7 / 7
エピローグ
しおりを挟む
わたしはまだ地元にいた。
女の子らしいフリフリの服でもなく、仕事をする為のスーツでもなく、体を締め付けるような服ではない、カジュアルな服で。自分を着飾らない服装は、酷く心地よかった。
懐かしい学校、道。よく遊んだ公園、神社。自分が行きたい場所に行き、通りたい道を通って、一時間くらい歩いただろうか。じんわりと全身に汗をかいてきたところで実家に帰る。誰もいない家の玄関に立ち、鍵を差そうとしたした時だった。スマートフォンに一本の電話がかかってきた――母だ。
施設から連絡があって、お婆ちゃんがの容態が急変したという話だった。
お婆ちゃんは、運ばれて病院にいる。急に胸を押さえて、苦しみ始めたらしい。詳しくは分からないが、もう無理だろう、覚悟しとけと、母に言われた。そう言われて、自分の芯からひんやりとしたものが広がっていくように血の気が引く。最悪の事態を覚悟するということを、どれだけ自分の身から遠ざけていたことか、嫌でも自覚させられた。
(お婆ちゃん! お婆ちゃん!)
まだ逝かないでと言わんばかりに、心の中で必死に呼んだ。
周りの目を気にすることなく、バス停に向かって、全力で走った。そのバスの時刻表のページを開いたままのスマートフォンを手に持って。肩にかけているショルダーバッグが首に絡まる。バッグを肩から外し、ショルダーストラップを持って、一気に駆けた。バスで行けば乗り継ぐことなく、国立病院まで一本で行ける。絶対に間に合わせなければならない。
「はあ、はあ、はあ」
息は上がり、喉が痛い。でも、バス停に着いた。
急いで時刻を確認すると、次のバスが来るまで、あと四分後だった。
間に合った。
そう安心すると共に、急に体が鉛のように重く感じる。思わず膝に両手で付き、そして崩れるようにその場に蹲った。両膝を抱えていると、後ろに人が来たので、ゆっくりと立ち上がる。バスが来るまで呼吸を整えた。
(やっぱり伍賀さんが連れてっちゃうのかなぁ)
お婆ちゃんが話した内容を思い出す。
彼女が見た伍賀さんはお迎えが来る前触れ――いや、お迎えとして来ていたのかもしれない。
(それにしても早いよ……この前行ったばかりじゃん)
一週間前に、わたしは退院し、お婆ちゃんに会いに施設へ行った。
その時は気ままに毛糸で編んでいたようだけど、もう名前のある物が出来上がったのだろうか。マフラー、それとも手袋? 思いつくままに挙げてみるが、どれもピンとこない。
お婆ちゃんは誰に渡すか考えてないって言っていたが、本当は決まっていたんじゃないのかと、今更そう思う。完成できないと分かった上で。
スマートフォンの時刻を確認する。あと一分だ。
そして、首からかけている香り袋を握り締めた。
(藤次さん、お婆ちゃんを守って。お願い)
ending『未来を託して』
ひらり
ピンク色の花びらが落ちる。
それは澄んだ水の上に落ち、水面を騒がせた。
土ではなく、水に植えられた木に付ける、小さな花。五つの花びらが可愛らしい。その午時葵は、大きくて、丸い石板を囲むように植えられていた。
ここは、〝誰か〟によって作られた、混沌の世界。
「おや、誰か亡くなったようだ」
丸い石板から午時葵を眺めるように、巫子姿の男性は座り込んでいる。水面に落ちた花びらを観察するように、じーっと眺める。
そして、その花びらはゆっくりと水の中へ沈んでいった。根の合間を縫って、深く、目の見えぬ水底に。
「伍賀くん、この花びらは木佐薫子のものだよ」
花びらを見送った男性は、そう言うと立ち上がった。どこか悲しそうに。でも、目の奥を覗けば、ウキウキしている姿が見え隠れしている。
三つ葉のクローバーが生い茂る大地に寝っ転がる俺は、開けていた目をそっと閉じた。
「花が沈んじゃったから、もうあっちの世界に行っちゃったね」
「えええ、待ってたのに先に行っちゃった? そっか~」
わざとらしく元気な口調で、俺は上半身を起こした。あまり驚く様子を見せずに、「ま、薫子らしいや」と誰に言うわけでもなく呟き、笑う。そして立ち上がり、石板の上に立つ男性の背後に近付いた。
「香具山様、お世話になりました」
ぺこりと、深くお辞儀をする。
振り返った香具山と呼ばれた男性は、両手を目前で横に振り、頭を下げないよう促す。
「いいえ、これが仕事ですから」
