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9話 オアシスとベッド
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枯れ果てた砂地に、風の音が途切れなく続いていた。
砂の匂いを含んだ熱気が頬を撫で、口の中まで乾いていく。
それでも、この乾きがどこか愛しく思えた。
最初の街を出てから、1週間。
小さな集落をいくつも渡り歩き、補給を繰り返して、ようやく辿り着いた。
ここが、地図につけた印の場所。
ラステアが地図と方角を何度も確かめ、確信したように頷く。
「ここですね」
この先は、誰も足を踏み入れたことのない、さらに乾いた砂漠の果て。
人が住める限界点だ。
途中で似たような廃墟をいくつも見た。けれど、どれにも足を止めたいとは思わなかった。
今になって、その理由がはっきりわかる。
何が違うのかは説明できない。ただ、ここが僕らの求めていた場所だと心から思えた。
「うん、ここだ」
僕とラステアの、新しい居場所。
5棟ほどの建物の痕跡が残る、小さな集落。
一番大きな建物以外は、ほとんどが砂に埋もれていた。
家の脇には、かつてのオアシスの境界線を示すように、乾ききった草木の残骸が並んでいる。
「僕、オアシスを復活させるね」
そう言うと、ラステアは僕をラクドの背から下ろしてくれた。
「俺は建物を調べて、使えそうか見てきます」
「お願い」
ラクドを建物の外へ置いたまま、ラステアは形を保つ泥レンガ造りの一番大きな建物へ入っていく。
僕はそれを見送った。
彼がいてくれたから、ここまで来られた。
そんな感謝を胸に、僕は静かな砂地を見渡しながら歩き出す。
「ここかな?」
かつてオアシスだったであろう砂地の中央にしゃがみ、地面に手を置いて魔力を流す。
「水よ、来い」
遠くから、こぽこぽと小さな音が響き始めた。
それは次第に近づき、やがて砂の中から澄んだ水が溢れ出す。
冷たく、柔らかく、まるで眠っていた命が目を覚ますように。
僕の指先を伝って、砂の温度が少しずつ変わっていく。
白い砂が水に飲み込まれ、少しずつ色を取り戻していった。
「一晩もあれば、満たされるかな」
独りごちるように呟く。
これでまたひとつ、命が息を吹き返す。
生まれ変わるオアシスと共に、僕らもここで生きていくのだ。
足首まで水が満ち始めた頃、僕はその場を離れる。
あとは放っておいても、水は湧き続けるだろう。
振り返らずに、ラステアを追いかけた。
建物の中から、ごそごそと音がするから居場所はすぐにわかった。
扉もない部屋の入口から覗くと、ラステアが机の引き出しを開け閉めしていた。
手つきは丁寧で、使用感を確かめているようだ。
「ラステア」
声をかけると、彼は振り返って微笑んだ。
「クリス、もう終わったのか」
「うん。夜には十分な水が溜まるよ」
「さすがクリスだ」
「へへへ」
ラステアに褒められると、やっぱり嬉しい。
「他の家も見る?」
「いや、小さい方は砂から掘り返すのが大変だ。ここなら外壁を直せば住める。とりあえずこの建物を使おう」
「そうだね。気に入らなかったら、新しく作ればいいし」
「ああ」
この大きな建物も1階は砂が入り込み、床がほとんど見えない。だから、2階を使うことにした。
壊れていない椅子を引きずり出し、まともなテーブルや家具を選び、埃を払って部屋を整える。
人の気配が消えて久しい家の中に、少しずつ、生活の形が戻っていく。
これから、ラステアとここで暮らせる。
そう思うだけで、胸の奥がワクワクと熱くなった。
