転生した悪役令息は友人フラグを立てたはずの王子に溺愛されて逃げ道がない!?

中洲める

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7話 さて、主人公は?

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「……そんなことある?」

 名簿を手にしたまま固まり、心臓がどくりと跳ねた。
 ページをめくる指先が冷え、胸の奥でざわつきが渦を巻く。逃げ出したいほどの不安が込み上げてきた。

 ……ない。
 どこにも、あの名前がない。

 ゲームの主人公、エミリオ・ブロッサム。
 孤児院育ちの平民にして、二属性の魔法適性を持つ希少な存在。
 魔術の才能がずば抜けていて、子爵家に迎えられ、貴族の学園に編入するのが原作の筋書きだ。

 なのに。
 新入生名簿の上位貴族、特別クラスの十二名、通常二クラス四十名。
 そのどこにも、エミリオ・ブロッサムという名は載っていなかった。

 入学式でも探した。
 講堂いっぱいの新入生の中から、特徴的なパステルピンクの髪を目で追ってみた。
 だが一人も見つけられなかった。

 胸の奥で何かが嫌な音を立てて崩れる。
 足元から血の気が引いていくような感覚がして、名簿を持つ手が震えた。

「……任意ネーム変更可能だったら、違う名前かもしれない?」

 ビジュアル変更機能まであるなんて、俺は聞いてない。
 そもそも姿まで変えられるなら、誰が誰だか分からなくないか?

 そうしたら探してノワールと会わせる俺の計画が成り立たなくなってしまう。

 それらしい人物が攻略対象たちと親密になっていそうな気配はない。
 転入の噂もなければ、国外からの留学生枠にも該当者はいない。
 それらしい人物が見当たらない。

 嫌な予感で冷汗が落ちる。

 まさか。

 ……主人公が、この世界に。

「……いない?」

 その考えが自分の中で形を持った瞬間、ぞわりと背筋が震えた。
 今まで一度も疑ったことがなかった。
 主人公がいるからストーリーは進み、呪いは解けて、ノワールは運命の人と結ばれて幸せになる。

 そう、信じていた。

 だがもし、その根本が存在していなかったら?

 自分の体から血の気が引いて行くのを感じる。

「いや、まだだ。まだ早すぎるだけだ」

 無理矢理にでも言い聞かせる。
 ノワールは規格外の才能を持つ。出会うための条件が重いのも当然だ。
 だから今は見つからない。
 そう思い込まなくては、心が折れそうだった。

 主人公がいない世界。
 それはつまり、ノワールの呪いが解けない世界。

 彼は運命の相手と出会えないまま、魔力に削られ、寿命が尽きてしまう。

 そんな未来を想像した瞬間、視界がにじみ、世界がぐらついた。

「おい、アル。どうした、大丈夫か?」
「……ノワール」
 肩を支える温もりと、聞き慣れた声が現実へ引き戻す。
 そういえば俺は今、寮の部屋で教師から渡された名簿を確認していたんだっけ。

 入学式が終わり、新入生はそれぞれの部屋へ戻った。
 俺とノワールの部屋は寮最上階の特別区画で、広大なフロアを二人だけで使っている。

 それにしても……。

「なんで、俺の部屋に?」
「俺たちが婚約者だからな」

 いやいや、理由になっていない。
 そもそも、ドアが開いた気配がなかったのに、どうやって入った?

 問い詰めようとしたが、ノワールはただ近寄ってきて、寝室を指さした。

「そこだ」

 さっき確認した寝室。外へ通じる扉なんてなかったはず……?
 そう思う間もなく、突然ノワールに抱き上げられた。

「!?」

 お姫様抱っこ。
 情けないが、体格差ゆえに軽々と持ち上げられてしまうのが悔しい。

「ノワール、下ろせ! 恥ずかしいだろ!」
「嫌だ。顔色が悪い。すぐ横になれ」

 有無を言わせぬ優しさで俺を連れて、そのまま寝室へ向かう。
 なのにベッドの横を通り過ぎ、奥の見知らぬドアのノブに手をかけた。
 あれ、こんなのあった?
 全然気づかなかった。

 ためらいもなくノワールがドアを開くと、その先にはもう一つ別の寝室があった。
 そこには王族専用としか思えない豪華な天蓋付きの大きなベッドが据えられている。

「どうせ寝るなら広いベッドのほうがいいだろ?」

 そう言って俺をそのベッドへそっと寝かせ、膝をつき、丁寧に靴を脱がせてくれる。
 その動作一つひとつが優しくて、逆に胸が痛くなる。

 隣に滑り込んできたノワールが、俺の手を取り頬を寄せた。

「治癒師を呼ぼうか?」
「いや、大丈夫。自分で治せるから」
「お前がすごい治癒師なのはわかってる。でもな、辛い時は誰かに頼れ」

 それ、今まで俺がずっとノワールに言ってきた言葉だ。
 なのに俺自身は、誰にも不安を見せられないでいる。
 頼れって、こんなの一体誰に何を言えばいいんだ。

 きちんと主人公を出して正常なルートに進ませろって?

 これがゲームならぶち切れお気持ちメールを運営に送っているけれど、あいにくここは現実の世界。
 文句をぶちまける相手がいない。

 特にノワールには絶対に、言えない。

「寝不足なんだ。昨日の夜寝る前に読んだ本が面白くて」
 苦し紛れの嘘に、ノワールは安心したように笑った。
「はは、アルらしいな」

 その笑顔を見るだけで罪悪感が押し寄せる。
 でも、俺の不安を背負わせるわけにはいかない。
 本来、俺の存在はノワールを救うためのものじゃない。
 救うのは彼の運命の相手だ。
 だからこそ、俺が余計な感情や意思を混ぜてはいけない。
 胸の奥にあふれる重たい感情をごまかすように話題を変えた。

「それにしてもこのベッド、最高に寝心地いいな」
「だろ? アルのために用意したんだ」
「俺のため?」
「寝るのが好きだろ? だからゆっくり休める場所にしたかった」
 ふかふかの布団がかけられ、温かさがじわりと身体に染みる。
「いつでもここで寝ていいんだぞ?」
 背中を優しく撫でられているうちに、瞼が重くなる。
 ノワールの声、体温、優しさ。
 全部が心地よすぎて力が抜ける。

「卑怯だ、ノワール……」
「ふふふ、戦略とは相手を知ることなり。君が教えてくれたんだろ?」

 楽しそうに笑うその顔を見るたび、胸の奥にじんわりと灯がともる。

 ただそれだけで、俺の心まで救われるんだ。

 だからこそ。

 いつか彼が呪いから解き放たれ、重荷を背負うことなく、自由で幸せに生きていく姿を見てみたい。
 その未来を守れるなら、俺はどんな道でも選ぶつもりだ。

 この人生、悔いのないようにやりたいことをやると俺は決めた。
 大切な友人の未来を守るためなら、どんな困難にも全力で立ち向かう。

 胸の奥で、静かに、しかし確かに決意が燃え上がった。

 やってやる。
 俺は必ずノワールを救ってみせる!


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