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参 雪花が降る時
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白い空から、雪が深々と降る。
一人の男が屋敷の中から空を見上げていた。
庭を眺めれば、無数の雪は地に積もり始めている。まるで大地を侵食していくかのように雪は重なり、少しずつ白く染めていく。
少し開けた障子から、その様を眺める真田左衛門佐信繁の顔は非常に落ち着いた表情で、しかし、話しかけづらいピリッとした空気を纏っていた。
牡丹雪は、雨のように音をたてず、静かにその存在を誇張する。少しでも暖かくなれば、露となり、跡形もなく消える。人には雪を永遠に生かす術を持たないからこそ、その儚い命を美しいと思う。
障子の隙間から入ってきた冷気に、ぶるっと身震いした信繁は大きなくしゃみをする。そして、障子を静かに閉めた。
その時、
「源次郎。今、いい?」
襖の向こうから、安岐が名を呼んだ。
「ん? どうした?」
「於江さんと横谷さんが帰ってきたよ」
「そうか。ここに通してくれ」
「はーい」
襖越しの会話が、安岐の陽気な声で終わった。
そして暫く経ってから、安岐が襖を開け、二人に「どうぞ」と手招きをする。彼女は信繁にニコッと微笑み、襖をそっと閉めた。
「お前ら無事に帰ってきたか」
上座に座る信繁は気さくに話しかけた。
「於江、只今戻りました」
於江と呼ばれた女性は、目元と口元に皺があり、五十くらいの齢に見える。
信繁に促され、於江は膝を折り、頭を深く下げた。彼女は話し方や態度に棘はなく、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。しゃんと伸ばした指の先まで品を感じさせる。
続けて、顔に狐のお面をかぶった横谷も座った。特に面を外せと命令が下ることもなく、横谷は当たり前のように素顔を隠したまま、信繁を見据えた。
「……横谷、帰還ス」
柔和な於江と違い、横谷は抑揚のない声色で挨拶をした。男か女か判断できない声。その話し方は、若いからなのか、それとも疲れているからなのか。ぶっきら棒な印象を抱かせる。
信繁は二人の身なりに特に変わったところがなく、怪我がないと確認をしてから、やっと安心したように口角を釣り上げた。
「早速、報告を聞かせてもらおうか」
静かな空間に信繁の声だけが聞こえる。そして、彼の言葉が終わり、見えないモノを探るような沈黙が流れる。
目を細め、口元は微笑んでいる於江が、徐に口を開いた。
「あら」
「どうした?」
「大変申し訳ありません。どうやら鼠を連れて帰ってしまったようです」
あらぁ、困ったわぁと、わざとらしく言いながら苦笑する於江に、横谷は無言のまま立ち上がった。
於江が言う鼠とは、信繁に仇なす者。主君である信繁に危険が迫っていると気付いても、長年の経験を積んでいるからか、全く慌てる様子を見せない。口元を袖で隠し、立ち上がることなく、ホホホとただ微笑んでいた。
信繁は懐から扇子を取り出し、バッと綺麗に広げる。そこには細かな筆使いで妖しくも美しい地獄絵図が描かれていた。そして、彼は扇子を気配のする方へ向ける。
その瞬間、軒裏から微かに音がした。足か腕を屋敷の柱にぶつけたような、失敗を犯した音。
「私もそろそろ隠居しようかしら。鼠の存在に気付かないなんて」
於江がそう話しながら笑っている間に、横谷は足に仕込んでいた棒状のものを瞬き一つで組み立て、細めの槍を作り出した。
その矛先は迷うことなく、軒裏にいる者を確実に突き刺した。
悲鳴と共に、じわじわと天井から血が滲む。
その間も信繁と於江は、まるで周りには何も起きておらず、ただの他愛もない雑談をしているかのように話を続けていた。
「またまた~」
引退発言をする於江に、信繁も合わせて笑った。
「鼠を引き連れるなんて、忍び者として失格ですから」
穏やかに笑っている目元に殺意が一瞬だけ漏れた。
信繁の背後に音もなく黒装束の者が降り立つ。その速さも技も尋常ではなく、目が追いつかないほど。
その者の手には小刀があり、慣れた手つきで信繁の喉元を引き裂こうと腕を引く。
しかし、信繁は慌てる様子を見せず、涼しい顔をしたまま動かなかった。
「たったそれだけの速さで、我が主のお命を奪おうとは、まだまだ腕が青いですよ」
ニコニコと笑う一方で、於江は懐刀で瞬く暇もない程、素早く信繁を狙う者の腕を切り落とした。年相応の動きでも速さでもない。技も只者ではなく、豆腐でも切ったかのように切れ味は良く、切れた断面が美しい。
「動き方、獲物を見る限り、あなた方は徳川の者ですね。ああ、よかった。なかなか現れてくれないから、ムズムズして歯痒かったんですよ、これでも」
表情を変えないまま、懐から一枚の紙を取り出し、刃に付いた血を拭った。
徳川忍びは血が止まらない腕を片方の手で押さえる。明らかに力の差がある現状を見て、暗殺に失敗したことを悟ると、首に掛けている小さな笛を取り出して吹いた。
その瞬間、まだ生きている忍び者達が一斉に屋敷を出て行こうと身を翻す。
しかし、ここで逃がしてくれる訳がない。
横谷は倒れた敵の喉元に槍を刺し、とどめを刺した。そして、逃げる者達に数個の苦無を投げると同時に、手足に苦無が刺さったことで動きが鈍くなった黒装束の心臓を一突き。
しかし、仲間を犠牲にして逃げようとする黒装束がいた。
その者は脇腹に怪我を負い、呼吸が荒いが、外に出ようと渾身の力で障子を開ける。
「あらあら。こんな奥まで潜り込んでおいて、生きて帰れるとでもお思いで?」
艶のある声色で於江は言う。
徳川忍びの顔色が悪くなり、一瞬躊躇うが、すぐに障子に手を突っ込み、開け放つ。
そして現れた庭には、一人の男が立っていた。
「奥村」
殺気に満ちた男の名を呼び、信繁はパタパタと扇を仰ぐ。
「一人も帰すな」
黒い手ぬぐいのようなものを額に巻き直し、主の命を受けると、目を鋭く光らせた。
「ああ、分かっている」
奥村は腰に携えている打刀に手を添える。そして六文銭が彫られた柄を握り締め、ゆっくりと抜いた。
手厚く手当てされた忍び者を地下にある牢獄に入れる。そして最後の一人が入ると、躊躇なく鍵がかけられた。すると、もう逃げられないと察した忍び者は抵抗することなく、ぐったりと座り込んだ。いざ逃げる時の為に無駄な力を使わないようにとも見えるが。
鍵がしっかりと閉まったことを確認すると、奥村は和錠の鍵を握り締めたまま、横に立っている信繁を見た。
「真田のおっさん」
「ん?」
「いつからこんな地階を作ったんだ? しかもこの和錠。海老錠ならまだしも、こんな新しい型の錠前を買う金なんかないだろうが」
前はなにもなかったのにと付け足し、奥村は和錠を一瞥する。
疑問の色をした奥村の目つきを見ると、信繁はヒヒヒと悪そうに笑った。
「そりゃあ……」
勿体ぶるように、信繁は間を置く。
「『そりゃあ』?」
どれだけ考えても、後に続く言葉が思いつかない奥村は、信繁の言葉を口にし、答えを待った。
その表情に満足すると、信繁はニヤリと笑う。
「教えてやらーん!」
ニヤニヤニヤニヤ。
悪餓鬼のように笑う。
奥村の反応を楽しむかのように、ひたすら笑い続けた。
あまり周りに興味を持たない奥村が、珍しく自ら聞いてきたことが嬉しくて、可愛いと思っての反動だった。
しかし、そのような信繁の心情など、口にしない限りは知り得ない。
その答え方が全くもって面白くない奥村は、眉を寄せ、青筋を浮かべた。
「おっさん」
この低い声も、今の信繁には届いていない。
「なんだ? 知りたくて仕方がないか? 奥村がどうしても知りたい! って言ったら、考えないこともないがなぁ」
信繁は腕を組み、右手で顎を撫でる。
自慢したい自慢したい自慢したい。
その心の声が聞こえてくるようで、奥村は更に青筋を浮かべる。
「歯ぁ、食いしばれ」
「ん?」
いきなりの言葉にうまく聞き取れなかったのか、信繁が聞き返そうと、顎を撫でる手が離れた刹那、顎に鈍い痛みが走った。
「いっでぇぇぇええ‼︎⁉︎」
顎が割れたんじゃないかと思わせるような激痛に、思わず叫び声をあげる。
そして、信繁はその場に蹲り、両手で顎を押さえた。時折片手を離し、流血していないか確認をする。血が出ないことを望んでいたが、徐々に血がじわじわと滲んできた。
その横を、すたすたと通り過ぎる奥村の脚が見えた。
「奥村! 主に対しての暴力反対!」
勢い良く振り返り、奥村の背中に向かって叫んだ。目に涙をうっすらと浮かべる姿は、到底、忍び者が仕える主とは思えない程情けないものだった。
奥村が反応せずに歩みを進めていると、信繁の悪口に似た言葉が絶えず背後に飛んでくる。しかし、何を言われようが気にしない。
「籠手を付けた手で殴るなんて容赦なさすぎだろうが!」
分かっていて殴ったからな。
「主を殴るとは何事か!」
お前を主と認知したことがあったっけか?
