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4話 他者の存在
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朝の光が差し込むと同時に、背中に重みを感じた。
振り向かなくても、誰なのかはわかる。
リオだ。大きくなった身体で俺を包むように抱きしめていた。
腹に腕を回し、ぴたりとくっついてくる。その胸の鼓動が、まるで俺の心音を確かめているみたいだ。
首筋に当たる耳をぴくぴくと動いているのが分かって思わず小さく笑ってしまう。
くしゃくしゃと手触りのいい髪を撫でてやると、甘えるようにすり寄って来る。
こうして寄り添うのが、俺たちの日常。
こんな日が続けばいい。
そうは思うけれど、それはこの子のためにならない。
そろそろこの小さな世界の外へ、目を向けさせなければ。
俺は小さくため息を吐きだした。
いい年齢になってしまった俺にもう結婚は望めない。
それに俺はリオと出会えただけでじゅうぶん満たされた。
けれどリオには素敵なお嫁さんを見つけて幸せになってほしい。
今日は休日だからアラームは鳴らない。
日の差し方から見てもう昼近いだろう。
そろそろ夢から覚める時だ。
リオをいつまでも子供のままでいさせてはいけない。
「リオ、起きなさい」
「んー……」
甘えるように俺にすり寄って来る。
普段だったら頭を撫でてまだ寝るか、なんて聞いて二度寝をすることだってあった。
けれど今日の俺は一味違うぞ。
「起きないと、ご飯抜きだぞ」
「え!? やだ!」
リオは俺の言葉でさっきまでぐずっていたのが嘘のように勢いよく起き上がる。
やっぱりわざと甘えてたんだな。
「はぁ……」
確信を得てため息をつく。
「起きるぞ。ご飯を食べたら今日は部屋の掃除だ」
「えー、休みなんだから遊ぼうよ~」
「ダメだ。今日から厳しくいく」
「なんでぇ」
文句を言うリオの尻を軽く叩く。
朝食兼昼食を作りテーブルについた。
そこで俺はかねてから町の住民に根回ししておいたあることをリオに提案してみる。
「リオも大きくなって来たし、町に出てお手伝いをしてくれないか?」
「お手伝い?」
リオは少し首をかしげて、目を輝かせながら尋ねた。
「そろそろ働くことも覚えていい頃だと思うんだ」
これまでは体が小さかったから、診療所へ一緒に連れて行ったり、空いた時間に帰宅していた。
けれど、最近はもう一人で留守番も出来るようになったし、お使いもこなせるようになった。
そろそろ社会へ出ていく準備をしてもいい。
「うーん、それってトーヤの役に立つ?」
リオは不安そうに問いかけてくる。
俺のためじゃなくて、リオのためなんだけど。
相変わらず何をするにも俺が基準なのが、微笑ましくて可愛い。
「ああ、もちろん」
俺は胸の内を隠しきれず微笑みながら答えた。
「なら、やる!」
尻尾を嬉しそうに振りながら、リオの笑顔がぱっと明るくなる。
「何をするの?」
「決められた期間、町のいろんな場所を回って仕事を手伝うんだ」
宿屋や荷運び、接客といった多彩な経験をさせてやりたい。
オーナーにも話をつけて、リオが働いた分の賃金はきちんと払ってもらうことにしてある。
出来るだけ接客する仕事を多めにしてあるのは、リオの出会いも増やしたいからだ。
温泉が湧くこの辺境地は外から訪れる人も多い。
町の住民はほとんど知り合いみたいなものだけど、外から来る中に新たな出会いがあるかもしれない。
それに俺が渡す小遣いじゃなくて、自分の力で稼いだお金を自由に使うのは、きっと格別だろう。
「リオが働いてもらったお金は、自由に使っていいからな」
「本当!?」
リオの瞳の輝きが増し、その声は先ほどよりもいっそう弾んでいた。
「ただし、計画的にな。全部食べ物に使ってしまわないように」
「う、はーい」
外へ出るようになれば、傍にいる時間も減る。
