【完結】イケメンが怖い俺を、氷の騎士団長が優しく溶かしてくる話

中洲める

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12話 初出勤(3)

 またしばらく馬の蹄の音を聞きながら進む。
 副団長は俺たちの会話は聞こえているはずだが、話しかけてくる様子はない。
 ただ、どこか楽しんでいるような、からかいを含んでいるような。
 どこか面白がっている気配が伝わってきて、思わず苦笑する。

 一度目が合ったらまた団長から冷気が漏れたので、見ないようにしている。
 副団長も気付いてすごく焦ってたし。
 額から、さっきの冷気で凍った汗が一筋垂れていたのがあまりに不憫で、それからずっと見ないふりを決め込んだ。
 これ以上とばっちりを受けさせるのはさすがに可哀そうだ。

 彼からも視線が合いそうになると、「頼むから俺を巻き込まないでくれ」と言いたげな救難信号が飛んでくる。

 なんか、副団長様、苦労してそうだな。

 遠くを眺めながら、そんな感想がぽつりと漏れる。
 うっすら彼の存在を憂いたが、団長にばれたらまた可哀そうなことになりそうだから、そっと胸の奥にしまい込んだ。


 過去を話したからか、ずっと心の奥にわだかまり続けた重い物が少し流れ出たみたいに感じられる。
 空を見上げると、青に溶けるように飛竜が滑っていく。
 よく晴れた空が胸の奥まで広がって、少しだけ気分が軽くなった。
 たったそれだけのことで、こんなに心が軽くなるんだな。

 誰も口を開かない。
 けれど、俺にはその沈黙を悪くないと感じていた。

 この二人がまとめている第五騎士団が、この静寂みたいな空気なら、きっと悪くはない。
 そんな明るい予感が胸を満たす。

 静かな時間が永遠に続くように思えた、その時。
 ふいに団長が声をかけてきた。

「どうすればいいでしょうか?」
 真剣な声色。
「どうって……?」
 思わず聞き返すと、団長がさらに身を寄せてきた。

「あなたが私の顔を見るのが辛いなら……顔に傷か火傷でも作れば……」
 低く唸るように漏れたその声には、洒落にならない現実味があった。
 まるで自分を罰するような危うい熱が、言葉の端に滲んでいる。

 冗談めかしているのに、どこか本気の影が見える――そんな声だった。
 
「な、なにを言っているんですか!?」
 あまりな言葉に、心臓が一瞬止まった気がした。
 驚いて振り向くと、団長は俺の目を掌で覆ってくれる。
「見ては駄目なのでしょう?」
「すみません。でも団長様が悪いんですよ? とんでもないこと言うから」
「少し冗談を言ってみただけです」
 その穏やかな声に、思わず固まった肩の力が抜ける。
 ……なのに、口が勝手に動いた。
「冗談とはお互いが笑えるもののことを指すのです!」
 団長は少しの沈黙のあと、困ったように肩を震わせ、くすりと息を洩らした。

「笑い事ではありません!」

 腹に回している腕を叩いて八つ当たりをする。
 本当になんてことを言うんだ!

 そんな俺の手を掴んで、団長が止めさせた。
 掌が重ねられて、指が絡まる。
 その温もりに、一瞬胸がどきりと鳴った。

「でもあなたが心安らかに過ごせるなら、この顔の一つや二つ――どうにでもなって構いません」
「俺にトラウマを増やしたいんですか? 今度はあなたの顔の傷を見るたびに苦しみますよ」

 それに、どんな傷つけられたって、絶対治しますからね! 無駄です!
 ああもう、顔を睨みつけて怒鳴ってやりたいのに、もどかしい。

「というか、なんでいきなり傷や火傷なんですか! こう、仮面とか、マスクとかあるでしょう!?」
 いや、俺のために団長に仮面つけさせるのもどうかと思うけど。

 ……さっきから静かだと思ったら、そんなこと考えてたんですか? ありえない!

 言葉の勢いに任せてまくし立てていたら、背中越しの空気がふっと緩む。
 その直後、低く柔らかな笑い声が聞こえてきた。
 柔らかく低い笑い声。今団長は笑顔でいる。想像しても、不思議と怖くない。
「ふふふ」
 ……怖いどころか笑い方が、妙に嬉しそうで腹が立ってくる。

 俺のせいでそのきれいなお顔に一生モノの傷が残るところだったんですよ!?
 冗談でも言っていい事と悪いことがあります!

 肩で息をしながら言い終えると、今度は肩を震わせて笑い出した。
 歩く馬の揺れより笑う腹筋の振動が勝ってる……。
 ひとしきり笑った後、静かに息をつく気配が背中越しに伝わる。

「ルイ殿に心配されるのは嬉しいです」
 そんな団長の姿を、横に並んでいた副団長が驚いた顔で見ているけれど、それを気にしている余裕はない。
 
 団長はまだ笑いながらも、嬉しそうにすり寄ってくる。
 その仕草があまりに自然で、怒りもどこかへ散ってしまった。
 微笑む声が心地よくて、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 笑った顔が、見てみたい。

 そうは思ったけれど、今の俺にそれを確認する勇気は出なかった。

「……はぁ、傷や火傷なんていりません。半年の間に慣れるよう頑張るつもりですから」
「うん。でも、無理はしないで」
 少し間を置いて、柔らかな声が続いた。
「それと──もう『団長様』みたいな敬称はつけなくていいですよ」
「え?」
「職務上では仕方ないですが、今のような時は名前か役職のみで構いません。……距離を置かれるのは、少し寂しいので」
 名前か役職……。え、どっち?
 でもいきなり名前はハードルが高いよな?
 返す言葉に迷い、俺はそっと頷いて、役職で呼ぶことにした。
「……わかりました、団長」
 けれど団長はそれに不満だったみたいだ。
「私の名前はレイナントです。呼んでみて?」
 甘えるような声が耳元に降ってきた。
 懇願する声色に、断ることを許さない圧力を感じ、俺はためらいながら口を開いた。
「……っ、レイナント、様」
 彼の喉が僅かに笑うように鳴る。
「そう、そんな風に」
 満足そうに頷く団長は、腰に回した腕に力を込めて抱き寄せた。

 嬉しそうに囁かれた一言が、風のように耳をくすぐる。

 ――ありがとう。

 その言葉は温かな魔力と一緒に、静かに俺の胸の奥へと沁みていった。




 

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