「最後に我儘を聞いてくれてありがとうございます」
「いやいや、仕事ですから」
俺の表情は晴れ晴れしていた。
それを見た香具山は目を細める。
「もう、なにも思い残すことはありませんか?」
そう尋ねると、伍賀さんはこれでもかと思うくらいに満面の笑みを浮かべた。一片の曇りもない。
「はい」
そして、俺の体の形は崩れていく。これで本当の最期だ。
水へと変わり、最後は音を立てて床に広がった。そして、そのまま午時葵の水へと流れていく。しかし、その水は、うっすらと血のような赤が混ざっていることを、誰も気づきはしない。
水面に佇んでいた数ある午時葵の一つが、誰にも見られることなく、赤の水に誘われるように水の中へ沈んでいく。〝誰にも気付かれることなく、赤の水は午時葵の水と溶け込んだ。〟
「さぁて、仕事仕事。東の人能(人工知能)には負けてらんないからね」
香具山は特に悲しむ様子を見せずに、淡々とした表情で、なにも存在していなかった空中から竹箒を作り上げた。
「まずはここを綺麗にしなくちゃね! 掃除! 掃除っ!」
元は俺であった水がまだ石板に残っていた為、香具山は竹箒でサッサッと午時葵の方へ掃く。ただの雨の水であったかのように、感情もなく、愛着もなく。
「七時から全地方人能会議だった! 小秋がいないとスケジュール管理ができないから困るなぁ」
まだ水が残った状態であるが、適当に掃き終わると、香具山は竹箒をポイっと宙に投げる。すると竹箒は魔法のようにパッと消えた。
そして、その水の上を躊躇うことなく踏みつけ、歩いて行く。
「可愛い可愛い私の蜻蛉ちゃん。我儘聞いてあげたんだから、早く帰ってこないかな~」
歩きながら、欠伸をした。
耳は、聞く。
鼻は、嗅ぐ。
目は、〝覗く。〟
口は――
女の子らしいフリフリの服でもなく、仕事をする為のスーツでもなく、体を締め付けるような服ではない、カジュアルな服で。自分を着飾らない服装は、酷く心地よかった。
懐かしい学校、道。よく遊んだ公園、神社。自分が行きたい場所に行き、通りたい道を通って、一時間くらい歩いただろうか。じんわりと全身に汗をかいてきたところで実家に帰る。誰もいない家の玄関に立ち、鍵を差そうとしたした時だった。スマートフォンに一本の電話がかかってきた――母だ。
施設から連絡があって、お婆ちゃんがの容態が急変したという話だった。
お婆ちゃんは、運ばれて病院にいる。急に胸を押さえて、苦しみ始めたらしい。詳しくは分からないが、もう無理だろう、覚悟しとけと、母に言われた。そう言われて、自分の芯からひんやりとしたものが広がっていくように血の気が引く。最悪の事態を覚悟するということを、どれだけ自分の身から遠ざけていたことか、嫌でも自覚させられた。
(お婆ちゃん! お婆ちゃん!)
まだ逝かないでと言わんばかりに、心の中で必死に呼んだ。
周りの目を気にすることなく、バス停に向かって、全力で走った。そのバスの時刻表のページを開いたままのスマートフォンを手に持って。肩にかけているショルダーバッグが首に絡まる。バッグを肩から外し、ショルダーストラップを持って、一気に駆けた。バスで行けば乗り継ぐことなく、国立病院まで一本で行ける。絶対に間に合わせなければならない。
「はあ、はあ、はあ」
息は上がり、喉が痛い。でも、バス停に着いた。
急いで時刻を確認すると、次のバスが来るまで、あと四分後だった。
間に合った。
そう安心すると共に、急に体が鉛のように重く感じる。思わず膝に両手で付き、そして崩れるようにその場に蹲った。両膝を抱えていると、後ろに人が来たので、ゆっくりと立ち上がる。バスが来るまで呼吸を整えた。
(やっぱり伍賀さんが連れてっちゃうのかなぁ)
お婆ちゃんが話した内容を思い出す。
彼女が見た伍賀さんはお迎えが来る前触れ――いや、お迎えとして来ていたのかもしれない。
(それにしても早いよ……この前行ったばかりじゃん)
一週間前に、わたしは退院し、お婆ちゃんに会いに施設へ行った。
その時は気ままに毛糸で編んでいたようだけど、もう名前のある物が出来上がったのだろうか。マフラー、それとも手袋? 思いつくままに挙げてみるが、どれもピンとこない。
お婆ちゃんは誰に渡すか考えてないって言っていたが、本当は決まっていたんじゃないのかと、今更そう思う。完成できないと分かった上で。
