アクアヴェルン 婚約破棄された令息は隣国で護衛騎士に溺愛される。

中洲める

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8話 アマハガは今……<ラカルド視点>

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「クソ、クソ、クソ……! なんでこうも上手くいかない!」
 椅子を蹴飛ばした足先に、鈍い痛みがじんじんと走った。
 痛い。だが、それ以上に胸の奥が焼けるように熱い。焦げつくような苛立ちが、喉の奥にくぐもっていた。

 卒業式は何事もなく終わった。
 俺の婚約者は、あの地味で不細工なアクアヴェイルから、麗しく気品あふれるアシェリへと変わった。
 想定外だったのは、縋りつくと思っていた相手が、あっさり身を引いたことくらい。
 だが、それも都合がよかった。これで煩わしさが減る。そう思っていた。
 手続きも文官任せで抜かりはない。上出来の采配だと信じていた。

 なのに。

 卒業式の3日後、友好国との会談を終えた父上と母上に呼び出された。
 迎えの侍従の声は静かだったが、胸の奥で嫌な予感が泡立つ。

「クリス殿と婚約を破棄したとは、どういうことだ」
「卒業式の場で通告したと? 本気なのですか?」
「しかも新しい婚約者とは……」
「クリス殿は何と……」

 矢継ぎ早の問いに、俺は堂々と胸を張って答えた。理解してもらえるはずだと信じて。

「クリスは身の程を知り、快く受け入れました」

 静寂。
 父上が額に手を当て、母上は肩を震わせてソファに崩れ落ちた。

 なぜだ。どうして誰も喜ばない。
 俺は正しいはずだ。不釣り合いな婚約など、誰が見てもおかしかった。
 だから、俺は声を荒げた。

「俺は自分にふさわしい相手を見つけたんです! まずアシェリに会ってください! 彼を見れば、俺の選択が正しいと分かるはずです!」

 けれど、父上の口から出たのは思いもしない言葉だった。

「……すぐにクリス殿へ連絡を取らねば」
「謝罪をしなくてはいけませんわ」

 父上は執事に指示を出し、母上は俯いたまま部屋を出ていく。
 思わず叫んだ。

「母上っ!」

 その声はむなしく反響し、扉が静かに閉まる音だけが残った。

 父上が深いため息をつく。
「ラカルドよ、クリス殿がこの国にとってどれほど大切な御仁か、理解しているか?」
「たった一属性しか持たない、不細工なアクアヴェイルでしょう?」

 鼻で笑う。
 アシェリは力こそ弱いが、3属性を操る希少なヴェイルだ。婚約者としてどちらがふさわしいかなど、考えるまでもない。

「……あの方がどれほど国益をもたらしていたか、知らないのか」
「……」
 知らない。知る気すらなかった。
 あいつは課題を丸投げすれば片づけてくれる便利な存在。それだけだった。
 だが、出来が良すぎて、最終的には俺が怠けたと責められた。理不尽だ。
 俺にとって奴は、役に立たないどころか、目障りな存在だった。

 見た目が気に入らない。能力も俺より高い。人望も厚く、優遇されるのはいつも奴。
 好きになれる要素など1つもない。
 そのくせ俺を慕う。媚びたように名を呼ばれるたび、虫唾が走った。

 父上は顔を伏せ、低く呟いた。
「……育て方を間違えた。年を重ねれば落ち着くと思っていたのに」

 その言葉は耳に入らなかった。入っても、理解しようなどと思わなかった。

「アシェリとの婚約を正式にお認めください」
 強く言い切ると、父上はもう一度ため息をつき、侍従へ合図を送る。

「お前はしばらく謹慎だ。部屋から出るな」
「な、何故ですか」
「クリス殿が来たら、誠心誠意謝罪しろ」
「俺が謝る必要などありません!」

 胸を張って言い返したが、父上は首を振り、「いいから連れて行け」と告げた。
 騎士が両脇を取る。

「おい、離せ!」
 暴れても無駄だった。あっという間に自室へ押し込まれ、扉が重く閉じた。

 それから3日。
 痛む足を引きずりながら、ソファに腰を落とす。
「なぜあの不細工を、そこまで気にかけるのだ」
 父上も母上も、俺よりあいつを重用する。
 何をしても、称えられるのはあいつばかり。俺にそんな言葉がかけられたことはない。