「忍び者のする仕事か!」
う~ん、忍び者ねぇ……。
「血が止まんねえ!」
後で安芸姫さんを呼んでやるよ。治してもらえ。
「於江に言いつけてやる!」
「⁉︎」
名前に反応した奥村は、ピタッと脚を止めた。その眼にも動揺を伺わせた。
「於江ぉぉ‼︎」
急に名を叫び始めた信繁に、瞬く間に跳び寄り、奥村は躊躇うことなく信繁の口を手で覆う。もちろん声を出させない為に力の限り。
「呼ぶな! おっさん!」
「おもぉぉぉ!」
言葉にならずとも、信繁は叫び続ける。
気を失わせるしかないかと、奥村の脳裏に過ぎった時、
「奥村、手を離しなさい。……ね?」
背後から聞こえる、聞き慣れた声。
声色を聞く限りは、とても落ち着いており、激しい感情は伺えない。だが、ひしひしと奥村の背中には、怒りから来る殺気が突き刺さってくる。それはもうグサグサと。
背中に汗をかきながら、奥村はカラクリのようにカクカクと手を離した。
完全に手が離れると、信繁は再び名を呼んだ。
「よく来てくれた! 於江!」
岩のように身体が固まった奥村から抜け出すのは容易で、於江に駆け寄る。その動きは身軽で、顔にも余裕が生まれていた。
信繁の顎が血で滲んでいることに気づくと、於江は慌てて懐から手拭いを取り出す。
「若様、このお怪我はもしかして……」
於江はゆっくりと奥村の背中に目を向けた。そして、ふつふつと再び湧き出る怒り。しかし、その表情は柔らかい。目は笑っていないが。
その様子に気付いているのか、奥村は焦った表情を浮かべながらも、崩れるようにその場で胡座をかき、片手で頭を抱えた。わざとらしく大きく溜め息を吐きながら。
こうなった於江からは逃げられない。
そう悟ったかのように。
「まあまあ、そう怒らないでやってくれ」
そう言って、信繁は笑う。
「甘やかし過ぎですよ」
於江は困ったかのように言った。
「奥村は若いからのぅ。それに俺が遊び過ぎた」
「しかし、奥村の名を継いだ者として、あってはならないこと。もう一度鍛え直さないといけないかしら」
首を傾げ、息を吐く。
すると、すくっと奥村は立ち上がった。腰に刺した鞘同士がぶつかり、音が地下に響く。
円を描くように振り向くと、思い出したかのように和錠の鍵を信繁の顔面に投げつけた。
「直さないでいただかなくても結構」
たった一言告げると、風のようにこの場から去って行った。
そんなまだ若い忍び者を二人で見送っていると、牢獄に閉じ込めている徳川忍びの一人が声高らかに笑い始めた。
「あいつはお前らを裏切るぞ?」
その瞬間、於江がピクッと動き出したが、信繁が目で制する。
信繁はその忍び者と向かい合うように座った。
「どういうことだ?」
口調は落ち着いているが、信繁の目は瞳孔が開いていた。
「我らを閉じ込めている鍵を始めから渡さなかっただろ? 真に主に仕えていれば、そんな大切な鍵はすぐさま渡すもの。それなのに、後になってから渡した。それがどういうことか、分かるだろう?」
身体中に怪我を負い、息も絶え絶えだが、尚も話を続ける。
「あの忍び者は貴殿を殴って気絶させてから逃げようと考えていたが、運悪く気絶せず。今回は大人しく鍵を渡してしまおうというところだな」
信繁は「ほぅ」と相槌を打つ。
「あの忍び者が裏切った時の為に別の忍び者をここにわざわざ置いていたんだろう? お前らは分かっていたのではないか? あいつが間者ってことをな‼︎ この徳がッ」
隔てる壁の隙間から、信繁は黒装束の忍び者の首を掴み、そしてそのまま首の肉を握り、引き裂いた。
その瞬間、信繁の顔と体に血が飛び散る。
誰がどう見ても、人が成せる技ではないことは明白である。
言葉は最後まで紡がれず、忍び者は言葉を発せないまま、スースーと音を立てながらもがき苦しむ。
死にたくても、すぐには死ねない。血が飛び、止めどなく流れ続けているが、ぎりぎり呼吸ができてしまうからだ。
一層の事止めを刺してくれればと目で懇願するが、信繁はひたすら氷のように冷たい眼差しを向けるだけ。
それならばと忍び者は、仲間に救いを求めて目を向け、声が出ない口を開閉する。が、その仲間も目を逸らした。この苦しみは命の灯火が消えるまで続くのだと悟り、歯を食い縛ると床に倒れ込んだ。血溜まりが大きくなっていく。頬に触れる血がいやに生暖かい。
彼の仲間が動揺する中、信繁は手を引き、立ち上がる。そして、於江に手渡された手拭いで身体に付いた血を丁寧に拭い始めた。
「忠告、感謝する。だが、奥村は徳川の間者ではないし、これからもならない。何故か分かるか?」
全ての血を拭い終わると徳川の忍び者達を見下ろした。
「教えてやらねえけどな」
不気味に笑った。
〝奥村〟の一族は山の奥の奥に住んでいた。
そして、その里の名を戸隠と呼ぶ。
戸隠は忍び者を生業としており、その中の一人である奥村は里の中で一番を争う豪傑の者である。その名を継ぐ者は、代々男児と決まっていた。しかし、夫婦の間に男児は産まれなかった。産まれるのは女児ばかりで、夫婦は頭を抱えた。
その夫婦は共に忍び者であるが、この里で産まれた女に忍び者をさせない決まりがあった。この里の忍び技は男のような強い身体と力がなければ習得することができなかったからだ。
その妻は違う里の出身であり、教えようと思えば女児に技を教えることも可能だが、里の掟を考えると無闇に教えることはできない。しかし、このまま跡継ぎが産まれなくても、里の掟として娘共々殺されてしまう。
戸隠の技を後世まで伝えることが全ての世界。夫婦は迫り来る期限に焦っていた。
冬のある日。
まるで日課のように、雪はほぼ毎日降っていた。幸い牡丹雪が少なくて助かったが、しきりに降る雪のお陰で、膝上まで積もっていた。もし牡丹雪であったら、通年通り胸、又は首辺りまで積もっていたかもしれない。今年の冬は雪が少なく感じる。
夫婦は屋根に登り、家が潰れる前にせっせと雪掻きをしている時だった。
そこに一人の青年が来た。布に包まれたモノを抱えた女性を一人従えて。
不審に思った夫婦は即座に飛び降りる。見慣れない顔なので里の者ではないとすぐに気付くが、安易に里の侵入を許す筈もない。
『我々に敵意はない。あなた方に用事があって参った』
青年はにっこりと笑う。
その笑顔の裏側に潜む、異様な落ち着き具合と力強い眼差し。どっしりと構えており、全く隙がない。瞬時に剛の者だと感じとる。更に、身なりも整っており、山賊でも浪人でもないと判断した夫婦は、下手に刺激を与えまいと、とりあえず青年の言葉を信じた。
そして、青年は目で合図をすると、女性は抱えていたものを夫婦にそっと渡した。
『……! この子は……?』
パッと見てすぐに赤子だと分かった妻は、赤子を落とさないように受け取り、大事に抱きかかえる。気になって赤子の顔を覗くと、泣く気配もなく、すやすやと寝ていた。
青年はニッと笑った。
『於江の息子だ。残念ながら、俺らが置かれている状況では育てることができなくてな』
青年が赤ん坊を抱いていた女性を見ながら説明すると、於江は会釈をした。
そして、夫が事情を察したのか、落ち着いて口を開いた。
『私らに代わりに育てて欲しい、とのことでしょうか?』
物分りのいい夫婦に、青年は機嫌が良さそうに更に笑った。
『ああ。確か息子が欲しかっただろ? 確か、この里は男児を産まない家は屑当然……つー、カッチンコッチンの考え方が定着しているところだったはずだ』
里の掟と、個人的な我々の事情を知っている点に、夫婦は名を知らぬ相手にここまで情報が漏れていることに恐怖する。明らかに只者ではない。青年達はなにを考えているのか。もしやこの二人は里の敵で、赤子を使った罠か、と。
その不安な心情が顔に出ていたのか、青年はニコッと笑うと、腰に携えていた一本の打刀を差し出した。
『赤ん坊の名はまだ持っておらん。己の子として名付け、育てよ。親の手から離れる時が来たら、真田源次郎信繁のところに来ればいい。もちろんこいつが望めば他の家に仕えても構わないし、来なかったら家を潰すとか、そんなつもりもない。ただ、俺自身は待ってるから、こいつが来んの』
赤ん坊を見遣りながら、夫婦を安心させるような笑顔だった。
柄頭に向かって、柄が太くなっており、鍔には六文銭が彫られた打刀。六文銭を描く線の細さが均一である。丁寧に彫られており、芸が細かい。並の職人が作った訳ではないことがよく分かる。
その打刀を握り締めた夫は六文銭を見て何かに気付く。そして、青年の顔を凝視した。
六文銭を見ると丸が六つある家紋によく似ている。更に源次郎という名に聞き覚えがあった。
この里の誰からか聞いた気がする。確か……。
『源次郎という名は……この』
『シー』
青年は立てた人差し指を口元に寄せた。
『いつも於江に手伝ってもらって忍んで来てるんだ。誰かに聞かれちゃあまずい』
言霊はなんちゃらって言うだろ?と茶化すように言う。
『於江の子を頼んでもいいか?』
改めて信繁は尋ねた。
そして、夫婦は静かに是と答えた。
刃に映る己の顔。
信繁は打刀の手入れをしていた。
裏の方法で手に入れた愛刀。
今の罪人という立場では、表立って様々な準備や武装もできない為、どんな手段を用いても、今から進めておかなければならないことだ。どんな汚い手段を使っても。
信繁は手入れをした刀を鞘に収めると、そっと刀掛けに置いた。
そして、ゴロンッと横になる。
両手を頭の後ろで組み、立てた片足にもう一方の足を置く。ぼーっと、見慣れた天井を眺めた。
「奥村ー」
天井に向かって呼ぶ。
間を置いてから、その返事が返ってきた。
「隙ばっかり見せてると、いつか殺されるぞ」
忠告と言わんばかりの言葉を落としてきた声の主は、呼んだ通りの奥村だった。
信繁は目を閉じる。
「死ぬ? 誰が?」
何も理解していない信繁に苛立ちが隠せず、奥村は声を少し荒げた。
「おっさんだっつーの」
「俺が? あー無理無理」
「何で」
「俺には奥村がいるからなぁ」
「……随分と信頼されてるんだな」
「雪を見るとなぁ、産まれたばかりのお前を隠れ里に連れて行った、あの日のことを思い出すよ」
「……」
「今もあれでよかったと思ってる」
「まあ、里帰りをしない忍び者(母上)が、ガキの世話をすることなんざできねえからな」
「それに、あの時は俺が人質で自由に身動きできなかったんだよ。なかなか抜け出すのが難しかったー」
「はあ?」
気が抜けた声が落ちてくる。
「ん?」
釣られて、信繁も聞き返した。
「……いつから人質になってたんだよ」
「いつだったかなー。小さい頃からいろいろあったからなぁ、忘れた」
ハハハと笑う。
人質時代の苦しみを感じさせない笑顔で。
奥村は沈黙の後、
「もし俺が真田のおっさんに仕えていなかったらどうすんだよ」
急な話の方向転換に信繁は目を点にしたが、すぐさま笑った。
「どうもしないって。そういう約束だったし」
「わざわざ隠れ里まで何度も来たって言うじゃないか。忍び者が欲しかったんだろ?」
信繁は組んでいた腕を解き、体を反転して、うつ伏せになる。まるで腰を揉めといわんばかりに。
「俺の直属の忍び者は欲しいけど~……ん~、里の様子を見たかったっつーか、世話になったからなぁ~」
「世話?」
ガタッと木の板を外すような音が鳴ったと思えば、奥村が既に降りていた。
信繁の尻に片足を置き、グイグイと押す。決して気持ちは篭っておらず、適当に踏んでいるようにしか見えなかった。
「そう」
ケツじゃなくて、腰を揉んでくれと奥村に頼みながら、短く問いに答えた。
奥村はその足をそのまま腰の位置にずらし、尚も足で踏み付ける。
「どんな世話だよ」
「敢えて言うなら〝全て〟かな」
「はあ?」
答えているようで答えが見えてこない。
はぐらかす信繁の腰に両足で乗りかかり、思いきり体重を乗せた。
「重ッ‼︎」
思わず信繁は頭を上げた。
「お、間違えた」
「嘘つけッ‼︎」
奥村は平然とした顔で信繁の体から降りる。慌てることもなく、申し訳なさそうに謝ることもなく、淡々に言葉を並べた。
腰をさする信繁を尻目に、奥村は言葉を続けた。
「お前はいつもそうだ。確信に迫るといつもぬらりと躱す」
妖怪ぬらりひょんめ。
嫌味っぽく付け足しながらゆっくり歩き、部屋の隅まで来ると腰を下ろす。そして、笑うこともせず、ピリッとした空気を醸し出しながら腕を組み、胡座をかいた。
普段と異なるその様子に、信繁はわざと咳をした。そして、信繁が口を開き、声を発しようとした刹那、奥村の言葉に遮られた。
「返答によっては、いつでも敵方に寝返ることができる」
ギラリとした眼光を向けられ、信繁は開けた口を閉じる。
今までのようにいい加減に言ってはならないと感じ取る。あの目は、本気だ。
信繁は身を起こすと片膝を立てて座る。少し視線を落とすと、頭を掻き、困ったように笑った。
「於江の言う通り、少し子供扱いにし過ぎたかのぅ」
その前置きに奥村は眉を潜めたが、続く信繁の言葉を静かに待った。信繁が今までにないほど、真っ直ぐに己を見ていたから。
「もし、お前が俺の元に来なかったとしても、隠れ里を恨むことはない。本当になにも。むしろ、俺は中途半端な覚悟の忍び者はいらん。それこそそんな奴が来たら追い返すか……」
信繁を間を置いた。その間は酷く重たい。
「消すだろうな」
ピリピリとした空気の中、刃のように鋭い信繁の雰囲気に、奥村は思わず息を飲み込む。消すという言葉に込められた殺気に身構えてしまいそうになった。
普段、ちゃらんぽらんな彼の姿からでは容易に想像できない。
「忍び者として中途半端な奴も……」
射抜くような信繁の視線に、奥村は反射的に身を引いた。忍び者の本能が、危険だと訴える。
「真田左衛門佐信繁への忠誠が中途半端な奴も」
その瞬間、ゾクゾクッと悪寒がし、蛇に睨まれた蛙のように指一本も動かない。奥村は口も体も動かず、相槌さえできなかった。
しかし、頭は妙に冷静で、目の前にいる主に忠義を示さなければと、それだけを考えていた。
信繁が放った言葉は聞くだけのものではない。奥村に問うているのだ。
「お、俺は……俺は」
渾身の力を口だけに集中しているのに、辛うじて言葉の断片が漏れるだけ。
普段ならここでヘラヘラと笑うだろう信繁は笑う素振りを見せなかった。
「奥村」
ただ名を呼ばれただけなのに、ビクッと震える体。まるで自分の体ではないかのような感覚。
「お前はどっちだ」
信繁と奥村の距離は離れたままで変わっていない。
それなのにどうしてここまで目前にいるような威圧感があるのか。目に見えない刀の刃先が奥村を襲う。
奥村は必死に頭に浮かぶ言葉を叫ぼうとした。それでも全く動こうとしない口。時間が経てば経つほど、頭の中に占めるは、命の危機感。
『消す』
信繁の声が、言葉が、鮮明に頭の中に流れる。
早く、言わねえと……ッ!
