【完結】嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める

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26話 やっと取り返した(オリバー視点)

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 すでに騎士とゴロツキの戦闘は始まっている。
 剣戟の音と怒号が屋敷中に響き、血の匂いが漂ってきた。
 アッシュはどこだ。この屋敷のどこかにいるはずだ。

「クイン、スレイ、アッシュが監禁されていそうな場所に心当たりは!?」
「薬を作らせたいなら絶対調合小屋です」
「こっちです」

「あ、そっちは……、おい! おまえら、やれ! やってしまえ!」

 焦ったような領主代理の声に、ゴロツキたちが俺たちの行く手を阻む。

「ナイア、後は任せた!」
「はっ!」

 喉元を狙った一撃をかわしつつ、腹に剣の柄を叩き込む。
 殺さないよう柄で制したが、アッシュの痛みを思うと殺意が剣筋を震わせた。
「アッシュ! アッシュ、いたら返事をしてくれ……!」
 喉が裂けそうなほど声を張り上げた。
 どうか、どうか返事をしてくれと祈りながら。

「辺境伯様! あそこです」
 クインが指差す先には屋敷の奥の庭。そのさらに端に、小さな小屋が建っていた。

 両脇を走るクインが薬瓶を投げ、スレイが生きているように動く縄を放つ。
 薬で眠らせ、道具で縛り、身体強化で露払いをしてくれる。

 立ち塞がる男を魔法で弾き飛ばす。

 小屋に向かって全力で駆けていく。
 風に乗ってわずかに届く愛しい人の声。

「やめ……ろっ」

 小さな、幻聴と間違えてしまうようなかすかなものだったけれど、俺は聞き逃さない。

 アッシュだ。

 俺がこの声を間違えるわけがない。

「そこかぁぁぁ!!」
 立ち塞がる男の懐に飛び込み、壁に叩きつける。
 勢いのままドアへ蹴りを叩き込んだ。蝶番ごと吹き飛んだ扉の向こうへ駆け込む。

 アッシュ、無事でいてくれ。
 そう願って覗いた先にいたのは――。


 服を半分脱がされ、男にのしかかられたアッシュだった。

 時間が止まった。
 次の瞬間、世界が真っ赤に染まる。

「きっさまぁぁぁ!」

 脳が怒りで沸騰する。
 自分の叫びが、獣の唸りのように耳に届いた。

 のしかかっている男を力の限り蹴り飛ばし、壁に叩きつける。肉がぶつかる鈍い音がやけに遠く聞こえた。
 倒れているアッシュを腕の中へ抱き起こす。

「アッシュ、アッシュ……!」
「おりば、さま……」


 掠れた声で自分の名前を呼ばれ、心臓が締め付けられる。
 瞳孔が異様に開き、夜を映した瞳が濁っている。
 唇はひび割れ、指先が小刻みに震えていた。
 生きてはいる。けれど見ているのが痛々しいほどの極限状態。

「……もう大丈夫だ」
 喉の奥から、自分でも驚くほどかすれた声が漏れる。
 震える手でマントを外し、アッシュの体を包む。

 あの日、手放してしまった大切な人の温もりが、今は確かに腕の中に戻る。

「よく、生き延びてくれた」

 無事とは言い難いが……生きていてくれてよかった。

 アッシュの目に、少しだけ光が戻る。
「おりば、さま……?」

 その声が、胸の奥の後悔を溶かしていく。

 強く抱きしめると、アッシュはもう一度俺の名前を呼び、それからゆっくりと力を抜いた。
 大丈夫だ。もう離さない。
 そう繰り返し呼びかけ続ける。

 やがてアッシュは目を閉じて体から力が抜け落ちた。
「アッシュ、アッシュ!」
 最悪を想像して思わず叫ぶ。

 胸に耳を押し当てる。弱いが、確かに鼓動がする。体温もある。
「……生きている」
 その確信だけで、全身の力が抜け落ちそうになった。
 急いで治癒魔法をかけようとしたら、クインに腕を押さえられた。
「辺境伯様、待って! 洗脳薬です。治癒魔法は血流を速めて薬を体中に回してしまいます!」
「今は先に毒を抜く作業をしなければなりません!」
 治癒魔法をかけたら、全身の血流を活性化して薬が一気に脳に回ってしまうと言われて慌てて手を引く。