使えそうな部屋を選び、ラステアと2人で相談して家具を配置していった。
窓から差し込む光が、室内を薄く照らしている。
「ベッドは、1つしか使い物にならないな」
「別にいいんじゃない? 少し狭いけど、2人で寝られるくらいの広さはあるよね」
「……そうだな」
「?」
その一拍の沈黙が、妙に長く感じた。
いつも野営でも宿でも、隣に寝てきたはずなのに、どうして今さらためらうんだろう。
ラステアの顔をまじまじと見ても、その目はどこか遠くを見ているようだった。
「もしかして、狭いの嫌? だったら僕、ソファで寝るよ」
部屋の隅には、まだ形を保った長いソファが1つ残っていた。
小柄な僕なら、あれでも十分だと思ってそう言ったのに、ラステアはすぐに首を横に振った。
「いいえ、俺がソファで寝ます」
「でも、ラステアには小さいよ?」
「それでも……クリスをソファで寝かせるわけにはいかない」
その声はまっすぐだった。けれど、どこかにわずかな痛みを含んでいるようにも聞こえた。
気をつかってくれているのはわかる。でも、その奥に別の理由が隠れている気がした。
胸の奥がじくりと痛む。僕から距離を取ろうとしているように見えてならなかった。
「僕だって、ラステアが窮屈なのは嫌だよ」
静かに視線がぶつかる。言葉よりも空気の方が重く感じた。
互いに譲らず、空気が少しずつ張り詰めていく。
ラステアが短く息を吐き、視線を逸らした。
その仕草が拒絶のように映り、痛みが広がる。
「他の家を回ってみます。もしかしたらもう1つくらい、無事なベッドがあるかもしれません」
わずかに棘のある声で言って、扉の方へ向かおうとする。
その背中を見た瞬間、心がざわめいた。
どうして、そんなに離れようとするの?
そんなに、一緒が嫌なの?
ふと理解してしまった。狭いのが嫌なのではない。
僕と同じベッドに寝るのが、嫌なのだ。
胸の奥に知らない熱がこみ上げて、喉が詰まる。
「ラステアは……僕と一緒が、嫌なんだね」
言葉が空気に溶けて消える。
ラステアの足が止まった。でも、答えは返ってこない。沈黙が酷く痛かった。
「そんなに嫌がられてるなんて……」
「嫌じゃない! 違うんだ、嫌なんかじゃない!」
僕の震えた声に、ラステアが慌てて振り向いた。
いつも冷静な彼が、言葉を探すように口を開いては閉じる。
顔が苦しげにゆがみ、視線が宙を泳ぐ。
「じゃあ、なんで……?」
「……同じベッドでは落ち着かないんだ」
「どうして? 野営のときも、宿でも一緒だったじゃない」
問いかけると、ラステアはわずかに肩を強張らせ、目を伏せた。
「それは、守らなきゃいけなかったからだ。でも今は……違う」
胸がざわついた。
守るためだった。
その言葉の過去形が、鋭く心に刺さる。
今の僕には、もうそばに居る理由がないということ……?
「もう、安全な場所まで来たから……。そばにいたくないってこと……?」
言いながら、自分でも声が震えていた。
魔力暴走を鎮めてもらっていた日々を思い返す。
あれも、彼にとっては『嫌な義務』だったのだろうか。
そう考えた瞬間、血の気が引いていった。
「ごめん、ラステア……。僕、ラステアに酷いことを……」
「え、クリス!?」
「そんなに嫌だったなんて知らなくて……」
足に力が入らず、その場に崩れ落ちた。
視界が滲み、涙がとめどなく溢れてくる。
「ちがう、そうじゃない! クリス!」
ラステアが慌てて目の前にしゃがみ込み、僕の肩を掴んだ。
その手が少し震えているのが伝わる。
「違う。そんな理由じゃないんだ」
低く沈んだ声。
その響きに、彼の本気が滲んでいた。
沈黙が落ちるたび、心臓の音がやけに大きく響く。