「お、俺はーー」
突然、躊躇いなく襖が開けられた。
「信繁様~……あれ?」
遠慮せずにずかずかと入ってきたのは池田玄葉だった。しかし、すぐに張り詰めている空気に気付くと、無神経な行動をしてしまったとすぐに口を閉じる。
時間が数秒間止まる。
そして先に動いたのは玄葉だった。
「改めましょうかね?」
冷や汗を流しながら、笑顔で信繁に尋ねる。
信繁は「大丈夫大丈夫」と言って、いつもよく見る信繁の姿に戻っていた。
先程の空気がまるで嘘のようだ。奥村も凍りついていた体の力が抜けた。しかし、それでも視線を落としたままで、恐る恐る息を長く吐く。
「奥村さん」
「え」
まさか玄葉から話しかけられると思っていなかった奥村は、言葉を紡げずに声が漏れる。
驚いて顔を上げると、玄葉は奥村の前にいて、安心させるかのように笑っていた。音もなく忍び寄る。玄葉も手練れの忍び者であることは違いない。
「この方の母親は奥村さんが育った里にいた女性だったんですよ」
「おい」
思っていなかった玄葉の話に、信繁は玄葉を睨みつけた。余計なことを言うな、と。
しかし、玄葉は気にすることなく話を続ける。信繁が存在しないかのように、潔く無視を決め込んだ。
「信繁様はそこでお産まれになったわけじゃないけれど、子供の頃はよく連れて行ってもらったそうですよ」
まだ話を続けようとする玄葉に、信繁は立ち上がった。
「それ以上は」
「知りたがってるなら教えてあげればいいじゃないですか」
玄葉は怖気ずくことなく信繁の言葉に被さり、ニコニコと笑っていた。
そして、奥村が口を開く。
「確かおっさんには兄がいたはずだけど、もしかして……」
信繁は大袈裟に頭を掻くと、諦めたかのように言葉を吐き捨て始めた。その表情もすっかり諦め切っている。
「腹違いだ」
そう言って、「あ~~~~」とぼやきながら、壁に寄り掛かる。
どうせ話すならば、己の出身についてもう少し後になってから話そうと思っていたのに。
ボソボソっと、信繁は小さな声で呟く。もちろん奥村には聞こえないように。
玄葉はそんな信繁を見て苦笑する。そして、再び奥村に視線を移した。
「ま、この時代、よくあることですけどね。出自が複雑なので、立場上言えることと言えないことがあります。しかし、これだけは信じてほしい」
そっと、奥村の頬を両手で挟み、真っ直ぐ目を交える。決して逸らさせないように。
玄葉の手の冷たさに、思わず奥村は身震いをした。これが生者の手なのかと疑ってしまう程、体温を全く感じない。
「信繁様は決して貴方を裏切ったりしない、と」
そして、玄葉は小さな声で「最期まで信じてあげてほしい」と言った。それは信繁の耳には届いていない。
「例え、貴方が裏切ったところで、こちら側としては微塵も問題ではないですし。これで少しは納得していただけましたか?」
自然に毒を吐く。
辛辣な玄葉を目の当たりにして、奥村は驚き、そして落ち込む。微塵も問題ではないと言われたことが、心にグサリと刺さった様子だ。
「え? あ、まあ……少しは」
完璧な玄葉の笑顔にたじたじになり、奥村はもう少し突っ込みたかったのだが、更に毒づかれても心を抉られるだけなので諦めることにした。
「そこで、奥村さん」
「?」
「今度は貴方の番ですよ」
「はい?」
「信繁様に問われていたじゃないですか」
玄葉に促されているのは、恐らく真田左衛門佐信繁に対する忠誠をするか、それともしないかの話だろう。
すぐに頭に浮かんだが、答えようにもあの異様な信繁の姿を思い出すと口籠ってしまう。それが相手を更に不信感を与えてしまうと頭でわかっていても、どうしても体が動かなくなってしまう。
自身との戦いに入った時、また玄葉の明るい声が耳に入った。
「ほーら御覧なさい。奥村さんを怖がらせてどうするんですか!」
今度は信繁に近付いて戒める姿は、まるで母のようだった。
その調子に合わせるように、信繁も拗ねた子供のように口を尖らせながら答える。
「悪かったって~。やり過ぎたよ~」
そう言って、信繁は奥村に歩み寄り、視線を合わせる為に腰を低くする。
そこで初めて目の奥に隠れている怯えに気付くと、信繁はばつが悪そうに微笑み、奥村の頭をぽんぽんと撫でた。
大きな手の温もりに、奥村は育ててくれた父親を思い出していた。
「悪かった。怖がらせ過ぎたな」
頭上から降ってくる言葉は優しくて、奥村は胸の奥が痛む。チクチクと針を刺すような痛みが止まらない。鬱陶しい痛みに耐えきれず、顔を歪めた。
「奥村さん? 体を痛めましたか?」
玄葉は心配そうに顔を覗く。
「いや。別に殴られてねえから怪我なんかしてない」
「いえ、信繁様の気は相性が悪ければ体に傷をつけますよ」
「気? なにそれ」
「信繁様はそこらにいる武士とは違って、父……昌幸様から武術を習ってませんから」
昌幸とは信繁の父のこと。
信繁は父の名前を聞くと、顔に影を落とした。
ふとした出来事で頭の中に浮かぶ、今の父親の姿。繰り返し思い出すが、どうしても慣れない。
「どういうことだよ」
「昌幸様や兄上の信之様と同じような真田家か、真田家に関わる家の武術、剣術を学んでおられないってことですよ。流派が全く異なるので、信繁様の武術は普通の武士には知られてません。例えて言うならば、僅かな力で大きな力を生み出すとか……まあ、特殊なんですよ」
玄葉は奥村より少し上の齢である。だが、信繁のことや真田家のことをよく知っている。いや、知り過ぎている。
玄葉に対して疑惑の念を抱いた。
何故真田家について詳しく知っているのか?
他に言えば、氷のように冷たかった両手は一体どういうことなのだろうか?と。
そんなことを考えていると、玄葉は奥村の心を見透かしたかのように「私も忍び者の一人ですから」と答えた。
その答えを聞き、奥村は決めた。
「おっさん」
「ん?」
よく見る信繁の反応。
「奥村の名を継いだ者として、契約は最後まで守る」
そう言うと、奥村は瞬き一つで信繁の元を離れ、姿を消した。
付近に気配がなくなったことを確認すると、玄葉が先に沈黙を破る。
「あの様子だとまだ気づいていないようですね」
「そうだな」
信繁は両手を挙げ、一度大きくのびをすると、再びゴロンッと横になった。
それを見た玄葉はうつ伏せになった信繁の腰元に座り、当然かのように腰を揉みだした。
「それにしても、契約なんて結んだ覚えはないんだけどな~」
溜め息を混じえながら信繁は言葉を吐く。
「照れ隠しですよ。だからあんな言い方しかできないんです」
手を動かしたまま玄葉はじっと信繁の腰を見つめる。
「いいじゃないですか。一応、彼の誠意が見えたということで」
「誠意ねぇ……分かりづらい奴だなぁ」
「もしかしたら奥村さんは信繁様をお父上と被らせて見ているのかもしれませんね」
よっと掛け声をして、玄葉は体重をかけ、固まった肉をほぐしていく。
それがとても気持ちよかったのか、信繁は「うお~~」と、だらしない声をあげた。
「信繁様が実の父じゃないかと疑ってるかもしれませんよ?彼の本音としては」
「奥村の親父? 困ったな~」
「彼の父が誰か教えてあげたらいいじゃないですか」
ここ、固いですねと呟きながら、玄葉は腰をほぐす手に力を込める。
「知ってどうすんだよ~。知らなくていいこともあるだろ」
「でも、彼が一番知りたいことは、そこじゃないですか?」
信繁は口をへの字に閉じ、考え込むようにう~んと唸る。
そして、息が続くまで唸った後、重たい口を開けた。
「そもそも於江がなんて言うか……」
奥村の母は於江だ。
信繁は困り顔でそう答えた。
暫く沈黙した後、不意に信繁は口を開く。
「玄葉」
「はい」
「わざと部屋に入ってきただろ」
改まった方がいいかとか、わざと聞いてきやがって。
眉を寄せながら、信繁は付け足した。
そんな信繁の腰に全力で揉みほぐし、玄葉は白々しく答える。
「なんのことでしょう?」
完璧な笑顔を崩さなかった。
あれから一週間が経った。
捕らえた徳川の忍び者は逃げることはなく、皆、息絶えていた。口に忍ばせていた毒を飲み込み、大量の血を吐いて。その姿は思わず目を覆いたくなるほど、醜い死に様だった。
徳川忍びはこのように考えたのだろう。
このまま捕まっていれば、真田は徳川の情報を吐かせようと、躍起となって拷問をするに違いない。もう二度と陽の光を浴びることがなく、情報を引き出すまで永遠の苦痛を受けることになる筈だ、と。そのような忍び者としての辱めを受けるくらいならば、情報と共に闇へ葬り去る為に自決した方が幾分はマシ。そう手本になるような忍び者らしく行動をしたのだ。
元より、ここまでの真田の戦力や設備を前もって知っていれば捕まることもなかっただろう。何故、外に真田の情報が出回らないのか。
それは農民から数少ない家臣への徹底された偽りの情報を持たされていた。配流された真田には借金の為、金も食料もないのが当たり前である。苦しい暮らしを過ごしていると誰もが思う。配流とは常識的に考えてそのようなものである為、まさか武力、武器、地下牢があるなどと誰一人疑う者がいなかったのだ。
実際、信繁の兄弟に物乞いをしたり、畑を耕す姿を見る者もいる。更に、正室である安岐にも機を織らせて、辛うじて生きている生活だと誰もが認知している為、疑う余地がない。
次に、真田への侵入者に対する完全排除。真田の秘密を知った者は二度と生きて帰ることもできず、遺体すらも消される。もちろん、秘密さえ知らなければ本領へ帰ることができる。むしろ〝普段と変わらず貧困な生活を送っている〟と報告してもらえれば万々歳である。
また、その秘密を知った者は全て隠密行動をする忍び者であった。忍び者を送った側は、帰還しない忍び者の話を公けにできない。下手に表沙汰にすれば、逆に忍び者の情報を他国に教えることに繋がる場合がある。よって、表立って真田に関する話ができない為、配流された真田としか世間では知られていない。
信繁は外に出ていた。
どこからか持ってきた、大きめの平らな石の上に、積もっていた雪で長細い円形を作る。傍らには葉が二枚と赤い実が二つ。
ザクッザクッと音を立てながら近づく気配に気づくと、信繁は軽く振り向いた。
「お使いから帰ってきたか」
「……」
手には文を持ち、いかにも不機嫌な顔をした奥村がいた。
口をへの字にしたまま開ける気配がなかったので、代わりに信繁が口を開いた。
「どうした? 行ってきたんだろ? 兄上のところに」
首を傾げる。
すると、奥村は文を叩きつけるように信繁へ投げた。
「返事だとよッ」
不機嫌というよりも怒っているようだ。腕を組み、そっぽを向く。
文を手に取り、信繁は立ってから読み始めた。
「小松殿の字……。やっぱりちゃんと行ってきたんじゃないか」
そう言うと、爆発したかのように奥村が話し始めた。
「あの女、嫌いだ!」
「はあ? 小松殿が? 何でぇ」
「いつもいつもいつも『礼がなってない。そこへ直れ』て命令しやがる! 何様だ、あいつ!」
「? 小松様だ」
