3 / 3
風邪をひきました
しおりを挟む
場は、真田屋敷の一室。
その床は、木目が美しい木の板。
布団を敷いても体がひんやりとするので、布団と床の間にもう一枚布を敷いている。贅沢な仕様だ。
身動いだかのように、布団がもぞもぞと動く。誰かが寝ているようだ。
「うぅん……」
可愛い寝息と言いたいが、苦しそうである。鼻が詰まっているようで、鼻がズルズルと鳴り、息ができなくなったところで口呼吸になる。
熱もあるようで体や顔が赤い。
寝返りを打つと、額に置かれた手ぬぐいがボトッと落ちた。
そこに、水の入った桶を持ってきた安岐が部屋に入る。
「まだ熱が出てるね、奥村さん」
枕元に正座をした安岐は、奥村の額に手を当てて呟く。
そして、落ちた手ぬぐいを拾い上げ、桶に入れる。冷たい水を含ませ、ギュッと絞り、再び手ぬぐいを奥村の額にそっと乗せた。
その時、奥村の瞼が僅かに動く。
「あ……姫さん、か」
瞼を重そうに開ける。
口からか細く出た声は枯れていた。
安岐は心配した面持ちで口を開いた。
「声もおかしいね。於江さんに薬をもらうから、少し待ってて」
そう言って、立ち上がる安岐にお礼を言おうとするが、咳が出て、何も言えなかった。
歩くと、微かに軋む床の音。
障子を開ける音。
そして、閉まる音。
全て聴き終わると、己の咳をする音だけが残る。
奥村は咳が落ち着くと、「あー」と吐き出し、体のだるさに眉を寄せた。
(風邪ひくの、いつぶりだっけかなぁ)
見慣れた天井を見つめながら、そんなことを考える。
(あれ、ここ、真田のおっさんの部屋だ)
天井を見ただけで誰の部屋が分かるのは、忍び者の性か。
うとうとと、眠気が襲ってくる。
夢の世界へ旅立とうとした時、人の気配がした。
薄っすら開かれた目が見たものは、真田左衛門佐信繁の足。
「奥村、いいもん持ってきたぞ」
そう言って、なにかを枕元に置く。
心なしか、その声色は嬉しそうに聞こえた。
「これで早くよくなれ」
(そう言えば姫さんが於江さんに薬を頼みに行ったんだっけか……仕事が早いな)
信繁の言葉も加わり、恐らく信繁が薬を持ってきてくれたのだろう。
奥村は、たまには良い事をするんだなと感心し、意識は夢の中へ沈んでいった。
雀の鳴き声がする。
沈んだ意識の中で、奥村は雀の声を認識し、そろそろ目を覚まさなくてはと思う。
ゆっくりと瞼を開け、体を起こした。
まだ体は重たい。が、多少は楽になっている。
「ふわ~」
口を大きく開け、欠伸。
腕を天井に掲げ、体を伸ばす。
(まだ関節が少し痛いな……熱っぽい)
肩を軽く回しながら、体の火照りが残っている事に気付く。
さっさと於江が調合した薬を飲んで風邪を治そう。このまま寝てばかりだと気持ちも後ろ向きになってしまうし、体が鈍って、いざという時に戦えない気がする。
信繁が持ってきただろう薬を探す為に、枕元を見た。
「……………………ん?」
まだ寝ぼけ眼なのだろうか。
そう思い、目を擦る。
しかし、何度見ても変わらない。
「……………………」
枕元に置かれた物。
一冊の書物。
表紙には見慣れぬ言葉が書いてある。
「………………枕、絵?」
如何にも信繁が、初々しい奥村の為に大きく、デカデカと、分かりやすく、枕絵と書いた文字があった。
これがどういうものか知らない奥村は、恐る恐る表紙をめくってみる。
もしかしたら、体を鍛える方法、病を乗り越える方法など、秘伝書かもしれない。忍び者として、まだ未熟な己に、信繁が薬の代わりに喝を入れようと授けてくれたのかもしれない。
風邪をひいて熱を出し、更に寝起きの奥村の思考は、歪んだ形で信繁を評価していく。
そして、一枚めくった先には、
「ふぐッ!」
男女が交わる絵。
恥じらいなく、堂々と細部まで細かく書かれた線の動き。時には大胆に筆が走り、女体の輪郭がやけに色っぽい。
女が男に喰われていく姿を、読者だけに見せる。
奥村の赤い顔は、茹で上がったタコのように更に赤くなった。
「おっっっっさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
屋敷の屋根に羽を休めていた雀は、奥村の怒号に驚き、一斉に飛び立つ。
屋敷内に響く声は雀だけでなく、人々をも驚かせた。
「奥村!どうした!!」
奥村が寝ていた部屋に、誰よりも早く辿り着いたのは信繁だった。
襖を勢いよくスパーンと開けると、枕絵を握り締め、仁王立ちしている奥村の姿。力がこもりすぎて、枕絵は潰れている。
「おお!起きたか!やはりわしが思った通りだ。下手に薬なんか飲ませずとも、枕絵ですぐに治るというものよ」
ハッハッハッハッ!
