【完結】イケメンが怖い俺を、氷の騎士団長が優しく溶かしてくる話

中洲める

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第二騎士団ヒーラー編

48話 嵐来る5



 ドンと背中に衝撃が当たって、俺は自分が誘拐されたことに気付く。
 触れる魔力で相手が誰かわかっていた。

 両手首をまとめて頭の上で木に押し付けられて、足の間に膝を入れられて身動きが取れない。
 ほんの一瞬だったのに、もう第五騎士団の気配がない。
「俺も魔導士だからな、あまり得意ではないが少しくらいなら転移が使えるんだよ」
 助けを求めて動かした視線で、俺の意図を察したピンクブロンド。
「必要な魔力が溜まるまで次の転移は出来んが、この程度の距離なら十分だ。ここでお前を落とせばいいだけのこと」

 俺をさらったのは、レイナントの実兄、ゼファー・グランゼ。

 声を出させないように、口に手を当てたままなのは、大声を出せば聞こえる距離なのかもしれない。
 けれど耳を澄ませても団員たちの気配も声もしない。
 でもこの雑木林はそれほど深くはない。それほど長距離移動させられたわけじゃないことを悟り、ほんの少しだけ安心できた。

 俺がいないことにはすぐ気づいてくれるだろうから、助けに来てくれるはずだ。

 問題は、それまでどうしのげばいいかだ。

 どうやって逃げるかの算段をしていると、足の間に入れられた膝が太ももを撫でてぞわりとした悪寒が体に走った。
 その反応を楽しむように顔を近づけたゼファーは愉悦を含んで俺を見下ろす。

「お前か、あの忌々しい愚弟の婚約者は」
「……っ」
 口の端が歪に歪んだ弧を描く。
「なんと運がいい。俺はお前が気に入った。あいつからお前を奪えば、どんな顔をするだろうなぁ」
 笑う声が耳を塞ぎたくなるほど不快だが、どれほど足掻いても抜けられない。
 見たくもない顔は至近距離にいるせいで視線が逸らせない。
 どうしてこいつがここにいるんだ。
 謝罪がしたいとわざわざレイナントを呼び出したというのに。

「俺が謝罪なんぞするわけがないだろう? ちょっと殊勝な顔をしてやったらあの老いぼれはあっさり騙されてくれたさ」
 つまり、最初からこうするつもりでレイナントを俺から引き離したということか。

 ほんの少しでも、油断するべきじゃなかったんだ。

 自分の迂闊さを呪う。


 不快感が喉の奥からせり上がり、叫びたいのにそれも出来ない。
 今、気を失ったら終わりだ。
 それだけは分かる。
 だから腹へ必死に力を入れて、意識を保つ。

「非力で可愛らしいなぁ、お前」
 顔を近づけられて、必死に背ける。

「お前を一目見た時からずっと惹かれていた。この俺が誰かに心を奪われることがあるなどな」
 想定外だが、心地がいいと自分に酔ったように語る。

 どうしてこんなに春樹を思い出す?
 別人だと頭では分かっているのに、あいつの部屋で押し倒された不快感が鮮明に蘇る。

 目尻を舐められて、塞がれた手の下からくぐもった悲鳴が上がった。

「俺の物になれ、いい思いをさせてやるぞ?」
 誘うようにねっとりと囁いて耳を舐められる。

 気持ち悪い。
 気持ち悪くて仕方がない。

 動かないながらも必死に首を横に振る。

「強情なところも、惹かれるな。この俺が、どうしてかお前を手に入れたくて仕方がない」
 荒い呼吸が首筋に近づく。

 嫌だ、嫌だ……っ!

 レイナント以外に触れられたくない。

 近づくピンクブロンドからは、受け入れがたいムスクのような甘い整髪料の香りがする。
 あいつが、好んでつけていた……。

「平民のお前が一生かかっても出来ない贅沢な暮らしをさせてやろう」
 欲しいものは何でも与えて、寵愛もくれてやろう。

 光栄だろう?

 そこにはこれっぽっちも俺の意思は含まれない。

「この俺の愛だぞ、どうだ? 欲しいだろう?」

 俺が愛してやる。嬉しいだろ?

 あいつの声が重なって聞こえる。

「『お前には俺が、俺だけがいればいいだろう?』」

 何度も夢に見て、聞くだけで吐き気がする、俺のトラウマそのものの言葉がその口から吐き出された。


 喉の奥が締め付けられる。
 何度否定しても、届かなかった俺の意思。

 逃げなくてはと恐怖が膨れ上がり、口を押さえているゼファーの右手の指を力の限り噛んだ。


「っ痛」
「お前なんか、いらないっ!」

 そうして、何百回訴えたかわからない言葉を、投げつけた。


 その瞬間、ゼファーは息を飲み、目を見開いて動きを止めた。
 頭を抱えるように一瞬だけ歪んだ表情をして、片手で顔を覆う

「く……ぅ……っ」

 しばらくそのまま固まっていたと思ったら、やがてゆっくりと顔をあげた。
 その顔に、恐ろしいほどの嫌悪感を抱く。
 どうしてこんなに春樹を思い出させるんだ。

「ふっ、ククク……そうか、そういうことか。あーっはっはっはは」
 ゼファーは狂ったように笑い続ける。

 俺から視線が逸れた今がチャンスだと思ったが、手首を押さえつける腕の力が強まった。

 そして俺の顔を覗き込み、満足そうに笑った。
 その歪な笑顔に震えが止まらない。

「ああ、霧が晴れたようだ。清々しい」
 一度顔を伏せてから、上げた顔は眩暈を覚えるほど、よく見たものだった。

「そうか、ここにいたんだね」
 俺が噛んで血が出た指を、まるでディープキスするように舌を出して舐める。
 見せつけるように、丹念に。

 そうして唾液をたっぷりとまとった指で俺の頬を撫でる。
 濡れた感触と血の匂いがして、全身が総毛立つ。

「ヒィ……っ」
 俺の喉の奥から潰れた悲鳴が上がった。

「ああ、俺の……陽」
「!?」
 その呼び方、その表情。その一瞬で、俺は確信した。こいつは、春樹だ。
 俺へこんな執着を向けた目で見て、こんな風に呼ぶのは春樹しかいない。
 だからあんなに重なって見えたんだ。

 そして、今、陽と俺を呼んだなら前世の記憶を持っているのは間違いない。

「……はる、き?」
 恐る恐る名前を呼ぶと、うっとりとした表情で俺を見て、笑った。
 その顔に、全身が総毛立つ。

「お前の声が俺を呼び覚ました。やっぱり俺たちは運命で繋がっているんだね」
 頬を滑る指が、顎を上げさせ目が合う。

 濃いグレーのはずの瞳が、あいつの茶色に重なって見える。

 声を出したいのに、呼吸が出来ない。

「好きだよ、愛してる、陽」
 その目を見ているだけで、無力感が蘇り、何もできなかった『陽』と、今の自分が溶け合っていくような感覚がした。
 飲み込まれる――そう思った、その時。

 胸元のペンダントが光る。
 温かいブルーグレーの光は俺を守るように包んでくれる。

「な、なんだこの光は」
「レイナント!」

 そうだ。俺はなにも手に入れられなかった『陽』じゃない。
 大切な物をたくさん手に入れた『ルイ』だ。

「手を離せ! お前なんか、大っ嫌いだ!」

 俺の渾身の叫びに呼応するように、胸元のペンダントが焼けつくように熱くなりレイナントのブルーグレーの魔力がペンダントから弾けた。
 そこからあふれた魔力が俺に触れるゼファーの体を凍り付かせていく。
 まずは俺の手首を押さえていた左手、それから左半身に霜が走り氷に包まれた。

「なんだ、なんだこれは……! くそっ」
 ゼファーは噛み跡から血を流している右手で魔法で炎を出し体を払うが、氷の浸食速度の方が早い。

 ただ、こんな状況でも俺の手首を握った手を離さないのが、春樹らしい。
 けれど密着しているはずの俺の手首は冷たくもないし、凍らない。
 レイナントの魔力が、俺だけを優しく包んでくれているのが分かる。
 守られていると分かるその感覚が、少しだけ心を落ち着かせた。
 こんな時なのに、俺はレイナントが愛しくて恋しい。

 レイナントを思って微笑んだ俺の顔が気に入らなかったのか、ゼファーの表情が憎々しげに歪んだ。

「陽っ! お前は俺の物だ!」
 狂気じみた叫びが耳を刺す。こいつの異常な執着心の理由が、俺には全く分からない。

「くそ、この光が原因か。本当に忌々しい」
 
 左半身が凍り付く中、魔力を放ち続ける魔石の輝きに目を向けた。

「おのれ、邪魔を……っ、くっ、それを外せっ」
 服の下で光るペンダントを奪おうと、炎を纏った手で俺の服を焼こうと手を伸ばした。



 その時。


 馬のいななきと同時に蹄の音がした。
 そして。

「ルイ!」

 待ち望んだ声が聞こえた。



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