ぽかんとしながらも、信繁は素直に答えた。
その素直な信繁が更に水を差したようで、奥村は掌いっぱいに雪を持ち、むしゃくしゃする気持ちを十二分雪に込めた。そして、出来上がった雪の団子を思い切り投げつける。
「そんなこと言ってんじゃねーよ! 俺は!!」
顔に雪をぶつけられた信繁は、時間が止まったように停止していたが、ふいに作りかけていた物を見て無事なのを確認すると、
「危ないだろ!」
「たかが雪だろーが‼︎ どこが危ねえんだよ!」
「雪兎を作ってる最中なんだよ!」
「ぁあ⁉︎ おっさんがなに子供遊びをしてんだよ‼︎」
「作ったら弁丸に見せるんだよ!」
「ぁあッ‼︎⁉︎……ああ、そう……」
父親の姿を見せられ、思わず奥村は荒んだ心が落ち着きを取り戻す。
弁丸は信繁の幼名なのだが、信繁と安岐にできた長男にその幼名を引き継がせた。信繁はまだ小さい息子の為に雪兎を作っている最中だったのだ。
そして奥村の危険が去ったと確認すると、信繁は文を懐に収め、雪兎作りを再開させながら話を続けた。
「小松殿は曲がった事が嫌いだからな。素っ気ない奥村に正しい礼儀を身につけさせたいんだろう。前の文にも書いてあったぞ」
雪の表面の凹凸を消すように雪を重ねていく。
「それでも敵対している立場でありながら、困窮している我々を助けてくれる。頭が上がらないよ、本当に」
耳になる葉が合うように雪兎の体の大きさを整え始めた。
「父上がこの世を去られたら何人がここに残るんだか」
全体を見ながら葉を綺麗に突き刺し、眼になる赤い実をゆっくりと付ける。
「息子の家臣になって残るんじゃないのか?」
「ここにいるほとんどの家臣は父上だからこそ付いてきた猛者達だ。背景にも自身にも力がある兄上ならまだしも、なにもかも失った……いや、始めから何も持っていない俺に付いていこうと思うような物好きはいない」
寂しそうに、笑った。
滅多に見ることがない表情に、奥村は僅かに眉を潜めた。
「俺はお前に付いて来た。だから心配するな」
真っ直ぐに信繁を見遣る。
「於江さんも池田さんもおっさんだから来たんだ。黒田もお前の帰りをいつかいつかと待ちわびてる。命令が下るのを待ちわびてる。安心しろ」
独りじゃない。
時折見せる孤独を写した眼。日に日に見かけることが多くなってきたと思う。
そんな信繁を元気付けるように奥村は堂々と言葉を吐いた。恥ずかしがることもなく、照れることもなく、目の前にいる主人を奮い立たせる為に。
信繁ははにかんだ。
「ありがとう」
すっと信繁の隣に来ると身を低くし、作りかけの雪兎を見ながら、黒田の話をし始めた。
「今も黒田はここに行きたいとごねてた。でも変装術ができても、〝染み付いた匂い〟はなかなか消えないから、怪しまれて無理だって言ったんだが、言うことを聞きゃーしない。黒田は女みてえにおっさんに惚れてる。もし九度山を抜けて帰ってきたら、一番に迎えに行くと言っていた。むしろ九度山に行きたいとも言ってた」
横谷は……分からん。俺ですら横谷自体が謎だ……。
と、正直に話した。
そして、目の前にある雪を掻き集め始める。
「確かに佐平は俺を見た途端に抱きついてきそうで怖いな……」
安易に想像できるところが尚更怖いなぁと、信繁は苦笑した。
奥村もまるで雪兎を作るように雪を固め始める。
「何作ってんだ?」
信繁は首を傾げた。
しかし奥村は答えずに雪を整えると立ち上がり、木の下まで歩いて行く。庭にある松の葉と小さな赤い実を取って来て、作った雪の塊に付けた。
それを静かに眺めていた信繁は、雪で作った物を予測する。
「目と尻尾か……なんの動物だ?」
首を捻っても見えてこない。
様々な角度で試してみるが、やはりどの動物を作ったのか分からず、頭の上に疑問符を浮かべた。
その反応に、奥村は訝しむような表情を浮かべる。そして、さも当然といった様子で答えた。
「鼠に決まってんだろ」
「……………………はい?」
体があって、赤い目が二つ、反対側にはそれほど長くもない尻尾。
口がなければ、耳もない。
ここから鼠をどう想像しろと?
空いた口が塞がらないとは、こういうことだろうか。
信繁は暫くの間ポカンと口を開けると、空笑いをした。
「なんだよ、その反応! 意味わかんねえ‼︎」
徐々に顔を朱色に染め、恥ずかしがる。奥村はその感情を隠そうと乱暴に言葉を吐くが、全く隠れていない。
「ね、鼠ってさ、丸い耳が特徴だよな? 奥村が作った雪、鼠? どこにも耳がないんだけど」
おどおどしながら、信繁は鼠の姿を指で雪に描く。思った以上に出来が良かったので、心の中で喜んだ。
その絵を見た奥村は、絵と雪で作った物を見比べ、ハッと気付いた。
すかさず、丸い葉を付けた気を探し、二枚の葉を千切るように取ると雪に刺した。
耳が付いたことで、それなりに動物に見えるが、鼠だとすぐには見えない。全体のバランスがおかしいようで、明らかに左右が崩れている。
「奥村……不器用なんだな」
「なっ⁉︎」
はっきりと言われ、奥村はまた赤面する。
言い訳をしようと口を開くが、視界に入る信繁の雪兎の出来がいい為、口を開閉するだけで終わる。そして、口を一文字にして唸った。
信繁は噛み付いてこない奥村にクスッと笑い、雪兎を端に寄せ、奥村が作った雪鼠を器用に石の上に乗せる。
そして石を持った信繁は立ち上がり、奥村を促した。
「行くぞ」
その言葉に従い、奥村は信繁の後ろに付いて行った。
「奥村」
「?」
屋敷に向かって歩みを進めながら信繁は名前を呼んだ。
「お前の本当の父親についてはもう少し待ってくれ。於江に止められたんだ」
「あー」と声を漏らしながら、奥村は然程興味がなさそうに答える。
「別に。ガキの頃は考えたことあるけど、今は考えてねーよ」
「そうか」
暫しの無言が続く。
しかし、奥村がそれを破った。
「真田のおっさんが親父とか、ないよな……?」
「やっぱり気にしてんじゃねえか」
そう言って、苦笑した。
「違う。おっさんと於江がそんなことしてたなんて考えたくねえし」
視線を外しながら、奥村は黙り込む。
「お前も大人になったな。そんな破廉恥なことも考えるようになったなんて」
片手で雪兎と鼠を乗せた石を持ち、余った手で笑顔で歪む口元を隠す。「奥村殿、禁欲中? あんまり我慢しちゃあ駄目よ」と、あからさまに奥村をいじることが面白くて堪らないような顔をしながら。
ウキウキとしている目を見て、奥村はこめかみに青筋を浮かべる。怒りで力が篭った体がプルプルと震えていた。
「おっさんとこんな話をする為に言ったんじゃねえ!」
「まあまあ、そんなこと言うなって」
奥村の肩を叩きながら笑い続けた。
その時、ゆっくりと近づく足音が聞こえてきた。
「ゆちー! ゆちー!」
雪掻きをした後の道を、まだ足元がおぼつかず、ヨタヨタと歩いてくる小さな子供。時折座り込みながら、両手を前や横に出してバランスを取る姿を見ると、人はつい手を差し出したくなるものだ。しかし、器用に歩く弁丸に感心する。
ガクッと止まり、転げそうになった子供に信繁は慌てて駆け寄り、空いている手で抱き締めた。
ガクンと膝が折れたが、尻を地に着くことはなく、弁丸はニコニコと笑っていた。それなりに雪が積もっている場所で腰を下ろす形になったので、雪に尻の跡ができたが、親の信繁はそれですら愛おしく感じている。
子供は小さな手で信繁の膝に手を付き、自らの力で再び立ち上がる。
「弁丸、寒いから中に入っとけって言ったろ?」
わしゃわしゃと頭を撫で、微笑む信繁の顔は父親そのものである。
離れたところで奥村は立ち止まった。親子の姿に、それ以上近付くことができなかった。
信繁が持っていた雪兎と雪の鼠を弁丸に見せていると、屋敷から駆け足で安岐がやって来た。
「ちょっと目を離した隙に……て、何それ?」
安岐が指差す先には、信繁が持つ雪の塊。
「兎と…………熊?」
その瞬間吹き出す信繁と、石のように固まる奥村。
心なしか、奥村に冷たい風が吹きつく。表情にも生気がなく、視線だけがガクッと落ちた。
あからさまに様子がおかしい奥村を見て、安岐は慌てて弁解をする。
「ごめんなさい! 熊じゃないよね! えーっと、犬、かな?」
落ちた視線が、更に安岐から逃げようと横に動く。言葉を発するのも辛いかのように、口は一文字に紡いだまま動く気配がない。
その間も信繁は片手で腹を抱えている。石を持つ腕をプルプルさせながら、器用に笑っていた。笑いながら死ぬんじゃないかと思わせるくらい、息ができずに咳をする。
「犬じゃないよね! 冗談! 冗談だから‼︎ んーっと、犬じゃないってことは……えー……丸、丸……丸い耳かな……?」
頭を回転させてもなかなか雪の塊の正体が分からず、安岐は謝りながら考える。
「これは鼠ですよ、安岐姫様」
「わあ⁉︎」
背後から声が聞こえ、思わず安岐は肩を震わせて驚く。しかしすぐに落ち着きを取り戻し、くるっと振り返った。そこには優しく微笑む於江の姿があった。気配もなく、安岐の背後に降り立った於江は、見事に雪の塊の正体を明かした。
そして、信繁は奥村を見やりながら話す。
「於江、見ろ! この雪鼠は奥村が頑張って作ったんだ。なかなか不器用だろ?」
「おっさん!」
抑えきれずに奥村は睨みつけた。
「まあ! 奥村が? 手先が不器用なのによく作りましたね」
初めて知ったかのように、大袈裟に反応する於江の様子を見て、奥村は眉を寄せ、吠えた。たった今、於江自身が鼠だと答えたばかりだ。きっと鼠を作っていた辺りから、木の陰かそこらでこっそりと見ていたのだろう。そう思うと、奥村は怒りを隠せなかった。
「俺が作ったって分かってるくせにわざわざ聞き返すなっつーの!」
「ほほほ」
あしらうように笑う。
突然、雪が落ちる音がした。
「あ」
「べ、弁丸! 源次郎と奥村さんが作ってくれたものを‼︎」
声が漏れ、微動だにしなくなった信繁とキャッキャッとご機嫌な弁丸。そして、目前には弁丸に払い落とされた無残な雪の塊。石の上には、形が崩れた雪と兎の耳だった葉が一枚と、どちらかの眼だった赤い実が一つ。だが、その赤い実もコロコロと転がり、ぽとりと落ちていった。
灰のように崩れる信繁を尻目に、弁丸は追い打ちをかけるように唯一石に残っている雪をガシガシと掴んでいた。安岐が弁丸の手を掴んでも、それを振りほどいて、弁丸は楽しそうに雪で遊ぶ。
そんな明るい家族を前に、居心地が悪そうな表情を浮かべた奥村はこの場から立ち去ろうと身を翻す。
だが、何者かに肩を叩かれ目を遣ると、切なそうに笑う於江の姿があった。
「恋しいですか?」
「……別に」
奥村は言葉を選ぶように間を置いた後、表情を変えずに短く答えた。
「育ての父親は早く亡くなられたようですね」
「しょうがないだろ、忍び者なら分かりきってることだ」
「貴方の父親が誰か、知りたいですか?」
「…………」
もしここで知りたくないと言っても、そうですかの一言で終わるだろう。
本当に知りたくないのか? 知りたいのではないか?