信繁は豪快に笑う。
すると、グシャッと枕絵が更に潰れる音がした。
「お?」
信繁は枕絵の状態に気づき、額から汗を流す。
「お、奥村。着物が乱れとるぞ?どれどれ、このわしが直してやろう」
作り笑いを浮かべながら、肌が露出している、襟を正してやる。
綺麗に整ったところで手を離そうとした時、奥村に手首を握られた。
片手だというのに、物凄い握力だ。信繁はビクッと体を震わせる。
「奥村~?奥村さ~ん?」
信繁がいくら話しかけても、奥村は俯かせた顔を上げず、返事がない。
焦りが積もる。
こんな時の奥村は獣よりも危険だ。
「!」
枕絵を投げ捨て、信繁を投げ飛ばそうと体制を変えた瞬間、信繁は奥村よりも更に早く手首を捻り、間一髪のところで離れる。
「チッ!」
思わず奥村は舌打ちをした。
「ば、馬鹿か!本気で投げようとしたな!?」
「馬鹿はおっさんだろーが!病人にこんな破廉恥なもん置く奴がどこにいんだ!!」
「ははーん。さては奥村。奥村だけに、奥手ッ」
バコーン
信繁が言い終わる前に、拾い上げた枕絵を顔に投げつける。
綺麗に決まったのを見て、奥村はやっと鼻で笑う。
しかし、信繁は赤くなった鼻を摩りながら、余裕の笑みを浮かべている。
「ハッハッハッ。お子ちゃまはこれだから」
「んだと?」
ピクッと震える眉間。
「まだ女を知らぬお子ちゃまには、枕絵は早かったようだなぁ!のぅ?奥村ぁ」
ニヤニヤが止まらない。
そんな信繁を見て、奥村は更に額に青筋を浮かべた。
「だーーーー!うっせえ!お子ちゃまでもなんでもねえよ!年老いたおっさんに言われたくねえ!」
「そこまで年老いとらんわ!!」
「より若い方がいいに決まってんだろ!」
「技がない若造なんぞモテんわ!!」
「馬ー鹿!!なにが技だ!ただの破廉恥頭なだけだろーが!助平頭!!」
「黙っとれ!なんもかんも済ませとらんひよっ子の方がよっぽど助平頭じやい!!妄想に妄想を膨らませて、自分で慰めとろうが!!」
「してねーよ!勝手に決めつけんな!ど助平頭!!」
「恥ずかしさ故に枕絵を見ることもできん奴が何を言うか!妄想でしか抜けんくせに!!」
「だから抜いてねーよ!!!黙っ」
静かな殺気から横から流れてくる。
思わず、白熱していた奥村らは言葉を止める。
殺気が流れてくる方向へ、ガタガタと震えながら、恐る恐る視線を向けた。
いつの間にか襖が空いている。
「申し訳ありません……」
そこには玄葉が失笑しながら立っていた。しかし、殺気を出している源ではない。それはその先だ。
玄葉の背後には二人の女性が立っている。
「源次郎?」
「はい!」
手元に薬を握り締めている安岐。
ニコニコと笑っているが、額にはいくつもの青筋が浮かんでいる。
「奥村さんになんてものを読ませようとしたの」
「すみませんでした」
「奥村さんはね、源次郎みたいに破廉恥なことを考えるような不純な子じゃないの」
何故か奥村が怯える。
そして、安岐の隣に佇む於江も口を開いた。
「純粋過ぎて、逆に困っていますが」
ふぅと、わざとらしく困った顔をしてみせる。
「んもう!どちらの味方なんですか!」
安岐はぷくーっとフグのように頬を膨らませる。
「下品な言葉の叫び合いはやめていただきたい、とのことです」
玄葉は安岐の代弁をする。
すると、奥村の怒りの矛先が変わる。というよりも、信繁への怒りを他人にぶつけ始めた。
「別に俺は言いたくて言ってるわけじゃねーし!おっさんが変なもん置いていくのが悪いだろ!」
「はいはい。もう皆様が迷惑するから、病人は寝てなさい」
於江は瞬き一つで奥村の背後に立つ。
「うぐっ」
誰も気づかないうちに持っていた、細い針を奥村の首に少し刺した。
すると、変な声をあげ、奥村は全身の力が抜けたかのように崩す。
「あらあら、まだ熱があるじゃない。薬飲んで寝ないと」
「嘘だろ……力持、ぢッ」