そうすれば新しい出会いもあるだろう。
その中でリオの気に入る相手が出来るかもしれない。
そうしたら俺への興味も徐々に薄れていくはずだ。
「……」
喜ばしいはずなのに、子育ての終わりを感じて胸の奥が小さく痛む。
いつか見ることになるだろう町の外で新しい仲間と肩を並べる姿。
振り向いて手を振り去っていく背中、そしてそれを見送る俺……。
そんな日が、もうすぐそこまで来ている。
胸の痛みと幸せが混じり合う複雑な感情を抱えながら、俺はゆっくりと呼吸を整えた。
これが、親としての覚悟だと、自分に言い聞かせた。
そして翌日から俺の日常は静かになった。
少し前まで診療所によく顔を出していたリオの姿はない。
今日は宿屋の手伝いをしているらしい。
リオは自分の出来ることが増えて嬉しいのか、毎日楽しそうに出かけていく。
帰ってくれば、その日のことを楽しそうに報告し、時々お土産も買ってきてくれる。
嬉しくて誇らしいはずなのに、胸の奥はぽっかりと穴が開いたように寂しい。
そんな気持ちを抱えて3カ月が経った。
「先生、これはどうしたらいいですか?」
元気いっぱいの弟子は俺が手書きで作った指南書を片手に訪ねてきた。
彼はルイス。
褐色の髪と緑の目を持つ、17歳の猫獣人だ。
リオよりも一回り小柄だが、細かい作業が得意な器用な少年である。
2年前に事故で負った骨折を、俺がきれいに治して以来、弟子になりたいと熱心に申し出てきていた。
簡単な切り傷を治せる程度の治癒術を扱える彼は、俺のような治癒師になることを目指しているのだそうだ。
当時はリオのことで手がいっぱいだったため断ったが、めげずに診療所で助手として働き始めた。
彼の真面目な姿勢と、医術を習得しようとする強い意志は、かつて自分が医者を目指した頃を鮮明に思い出させてくれる。
彼の熱意は未だ引かず、時間が空いた俺は文字や医術を教えながら、彼を正式な弟子としてしっかり教育することを決めた。
リオが巣立った後は、こうして後進を育てていくのも悪くない。
新たな夢を見つけた気持ちだった。
患者がいない時間、俺はルイスに勉強を教えていた。
熱心なルイスにつられて、自然と指導にも熱が入り、思わず身を乗り出す。
気づけば互いの距離はずいぶん近くなっていた。
そんな俺たちの様子を見ていたゼスが、ふいに声をかけてきた。
「なぁ、トーヤ」
ゼスは青い翼と髪、水色の目が印象的な鳥獣人だ。
今は魔力操作の練習中なので、俺は返事せずルイスの指導に集中する。
「その魔力で十分だよ」
「はい、先生」
ルイスの手に触れて、魔力の流れを確かめながら教えていく。
それをじっと見ていたゼスが再び話しかけてきた。
「弟子を取るって、リオに話したか?」
指導が一段落ついた俺は顔をあげてゼスを見る。
「許可って必要か?」
「当たり前だろ」
「なんで? 診療所での空き時間に教えるだけだぞ?」
自宅に招いてとかだったらリオの許可もいるけれど、あくまで仕事に出ている中でのことだ。
言いたいことが分からない俺に、ゼスはやれやれと大げさに肩をすくめる仕草をする。
「それ……」
「それ?」
「そうやって、くっつくことだってあるだろ?」
「そりゃ魔力調整は直接流れを見るものだし、触らないと分からないし」
「必要なご指導ですよね?」
俺とルイスは顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「まぁ、お前らがそんな感じなら大丈夫だと思うが……」
「なんだゼス。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
歯に物が挟まったみたいないい方で少しイラつく。
「ヤキモチ、妬くんじゃねぇの?」
「……? 誰が?」
「リオしかいないだろ」
家では相変わらず構っているし、俺の1番はリオなのに変わりがない。何の問題があるんだ?