奥村は自問自答した。
〝別に〟の一言で片付けて、他人任せにしているような気がする。知らなくてもいいし、知ってもいいし。相手にどちらにするか決めていいよと、言っているような。単純に、知るのがただ怖いだけかもしれない。
迷ったが、奥村は静かに答えた。
「まあ、知ってもいいかな」
一度も於江に目を合わせないまま決意した奥村に、於江はあたたかく笑いかけた。
ある稽古場から男の掛け声が聞こえる。その稽古場の中では木刀を握り締め、一心不乱に素振りをする男がいた。
四十代前後の男は、長い間素振りを続けていたのだろう。額から幾つもの汗が流れていた。その汗が床まで落ち、時折床と素足が擦れる音が響き渡る。
周りの空気の温度が低い中、火照る身体からは湯気が出ている。それに気付いた男は、自身の集中力が低下してきていると判断し、そろそろ休憩にするかと考えていた時だった。
音を立てながら戸を開ける音が響いた。
「伊豆守様」
呼ばれた男は、木刀の先からゆっくりと下ろす。まるで木刀の端から端まで神経が行き渡っているのようだった。そして、木刀を脇に差しながら、一つに結んだ髪が大きく靡かぬ様に振り返る。
戸には手拭いと文を持った女が立っていた。
「小松。何用か」
「左衛門佐殿から文が届きましたよ」
小松と呼ばれた女は、落ち着いた足取りで歩く。
「信繁から? 妙に早い返事だね」
小松は伊豆守と呼んだ男に近寄り、文を手渡す。そして、持っていた手拭いで男の汗を拭いた。文を読む際に邪魔にならないように素早く拭く。
「真田伊豆守信之様……か。相変わらずあの面で味のある字を書く」
変わらない執筆に、信之はクスッと笑った。
「左衛門佐殿はなんと?」
拭き終わった手拭いを少しのズレもなく、綺麗に畳む。
「『このままだと来年の正月は貧困になりそうだからどうしたものかなぁ……』」
読み終えると、小松は困ったかのように溜め息を吐いた。
しかし、信之は嫌な顔をせずに、読んだ文を丁寧に畳んでいく。
「折角の新年に、食に寂しい思いをしなくてもいいだろう。父上に元気になってもらえるような品を送らなければいけないな」
そう言った信之は文を大事そうに懐に収める。そして、戸に向かって歩きだすと、小松も後ろに続いた。
奥村に父親が誰か告げたか……彼はどう出るかな……。
信之は、そう思いながら目を細める。
文に書いてあった、もう一つの内容。それは於江が奥村に父の名を明かしたとのことだった。
信之は奥村がどんな行動に出るのか、思いつく限り予想してみる。
信繁のことだから、父に会いたい、父に仕えたいと奥村に言われたら、その願いを叶えるに違いない。そういう奴だ。
今までもそうだった。
正直、どうしてポンポンと戦力となる忍び者を手放すことができるのか。
信之には理解できずにいた。
徳川側とすれば、奥村ほどの手慣れが付くのであれば願ったり叶ったりだ。拒否する理由がない。
戦力を保持、むしろ削ぐような行動をする信繁が何を考えているのか。これではまるで自ら滅ぼそうとしているように見えて仕方がない。
この時代において珍しいことでないが、真田家を東軍と西軍に分け、敵同士になろうとも、それぞれの道に進むことを決めた。例えどちらかが潰れようとも、真田家の血が絶えることがないように。
全ては真田家の存続の為とはいえ、家族を分断することを受諾した時は、誰もが苦渋の決断だった筈だ。それなのに、父上と共にいながら、真田家の誉れを第一と考えている父上のお気持ちを蔑ろにするつもりなのか?
そう思うと、眉間に力が入る。
だが、信之が知っている信繁はそんな男ではない。
一体何を考えている、信繁。
信之は真っ直ぐ歩いていく。軋む床の音が気にならない程、信繁の行動の意図を考える。
「形があるのに触れた瞬間に消える……。それなのにこの存在感とは……」
戸の前で立ち止まる。そして戸を開けると、無数の白い雪がゆっくりと降っていた。
「まるでこの雪のような兄上だ」
信之は歩みを進めた。
一人の男が屋敷の中から空を見上げていた。
庭を眺めれば、無数の雪は地に積もり始めている。まるで大地を侵食していくかのように雪は重なり、少しずつ白く染めていく。
少し開けた障子から、その様を眺める真田左衛門佐信繁の顔は非常に落ち着いた表情で、しかし、話しかけづらいピリッとした空気を纏っていた。
牡丹雪は、雨のように音をたてず、静かにその存在を誇張する。少しでも暖かくなれば、露となり、跡形もなく消える。人には雪を永遠に生かす術を持たないからこそ、その儚い命を美しいと思う。
障子の隙間から入ってきた冷気に、ぶるっと身震いした信繁は大きなくしゃみをする。そして、障子を静かに閉めた。
その時、
「源次郎。今、いい?」
襖の向こうから、安岐が名を呼んだ。
「ん? どうした?」
「於江さんと横谷さんが帰ってきたよ」
「そうか。ここに通してくれ」
「はーい」
襖越しの会話が、安岐の陽気な声で終わった。
そして暫く経ってから、安岐が襖を開け、二人に「どうぞ」と手招きをする。彼女は信繁にニコッと微笑み、襖をそっと閉めた。
「お前ら無事に帰ってきたか」
上座に座る信繁は気さくに話しかけた。
「於江、只今戻りました」
於江と呼ばれた女性は、目元と口元に皺があり、五十くらいの齢に見える。
信繁に促され、於江は膝を折り、頭を深く下げた。彼女は話し方や態度に棘はなく、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。しゃんと伸ばした指の先まで品を感じさせる。
続けて、顔に狐のお面をかぶった横谷も座った。特に面を外せと命令が下ることもなく、横谷は当たり前のように素顔を隠したまま、信繁を見据えた。
「……横谷、帰還ス」
柔和な於江と違い、横谷は抑揚のない声色で挨拶をした。男か女か判断できない声。その話し方は、若いからなのか、それとも疲れているからなのか。ぶっきら棒な印象を抱かせる。
信繁は二人の身なりに特に変わったところがなく、怪我がないと確認をしてから、やっと安心したように口角を釣り上げた。
「早速、報告を聞かせてもらおうか」
静かな空間に信繁の声だけが聞こえる。そして、彼の言葉が終わり、見えないモノを探るような沈黙が流れる。
目を細め、口元は微笑んでいる於江が、徐に口を開いた。
「あら」
「どうした?」
「大変申し訳ありません。どうやら鼠を連れて帰ってしまったようです」
あらぁ、困ったわぁと、わざとらしく言いながら苦笑する於江に、横谷は無言のまま立ち上がった。
於江が言う鼠とは、信繁に仇なす者。主君である信繁に危険が迫っていると気付いても、長年の経験を積んでいるからか、全く慌てる様子を見せない。口元を袖で隠し、立ち上がることなく、ホホホとただ微笑んでいた。
信繁は懐から扇子を取り出し、バッと綺麗に広げる。そこには細かな筆使いで妖しくも美しい地獄絵図が描かれていた。そして、彼は扇子を気配のする方へ向ける。
その瞬間、軒裏から微かに音がした。足か腕を屋敷の柱にぶつけたような、失敗を犯した音。
「私もそろそろ隠居しようかしら。鼠の存在に気付かないなんて」
於江がそう話しながら笑っている間に、横谷は足に仕込んでいた棒状のものを瞬き一つで組み立て、細めの槍を作り出した。
その矛先は迷うことなく、軒裏にいる者を確実に突き刺した。
悲鳴と共に、じわじわと天井から血が滲む。
その間も信繁と於江は、まるで周りには何も起きておらず、ただの他愛もない雑談をしているかのように話を続けていた。
「またまた~」
引退発言をする於江に、信繁も合わせて笑った。
「鼠を引き連れるなんて、忍び者として失格ですから」
穏やかに笑っている目元に殺意が一瞬だけ漏れた。
信繁の背後に音もなく黒装束の者が降り立つ。その速さも技も尋常ではなく、目が追いつかないほど。
その者の手には小刀があり、慣れた手つきで信繁の喉元を引き裂こうと腕を引く。
しかし、信繁は慌てる様子を見せず、涼しい顔をしたまま動かなかった。
「たったそれだけの速さで、我が主のお命を奪おうとは、まだまだ腕が青いですよ」
ニコニコと笑う一方で、於江は懐刀で瞬く暇もない程、素早く信繁を狙う者の腕を切り落とした。年相応の動きでも速さでもない。技も只者ではなく、豆腐でも切ったかのように切れ味は良く、切れた断面が美しい。
「動き方、獲物を見る限り、あなた方は徳川の者ですね。ああ、よかった。なかなか現れてくれないから、ムズムズして歯痒かったんですよ、これでも」
表情を変えないまま、懐から一枚の紙を取り出し、刃に付いた血を拭った。
徳川忍びは血が止まらない腕を片方の手で押さえる。明らかに力の差がある現状を見て、暗殺に失敗したことを悟ると、首に掛けている小さな笛を取り出して吹いた。
その瞬間、まだ生きている忍び者達が一斉に屋敷を出て行こうと身を翻す。
しかし、ここで逃がしてくれる訳がない。
横谷は倒れた敵の喉元に槍を刺し、とどめを刺した。そして、逃げる者達に数個の苦無を投げると同時に、手足に苦無が刺さったことで動きが鈍くなった黒装束の心臓を一突き。
しかし、仲間を犠牲にして逃げようとする黒装束がいた。
その者は脇腹に怪我を負い、呼吸が荒いが、外に出ようと渾身の力で障子を開ける。
「あらあら。こんな奥まで潜り込んでおいて、生きて帰れるとでもお思いで?」
艶のある声色で於江は言う。
徳川忍びの顔色が悪くなり、一瞬躊躇うが、すぐに障子に手を突っ込み、開け放つ。
そして現れた庭には、一人の男が立っていた。
「奥村」
殺気に満ちた男の名を呼び、信繁はパタパタと扇を仰ぐ。
「一人も帰すな」
黒い手ぬぐいのようなものを額に巻き直し、主の命を受けると、目を鋭く光らせた。
「ああ、分かっている」
奥村は腰に携えている打刀に手を添える。そして六文銭が彫られた柄を握り締め、ゆっくりと抜いた。
手厚く手当てされた忍び者を地下にある牢獄に入れる。そして最後の一人が入ると、躊躇なく鍵がかけられた。すると、もう逃げられないと察した忍び者は抵抗することなく、ぐったりと座り込んだ。いざ逃げる時の為に無駄な力を使わないようにとも見えるが。
鍵がしっかりと閉まったことを確認すると、奥村は和錠の鍵を握り締めたまま、横に立っている信繁を見た。
「真田のおっさん」
「ん?」
「いつからこんな地階を作ったんだ? しかもこの和錠。海老錠ならまだしも、こんな新しい型の錠前を買う金なんかないだろうが」
前はなにもなかったのにと付け足し、奥村は和錠を一瞥する。
疑問の色をした奥村の目つきを見ると、信繁はヒヒヒと悪そうに笑った。
「そりゃあ……」
勿体ぶるように、信繁は間を置く。
「『そりゃあ』?」
どれだけ考えても、後に続く言葉が思いつかない奥村は、信繁の言葉を口にし、答えを待った。
その表情に満足すると、信繁はニヤリと笑う。
「教えてやらーん!」
ニヤニヤニヤニヤ。
悪餓鬼のように笑う。
奥村の反応を楽しむかのように、ひたすら笑い続けた。