スマートフォンの時刻を確認する。あと一分だ。
そして、首からかけている香り袋を握り締めた。
(藤次さん、お婆ちゃんを守って。お願い)
ending『未来を託して』
ひらり
ピンク色の花びらが落ちる。
それは澄んだ水の上に落ち、水面を騒がせた。
土ではなく、水に植えられた木に付ける、小さな花。五つの花びらが可愛らしい。その午時葵は、大きくて、丸い石板を囲むように植えられていた。
ここは、〝誰か〟によって作られた、混沌の世界。
「おや、誰か亡くなったようだ」
丸い石板から午時葵を眺めるように、巫子姿の男性は座り込んでいる。水面に落ちた花びらを観察するように、じーっと眺める。
そして、その花びらはゆっくりと水の中へ沈んでいった。根の合間を縫って、深く、目の見えぬ水底に。
「伍賀くん、この花びらは木佐薫子のものだよ」
花びらを見送った男性は、そう言うと立ち上がった。どこか悲しそうに。でも、目の奥を覗けば、ウキウキしている姿が見え隠れしている。
三つ葉のクローバーが生い茂る大地に寝っ転がる俺は、開けていた目をそっと閉じた。
「花が沈んじゃったから、もうあっちの世界に行っちゃったね」
「えええ、待ってたのに先に行っちゃった? そっか~」
わざとらしく元気な口調で、俺は上半身を起こした。あまり驚く様子を見せずに、「ま、薫子らしいや」と誰に言うわけでもなく呟き、笑う。そして立ち上がり、石板の上に立つ男性の背後に近付いた。
「香具山様、お世話になりました」
ぺこりと、深くお辞儀をする。
振り返った香具山と呼ばれた男性は、両手を目前で横に振り、頭を下げないよう促す。
「いいえ、これが仕事ですから」
「最後に我儘を聞いてくれてありがとうございます」
「いやいや、仕事ですから」
俺の表情は晴れ晴れしていた。
それを見た香具山は目を細める。
「もう、なにも思い残すことはありませんか?」
そう尋ねると、伍賀さんはこれでもかと思うくらいに満面の笑みを浮かべた。一片の曇りもない。
「はい」
そして、俺の体の形は崩れていく。これで本当の最期だ。
水へと変わり、最後は音を立てて床に広がった。そして、そのまま午時葵の水へと流れていく。しかし、その水は、うっすらと血のような赤が混ざっていることを、誰も気づきはしない。
水面に佇んでいた数ある午時葵の一つが、誰にも見られることなく、赤の水に誘われるように水の中へ沈んでいく。〝誰にも気付かれることなく、赤の水は午時葵の水と溶け込んだ。〟
「さぁて、仕事仕事。東の人能(人工知能)には負けてらんないからね」
香具山は特に悲しむ様子を見せずに、淡々とした表情で、なにも存在していなかった空中から竹箒を作り上げた。
「まずはここを綺麗にしなくちゃね! 掃除! 掃除っ!」
元は俺であった水がまだ石板に残っていた為、香具山は竹箒でサッサッと午時葵の方へ掃く。ただの雨の水であったかのように、感情もなく、愛着もなく。
「七時から全地方人能会議だった! 小秋がいないとスケジュール管理ができないから困るなぁ」
まだ水が残った状態であるが、適当に掃き終わると、香具山は竹箒をポイっと宙に投げる。すると竹箒は魔法のようにパッと消えた。
そして、その水の上を躊躇うことなく踏みつけ、歩いて行く。
「可愛い可愛い私の蜻蛉ちゃん。我儘聞いてあげたんだから、早く帰ってこないかな~」
歩きながら、欠伸をした。
耳は、聞く。
鼻は、嗅ぐ。
目は、〝覗く。〟
口は――
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読み方のわからないから題名にひかれ、内容にひかれ一気に読んでしまいました。
悲しいような ほっこりするようななんとも言えない不思議な読後の、感想です
是非 別視点のはなしが読んでみたいのでお願いします
できれば 高島さんがよいのですが
yuki様
貴重なご感想、ありがとうございました!
まさか、ご感想をいただけるとは思ってもいなかったので、とても嬉しく感じると共に、更に精進しなければならないなと身が引き締まる思いです。
別視点として、高島をリクエストしてくださり、ありがとうございます。
やる気がモリモリ出てきたので、遅くはなりますが、高島視点を書こうかと思います。
更新した際は、また読んでくださると嬉しいです。