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25話 全てこの手に(オリバー視点)
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グラフィカを出てから四日目の夕刻。ようやくクロイツへ到着した。
昼夜の別なく駆け続けた。
本来なら一週間はかかる距離を、無理やりほぼ半分の時間で駆け抜けた。
風に晒され続けた顔は乾き切り、喉から血の味がする。
馬の吐息が白く泡立ち、乗り慣れていない錬金術師たちの指は手綱を握りすぎて裂けていた。
それでも誰も止まらない。止まれるわけがなかった。
アッシュが浚われてから七日も経っている。
そしてようやくクロイツ領主邸のある街へ入った。
「酷い……」
「こんなの、クロイツじゃない」
クインとスレイが呆然としながら辺りを見回す。
昼なのに街は薄暗く、壊れた窓の奥にも灯りがない。
風が運ぶのは、薬草ではなく腐敗の匂いだった。
かつてアッシュが「いいところです。一度来てください」と笑って自慢してくれた領地の面影は、どこにもなかった。
今すぐ領主邸に向かってアッシュを探したい。一刻も早く助け出したい。
アッシュが育ち愛した場所を、荒れ果てた街にした男の喉元に剣を突き立てたい。
殺意が喉を突き上げる。
だが今は刃を振るう時じゃない。
冷徹に叩き潰す。アッシュに二度と影を落とさぬように。
アッシュが二度と不当に扱われないよう、逃げ道ごと焼き潰さなければならない。
これはただの制圧ではない。アッシュの未来に対する『償い』でもある。
「まずはアッシュがどこへ運ばれたか確認をする。情報を集めてこい」
声が思った以上に低く、掠れていた。喉の奥に込み上げる焦りを、必死で押し殺す。
俺の言葉に騎士たちが速やかに散って行く。
「グラフィカ辺境伯。お待ちしておりました」
俺たちの到着に合わせて馬に乗った騎士が近寄って来た。
「こちらがグレイ伯爵からの書簡でございます」
「間に合ったか」
封を切り、中を見る。
令状に王印が押されていた。
国が認めた正式な許可証。
これで堂々と踏み込める。
わずかに震えていた指先にようやく血が通ってくるのを感じる。
不当な武力と見なされぬよう、俺は出発の前に、王の監察官グレイ伯爵へ『監査名目の踏み込み許可』を取っていた。
まさか到着に間に合うとは。伯爵が本気で動いてくれたのだ。
「後ほど伯爵が自らいらっしゃるとのことです」
「助かる」
その一言に、詰めていた息が少しだけ抜けた。だが、胸のざわめきは止まらない。
まだ見つけていない。まだ抱きしめていない。
アッシュの顔を見るまでは、何ひとつ終わっていない。
やがて、ばらばらと騎士たちが戻ってきて報告を上げていく。
二日前、領主邸に妙に急いだ馬車が入って行くのを見た者がいたと。
そしてクロイツの錬金協会へ行っていたクインとスレイも戻って来た。
「やっぱり、領主代理が錬金協会の薬を強制徴収してるって」
「全部なくなっていました」
アッシュが人を幸せにするために作ってきた薬を、私欲のために使っている。
彼の意思を踏みにじる最低の行為。
喉の奥が、嫌な音を立てた気がした。
「……突入準備をする」
本来なら徹底的に証拠を固めてから臨みたかった。
だが、アッシュの命がかかっている以上、悠長には構えていられない。
今度こそ助けなくては。
あの日、真正面から向き合えなかった自分を、もう二度と繰り返さないために。
「いくぞ!」
騎士たちを伴って領主邸へ乗り込んだ。
アッシュが自慢していた門を抜けて広がる美しい薬草園。
グラフィカには劣るけれど自慢なんだと言っていたそれはもう見る影もない。
薬草の影もなくあるのは悪趣味な彫像が、意味の分からない並び方をしている。