あまり周りに興味を持たない奥村が、珍しく自ら聞いてきたことが嬉しくて、可愛いと思っての反動だった。
しかし、そのような信繁の心情など、口にしない限りは知り得ない。
その答え方が全くもって面白くない奥村は、眉を寄せ、青筋を浮かべた。
「おっさん」
この低い声も、今の信繁には届いていない。
「なんだ? 知りたくて仕方がないか? 奥村がどうしても知りたい! って言ったら、考えないこともないがなぁ」
信繁は腕を組み、右手で顎を撫でる。
自慢したい自慢したい自慢したい。
その心の声が聞こえてくるようで、奥村は更に青筋を浮かべる。
「歯ぁ、食いしばれ」
「ん?」
いきなりの言葉にうまく聞き取れなかったのか、信繁が聞き返そうと、顎を撫でる手が離れた刹那、顎に鈍い痛みが走った。
「いっでぇぇぇええ‼︎⁉︎」
顎が割れたんじゃないかと思わせるような激痛に、思わず叫び声をあげる。
そして、信繁はその場に蹲り、両手で顎を押さえた。時折片手を離し、流血していないか確認をする。血が出ないことを望んでいたが、徐々に血がじわじわと滲んできた。
その横を、すたすたと通り過ぎる奥村の脚が見えた。
「奥村! 主に対しての暴力反対!」
勢い良く振り返り、奥村の背中に向かって叫んだ。目に涙をうっすらと浮かべる姿は、到底、忍び者が仕える主とは思えない程情けないものだった。
奥村が反応せずに歩みを進めていると、信繁の悪口に似た言葉が絶えず背後に飛んでくる。しかし、何を言われようが気にしない。
「籠手を付けた手で殴るなんて容赦なさすぎだろうが!」
分かっていて殴ったからな。
「主を殴るとは何事か!」
お前を主と認知したことがあったっけか?
「忍び者のする仕事か!」
う~ん、忍び者ねぇ……。
「血が止まんねえ!」
後で安芸姫さんを呼んでやるよ。治してもらえ。
「於江に言いつけてやる!」
「⁉︎」
名前に反応した奥村は、ピタッと脚を止めた。その眼にも動揺を伺わせた。
「於江ぉぉ‼︎」
急に名を叫び始めた信繁に、瞬く間に跳び寄り、奥村は躊躇うことなく信繁の口を手で覆う。もちろん声を出させない為に力の限り。
「呼ぶな! おっさん!」
「おもぉぉぉ!」
言葉にならずとも、信繁は叫び続ける。
気を失わせるしかないかと、奥村の脳裏に過ぎった時、
「奥村、手を離しなさい。……ね?」
背後から聞こえる、聞き慣れた声。
声色を聞く限りは、とても落ち着いており、激しい感情は伺えない。だが、ひしひしと奥村の背中には、怒りから来る殺気が突き刺さってくる。それはもうグサグサと。
背中に汗をかきながら、奥村はカラクリのようにカクカクと手を離した。
完全に手が離れると、信繁は再び名を呼んだ。
「よく来てくれた! 於江!」
岩のように身体が固まった奥村から抜け出すのは容易で、於江に駆け寄る。その動きは身軽で、顔にも余裕が生まれていた。
信繁の顎が血で滲んでいることに気づくと、於江は慌てて懐から手拭いを取り出す。
「若様、このお怪我はもしかして……」
於江はゆっくりと奥村の背中に目を向けた。そして、ふつふつと再び湧き出る怒り。しかし、その表情は柔らかい。目は笑っていないが。
その様子に気付いているのか、奥村は焦った表情を浮かべながらも、崩れるようにその場で胡座をかき、片手で頭を抱えた。わざとらしく大きく溜め息を吐きながら。
こうなった於江からは逃げられない。
そう悟ったかのように。
「まあまあ、そう怒らないでやってくれ」
そう言って、信繁は笑う。
「甘やかし過ぎですよ」
於江は困ったかのように言った。
「奥村は若いからのぅ。それに俺が遊び過ぎた」
「しかし、奥村の名を継いだ者として、あってはならないこと。もう一度鍛え直さないといけないかしら」
首を傾げ、息を吐く。
すると、すくっと奥村は立ち上がった。腰に刺した鞘同士がぶつかり、音が地下に響く。
円を描くように振り向くと、思い出したかのように和錠の鍵を信繁の顔面に投げつけた。
「直さないでいただかなくても結構」
たった一言告げると、風のようにこの場から去って行った。
そんなまだ若い忍び者を二人で見送っていると、牢獄に閉じ込めている徳川忍びの一人が声高らかに笑い始めた。
「あいつはお前らを裏切るぞ?」
その瞬間、於江がピクッと動き出したが、信繁が目で制する。
信繁はその忍び者と向かい合うように座った。
「どういうことだ?」
口調は落ち着いているが、信繁の目は瞳孔が開いていた。
「我らを閉じ込めている鍵を始めから渡さなかっただろ? 真に主に仕えていれば、そんな大切な鍵はすぐさま渡すもの。それなのに、後になってから渡した。それがどういうことか、分かるだろう?」
身体中に怪我を負い、息も絶え絶えだが、尚も話を続ける。
「あの忍び者は貴殿を殴って気絶させてから逃げようと考えていたが、運悪く気絶せず。今回は大人しく鍵を渡してしまおうというところだな」
信繁は「ほぅ」と相槌を打つ。
「あの忍び者が裏切った時の為に別の忍び者をここにわざわざ置いていたんだろう? お前らは分かっていたのではないか? あいつが間者ってことをな‼︎ この徳がッ」
隔てる壁の隙間から、信繁は黒装束の忍び者の首を掴み、そしてそのまま首の肉を握り、引き裂いた。
その瞬間、信繁の顔と体に血が飛び散る。
誰がどう見ても、人が成せる技ではないことは明白である。
言葉は最後まで紡がれず、忍び者は言葉を発せないまま、スースーと音を立てながらもがき苦しむ。
死にたくても、すぐには死ねない。血が飛び、止めどなく流れ続けているが、ぎりぎり呼吸ができてしまうからだ。
一層の事止めを刺してくれればと目で懇願するが、信繁はひたすら氷のように冷たい眼差しを向けるだけ。
それならばと忍び者は、仲間に救いを求めて目を向け、声が出ない口を開閉する。が、その仲間も目を逸らした。この苦しみは命の灯火が消えるまで続くのだと悟り、歯を食い縛ると床に倒れ込んだ。血溜まりが大きくなっていく。頬に触れる血がいやに生暖かい。
彼の仲間が動揺する中、信繁は手を引き、立ち上がる。そして、於江に手渡された手拭いで身体に付いた血を丁寧に拭い始めた。
「忠告、感謝する。だが、奥村は徳川の間者ではないし、これからもならない。何故か分かるか?」
全ての血を拭い終わると徳川の忍び者達を見下ろした。
「教えてやらねえけどな」
不気味に笑った。
〝奥村〟の一族は山の奥の奥に住んでいた。
そして、その里の名を戸隠と呼ぶ。
戸隠は忍び者を生業としており、その中の一人である奥村は里の中で一番を争う豪傑の者である。その名を継ぐ者は、代々男児と決まっていた。しかし、夫婦の間に男児は産まれなかった。産まれるのは女児ばかりで、夫婦は頭を抱えた。
その夫婦は共に忍び者であるが、この里で産まれた女に忍び者をさせない決まりがあった。この里の忍び技は男のような強い身体と力がなければ習得することができなかったからだ。
その妻は違う里の出身であり、教えようと思えば女児に技を教えることも可能だが、里の掟を考えると無闇に教えることはできない。しかし、このまま跡継ぎが産まれなくても、里の掟として娘共々殺されてしまう。
戸隠の技を後世まで伝えることが全ての世界。夫婦は迫り来る期限に焦っていた。
冬のある日。
まるで日課のように、雪はほぼ毎日降っていた。幸い牡丹雪が少なくて助かったが、しきりに降る雪のお陰で、膝上まで積もっていた。もし牡丹雪であったら、通年通り胸、又は首辺りまで積もっていたかもしれない。今年の冬は雪が少なく感じる。
夫婦は屋根に登り、家が潰れる前にせっせと雪掻きをしている時だった。
そこに一人の青年が来た。布に包まれたモノを抱えた女性を一人従えて。
不審に思った夫婦は即座に飛び降りる。見慣れない顔なので里の者ではないとすぐに気付くが、安易に里の侵入を許す筈もない。
『我々に敵意はない。あなた方に用事があって参った』
青年はにっこりと笑う。
その笑顔の裏側に潜む、異様な落ち着き具合と力強い眼差し。どっしりと構えており、全く隙がない。瞬時に剛の者だと感じとる。更に、身なりも整っており、山賊でも浪人でもないと判断した夫婦は、下手に刺激を与えまいと、とりあえず青年の言葉を信じた。
そして、青年は目で合図をすると、女性は抱えていたものを夫婦にそっと渡した。
『……! この子は……?』
パッと見てすぐに赤子だと分かった妻は、赤子を落とさないように受け取り、大事に抱きかかえる。気になって赤子の顔を覗くと、泣く気配もなく、すやすやと寝ていた。
青年はニッと笑った。
『於江の息子だ。残念ながら、俺らが置かれている状況では育てることができなくてな』
青年が赤ん坊を抱いていた女性を見ながら説明すると、於江は会釈をした。
そして、夫が事情を察したのか、落ち着いて口を開いた。
『私らに代わりに育てて欲しい、とのことでしょうか?』
物分りのいい夫婦に、青年は機嫌が良さそうに更に笑った。
『ああ。確か息子が欲しかっただろ? 確か、この里は男児を産まない家は屑当然……つー、カッチンコッチンの考え方が定着しているところだったはずだ』
里の掟と、個人的な我々の事情を知っている点に、夫婦は名を知らぬ相手にここまで情報が漏れていることに恐怖する。明らかに只者ではない。青年達はなにを考えているのか。もしやこの二人は里の敵で、赤子を使った罠か、と。
その不安な心情が顔に出ていたのか、青年はニコッと笑うと、腰に携えていた一本の打刀を差し出した。
『赤ん坊の名はまだ持っておらん。己の子として名付け、育てよ。親の手から離れる時が来たら、真田源次郎信繁のところに来ればいい。もちろんこいつが望めば他の家に仕えても構わないし、来なかったら家を潰すとか、そんなつもりもない。ただ、俺自身は待ってるから、こいつが来んの』
赤ん坊を見遣りながら、夫婦を安心させるような笑顔だった。
柄頭に向かって、柄が太くなっており、鍔には六文銭が彫られた打刀。六文銭を描く線の細さが均一である。丁寧に彫られており、芸が細かい。並の職人が作った訳ではないことがよく分かる。
その打刀を握り締めた夫は六文銭を見て何かに気付く。そして、青年の顔を凝視した。
六文銭を見ると丸が六つある家紋によく似ている。更に源次郎という名に聞き覚えがあった。
この里の誰からか聞いた気がする。確か……。
『源次郎という名は……この』
『シー』
青年は立てた人差し指を口元に寄せた。
『いつも於江に手伝ってもらって忍んで来てるんだ。誰かに聞かれちゃあまずい』
言霊はなんちゃらって言うだろ?と茶化すように言う。
『於江の子を頼んでもいいか?』
改めて信繁は尋ねた。
そして、夫婦は静かに是と答えた。
刃に映る己の顔。
信繁は打刀の手入れをしていた。
裏の方法で手に入れた愛刀。
今の罪人という立場では、表立って様々な準備や武装もできない為、どんな手段を用いても、今から進めておかなければならないことだ。どんな汚い手段を使っても。
信繁は手入れをした刀を鞘に収めると、そっと刀掛けに置いた。