「泣くな……。泣かないでくれ、クリス」
ラステアがそっと涙を拭う。
その優しさに、堰を切ったように涙が溢れた。
彼は眉を寄せ、しばらくためらったあと、深く息を吐いた。
「……引かれたくなくて、言えなかったんです」
その言葉には、決意と照れが混ざっていた。
「僕のこと、嫌じゃないの……?」
「嫌なら、一緒に来たりしない」
即答だった。
その一言だけで、胸の奥がひとつ溶けていく。
けれど、僕の手は無意識にラステアの服を掴んで離さなかった。
「嫌われてると思われるのはつらいので、言います。後悔しないでくださいよ」
「……うん」
ラステアはゆっくりと僕の頬に手を伸ばし、親指で涙の跡をなぞった。
そのまま、まっすぐ僕を見つめて言った。
「クリスといると、どうしようもなく意識してしまう。隣で寝てると思うだけで、心臓がうるさい。……触れてしまいそうで、怖いんだ」
胸の奥で何かが跳ねた。息が詰まり、鼓動が速くなる。
「愛しています」
その一言が空気を切り裂くように響いた。
風の音も、僕の震えさえも止まった。
ただラステアの視線だけが、真っすぐ心を射抜いてくる。
「だから、一緒に眠ったら……。あなたに触れたくなってしまう」
淡々とした声の奥に、押し殺した熱が滲んでいた。
胸の奥に何かが芽吹く。温かくて、苦しくて、どうしようもない。
頬が熱を持ち、視界の端が少し揺らぐ。
「あなたの気持ちを無視して、そんなことはしたくない。だから、一緒には寝られません。……いいですね?」
噛んで含めるように言われて、僕はただ、言葉も出ないまま頷いた。
心臓が痛いほど鳴っていた。
「……どうにかもう1つベッドを確保しましょう。それで解決です」
「……」
「俺はあなたを愛しています。嫌ってなんかいません。それだけは信じてください」
「うん……」
ラステアは短く微笑み、部屋を出ていった。
遠ざかって行くラステアの足音が静かに響く。
残された僕は、ただその背中を見送ることしかできなかった。
『愛しています』
その言葉が何度も頭の中で反芻し、鼓動がひどく乱れる。
なのに、その音が少しだけ嬉しかった。
それが何なのか、まだうまく言葉にできない。
けれど胸の奥で、確かに新しい何かが生まれていた。
砂の匂いを含んだ熱気が頬を撫で、口の中まで乾いていく。
それでも、この乾きがどこか愛しく思えた。
最初の街を出てから、1週間。
小さな集落をいくつも渡り歩き、補給を繰り返して、ようやく辿り着いた。
ここが、地図につけた印の場所。
ラステアが地図と方角を何度も確かめ、確信したように頷く。
「ここですね」
この先は、誰も足を踏み入れたことのない、さらに乾いた砂漠の果て。
人が住める限界点だ。
途中で似たような廃墟をいくつも見た。けれど、どれにも足を止めたいとは思わなかった。
今になって、その理由がはっきりわかる。
何が違うのかは説明できない。ただ、ここが僕らの求めていた場所だと心から思えた。
「うん、ここだ」
僕とラステアの、新しい居場所。
5棟ほどの建物の痕跡が残る、小さな集落。
一番大きな建物以外は、ほとんどが砂に埋もれていた。
家の脇には、かつてのオアシスの境界線を示すように、乾ききった草木の残骸が並んでいる。
「僕、オアシスを復活させるね」
そう言うと、ラステアは僕をラクドの背から下ろしてくれた。
「俺は建物を調べて、使えそうか見てきます」
「お願い」
ラクドを建物の外へ置いたまま、ラステアは形を保つ泥レンガ造りの一番大きな建物へ入っていく。
僕はそれを見送った。
彼がいてくれたから、ここまで来られた。
そんな感謝を胸に、僕は静かな砂地を見渡しながら歩き出す。
