転生した悪役令息は友人フラグを立てたはずの王子に溺愛されて逃げ道がない!?

中洲める

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20話 おはよう

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 目を覚ましたのは、日がずいぶん高くなってからだった。
 頭を優しく撫でられる感触に、ゆっくりと目を開ける。
 最初に見えたのは、幸せそうに微笑むノワールの顔だった。

「アル、おはよう」
「おはよ……」
「ふっ、声すごいな」
「だれの、せいで……」

 喉も腰も重たくて、体がまるで自分のものではないみたいだ。
 少し動くだけで軋むように痛む。
 けど、これがノワールと気持ちが通じ合った証なのだと嬉しいような、恥ずかしいような、安心で胸がいっぱいになるような……。
 とにかくいろんな感情が押し寄せてきて、思うように言葉が出てこない。

「水を飲むか?」
「のむ」

 ノワールが小さな葉っぱの浮いたミント水を注いでくれる。
 けれど腕に力が入らなくて、コップを持てば落としてしまいそうだ。
 伸ばした指先が震えているのを見たノワールが俺の髪を優しく撫でる。

「飲ませてやる」
 ノワールが口に含んだ水を、口移しで飲ませてくれた。
「……んっ」
 温かくて、でも清涼感のある水が喉を通っていく。
 胸の奥がじんわりして、気持ちがいい。
「ノワール、足りない」
「わかった」
 甘えるようにノワールの腕を触ると嬉しそうに笑って、コップが空になるまで何度も繰り返してくれる。
「……ふぅ」
「まだいるか?」
「もういい」

 ……けれど、喉の渇きがおさまると、今度は空腹を感じてしまう。
 なんだか色々忙しい。

「お腹空いた」
「わかった」

 腹を鳴らしだした俺を見て笑ったノワールは、すぐに動いてくれる。
 ガウンを羽織ってベッドを降りて、侍従を呼び、食事を頼む彼の背中をベッドの中から見つめていた。
 その姿すら幸せそうで、つい笑ってしまう。

「アル……」

 戻ってきたノワールが、カーテンを開けたあと俺の隣に潜り込んで抱きしめてくる。
「アル……」 
 甘えるようにすり寄ってくるノワールを抱き返す。
「ねぇ、ノワール。体の調子はどう?」
 呪いは解けたはずだけれど、まだ確信が持てない。
 心配そうにのぞき込む俺の頭を優しく撫でてノワールが微笑む。
「問題ない。体がすごく軽いんだ」
「よかった」
「あの暴れ狂っていた魔力がほとんど感じられない」
 ノワールの言葉に胸を撫で下ろす。
 俺も意識を凝らしてみたが、確かにあの暴力的な魔力を感じられない。
 呪いはちゃんと解けたんだ。よかった。
 そう思ってノワールを見つめていると、日の光に照らされたノワールの髪がきらりと光って見えた。

 俺はそれに向かって手を伸ばす。
 前髪の一房の色が明確に変わっていた。

「ノワール、ここ、銀色になってる」
 摘んで見せると、ノワールがそれを見て表情を和らげた。

「黒髪は愛し子の象徴だっていうから、これから色が消えていくのかもな」

 ノワールは軽く言ったつもりなんだろうけど、その言葉が胸の奥にじわりと広がった。
 色が抜けたら、ノワールは銀髪になるのだろうか。
 それはきっと信じられないほどきれいで、似合っていて、格好いいに決まっている。

 愛し子じゃなくなるなら、ノワールはもう苦しまない。
 毎日怯えるように過ごす必要も、痛みに耐える必要もない。
 ……本当に、全部、終わったんだろうか。

 夢みたいで、実感が追いつかない。

「もう死なないんだよな?」
 確かめた声が震えてしまった。

 ノワールは迷いなく頷く。
 その瞳には、昨日まで見せたことのない、穏やかな光が宿っていた。

「ああ。アルとずっと一緒にいる」

 その言葉が心に染みていく。
 胸が熱くて、喉の奥がつまって、答える声が小さくなった。

「……うん……」

 ただその一言を返すだけで精一杯だった。

 ノワールの指がそっと髪を撫でてくれる。
 その手が温かくて、本当に生きてるんだって、じんわり実感が湧いてくる。
 涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。
 額を軽く合わせて笑い合う。
 胸が幸せで満ちていく。

 やがてノックの音がして、侍従がワゴンを運んできた。

 焼きたてのパン、優しい香りのスープ、みずみずしいフルーツ。
 どれもおいしそうだ。
 
 ノワールがそれを受け取り、ベッドにテーブルを置き、俺の背中にクッションを入れて起こしてくれる。

「アルはあんまり食べてなかったからスープからな」
「うん」

 湯気のたつスープ。
 その香りを嗅いだだけで、胸があたたかくなる。
 食べたいって自然に思えたの、いつ以来だろう。

 自分でスプーンを取ろうとしたら、ノワールに奪われた。

 そして俺の口元へそっと差し出してくる。

 おそるおそる口に運ぶ。

「……おいしい」

 優しい野菜の甘みが舌に広がる。
 涙がこぼれそうになるくらい、おいしかった。

「おいしい、ノワール」
「ん、よかったな。たくさん食べろ」
「うん」

 今更ながら身体が食べ物を求めているのがわかる。
 差し出されるままスープを飲み、パンを口に運んだ。

「おいしい」
 フルーツまできれいに食べて、俺のお腹は久しぶりに満たされた。
「たくさん食べれてえらいぞ」
「小さい子どもじゃないんだけど……」
「俺がいないと飯も食えないからな、アルは」
「……うん」

 反論できない。けれど、それが幸せだった。

「卒業したら結婚するぞ」
「え、早くない?」
「早くない。そうだ、指輪も買いに行こう。お前が嫌がってたから作れなかったけどもういいよな?」
「う、うん」
「それから……」
「まだあるの?」
「婚約して二年も経ってるのに、婚約者らしいことを一つもしてないんだ。今から全部やる」

 目を輝かせて抱きしめてくるノワールを見ていると、それだけで俺も胸が満たされる。
 込み上げてくる気持ちが口から勝手にこぼれ落ちた。

「ノワール、好きだよ」
「ああ、俺も好きだ」

 嬉しそうに笑いながら、ノワールがそっとキスをしてくれた。

 ああ、本当に。
 こうして未来の話をして笑い合える日が来るなんて、思わなかった。

 幸せが、溢れて止まらなかった。
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