口を動かすのが精一杯の奥村は、己が於江に担がれて、驚愕する。
と、於江が奥村の額を引っ叩いた。
反撃しようにも、体がうまく動かない。恐らく、於江が刺した針が原因だろう。体の自由を奪われて、良い気分なわけがなく、奥村は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
そして。
部屋には、布団で寝る奥村と、傍で薬を調合している於江、文机で書物を読む信繁がいた。
薬を飲んだ後のようで、奥村は寝息を立てて寝ている。
その顔を時折伺いながら、於江は文鎮で粉末になった薬の分量を量る。
すると、信繁が口を開いた。
「お主ら、何故わしの部屋におるんだ」
不満そうに口を尖らせる。
すると、於江は口元を袖で隠し、コロコロと笑う。
「そんなこと言って、奥村のことが心配で仕方がないくせに」
「んなわけあるかーい」
何処と無く言葉に抑揚がなく、一本調子に聞こえる。
「それに」
懐から手ぬぐいを取り出し、それで奥村のこめかみにじんわりとかいた汗を拭く。
「奥村自身もここが落ち着くのでしょう」
奥村は於江を背にするように寝返る。
その様子をチラチラと横目で見ていた信繁は、暫くしてから書物に視線を戻した。
「わしの部屋だからのぅ」
その口元はニッと微笑んでいる。
二人の会話を奥村はこっそりと聞いていた。
恥ずかしくて顔を赤くしているのか、熱が出ているだけだからか分からないが、そんな奥村を二人もこっそりと見ていたのだった。
その床は、木目が美しい木の板。
布団を敷いても体がひんやりとするので、布団と床の間にもう一枚布を敷いている。贅沢な仕様だ。
身動いだかのように、布団がもぞもぞと動く。誰かが寝ているようだ。
「うぅん……」
可愛い寝息と言いたいが、苦しそうである。鼻が詰まっているようで、鼻がズルズルと鳴り、息ができなくなったところで口呼吸になる。
熱もあるようで体や顔が赤い。
寝返りを打つと、額に置かれた手ぬぐいがボトッと落ちた。
そこに、水の入った桶を持ってきた安岐が部屋に入る。
「まだ熱が出てるね、奥村さん」
枕元に正座をした安岐は、奥村の額に手を当てて呟く。
そして、落ちた手ぬぐいを拾い上げ、桶に入れる。冷たい水を含ませ、ギュッと絞り、再び手ぬぐいを奥村の額にそっと乗せた。
その時、奥村の瞼が僅かに動く。
「あ……姫さん、か」
瞼を重そうに開ける。
口からか細く出た声は枯れていた。
安岐は心配した面持ちで口を開いた。
「声もおかしいね。於江さんに薬をもらうから、少し待ってて」
そう言って、立ち上がる安岐にお礼を言おうとするが、咳が出て、何も言えなかった。
歩くと、微かに軋む床の音。
障子を開ける音。
そして、閉まる音。
全て聴き終わると、己の咳をする音だけが残る。
奥村は咳が落ち着くと、「あー」と吐き出し、体のだるさに眉を寄せた。
(風邪ひくの、いつぶりだっけかなぁ)
見慣れた天井を見つめながら、そんなことを考える。
(あれ、ここ、真田のおっさんの部屋だ)
天井を見ただけで誰の部屋が分かるのは、忍び者の性か。
うとうとと、眠気が襲ってくる。
夢の世界へ旅立とうとした時、人の気配がした。
薄っすら開かれた目が見たものは、真田左衛門佐信繁の足。
「奥村、いいもん持ってきたぞ」
そう言って、なにかを枕元に置く。
心なしか、その声色は嬉しそうに聞こえた。
「これで早くよくなれ」
(そう言えば姫さんが於江さんに薬を頼みに行ったんだっけか……仕事が早いな)
信繁の言葉も加わり、恐らく信繁が薬を持ってきてくれたのだろう。
奥村は、たまには良い事をするんだなと感心し、意識は夢の中へ沈んでいった。
雀の鳴き声がする。
沈んだ意識の中で、奥村は雀の声を認識し、そろそろ目を覚まさなくてはと思う。
ゆっくりと瞼を開け、体を起こした。