 だから思った。あいつさえ消えれば、ようやく俺を見てくれるはずだと。

 けれど……。

「……クソ」
 頭を抱えて唸ったとき、扉をノックする音がした。
 許可を出す前に開いた扉。怒鳴りつけようとしたが、声が詰まった。

「兄上……」
 同じ金髪。しかし瞳は紫を帯び、冷静な光を宿している。
 顔立ちは俺と大差ない。
 けれど武芸、学問、社交そして知略。全てにおいて完璧な第一王子アレン。
 その圧倒的な存在を前に俺の輪郭がかすんでいく。

「お前、クリス殿と婚約を破棄したんだって?」
「したい、ではなく、したのです。あいつも納得しました」
「はぁ……」
 長いため息。父上そっくりなその響きに、胸の奥がざらりと痛んだ。

「クリス殿が行方不明だ」
「そうですか」
 返した声に感情はなかった。
 俺の前から消えろと言ったその言葉を実践したのかと胸が空く。
 だとしたら清々した。

 そんな風に思っていた俺の顔を見て、兄上はただため息をつく。
「これは国の問題なんだぞ。お前はとんでもないことをしでかした」
 何がそんな大事なのか理解できない。俺は眉をひそめる。

「今から国を挙げて探す。お前も手伝え。そして見つけたら、許してもらえるまで頭を下げてこい」
「嫌です。俺はアシェリと結婚します。……そうだ、どうしても奴が必要ならアシェリを正妻にして、第2夫にすれば」
「馬鹿が」
 短い言葉に込められた冷たさが、背骨を這い上がる。兄の目に、明確な軽蔑の色が浮かんでいた。

「この国は一夫一婦制。神のご意思だ。もし私に定められた婚約者がいなければ、お前などに任せなかったのに」
 その一言で、胸の奥がざわめく。兄の瞳に、あの男への敬愛が映っていた。

 なぜあいつばかり……。

 ざわりと心の内側を不快な感情が撫でていく。

「もういい。お前には何を言っても無駄だ。父上たちにはそう伝える」
「兄上……!」
 呼び止めても、兄は振り向かずに扉を閉めた。

 沈黙が降り、部屋の冷気が膚に刺さる。
 確かに勝ち取ったはずの幸福が、手の中から零れ落ちていく。

 そして1週間後。
 俺とアシェリの婚約は正式に認められた。
 けれど同時に告げられたのは、冷たい現実だった。

 俺は、アシェリの実家。シアー男爵家の婿となる。

 つまり、廃嫡だ。

 王族ではなく、男爵家の一員。
 形式上は「縁続き」だが、実質的には追放に等しかった。
 貴族たちの視線も、使用人の態度も、昨日までとは違っていた。

 アシェリとの結婚を望んだのは俺自身。今さら引き返せない。

 強制的にシアー家へ送られた。
 迎えてくれたアシェリの笑顔は相変わらず美しかった。
 だが、その笑みがなぜだか冷たく見えた。

 もう、俺は「王子」ではない。アシェリの付属品だ。

 最初のうちは、何も考えられなかった。
 空は青く、庭の花は鮮やかだったのに、世界はどこか色を失っていた。

 そして時間が経つほど、心の底から黒い何かが滲み出した。
 家族が血の繋がった俺ではなく、あの不細工を選んだ。その事実が頭を怒りで満たした。

「俺の方が優れていることを証明してやる。父上も母上も、兄上も」
 そう口にすると、胸の重石がわずかに浮いた気がした。
 証明すればいい。俺こそが正しいと。

 誰より早く、あの不細工を見つけ出してやる。
 そして頭を下げさせ、父上たちの前へ突き出してやる。
 そうすれば、すべてが元に戻る。
 王族の地位も、父上の期待も、母上の笑顔も、兄上の信頼も。
 アシェリも、再び俺の隣で微笑むだろう。

 それでいい。
 それだけでいいのに……。

 俺の人生を台無しにした奴に、相応の報いを受けさせてやる。
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