 クインは震える手で応急処置用の特製解毒剤を渡してきた。
「いるかもって作っておいてよかった。とりあえず、それを飲ませてください。少しはマシになるはずです」
 散らかる使用された薬剤の残りを見つめながら、スレイが苛立ったようにテーブルを叩いた。
「こんな……こんな酷い薬をアッシュに……」
「アッシュ、どのくらいの間、これに耐えていたんだ」
 常人なら数時間で廃人。この薬をいつから使われたのか正確には分からないが、今まで持ちこたえたのは奇跡だと苦しそうに言う。

 アッシュの意志の強さを改めて思い知る。
 だが、そうであったから生きていてくれた。

 クインは震える手で錬金道具を整え、スレイは素材を素早く並べていく。
「クイン、泣くな。アッシュなら絶対大丈夫だ」
「うん……早く作ってゆっくり休ませてあげなきゃ」
 二人は零れた涙を拭いながら、調合作業に入った。
 次々と素材を投入し、息の合った手際で本格的な解毒剤を作り始める。


 ぐったりとしたアッシュの呼吸は浅い。胸の上下を確認するたび、安堵で胸が詰まる。
 錬金道具が触れる音を聞きながら、瓶の蓋を取り、口に押し当てた。
 けれど端から零れるばかりで飲んではくれない。

 緊急時の処置としては褒められたやり方じゃないかもしれない。それでも、命を繋ぎ止めるためだ。
 あの最後のキス以来、二度と触れられないと思っていた唇に、今、再び触れる。
 口の中に薬を含み、ゆっくりと流し込む。何度も、何度も。手放した日々を取り戻すように。

「……」

 口の中の液体が少しずつアッシュに流し込まれる。

 久しぶりの口付けは、悔恨に満ちていた。
 手放してしまった日々を取り戻すように、命を繋ぎ止めるために、何度も重ねた。

 そうして中身を全て飲ませた頃、入り口で人の気配がした。

「閣下。屋敷の制圧、完了いたしました。全員捕らえております」
 ナイアが扉のない入り口から入ってきて報告をする。
「わかった。絶対に逃げられないように見張りを立てておけ。法の名の下に、全ての罪を吐き出させてやる」
「了解です」

 痛ましそうにアッシュを一目見てから、ナイアは部屋を出て行く。
 捕らえられた者の処分は後回しにしよう。
 この惨状を見てもなお冷静でいられる自信は、正直、あまりない。
 今顔を見たら、激情のままに剣を振るってしまいかねない。
 全員命は残してある。法で裁き、根こそぎ潰す。それが俺の正義だ。
 一切の慈悲など与えてやらない。アッシュのためなら、どれほどでも冷酷になれる。

 マントに包んだアッシュは、記憶よりもずいぶん軽く、抑えた怒りがじりじりと再び燃え上がる。

 屋敷へ戻ると、ゴロツキをはじめとして使用人までもが騎士たちに捕らえられ、どこかの部屋へ運ばれていく。


 室内を見渡しても部屋の隅に乱れた毛布が積まれているだけでベッドは見当たらない。
 そんな場所へ寝かせるわけにもいかず、アッシュを抱えたまま調合小屋を出て屋敷へ入り廊下を進む。
 見える扉を片手で開けて中を見る。使用人室、倉庫、客間。
 すでに制圧が終わっている屋敷内には、馴染んだ騎士たちの気配しかしない。
 使われていない客間に辿り着き、ベッドにそっと寝かせる。

 趣味の悪い調度品が、この屋敷の主の下品さを嫌というほど見せつけてくる。
「こんな場所に……アッシュを寝かせなければならないのか」
 喉の奥で唸り声が漏れた。

 だが早く休ませなければならない。
 アッシュをベッドに寝かせ、手持ちの治療道具を出して手当をしていく。
 戦場で自ら傷の手当てをすることもあるから手慣れてはいる。だが、今ほど手が震えたことはない。

「アッシュ……」

 きれいな顔の痣が痛々しい。骨折はなく、ほんの少し肩の力が抜けた。
「よく、耐えてくれた……」
 触れた手伝わる温もりが、『生きている』証だった。

 解毒剤を飲んだせいか、ずいぶん寝息が穏やかになっていることに安堵の息を吐き出す。

 指先で、傷を避けるようにそっと頬をなぞる。
 自分が傍にいなかった間、この体がどれだけ痛みに晒されていたのかを思うと、胸の奥が焼け付くように痛んだ。
「もう絶対、この手を離さない」
 握った指先から伝わる、かすかな鼓動。
 それが全てだった。

 やっとアッシュを取り戻したんだ。

 窓の外で、夕陽が屋敷を赤く染めて今日の終わりを運んで来ていた。
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