まだ体は重たい。が、多少は楽になっている。
「ふわ~」
口を大きく開け、欠伸。
腕を天井に掲げ、体を伸ばす。
(まだ関節が少し痛いな……熱っぽい)
肩を軽く回しながら、体の火照りが残っている事に気付く。
さっさと於江が調合した薬を飲んで風邪を治そう。このまま寝てばかりだと気持ちも後ろ向きになってしまうし、体が鈍って、いざという時に戦えない気がする。
信繁が持ってきただろう薬を探す為に、枕元を見た。
「……………………ん?」
まだ寝ぼけ眼なのだろうか。
そう思い、目を擦る。
しかし、何度見ても変わらない。
「……………………」
枕元に置かれた物。
一冊の書物。
表紙には見慣れぬ言葉が書いてある。
「………………枕、絵?」
如何にも信繁が、初々しい奥村の為に大きく、デカデカと、分かりやすく、枕絵と書いた文字があった。
これがどういうものか知らない奥村は、恐る恐る表紙をめくってみる。
もしかしたら、体を鍛える方法、病を乗り越える方法など、秘伝書かもしれない。忍び者として、まだ未熟な己に、信繁が薬の代わりに喝を入れようと授けてくれたのかもしれない。
風邪をひいて熱を出し、更に寝起きの奥村の思考は、歪んだ形で信繁を評価していく。
そして、一枚めくった先には、
「ふぐッ!」
男女が交わる絵。
恥じらいなく、堂々と細部まで細かく書かれた線の動き。時には大胆に筆が走り、女体の輪郭がやけに色っぽい。
女が男に喰われていく姿を、読者だけに見せる。
奥村の赤い顔は、茹で上がったタコのように更に赤くなった。
「おっっっっさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
屋敷の屋根に羽を休めていた雀は、奥村の怒号に驚き、一斉に飛び立つ。
屋敷内に響く声は雀だけでなく、人々をも驚かせた。
「奥村!どうした!!」
奥村が寝ていた部屋に、誰よりも早く辿り着いたのは信繁だった。
襖を勢いよくスパーンと開けると、枕絵を握り締め、仁王立ちしている奥村の姿。力がこもりすぎて、枕絵は潰れている。
「おお!起きたか!やはりわしが思った通りだ。下手に薬なんか飲ませずとも、枕絵ですぐに治るというものよ」
ハッハッハッハッ!
信繁は豪快に笑う。
すると、グシャッと枕絵が更に潰れる音がした。
「お?」
信繁は枕絵の状態に気づき、額から汗を流す。
「お、奥村。着物が乱れとるぞ?どれどれ、このわしが直してやろう」
作り笑いを浮かべながら、肌が露出している、襟を正してやる。
綺麗に整ったところで手を離そうとした時、奥村に手首を握られた。
片手だというのに、物凄い握力だ。信繁はビクッと体を震わせる。
「奥村~?奥村さ~ん?」
信繁がいくら話しかけても、奥村は俯かせた顔を上げず、返事がない。
焦りが積もる。
こんな時の奥村は獣よりも危険だ。
「!」
枕絵を投げ捨て、信繁を投げ飛ばそうと体制を変えた瞬間、信繁は奥村よりも更に早く手首を捻り、間一髪のところで離れる。
「チッ!」
思わず奥村は舌打ちをした。
「ば、馬鹿か!本気で投げようとしたな!?」
「馬鹿はおっさんだろーが!病人にこんな破廉恥なもん置く奴がどこにいんだ!!」
「ははーん。さては奥村。奥村だけに、奥手ッ」
バコーン
信繁が言い終わる前に、拾い上げた枕絵を顔に投げつける。
綺麗に決まったのを見て、奥村はやっと鼻で笑う。
しかし、信繁は赤くなった鼻を摩りながら、余裕の笑みを浮かべている。
「ハッハッハッ。お子ちゃまはこれだから」
「んだと?」
ピクッと震える眉間。
「まだ女を知らぬお子ちゃまには、枕絵は早かったようだなぁ!のぅ?奥村ぁ」
ニヤニヤが止まらない。
そんな信繁を見て、奥村は更に額に青筋を浮かべた。
「だーーーー!うっせえ!お子ちゃまでもなんでもねえよ!年老いたおっさんに言われたくねえ!」
「そこまで年老いとらんわ!!」