そう言うとゼスは、何とも言えない表情で俺を見る。
「……まぁ、一応言っとけ。その方がいい」
「ああ、わかった」
「絶対言えよ」
「わかったよ」
しつこく念を押されたが、理由が理解できなかった俺はその忠告を忘れてしまった。
そしてさらに1週間が過ぎた夕食時のこと。
リオがじっと俺を見ていることに気づいた。
「リオ?」
「ここ最近、ずっと濃い匂いがトーヤにまとわりついている。」
リオは食事を中断して立ち上がり、俺の後ろに立って体に腕を回し不機嫌そうに鼻を寄せる。
すんすんと匂いを嗅ぐ呼吸音がくすぐったい。
「さっき風呂に入ったから何の匂いもしてないと思うけど?」
「風呂に入ってもまだ匂ってる」
リオは俺の体を嗅ぎまわる。
特に首の周りを念入りに匂っていく。
人間の俺には分からなくても、犬の獣人であるリオには何か気になる匂いが残っているようだ。
「リオ、くすぐったい」
「トーヤ、黙ってて」
首筋に唇が触れる感触がくすぐったくて身をよじると、強く抱きしめたリオが引き戻す。
「この匂いは、ルイスか」
ふぅんと言いながらもう俺のうなじに顔を寄せる。
かじかじと甘噛みするように齧られ、発情期の情事を思い出し体がぞくりと反応してしまった。
「こら、リオ……っ」
「ねぇ、トーヤ」
顎へ回された手に力がこもり、上を向かされると覗き込むリオと目が合った。
「ねぇ、俺以外の人とあんまり仲良くならないで」
その顔があまりに寂しそうで、俺は考える間もなく答えた。
「1番大事なのはリオだよ」
「俺も、トーヤが好き」
好き、ともう1度言ったリオは俺が初めて見る色気を纏った雄の顔をしていた。
どきりと胸が高鳴り、その顔を見ているだけで鼓動が速くなる。
「え、あれ……」
自分の体が理解できない。
高まる鼓動が止められない。
「俺も外であったこと、全部話すから。トーヤも全部話して? じゃないと……」
降りて来た唇が口のぎりぎりをねっとり舐めた。
「リ……っ!」
「俺、ヤキモチ妬いちゃう」
うっとりと笑うリオは見たこともない色気を放っていた。
「だからって、舐め……!?」
慌ててリオの体を押しのけ口を押える俺に、今度は無邪気に笑う。
「ソース、ついてたよ」
「ソース……? ありがとう」
悪びれた様子のないリオに毒気を抜かれ、思わず礼を言うと満足そうに頷いて席へ戻って行った。
「それでね、今日は荷運びをしたんだけど……」
いつもの食事風景に戻ったはずなのに、俺の心臓の高鳴りだけは消えてくれてなかった。
振り向かなくても、誰なのかはわかる。
リオだ。大きくなった身体で俺を包むように抱きしめていた。
腹に腕を回し、ぴたりとくっついてくる。その胸の鼓動が、まるで俺の心音を確かめているみたいだ。
首筋に当たる耳をぴくぴくと動いているのが分かって思わず小さく笑ってしまう。
くしゃくしゃと手触りのいい髪を撫でてやると、甘えるようにすり寄って来る。
こうして寄り添うのが、俺たちの日常。
こんな日が続けばいい。
そうは思うけれど、それはこの子のためにならない。
そろそろこの小さな世界の外へ、目を向けさせなければ。
俺は小さくため息を吐きだした。
いい年齢になってしまった俺にもう結婚は望めない。
それに俺はリオと出会えただけでじゅうぶん満たされた。
けれどリオには素敵なお嫁さんを見つけて幸せになってほしい。
今日は休日だからアラームは鳴らない。
日の差し方から見てもう昼近いだろう。
そろそろ夢から覚める時だ。
リオをいつまでも子供のままでいさせてはいけない。
「リオ、起きなさい」
「んー……」
甘えるように俺にすり寄って来る。
普段だったら頭を撫でてまだ寝るか、なんて聞いて二度寝をすることだってあった。
けれど今日の俺は一味違うぞ。
「起きないと、ご飯抜きだぞ」
「え!? やだ!」
リオは俺の言葉でさっきまでぐずっていたのが嘘のように勢いよく起き上がる。
やっぱりわざと甘えてたんだな。
「はぁ……」
確信を得てため息をつく。
「起きるぞ。ご飯を食べたら今日は部屋の掃除だ」
「えー、休みなんだから遊ぼうよ~」
「ダメだ。今日から厳しくいく」
「なんでぇ」
文句を言うリオの尻を軽く叩く。
朝食兼昼食を作りテーブルについた。
そこで俺はかねてから町の住民に根回ししておいたあることをリオに提案してみる。
「リオも大きくなって来たし、町に出てお手伝いをしてくれないか?」
「お手伝い?」
リオは少し首をかしげて、目を輝かせながら尋ねた。
「そろそろ働くことも覚えていい頃だと思うんだ」
これまでは体が小さかったから、診療所へ一緒に連れて行ったり、空いた時間に帰宅していた。
けれど、最近はもう一人で留守番も出来るようになったし、お使いもこなせるようになった。
そろそろ社会へ出ていく準備をしてもいい。
「うーん、それってトーヤの役に立つ?」
リオは不安そうに問いかけてくる。
俺のためじゃなくて、リオのためなんだけど。
相変わらず何をするにも俺が基準なのが、微笑ましくて可愛い。
「ああ、もちろん」
俺は胸の内を隠しきれず微笑みながら答えた。
「なら、やる!」
尻尾を嬉しそうに振りながら、リオの笑顔がぱっと明るくなる。
「何をするの?」
「決められた期間、町のいろんな場所を回って仕事を手伝うんだ」
宿屋や荷運び、接客といった多彩な経験をさせてやりたい。
オーナーにも話をつけて、リオが働いた分の賃金はきちんと払ってもらうことにしてある。
出来るだけ接客する仕事を多めにしてあるのは、リオの出会いも増やしたいからだ。
温泉が湧くこの辺境地は外から訪れる人も多い。
町の住民はほとんど知り合いみたいなものだけど、外から来る中に新たな出会いがあるかもしれない。
それに俺が渡す小遣いじゃなくて、自分の力で稼いだお金を自由に使うのは、きっと格別だろう。
「リオが働いてもらったお金は、自由に使っていいからな」
「本当!?」
リオの瞳の輝きが増し、その声は先ほどよりもいっそう弾んでいた。
「ただし、計画的にな。全部食べ物に使ってしまわないように」
「う、はーい」
外へ出るようになれば、傍にいる時間も減る。
そうすれば新しい出会いもあるだろう。
その中でリオの気に入る相手が出来るかもしれない。
そうしたら俺への興味も徐々に薄れていくはずだ。
「……」
喜ばしいはずなのに、子育ての終わりを感じて胸の奥が小さく痛む。
いつか見ることになるだろう町の外で新しい仲間と肩を並べる姿。
振り向いて手を振り去っていく背中、そしてそれを見送る俺……。
そんな日が、もうすぐそこまで来ている。
胸の痛みと幸せが混じり合う複雑な感情を抱えながら、俺はゆっくりと呼吸を整えた。
これが、親としての覚悟だと、自分に言い聞かせた。
そして翌日から俺の日常は静かになった。
少し前まで診療所によく顔を出していたリオの姿はない。
今日は宿屋の手伝いをしているらしい。
リオは自分の出来ることが増えて嬉しいのか、毎日楽しそうに出かけていく。
帰ってくれば、その日のことを楽しそうに報告し、時々お土産も買ってきてくれる。
嬉しくて誇らしいはずなのに、胸の奥はぽっかりと穴が開いたように寂しい。
そんな気持ちを抱えて3カ月が経った。
「先生、これはどうしたらいいですか?」
元気いっぱいの弟子は俺が手書きで作った指南書を片手に訪ねてきた。
彼はルイス。
褐色の髪と緑の目を持つ、17歳の猫獣人だ。
リオよりも一回り小柄だが、細かい作業が得意な器用な少年である。
2年前に事故で負った骨折を、俺がきれいに治して以来、弟子になりたいと熱心に申し出てきていた。
簡単な切り傷を治せる程度の治癒術を扱える彼は、俺のような治癒師になることを目指しているのだそうだ。
当時はリオのことで手がいっぱいだったため断ったが、めげずに診療所で助手として働き始めた。
彼の真面目な姿勢と、医術を習得しようとする強い意志は、かつて自分が医者を目指した頃を鮮明に思い出させてくれる。
彼の熱意は未だ引かず、時間が空いた俺は文字や医術を教えながら、彼を正式な弟子としてしっかり教育することを決めた。
リオが巣立った後は、こうして後進を育てていくのも悪くない。
新たな夢を見つけた気持ちだった。
患者がいない時間、俺はルイスに勉強を教えていた。
熱心なルイスにつられて、自然と指導にも熱が入り、思わず身を乗り出す。
気づけば互いの距離はずいぶん近くなっていた。
そんな俺たちの様子を見ていたゼスが、ふいに声をかけてきた。