アッシュが大切にしていたものを、全て踏みにじっていく領主代理への怒りが増す。
ここからアッシュを連れ出す。二度とこの屋敷に影を落とさせない。
書状を突き付けながら玄関の前まで行くと、中からゴロツキのような男たちと、ひときわ太った男が現れた。
この肥え太った男が、クロイツ男爵の代理を名乗る、アッシュの伯父だ。
グラフィカとクロイツを搾取し、アッシュを追いやった元凶。
顔を見るだけで、腹の底に溜め込んでいた怒りが一気に燃え上がる。
今すぐ剣を抜いて喉を裂きたい衝動を、歯を食いしばって押さえ込む。
「これは、何のご用でしょうか?」
ふてぶてしく笑って俺を見る。
「先日、グラフィカの恩人であるアッシュ・クロイツ男爵令息が何者かによって浚われた」
アッシュ、と名を口にしただけで領主代理は挙動不審になった。
「それでなぜここへ?」
口元は笑っているのに、視線がさまよい、こめかみには冷汗が浮かんでいる。
アッシュの名前を出しただけでこの有様。図星もいいところだ。
「我が領地でクロイツ領の馬車が目撃され、ここへ入ったという情報を得た」
「ああ、それならあなたと婚約解消をしたと聞いたので迎えにやったのですよ」
嘲るような笑みに、脂ぎった頬が歪む。
笑うたびに、指に絡んだ金の指輪がぎらついた。
「アッシュの無事を確認したい」
会わせてくれと言外に匂わせると、だらだらと冷汗を大量に流し始める。
「その、甥は、傷心で……」
しどろもどろに言い訳を始める中、あからさまに武装したゴロツキが集まり始める。
緊張感が増していく。
「あのアッシュが、錬成途中の薬を置いていなくなるわけがない。アッシュは浚われたんだ」
確信をもってはっきりそう言うと、領主代理は愛想笑いをやめた。
「殺せ!」
肥えた喉が怒鳴る。
それを聞き、俺はゆっくりと低く言葉を吐いた。
「……全員、生かして捕らえろ。罪は、法で償わせる。」
剣を抜く音が、怒声よりも鋭く響いた。
騎士たちとゴロツキが一斉に動き出す。
昼夜の別なく駆け続けた。
本来なら一週間はかかる距離を、無理やりほぼ半分の時間で駆け抜けた。
風に晒され続けた顔は乾き切り、喉から血の味がする。
馬の吐息が白く泡立ち、乗り慣れていない錬金術師たちの指は手綱を握りすぎて裂けていた。
それでも誰も止まらない。止まれるわけがなかった。
アッシュが浚われてから七日も経っている。
そしてようやくクロイツ領主邸のある街へ入った。
「酷い……」
「こんなの、クロイツじゃない」
クインとスレイが呆然としながら辺りを見回す。
昼なのに街は薄暗く、壊れた窓の奥にも灯りがない。
風が運ぶのは、薬草ではなく腐敗の匂いだった。
かつてアッシュが「いいところです。一度来てください」と笑って自慢してくれた領地の面影は、どこにもなかった。
今すぐ領主邸に向かってアッシュを探したい。一刻も早く助け出したい。
アッシュが育ち愛した場所を、荒れ果てた街にした男の喉元に剣を突き立てたい。
殺意が喉を突き上げる。
だが今は刃を振るう時じゃない。
冷徹に叩き潰す。アッシュに二度と影を落とさぬように。
アッシュが二度と不当に扱われないよう、逃げ道ごと焼き潰さなければならない。
これはただの制圧ではない。アッシュの未来に対する『償い』でもある。
「まずはアッシュがどこへ運ばれたか確認をする。情報を集めてこい」
声が思った以上に低く、掠れていた。喉の奥に込み上げる焦りを、必死で押し殺す。
俺の言葉に騎士たちが速やかに散って行く。
「グラフィカ辺境伯。お待ちしておりました」
俺たちの到着に合わせて馬に乗った騎士が近寄って来た。
「こちらがグレイ伯爵からの書簡でございます」
「間に合ったか」
封を切り、中を見る。
令状に王印が押されていた。
国が認めた正式な許可証。