「ここかな?」
かつてオアシスだったであろう砂地の中央にしゃがみ、地面に手を置いて魔力を流す。
「水よ、来い」
遠くから、こぽこぽと小さな音が響き始めた。
それは次第に近づき、やがて砂の中から澄んだ水が溢れ出す。
冷たく、柔らかく、まるで眠っていた命が目を覚ますように。
僕の指先を伝って、砂の温度が少しずつ変わっていく。
白い砂が水に飲み込まれ、少しずつ色を取り戻していった。
「一晩もあれば、満たされるかな」
独りごちるように呟く。
これでまたひとつ、命が息を吹き返す。
生まれ変わるオアシスと共に、僕らもここで生きていくのだ。
足首まで水が満ち始めた頃、僕はその場を離れる。
あとは放っておいても、水は湧き続けるだろう。
振り返らずに、ラステアを追いかけた。
建物の中から、ごそごそと音がするから居場所はすぐにわかった。
扉もない部屋の入口から覗くと、ラステアが机の引き出しを開け閉めしていた。
手つきは丁寧で、使用感を確かめているようだ。
「ラステア」
声をかけると、彼は振り返って微笑んだ。
「クリス、もう終わったのか」
「うん。夜には十分な水が溜まるよ」
「さすがクリスだ」
「へへへ」
ラステアに褒められると、やっぱり嬉しい。
「他の家も見る?」
「いや、小さい方は砂から掘り返すのが大変だ。ここなら外壁を直せば住める。とりあえずこの建物を使おう」
「そうだね。気に入らなかったら、新しく作ればいいし」
「ああ」
この大きな建物も1階は砂が入り込み、床がほとんど見えない。だから、2階を使うことにした。
壊れていない椅子を引きずり出し、まともなテーブルや家具を選び、埃を払って部屋を整える。
人の気配が消えて久しい家の中に、少しずつ、生活の形が戻っていく。
これから、ラステアとここで暮らせる。
そう思うだけで、胸の奥がワクワクと熱くなった。
使えそうな部屋を選び、ラステアと2人で相談して家具を配置していった。
窓から差し込む光が、室内を薄く照らしている。
「ベッドは、1つしか使い物にならないな」
「別にいいんじゃない? 少し狭いけど、2人で寝られるくらいの広さはあるよね」
「……そうだな」
「?」
その一拍の沈黙が、妙に長く感じた。
いつも野営でも宿でも、隣に寝てきたはずなのに、どうして今さらためらうんだろう。
ラステアの顔をまじまじと見ても、その目はどこか遠くを見ているようだった。
「もしかして、狭いの嫌? だったら僕、ソファで寝るよ」
部屋の隅には、まだ形を保った長いソファが1つ残っていた。
小柄な僕なら、あれでも十分だと思ってそう言ったのに、ラステアはすぐに首を横に振った。
「いいえ、俺がソファで寝ます」
「でも、ラステアには小さいよ?」
「それでも……クリスをソファで寝かせるわけにはいかない」
その声はまっすぐだった。けれど、どこかにわずかな痛みを含んでいるようにも聞こえた。
気をつかってくれているのはわかる。でも、その奥に別の理由が隠れている気がした。
胸の奥がじくりと痛む。僕から距離を取ろうとしているように見えてならなかった。
「僕だって、ラステアが窮屈なのは嫌だよ」
静かに視線がぶつかる。言葉よりも空気の方が重く感じた。
互いに譲らず、空気が少しずつ張り詰めていく。
ラステアが短く息を吐き、視線を逸らした。
その仕草が拒絶のように映り、痛みが広がる。
「他の家を回ってみます。もしかしたらもう1つくらい、無事なベッドがあるかもしれません」
わずかに棘のある声で言って、扉の方へ向かおうとする。
その背中を見た瞬間、心がざわめいた。
どうして、そんなに離れようとするの?
そんなに、一緒が嫌なの?