「なぁ、トーヤ」
ゼスは青い翼と髪、水色の目が印象的な鳥獣人だ。
今は魔力操作の練習中なので、俺は返事せずルイスの指導に集中する。
「その魔力で十分だよ」
「はい、先生」
ルイスの手に触れて、魔力の流れを確かめながら教えていく。
それをじっと見ていたゼスが再び話しかけてきた。
「弟子を取るって、リオに話したか?」
指導が一段落ついた俺は顔をあげてゼスを見る。
「許可って必要か?」
「当たり前だろ」
「なんで? 診療所での空き時間に教えるだけだぞ?」
自宅に招いてとかだったらリオの許可もいるけれど、あくまで仕事に出ている中でのことだ。
言いたいことが分からない俺に、ゼスはやれやれと大げさに肩をすくめる仕草をする。
「それ……」
「それ?」
「そうやって、くっつくことだってあるだろ?」
「そりゃ魔力調整は直接流れを見るものだし、触らないと分からないし」
「必要なご指導ですよね?」
俺とルイスは顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「まぁ、お前らがそんな感じなら大丈夫だと思うが……」
「なんだゼス。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
歯に物が挟まったみたいないい方で少しイラつく。
「ヤキモチ、妬くんじゃねぇの?」
「……? 誰が?」
「リオしかいないだろ」
家では相変わらず構っているし、俺の1番はリオなのに変わりがない。何の問題があるんだ?
そう言うとゼスは、何とも言えない表情で俺を見る。
「……まぁ、一応言っとけ。その方がいい」
「ああ、わかった」
「絶対言えよ」
「わかったよ」
しつこく念を押されたが、理由が理解できなかった俺はその忠告を忘れてしまった。
そしてさらに1週間が過ぎた夕食時のこと。
リオがじっと俺を見ていることに気づいた。
「リオ?」
「ここ最近、ずっと濃い匂いがトーヤにまとわりついている。」
リオは食事を中断して立ち上がり、俺の後ろに立って体に腕を回し不機嫌そうに鼻を寄せる。
すんすんと匂いを嗅ぐ呼吸音がくすぐったい。
「さっき風呂に入ったから何の匂いもしてないと思うけど?」
「風呂に入ってもまだ匂ってる」
リオは俺の体を嗅ぎまわる。
特に首の周りを念入りに匂っていく。
人間の俺には分からなくても、犬の獣人であるリオには何か気になる匂いが残っているようだ。
「リオ、くすぐったい」
「トーヤ、黙ってて」
首筋に唇が触れる感触がくすぐったくて身をよじると、強く抱きしめたリオが引き戻す。
「この匂いは、ルイスか」
ふぅんと言いながらもう俺のうなじに顔を寄せる。
かじかじと甘噛みするように齧られ、発情期の情事を思い出し体がぞくりと反応してしまった。
「こら、リオ……っ」
「ねぇ、トーヤ」
顎へ回された手に力がこもり、上を向かされると覗き込むリオと目が合った。
「ねぇ、俺以外の人とあんまり仲良くならないで」
その顔があまりに寂しそうで、俺は考える間もなく答えた。
「1番大事なのはリオだよ」
「俺も、トーヤが好き」
好き、ともう1度言ったリオは俺が初めて見る色気を纏った雄の顔をしていた。
どきりと胸が高鳴り、その顔を見ているだけで鼓動が速くなる。
「え、あれ……」
自分の体が理解できない。
高まる鼓動が止められない。
「俺も外であったこと、全部話すから。トーヤも全部話して? じゃないと……」
降りて来た唇が口のぎりぎりをねっとり舐めた。
「リ……っ!」
「俺、ヤキモチ妬いちゃう」
うっとりと笑うリオは見たこともない色気を放っていた。
「だからって、舐め……!?」
慌ててリオの体を押しのけ口を押える俺に、今度は無邪気に笑う。
「ソース、ついてたよ」
「ソース……? ありがとう」
悪びれた様子のないリオに毒気を抜かれ、思わず礼を言うと満足そうに頷いて席へ戻って行った。
「それでね、今日は荷運びをしたんだけど……」
いつもの食事風景に戻ったはずなのに、俺の心臓の高鳴りだけは消えてくれてなかった。
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