これで堂々と踏み込める。
わずかに震えていた指先にようやく血が通ってくるのを感じる。
不当な武力と見なされぬよう、俺は出発の前に、王の監察官グレイ伯爵へ『監査名目の踏み込み許可』を取っていた。
まさか到着に間に合うとは。伯爵が本気で動いてくれたのだ。
「後ほど伯爵が自らいらっしゃるとのことです」
「助かる」
その一言に、詰めていた息が少しだけ抜けた。だが、胸のざわめきは止まらない。
まだ見つけていない。まだ抱きしめていない。
アッシュの顔を見るまでは、何ひとつ終わっていない。
やがて、ばらばらと騎士たちが戻ってきて報告を上げていく。
二日前、領主邸に妙に急いだ馬車が入って行くのを見た者がいたと。
そしてクロイツの錬金協会へ行っていたクインとスレイも戻って来た。
「やっぱり、領主代理が錬金協会の薬を強制徴収してるって」
「全部なくなっていました」
アッシュが人を幸せにするために作ってきた薬を、私欲のために使っている。
彼の意思を踏みにじる最低の行為。
喉の奥が、嫌な音を立てた気がした。
「……突入準備をする」
本来なら徹底的に証拠を固めてから臨みたかった。
だが、アッシュの命がかかっている以上、悠長には構えていられない。
今度こそ助けなくては。
あの日、真正面から向き合えなかった自分を、もう二度と繰り返さないために。
「いくぞ!」
騎士たちを伴って領主邸へ乗り込んだ。
アッシュが自慢していた門を抜けて広がる美しい薬草園。
グラフィカには劣るけれど自慢なんだと言っていたそれはもう見る影もない。
薬草の影もなくあるのは悪趣味な彫像が、意味の分からない並び方をしている。
アッシュが大切にしていたものを、全て踏みにじっていく領主代理への怒りが増す。
ここからアッシュを連れ出す。二度とこの屋敷に影を落とさせない。
書状を突き付けながら玄関の前まで行くと、中からゴロツキのような男たちと、ひときわ太った男が現れた。
この肥え太った男が、クロイツ男爵の代理を名乗る、アッシュの伯父だ。
グラフィカとクロイツを搾取し、アッシュを追いやった元凶。
顔を見るだけで、腹の底に溜め込んでいた怒りが一気に燃え上がる。
今すぐ剣を抜いて喉を裂きたい衝動を、歯を食いしばって押さえ込む。
「これは、何のご用でしょうか?」
ふてぶてしく笑って俺を見る。
「先日、グラフィカの恩人であるアッシュ・クロイツ男爵令息が何者かによって浚われた」
アッシュ、と名を口にしただけで領主代理は挙動不審になった。
「それでなぜここへ?」
口元は笑っているのに、視線がさまよい、こめかみには冷汗が浮かんでいる。
アッシュの名前を出しただけでこの有様。図星もいいところだ。
「我が領地でクロイツ領の馬車が目撃され、ここへ入ったという情報を得た」
「ああ、それならあなたと婚約解消をしたと聞いたので迎えにやったのですよ」
嘲るような笑みに、脂ぎった頬が歪む。
笑うたびに、指に絡んだ金の指輪がぎらついた。
「アッシュの無事を確認したい」
会わせてくれと言外に匂わせると、だらだらと冷汗を大量に流し始める。
「その、甥は、傷心で……」
しどろもどろに言い訳を始める中、あからさまに武装したゴロツキが集まり始める。
緊張感が増していく。
「あのアッシュが、錬成途中の薬を置いていなくなるわけがない。アッシュは浚われたんだ」
確信をもってはっきりそう言うと、領主代理は愛想笑いをやめた。
「殺せ!」
肥えた喉が怒鳴る。
それを聞き、俺はゆっくりと低く言葉を吐いた。
「……全員、生かして捕らえろ。罪は、法で償わせる。」
剣を抜く音が、怒声よりも鋭く響いた。
騎士たちとゴロツキが一斉に動き出す。
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