ふと理解してしまった。狭いのが嫌なのではない。
僕と同じベッドに寝るのが、嫌なのだ。
胸の奥に知らない熱がこみ上げて、喉が詰まる。
「ラステアは……僕と一緒が、嫌なんだね」
言葉が空気に溶けて消える。
ラステアの足が止まった。でも、答えは返ってこない。沈黙が酷く痛かった。
「そんなに嫌がられてるなんて……」
「嫌じゃない! 違うんだ、嫌なんかじゃない!」
僕の震えた声に、ラステアが慌てて振り向いた。
いつも冷静な彼が、言葉を探すように口を開いては閉じる。
顔が苦しげにゆがみ、視線が宙を泳ぐ。
「じゃあ、なんで……?」
「……同じベッドでは落ち着かないんだ」
「どうして? 野営のときも、宿でも一緒だったじゃない」
問いかけると、ラステアはわずかに肩を強張らせ、目を伏せた。
「それは、守らなきゃいけなかったからだ。でも今は……違う」
胸がざわついた。
守るためだった。
その言葉の過去形が、鋭く心に刺さる。
今の僕には、もうそばに居る理由がないということ……?
「もう、安全な場所まで来たから……。そばにいたくないってこと……?」
言いながら、自分でも声が震えていた。
魔力暴走を鎮めてもらっていた日々を思い返す。
あれも、彼にとっては『嫌な義務』だったのだろうか。
そう考えた瞬間、血の気が引いていった。
「ごめん、ラステア……。僕、ラステアに酷いことを……」
「え、クリス!?」
「そんなに嫌だったなんて知らなくて……」
足に力が入らず、その場に崩れ落ちた。
視界が滲み、涙がとめどなく溢れてくる。
「ちがう、そうじゃない! クリス!」
ラステアが慌てて目の前にしゃがみ込み、僕の肩を掴んだ。
その手が少し震えているのが伝わる。
「違う。そんな理由じゃないんだ」
低く沈んだ声。
その響きに、彼の本気が滲んでいた。
沈黙が落ちるたび、心臓の音がやけに大きく響く。
「泣くな……。泣かないでくれ、クリス」
ラステアがそっと涙を拭う。
その優しさに、堰を切ったように涙が溢れた。
彼は眉を寄せ、しばらくためらったあと、深く息を吐いた。
「……引かれたくなくて、言えなかったんです」
その言葉には、決意と照れが混ざっていた。
「僕のこと、嫌じゃないの……?」
「嫌なら、一緒に来たりしない」
即答だった。
その一言だけで、胸の奥がひとつ溶けていく。
けれど、僕の手は無意識にラステアの服を掴んで離さなかった。
「嫌われてると思われるのはつらいので、言います。後悔しないでくださいよ」
「……うん」
ラステアはゆっくりと僕の頬に手を伸ばし、親指で涙の跡をなぞった。
そのまま、まっすぐ僕を見つめて言った。
「クリスといると、どうしようもなく意識してしまう。隣で寝てると思うだけで、心臓がうるさい。……触れてしまいそうで、怖いんだ」
胸の奥で何かが跳ねた。息が詰まり、鼓動が速くなる。
「愛しています」
その一言が空気を切り裂くように響いた。
風の音も、僕の震えさえも止まった。
ただラステアの視線だけが、真っすぐ心を射抜いてくる。
「だから、一緒に眠ったら……。あなたに触れたくなってしまう」
淡々とした声の奥に、押し殺した熱が滲んでいた。
胸の奥に何かが芽吹く。温かくて、苦しくて、どうしようもない。
頬が熱を持ち、視界の端が少し揺らぐ。
「あなたの気持ちを無視して、そんなことはしたくない。だから、一緒には寝られません。……いいですね?」
噛んで含めるように言われて、僕はただ、言葉も出ないまま頷いた。
心臓が痛いほど鳴っていた。
「……どうにかもう1つベッドを確保しましょう。それで解決です」
「……」
「俺はあなたを愛しています。嫌ってなんかいません。それだけは信じてください」
「うん……」
ラステアは短く微笑み、部屋を出ていった。
遠ざかって行くラステアの足音が静かに響く。
残された僕は、ただその背中を見送ることしかできなかった。
『愛しています』
その言葉が何度も頭の中で反芻し、鼓動がひどく乱れる。
なのに、その音が少しだけ嬉しかった。
それが何なのか、まだうまく言葉にできない。
けれど胸の奥で、確かに新しい何かが生まれていた。
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