でも手に入れたい人材だろう。
 わざわざクロイツ家の馬車を使ったのは、婚約を解消された可哀そうな甥を迎えにきたという体裁を装ったんだ。

 頭の中で何かが引っかかった。

「……!」
 そうだ、あの手紙。
 懐にしまっていた領主代理からの手紙を取り出す。
 アッシュを邪魔者と見なし、婚約を押し付けてきたあの男が『戻って来い』など、不自然にもほどがある。

 誘拐を正当化するための偽りの招待状だった。

 アッシュが大人しく従うはずもないことも、すべて織り込み済みの計画的犯行。

 運悪く遅延したせいでアッシュが手紙を無視したと思った奴は計画を実行に移したんだ。
 もし、規定通りの日数で届いていればもっと早くアッシュに知らせて、保護することもできたのに。

 手に力がこもり、封筒がくしゃりと音を立てた。

 運命の神がいるのなら、胸ぐらを掴んで締めあげたい。


 ……あの時、婚約を解消しなければ。いくら懇願されても、首を縦に振るんじゃなかった。
 何度目か分からない悔しさが胸を抉る。
 だが頷かなければアッシュは俺を見限った。その事実が、心を締めつける。

 守りたいと同時に繋がりを切りたくなくて、未練がましい提案をした。
「婚約は解消したが、俺は君を守りたいんだ」
 そう言って護衛をつけようとした。だって、アッシュはまだ俺の愛する人で、グラフィカの恩人だから。
 そんなことを言い出した俺に、アッシュは困ったように微笑んだ。
「一人で立ちたいんです。オリバー様の手を借りたら、きっとまた甘えてしまうから。それに僕は強いので大丈夫です!」
 その返事に息を飲み、絞り出すように口を開く。
「……分かった。だが、約束してくれ。危険な時は、必ず俺を頼ると。これは元婚約者ではない。このグラフィカ辺境伯領主の願いだと思ってくれ」
 アッシュが小さく頷いて笑った顔が、胸の奥で音を立ててひび割れた。



 

 どれほど悔いても時は戻らない。

 今はアッシュを助けることだけを考えるんだ。
 俺は意識を切り替える。

 あの意思が強い人が脅されたとしても、金儲けのために薬を作るとは思えない。
 もしも薬を作らせようとするのなら、洗脳するくらいしか……。

 その考えに思い至りぞくりと背筋に悪寒が走った。
 あの真っ直ぐな目から光が消えるなんて、想像するだけで吐き気がした。

 胸の奥が煮え立つのに、頭だけが冷たい。
 グラフィカを救ってくれた恩人を、今度こそ俺が助けるんだ。

「我が領地の恩人である錬金術師アッシュが、クロイツ領主代理にさらわれた可能性がある! 今すぐクロイツへ向けて軍を出す!!」
 他領への越境侵入。貴族同士の摩擦は避けられない。
 それでも構うものか。アッシュを失う方が、よほど恐ろしい。

 声がわずかに震えているのを、自分で自覚していた。その揺らぎは怒りか恐怖か、自分でも分からない。
 準備をしろと言えば、ナイアが礼をして走って行く。

 いつかアッシュが領地を助けたいと言った時に手助けができるよう、調べを進めている最中だったのに。
 まさかこんな手段に出てくるほど愚かだとは思わなかった。
 自分自身の見通しの甘さに反吐が出る。


「俺たちも!」
「俺も行きます!」
 魔の森遠征でも行動を共にした若い錬金術師、クインとスレイが声を上げた。

「馬での移動になるぞ、ついてこられるか?」
「もちろんです! それに領主邸の中は俺たちが詳しいです」
「俺も問題ありません! 小さい頃から入り浸ってたので、地下から屋根裏まで全部知っています!」

「同行を許す」

 俺の言葉に、クインとスレイは頭を下げ走り出した。
 心の底で『今度こそ守れ』という声がやまなかった。

 その日の午後、騎士三十名と錬金術師二名を伴った一個小隊がクロイツへ旅立った。
 あの魔の森を共に抜けた仲間たちだ。だが今、その中にアッシュはいない。

 馬を駆りながら、逸る気持ちを必死に抑えた。
 たとえこの身がどうなろうとも、もう一度あの笑顔を見るまでは、絶対に止まれない。

 ――きっと見つけ出す。二度と離さない。

 だから、アッシュ。
 どうか無事でいてくれ。

 祈りながら馬を走らせた。
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