「より若い方がいいに決まってんだろ!」
「技がない若造なんぞモテんわ!!」
「馬ー鹿!!なにが技だ!ただの破廉恥頭なだけだろーが!助平頭!!」
「黙っとれ!なんもかんも済ませとらんひよっ子の方がよっぽど助平頭じやい!!妄想に妄想を膨らませて、自分で慰めとろうが!!」
「してねーよ!勝手に決めつけんな!ど助平頭!!」
「恥ずかしさ故に枕絵を見ることもできん奴が何を言うか!妄想でしか抜けんくせに!!」
「だから抜いてねーよ!!!黙っ」
静かな殺気から横から流れてくる。
思わず、白熱していた奥村らは言葉を止める。
殺気が流れてくる方向へ、ガタガタと震えながら、恐る恐る視線を向けた。
いつの間にか襖が空いている。
「申し訳ありません……」
そこには玄葉が失笑しながら立っていた。しかし、殺気を出している源ではない。それはその先だ。
玄葉の背後には二人の女性が立っている。
「源次郎?」
「はい!」
手元に薬を握り締めている安岐。
ニコニコと笑っているが、額にはいくつもの青筋が浮かんでいる。
「奥村さんになんてものを読ませようとしたの」
「すみませんでした」
「奥村さんはね、源次郎みたいに破廉恥なことを考えるような不純な子じゃないの」
何故か奥村が怯える。
そして、安岐の隣に佇む於江も口を開いた。
「純粋過ぎて、逆に困っていますが」
ふぅと、わざとらしく困った顔をしてみせる。
「んもう!どちらの味方なんですか!」
安岐はぷくーっとフグのように頬を膨らませる。
「下品な言葉の叫び合いはやめていただきたい、とのことです」
玄葉は安岐の代弁をする。
すると、奥村の怒りの矛先が変わる。というよりも、信繁への怒りを他人にぶつけ始めた。
「別に俺は言いたくて言ってるわけじゃねーし!おっさんが変なもん置いていくのが悪いだろ!」
「はいはい。もう皆様が迷惑するから、病人は寝てなさい」
於江は瞬き一つで奥村の背後に立つ。
「うぐっ」
誰も気づかないうちに持っていた、細い針を奥村の首に少し刺した。
すると、変な声をあげ、奥村は全身の力が抜けたかのように崩す。
「あらあら、まだ熱があるじゃない。薬飲んで寝ないと」
「嘘だろ……力持、ぢッ」
口を動かすのが精一杯の奥村は、己が於江に担がれて、驚愕する。
と、於江が奥村の額を引っ叩いた。
反撃しようにも、体がうまく動かない。恐らく、於江が刺した針が原因だろう。体の自由を奪われて、良い気分なわけがなく、奥村は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
そして。
部屋には、布団で寝る奥村と、傍で薬を調合している於江、文机で書物を読む信繁がいた。
薬を飲んだ後のようで、奥村は寝息を立てて寝ている。
その顔を時折伺いながら、於江は文鎮で粉末になった薬の分量を量る。
すると、信繁が口を開いた。
「お主ら、何故わしの部屋におるんだ」
不満そうに口を尖らせる。
すると、於江は口元を袖で隠し、コロコロと笑う。
「そんなこと言って、奥村のことが心配で仕方がないくせに」
「んなわけあるかーい」
何処と無く言葉に抑揚がなく、一本調子に聞こえる。
「それに」
懐から手ぬぐいを取り出し、それで奥村のこめかみにじんわりとかいた汗を拭く。
「奥村自身もここが落ち着くのでしょう」
奥村は於江を背にするように寝返る。
その様子をチラチラと横目で見ていた信繁は、暫くしてから書物に視線を戻した。
「わしの部屋だからのぅ」
その口元はニッと微笑んでいる。
二人の会話を奥村はこっそりと聞いていた。
恥ずかしくて顔を赤くしているのか、熱が出ているだけだからか分からないが、そんな奥村を二人もこっそりと見ていたのだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる