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第二騎士団ヒーラー編
52話 過去の清算1
第三への応援任務が終わったその日の夕方前には駐屯地へ戻ってきていた。
見慣れた駐屯地へつくと、強張っていた体の力が抜けて行く。
家に帰って来た。そんな実感がして知らず安堵の息を吐きだした。
厩舎についてケイナにたくさんお礼を言って、首を撫でたら甘えるようにお腹に頭を擦りつけて来た。
体は大きいけれど目は優しくて、俺は軍馬が大好きになった。
ただし、ケイナ以外を撫でようとするとすぐ服を引っ張られて阻止されてしまうんだけど。
こんなところまでレイナントに似ていて、可愛く思えてしまう。
戻ってそれぞれ荷物を片付けている時に、はしゃぐ声が聞こえたからそちらに目を向ければ、討伐数が少なかった部隊が、洗濯物を押し付けられていた。
連帯責任ということで、三十人の若者たちは嘆きながらも洗濯場へ向かっていく。
途中すれ違って俺たちの洗濯物もくださいと律儀に声をかけてくれたけど、可哀そうだから断った。
レイナントに頼んで魔法を使ってもらえば簡単に綺麗になるしね。
そもそも俺たちそんなに泥だらけじゃないし。
「がんばって、全部終わったらキャンディあげる」
「やったー!」
「ルイ先生約束ですよ!」
「医務室にいけばいいですか」
「おい、早く終わらせちまおうぜ」
若い団員たちははしゃぎながら駆けて行く。
キャンディ一つで喜んでくれて可愛いな。
「そういえば、レイナントからもらってるキャンディすっかりご褒美にしちゃってるけど、嫌じゃない?」
「ルイも食べるのでしょう?」
「うん、もちろん」
「では、構いませんよ。私も時々あなたから頂けますし」
「ご褒美はいつだって嬉しいものですよね」
第五騎士団は家族と縁遠い者が多い。
だから余計に仲間意識が強くなる。
誰かが怪我をすれば当然のように皆で支え合って、頑張った分だけ笑って労ってくれる。
そんな風に仲間を大事に思える場所だから、俺はここが好きなんだ。
そして、俺にとって一番大切な人であるレイナント。
彼には隠し事はひとつだってしたくない。
俺の腰へ回すレイナントの掌に指を重ねて、顔を見上げた。
「ねぇ、レイナント」
「なんですか?」
「少しさ、時間をくれないか?」
「ルイのためならいくらでも」
あなたが私の最優先だと、変わらない優しい笑顔で微笑んでくれる。
「じゃあ、少し長くなると思うから夕食は部屋で食べられそうなものを貰っていこう?」
「はい。明日は休みですから、時間はたくさんありますしね」
任務から帰還したら翌日は休みと決まっている。
それはレイナントも例外ではなく、よほどのことが起きない限りグラン副団長が代理を務めてくれるんだ。
ブラック職場だと思ってたけど、中に入ってみれば思った以上に配慮されていた。
やることは多いけれど、潰れるほどじゃない。
レイナントとグラン副団長が、上手く回しているんだと改めて実感する。
まずはそれぞれの部屋へ戻って片づけをして、備え付けの風呂場で体を洗い、着替えてから食堂へ向かう。
部屋で食事を食べたい者のために用意されている、パイやキッシュをもらって俺は髪を降ろしたまま今レイナントの寝室にいる。
俺が持って来たトレーを持ってくれたレイナントはそれをテーブルに置いた。
「ルイ、まだお腹は空きませんか?」
「うん、まだ大丈夫」
何から話そう……。
話すことはいっぱいあるのに、どこから話していいかわからない。
俺が迷って立ち尽くしていると、レイナントが声をかけてきた。
「まずは座りませんか?」
ソファーに座り、隣を示す。
日当たりのいい場所に置かれたソファは夕日に照らされていた。
俺は促されるまま隣へ座る。
「何か飲みますか? お菓子もありますよ」
「食べる」
即答するとレイナントは笑って、お茶を淹れてくれる。
温かい紅茶とマドレーヌで、緊張が解けていく。
やっぱり甘いお菓子は偉大だな。
お茶を半分とマドレーヌを三つお腹に収めて、手が止まる。
掌サイズのそれはとてもおいしかったけど、三つしか食べられなかったなんて、俺やっぱ緊張してるんだなぁ。
俺が怖いと思っているのは、レイナントがこの荒唐無稽な話を信じてくれるかどうかじゃない。
俺の気持ちを伝え、それをなかったことにされる。
それが怖いんだ。
前世で何度本音を打ち明けても、なかったみたいに扱われる。
春樹本人、家族、友人。誰一人として俺の言葉を本気に取ってくれない。
そのたびに無力感で苛まれた。
その恐怖がまだこびりついて離れてくれない。
力が入ってしまった指先を意識的に緩めて、息を吐く。
「レイナント、話したいことがある」
「はい」
柔らかい笑みを浮かべたレイナントはたぶん、俺が話すのを静かに待っていてくれる。
けれど、いざ話そうとすると喉の奥に言葉が詰まって出てこない。
「あの、さ……」
「なんですか、ルイ」
レイナントは俺を急かさない。優しいブルーグレーの魔力が俺を包むのが分かった。
まるで勇気を分けてもらったみたいに思えて、俺は大きく息を吸って言葉を吐き出した。
「あの人が、レイナントの兄が俺を『陽』って呼んだの、気になるよな?」
「ええ、とても。でも、あなたが話したくないのであれば、私は聞きません」
緊張で握りしめてしまった手に、温かい掌が重なる。
本当に、どこまでもこの人は俺のことを優先して、大切にしてくれる。
だからこそ、隠し事はしたくない。
「信じてもらえるか分からないけれど、これから話すのは事実なんだ」
恐る恐る口を開くと、大丈夫だというように強く抱きしめられた。
「私がルイを信じないわけがありません」
きっぱりとした口調に、知らずに緊張していた体の力が抜けていく。
大丈夫だ。レイナントは俺の気持ちを無視しない。
優しい色を湛えたブルーグレーの瞳を見ているうちに、固まっていた言葉が口から出ていく。
「あいつが、第三魔導士団長が俺を陽と呼んだだろ?」
「ええ、あなたを知っているようでした。何故ですか?」
あの時のやり取りを見て、レイナントが深い関わりを悟っていたのは分かっている。
本当は誰より知りたかったはずなのに、俺の怯えを見て、ひと言も追及しなかった。
その我慢強さと優しさにレイナントへ対する信頼と愛情が深まっていく。
乾いてしまった喉を潤すようにお茶を一口飲んだ。
冷めてしまってはいたけれど、爽やかな香りが鼻を抜けて気持ちを落ち着けてくれた。
そうして俺は話し始める。
「レイナント、俺には前世の記憶があるんだ」
「前世?」
「ここではない、別の世界で生きて、死んだ記憶がある」
「……いつから?」
「物心ついた時にはもうあった。生まれ変わったんだって分かった時、自分の人生をやり直せるって、すごく嬉しかった」
陽としての記憶を持ったまま成長したルイは、家族と離れることになっても落ち着いていられた。
だって、前の世界と違って、ここには俺を縛るものがなかったんだ。
誰の制限も受けず、自由に自分が思うまま振る舞うのがただ楽しくて、世界が明るく見えた。
「やり直す、のですか?」
問いかけるレイナントに、俺は頷いた。
「だって、ここには春樹がいなかったから」
朝起きると、なぜか家に春樹がいて、どこへ行くにもついてくる。
誰かと仲良くなろうとすれば間に割って入り、一人になりたくて距離を取っても、いつの間にかすぐそばにいる。
いつでもどこでも監視されているみたいで、息が詰まりそうだった。
そんな日々から解き放たれたことは、何にも代えがたい幸せだった。やっと楽に息ができるようになった気がした。
「ハルキとは誰ですか?」
レイナントの声が、ほんの少しだけ固くなった気がした。
いつも知らない名前を口にするとする顔だ、って思ったらこんな時なのにヤキモチを妬いて可愛いな、なんて思ってしまった。
俺は安心させるように笑いながら握っている手に指を絡めた。
「俺の、前世の幼馴染。俺が整った顔を嫌いになった張本人……」
「あなたに酷いことをしたという」
「うん」
頷けば、レイナントは大きく息を吐きだして首筋に顔を埋めた。
今は下ろしているから、髪の隙間に吐息がかかって少しくすぐったい。
「だから、調べても分からなかったのですね」
「俺のこと、調べたんだ?」
「ええ、無断ですみません。でも、どうしてもあなたを傷つけた相手を知りたくて」
もしもどこかにいるのなら、二度と俺へ接触しないようにと圧力をかけるつもりでしたと素直に答える。
勝手に調べられていたと聞けば、本来なら身構えてもおかしくないのに、不思議と嫌な気持ちは湧いてこなかった。
守るために、そこまでしてくれたんだと分かるからだ。
「そっか」
どこまでも俺を大切にしようとしてくれるレイナント。
嬉しくて、愛しい。
俺は握り合う手に「ありがとう」というように少しだけ力を入れた。
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