そして、ゴロンッと横になる。
両手を頭の後ろで組み、立てた片足にもう一方の足を置く。ぼーっと、見慣れた天井を眺めた。
「奥村ー」
天井に向かって呼ぶ。
間を置いてから、その返事が返ってきた。
「隙ばっかり見せてると、いつか殺されるぞ」
忠告と言わんばかりの言葉を落としてきた声の主は、呼んだ通りの奥村だった。
信繁は目を閉じる。
「死ぬ? 誰が?」
何も理解していない信繁に苛立ちが隠せず、奥村は声を少し荒げた。
「おっさんだっつーの」
「俺が? あー無理無理」
「何で」
「俺には奥村がいるからなぁ」
「……随分と信頼されてるんだな」
「雪を見るとなぁ、産まれたばかりのお前を隠れ里に連れて行った、あの日のことを思い出すよ」
「……」
「今もあれでよかったと思ってる」
「まあ、里帰りをしない忍び者(母上)が、ガキの世話をすることなんざできねえからな」
「それに、あの時は俺が人質で自由に身動きできなかったんだよ。なかなか抜け出すのが難しかったー」
「はあ?」
気が抜けた声が落ちてくる。
「ん?」
釣られて、信繁も聞き返した。
「……いつから人質になってたんだよ」
「いつだったかなー。小さい頃からいろいろあったからなぁ、忘れた」
ハハハと笑う。
人質時代の苦しみを感じさせない笑顔で。
奥村は沈黙の後、
「もし俺が真田のおっさんに仕えていなかったらどうすんだよ」
急な話の方向転換に信繁は目を点にしたが、すぐさま笑った。
「どうもしないって。そういう約束だったし」
「わざわざ隠れ里まで何度も来たって言うじゃないか。忍び者が欲しかったんだろ?」
信繁は組んでいた腕を解き、体を反転して、うつ伏せになる。まるで腰を揉めといわんばかりに。
「俺の直属の忍び者は欲しいけど~……ん~、里の様子を見たかったっつーか、世話になったからなぁ~」
「世話?」
ガタッと木の板を外すような音が鳴ったと思えば、奥村が既に降りていた。
信繁の尻に片足を置き、グイグイと押す。決して気持ちは篭っておらず、適当に踏んでいるようにしか見えなかった。
「そう」
ケツじゃなくて、腰を揉んでくれと奥村に頼みながら、短く問いに答えた。
奥村はその足をそのまま腰の位置にずらし、尚も足で踏み付ける。
「どんな世話だよ」
「敢えて言うなら〝全て〟かな」
「はあ?」
答えているようで答えが見えてこない。
はぐらかす信繁の腰に両足で乗りかかり、思いきり体重を乗せた。
「重ッ‼︎」
思わず信繁は頭を上げた。
「お、間違えた」
「嘘つけッ‼︎」
奥村は平然とした顔で信繁の体から降りる。慌てることもなく、申し訳なさそうに謝ることもなく、淡々に言葉を並べた。
腰をさする信繁を尻目に、奥村は言葉を続けた。
「お前はいつもそうだ。確信に迫るといつもぬらりと躱す」
妖怪ぬらりひょんめ。
嫌味っぽく付け足しながらゆっくり歩き、部屋の隅まで来ると腰を下ろす。そして、笑うこともせず、ピリッとした空気を醸し出しながら腕を組み、胡座をかいた。
普段と異なるその様子に、信繁はわざと咳をした。そして、信繁が口を開き、声を発しようとした刹那、奥村の言葉に遮られた。
「返答によっては、いつでも敵方に寝返ることができる」
ギラリとした眼光を向けられ、信繁は開けた口を閉じる。
今までのようにいい加減に言ってはならないと感じ取る。あの目は、本気だ。
信繁は身を起こすと片膝を立てて座る。少し視線を落とすと、頭を掻き、困ったように笑った。
「於江の言う通り、少し子供扱いにし過ぎたかのぅ」
その前置きに奥村は眉を潜めたが、続く信繁の言葉を静かに待った。信繁が今までにないほど、真っ直ぐに己を見ていたから。
「もし、お前が俺の元に来なかったとしても、隠れ里を恨むことはない。本当になにも。むしろ、俺は中途半端な覚悟の忍び者はいらん。それこそそんな奴が来たら追い返すか……」
信繁を間を置いた。その間は酷く重たい。
「消すだろうな」
ピリピリとした空気の中、刃のように鋭い信繁の雰囲気に、奥村は思わず息を飲み込む。消すという言葉に込められた殺気に身構えてしまいそうになった。
普段、ちゃらんぽらんな彼の姿からでは容易に想像できない。
「忍び者として中途半端な奴も……」
射抜くような信繁の視線に、奥村は反射的に身を引いた。忍び者の本能が、危険だと訴える。
「真田左衛門佐信繁への忠誠が中途半端な奴も」
その瞬間、ゾクゾクッと悪寒がし、蛇に睨まれた蛙のように指一本も動かない。奥村は口も体も動かず、相槌さえできなかった。
しかし、頭は妙に冷静で、目の前にいる主に忠義を示さなければと、それだけを考えていた。
信繁が放った言葉は聞くだけのものではない。奥村に問うているのだ。
「お、俺は……俺は」
渾身の力を口だけに集中しているのに、辛うじて言葉の断片が漏れるだけ。
普段ならここでヘラヘラと笑うだろう信繁は笑う素振りを見せなかった。
「奥村」
ただ名を呼ばれただけなのに、ビクッと震える体。まるで自分の体ではないかのような感覚。
「お前はどっちだ」
信繁と奥村の距離は離れたままで変わっていない。
それなのにどうしてここまで目前にいるような威圧感があるのか。目に見えない刀の刃先が奥村を襲う。
奥村は必死に頭に浮かぶ言葉を叫ぼうとした。それでも全く動こうとしない口。時間が経てば経つほど、頭の中に占めるは、命の危機感。
『消す』
信繁の声が、言葉が、鮮明に頭の中に流れる。
早く、言わねえと……ッ!
「お、俺はーー」
突然、躊躇いなく襖が開けられた。
「信繁様~……あれ?」
遠慮せずにずかずかと入ってきたのは池田玄葉だった。しかし、すぐに張り詰めている空気に気付くと、無神経な行動をしてしまったとすぐに口を閉じる。
時間が数秒間止まる。
そして先に動いたのは玄葉だった。
「改めましょうかね?」
冷や汗を流しながら、笑顔で信繁に尋ねる。
信繁は「大丈夫大丈夫」と言って、いつもよく見る信繁の姿に戻っていた。
先程の空気がまるで嘘のようだ。奥村も凍りついていた体の力が抜けた。しかし、それでも視線を落としたままで、恐る恐る息を長く吐く。
「奥村さん」
「え」
まさか玄葉から話しかけられると思っていなかった奥村は、言葉を紡げずに声が漏れる。
驚いて顔を上げると、玄葉は奥村の前にいて、安心させるかのように笑っていた。音もなく忍び寄る。玄葉も手練れの忍び者であることは違いない。
「この方の母親は奥村さんが育った里にいた女性だったんですよ」
「おい」
思っていなかった玄葉の話に、信繁は玄葉を睨みつけた。余計なことを言うな、と。
しかし、玄葉は気にすることなく話を続ける。信繁が存在しないかのように、潔く無視を決め込んだ。
「信繁様はそこでお産まれになったわけじゃないけれど、子供の頃はよく連れて行ってもらったそうですよ」
まだ話を続けようとする玄葉に、信繁は立ち上がった。
「それ以上は」
「知りたがってるなら教えてあげればいいじゃないですか」
玄葉は怖気ずくことなく信繁の言葉に被さり、ニコニコと笑っていた。
そして、奥村が口を開く。
「確かおっさんには兄がいたはずだけど、もしかして……」
信繁は大袈裟に頭を掻くと、諦めたかのように言葉を吐き捨て始めた。その表情もすっかり諦め切っている。
「腹違いだ」
そう言って、「あ~~~~」とぼやきながら、壁に寄り掛かる。
どうせ話すならば、己の出身についてもう少し後になってから話そうと思っていたのに。
ボソボソっと、信繁は小さな声で呟く。もちろん奥村には聞こえないように。
玄葉はそんな信繁を見て苦笑する。そして、再び奥村に視線を移した。
「ま、この時代、よくあることですけどね。出自が複雑なので、立場上言えることと言えないことがあります。しかし、これだけは信じてほしい」
そっと、奥村の頬を両手で挟み、真っ直ぐ目を交える。決して逸らさせないように。
玄葉の手の冷たさに、思わず奥村は身震いをした。これが生者の手なのかと疑ってしまう程、体温を全く感じない。
「信繁様は決して貴方を裏切ったりしない、と」
そして、玄葉は小さな声で「最期まで信じてあげてほしい」と言った。それは信繁の耳には届いていない。
「例え、貴方が裏切ったところで、こちら側としては微塵も問題ではないですし。これで少しは納得していただけましたか?」
自然に毒を吐く。
辛辣な玄葉を目の当たりにして、奥村は驚き、そして落ち込む。微塵も問題ではないと言われたことが、心にグサリと刺さった様子だ。
「え? あ、まあ……少しは」
完璧な玄葉の笑顔にたじたじになり、奥村はもう少し突っ込みたかったのだが、更に毒づかれても心を抉られるだけなので諦めることにした。
「そこで、奥村さん」
「?」
「今度は貴方の番ですよ」
「はい?」
「信繁様に問われていたじゃないですか」
玄葉に促されているのは、恐らく真田左衛門佐信繁に対する忠誠をするか、それともしないかの話だろう。
すぐに頭に浮かんだが、答えようにもあの異様な信繁の姿を思い出すと口籠ってしまう。それが相手を更に不信感を与えてしまうと頭でわかっていても、どうしても体が動かなくなってしまう。
自身との戦いに入った時、また玄葉の明るい声が耳に入った。
「ほーら御覧なさい。奥村さんを怖がらせてどうするんですか!」
今度は信繁に近付いて戒める姿は、まるで母のようだった。
その調子に合わせるように、信繁も拗ねた子供のように口を尖らせながら答える。
「悪かったって~。やり過ぎたよ~」
そう言って、信繁は奥村に歩み寄り、視線を合わせる為に腰を低くする。
そこで初めて目の奥に隠れている怯えに気付くと、信繁はばつが悪そうに微笑み、奥村の頭をぽんぽんと撫でた。
大きな手の温もりに、奥村は育ててくれた父親を思い出していた。
「悪かった。怖がらせ過ぎたな」
頭上から降ってくる言葉は優しくて、奥村は胸の奥が痛む。チクチクと針を刺すような痛みが止まらない。鬱陶しい痛みに耐えきれず、顔を歪めた。
「奥村さん? 体を痛めましたか?」
玄葉は心配そうに顔を覗く。
「いや。別に殴られてねえから怪我なんかしてない」
「いえ、信繁様の気は相性が悪ければ体に傷をつけますよ」
「気? なにそれ」
「信繁様はそこらにいる武士とは違って、父……昌幸様から武術を習ってませんから」
昌幸とは信繁の父のこと。
信繁は父の名前を聞くと、顔に影を落とした。
ふとした出来事で頭の中に浮かぶ、今の父親の姿。繰り返し思い出すが、どうしても慣れない。
「どういうことだよ」
「昌幸様や兄上の信之様と同じような真田家か、真田家に関わる家の武術、剣術を学んでおられないってことですよ。流派が全く異なるので、信繁様の武術は普通の武士には知られてません。例えて言うならば、僅かな力で大きな力を生み出すとか……まあ、特殊なんですよ」
玄葉は奥村より少し上の齢である。だが、信繁のことや真田家のことをよく知っている。いや、知り過ぎている。
玄葉に対して疑惑の念を抱いた。
何故真田家について詳しく知っているのか?
