異世界召喚されたらハズレだと舌打ちされて捨てられました。死にたくないから全力で生きる!

中洲める

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33話 せめて、願わくば……(ナイア視点)

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 閣下の指が紙をめくるたびに、眉間の皺が少しずつ深くなっていく。
 その音だけが、静まり返った部屋に響いていた。
 閣下の隣でエリオット様をあやしながら書類を覗き込むアッシュ様も、同じ渋い顔をしている。

 そんな二人を見ていると、伴侶は似てくるものだと、タクマに聞いたことが脳裏によぎる。
 納得しながら二人を見ていると、自然と口角が上がりそうになってしまい、慌てて引き締めた。

「なるほど、ただの偶然で済ませることはもう出来ないな」
「はい、今までのように襲ってくるものを撃退していればいいという問題ではないと思います」
「そうだよね、人為的なものが含まれてるなら悪意はいずれ大きな波になって襲ってくるはずだ」
 深刻な部屋の中にエリオット様の可愛らしい声が響く。

 それだけで重くなる空気が緩和されていくようで、本当に子供は宝であると実感できる。

「陛下には報告を入れているが、これはもうグラフィカだけの問題ではない」
 閣下が息を吐き出しながら書類を机に置いた。
「人の手で作った魔獣なら、必ず魔の森から現れるわけじゃないもんね」
「陸路で運ばれ、街中で放たれるなんてことも考えられます」
「ああ、それが一番恐ろしい」
 渋い顔をする閣下は癒しが欲しくなったのか、アッシュ様からエリオット様を受け取り腕の中に抱きしめた。

 赤子の頬に触れる指先が、あの人らしく驚くほど優しかった。
 その穏やかな仕草を見るたび、胸の奥が静かに熱を帯びた。

 ——こんな優しい日常を失いたくない。

 閣下の様子を眺めていると、アッシュ様がふと思いついたように顔を上げた。
「もしかしてさ、あの国の連中は、森を『自然の実験場』として使っているんじゃない?」
「その可能性はあるな。だが、仮にそうだとして、ロアーム側にはどんなメリットがある? 現段階では嫌がらせ程度だが……」
 閣下の言葉を受け、アッシュ様が続けた。
「試作の段階ですでに魔獣除けは無効化されている。さらに研究が進み、彼らが魔獣を自在に操れるようになれば、森はロアームとの防壁にはならなくなる」
「つまり、いずれ兵器として送り込まれる可能性があるということか」
 もしロアームが魔獣を支配できるようになれば、魔の森そのものが彼らの武器になる。
「……断定はできませんが、それでもロアームが関与していると仮定したら、十分あり得ます」
 他国や自然要因の可能性も探っているが、状況証拠はロアームを指している。
 室内に三つ、同時にため息がこぼれた。

「あの国さぁ、新しい王様になってからなーんかうちの領地を目の敵にしてるよねぇ」
 アッシュ様が顔を嫌そうにしかめる。
「同じ魔の森に接した場所なのに、うちだけが平穏を手に入れたのが気に入らないんだろう」
「魔獣除けの薬なら、言ってくれたら分けるのに……」
「あの国は何故か魔の森を『支配』したいようなので、あれに頼っているグラフィカを見下しているのでしょう」
「俺様の意思に従え、って感じの場末のホストでしょ?」
 アッシュ様が表情を作って偉そうな手ぶりで大げさなセリフを言う。

「……フッ」
「……クッ、アッシュ。やめなさい」

 かつてタクマがやってくれたロアーム国王の真似は、私たちの間でちょっとしたネタとなり定着してしまった。

「ん゛っ……、とりあえず、国中で警戒をしておく必要がある。場合によっては周辺国と情報共有も検討するよう報告書を上げておく」
 和んでしまった場を引き締め直すように閣下が咳払いをして、話を続ける。

「はい」
「騎士団は……」
 そこでエリオット様が泣き出し、アッシュ様はミルクをあげてくると退室していく。

 それを見送り話を続ける。
「引き続き警戒と見回りを強化します」
「頼む」

「場合によっては戦争になるかもな……」

「……ええ」

 窓の外、遠くの空に雲が広がり始めていた。
 まるで嵐の前触れのように感じる。

 魔獣の対処だけならいい。けれど、最悪人間同士の命のやりとりとなるだろう。

「タクマは……」
「彼の意思を尊重してやれ。戦いたくないなら俺はそれを支持する」
 言おうとしたことを察したのか、真っ直ぐ私を見て頷いた。
「はい」
「もしも彼に助けを乞うなら……。全てをやりつくしてからだ」
「……そうですね」
 戦力だけで言えば、彼一人で戦況をひっくり返せるほど強大な力を持っている。
 この領地、国のために戦ってくれるならそれほど心強いものはない。
 けれど彼は平和な異世界から無理やり連れてこられた普通の子供。
 少しばかり規格外の力は持っていても、命のやり取りには慣れていない。
 それにこの世界の問題は、本来彼には関係のないことだ。

「我々は我々の使命を果たす」
「ええ」

 話を終えて部屋を退出する。

「出来れば、タクマが人の命を奪うような事態にはなってほしくないですね」
 純粋で優しくて、誰より人を思いやれる。

 そんな子供の手を汚すことにならないように。
 あの優しい笑顔が曇らないように。
 ただ、そう祈るしかなかった。
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