他に言えば、氷のように冷たかった両手は一体どういうことなのだろうか?と。
そんなことを考えていると、玄葉は奥村の心を見透かしたかのように「私も忍び者の一人ですから」と答えた。
その答えを聞き、奥村は決めた。
「おっさん」
「ん?」
よく見る信繁の反応。
「奥村の名を継いだ者として、契約は最後まで守る」
そう言うと、奥村は瞬き一つで信繁の元を離れ、姿を消した。
付近に気配がなくなったことを確認すると、玄葉が先に沈黙を破る。
「あの様子だとまだ気づいていないようですね」
「そうだな」
信繁は両手を挙げ、一度大きくのびをすると、再びゴロンッと横になった。
それを見た玄葉はうつ伏せになった信繁の腰元に座り、当然かのように腰を揉みだした。
「それにしても、契約なんて結んだ覚えはないんだけどな~」
溜め息を混じえながら信繁は言葉を吐く。
「照れ隠しですよ。だからあんな言い方しかできないんです」
手を動かしたまま玄葉はじっと信繁の腰を見つめる。
「いいじゃないですか。一応、彼の誠意が見えたということで」
「誠意ねぇ……分かりづらい奴だなぁ」
「もしかしたら奥村さんは信繁様をお父上と被らせて見ているのかもしれませんね」
よっと掛け声をして、玄葉は体重をかけ、固まった肉をほぐしていく。
それがとても気持ちよかったのか、信繁は「うお~~」と、だらしない声をあげた。
「信繁様が実の父じゃないかと疑ってるかもしれませんよ?彼の本音としては」
「奥村の親父? 困ったな~」
「彼の父が誰か教えてあげたらいいじゃないですか」
ここ、固いですねと呟きながら、玄葉は腰をほぐす手に力を込める。
「知ってどうすんだよ~。知らなくていいこともあるだろ」
「でも、彼が一番知りたいことは、そこじゃないですか?」
信繁は口をへの字に閉じ、考え込むようにう~んと唸る。
そして、息が続くまで唸った後、重たい口を開けた。
「そもそも於江がなんて言うか……」
奥村の母は於江だ。
信繁は困り顔でそう答えた。
暫く沈黙した後、不意に信繁は口を開く。
「玄葉」
「はい」
「わざと部屋に入ってきただろ」
改まった方がいいかとか、わざと聞いてきやがって。
眉を寄せながら、信繁は付け足した。
そんな信繁の腰に全力で揉みほぐし、玄葉は白々しく答える。
「なんのことでしょう?」
完璧な笑顔を崩さなかった。
あれから一週間が経った。
捕らえた徳川の忍び者は逃げることはなく、皆、息絶えていた。口に忍ばせていた毒を飲み込み、大量の血を吐いて。その姿は思わず目を覆いたくなるほど、醜い死に様だった。
徳川忍びはこのように考えたのだろう。
このまま捕まっていれば、真田は徳川の情報を吐かせようと、躍起となって拷問をするに違いない。もう二度と陽の光を浴びることがなく、情報を引き出すまで永遠の苦痛を受けることになる筈だ、と。そのような忍び者としての辱めを受けるくらいならば、情報と共に闇へ葬り去る為に自決した方が幾分はマシ。そう手本になるような忍び者らしく行動をしたのだ。
元より、ここまでの真田の戦力や設備を前もって知っていれば捕まることもなかっただろう。何故、外に真田の情報が出回らないのか。
それは農民から数少ない家臣への徹底された偽りの情報を持たされていた。配流された真田には借金の為、金も食料もないのが当たり前である。苦しい暮らしを過ごしていると誰もが思う。配流とは常識的に考えてそのようなものである為、まさか武力、武器、地下牢があるなどと誰一人疑う者がいなかったのだ。
実際、信繁の兄弟に物乞いをしたり、畑を耕す姿を見る者もいる。更に、正室である安岐にも機を織らせて、辛うじて生きている生活だと誰もが認知している為、疑う余地がない。
次に、真田への侵入者に対する完全排除。真田の秘密を知った者は二度と生きて帰ることもできず、遺体すらも消される。もちろん、秘密さえ知らなければ本領へ帰ることができる。むしろ〝普段と変わらず貧困な生活を送っている〟と報告してもらえれば万々歳である。
また、その秘密を知った者は全て隠密行動をする忍び者であった。忍び者を送った側は、帰還しない忍び者の話を公けにできない。下手に表沙汰にすれば、逆に忍び者の情報を他国に教えることに繋がる場合がある。よって、表立って真田に関する話ができない為、配流された真田としか世間では知られていない。
信繁は外に出ていた。
どこからか持ってきた、大きめの平らな石の上に、積もっていた雪で長細い円形を作る。傍らには葉が二枚と赤い実が二つ。
ザクッザクッと音を立てながら近づく気配に気づくと、信繁は軽く振り向いた。
「お使いから帰ってきたか」
「……」
手には文を持ち、いかにも不機嫌な顔をした奥村がいた。
口をへの字にしたまま開ける気配がなかったので、代わりに信繁が口を開いた。
「どうした? 行ってきたんだろ? 兄上のところに」
首を傾げる。
すると、奥村は文を叩きつけるように信繁へ投げた。
「返事だとよッ」
不機嫌というよりも怒っているようだ。腕を組み、そっぽを向く。
文を手に取り、信繁は立ってから読み始めた。
「小松殿の字……。やっぱりちゃんと行ってきたんじゃないか」
そう言うと、爆発したかのように奥村が話し始めた。
「あの女、嫌いだ!」
「はあ? 小松殿が? 何でぇ」
「いつもいつもいつも『礼がなってない。そこへ直れ』て命令しやがる! 何様だ、あいつ!」
「? 小松様だ」
ぽかんとしながらも、信繁は素直に答えた。
その素直な信繁が更に水を差したようで、奥村は掌いっぱいに雪を持ち、むしゃくしゃする気持ちを十二分雪に込めた。そして、出来上がった雪の団子を思い切り投げつける。
「そんなこと言ってんじゃねーよ! 俺は!!」
顔に雪をぶつけられた信繁は、時間が止まったように停止していたが、ふいに作りかけていた物を見て無事なのを確認すると、
「危ないだろ!」
「たかが雪だろーが‼︎ どこが危ねえんだよ!」
「雪兎を作ってる最中なんだよ!」
「ぁあ⁉︎ おっさんがなに子供遊びをしてんだよ‼︎」
「作ったら弁丸に見せるんだよ!」
「ぁあッ‼︎⁉︎……ああ、そう……」
父親の姿を見せられ、思わず奥村は荒んだ心が落ち着きを取り戻す。
弁丸は信繁の幼名なのだが、信繁と安岐にできた長男にその幼名を引き継がせた。信繁はまだ小さい息子の為に雪兎を作っている最中だったのだ。
そして奥村の危険が去ったと確認すると、信繁は文を懐に収め、雪兎作りを再開させながら話を続けた。
「小松殿は曲がった事が嫌いだからな。素っ気ない奥村に正しい礼儀を身につけさせたいんだろう。前の文にも書いてあったぞ」
雪の表面の凹凸を消すように雪を重ねていく。
「それでも敵対している立場でありながら、困窮している我々を助けてくれる。頭が上がらないよ、本当に」
耳になる葉が合うように雪兎の体の大きさを整え始めた。
「父上がこの世を去られたら何人がここに残るんだか」
全体を見ながら葉を綺麗に突き刺し、眼になる赤い実をゆっくりと付ける。
「息子の家臣になって残るんじゃないのか?」
「ここにいるほとんどの家臣は父上だからこそ付いてきた猛者達だ。背景にも自身にも力がある兄上ならまだしも、なにもかも失った……いや、始めから何も持っていない俺に付いていこうと思うような物好きはいない」
寂しそうに、笑った。
滅多に見ることがない表情に、奥村は僅かに眉を潜めた。
「俺はお前に付いて来た。だから心配するな」
真っ直ぐに信繁を見遣る。
「於江さんも池田さんもおっさんだから来たんだ。黒田もお前の帰りをいつかいつかと待ちわびてる。命令が下るのを待ちわびてる。安心しろ」
独りじゃない。
時折見せる孤独を写した眼。日に日に見かけることが多くなってきたと思う。
そんな信繁を元気付けるように奥村は堂々と言葉を吐いた。恥ずかしがることもなく、照れることもなく、目の前にいる主人を奮い立たせる為に。
信繁ははにかんだ。
「ありがとう」
すっと信繁の隣に来ると身を低くし、作りかけの雪兎を見ながら、黒田の話をし始めた。
「今も黒田はここに行きたいとごねてた。でも変装術ができても、〝染み付いた匂い〟はなかなか消えないから、怪しまれて無理だって言ったんだが、言うことを聞きゃーしない。黒田は女みてえにおっさんに惚れてる。もし九度山を抜けて帰ってきたら、一番に迎えに行くと言っていた。むしろ九度山に行きたいとも言ってた」
横谷は……分からん。俺ですら横谷自体が謎だ……。
と、正直に話した。
そして、目の前にある雪を掻き集め始める。
「確かに佐平は俺を見た途端に抱きついてきそうで怖いな……」
安易に想像できるところが尚更怖いなぁと、信繁は苦笑した。
奥村もまるで雪兎を作るように雪を固め始める。
「何作ってんだ?」
信繁は首を傾げた。
しかし奥村は答えずに雪を整えると立ち上がり、木の下まで歩いて行く。庭にある松の葉と小さな赤い実を取って来て、作った雪の塊に付けた。
それを静かに眺めていた信繁は、雪で作った物を予測する。
「目と尻尾か……なんの動物だ?」
首を捻っても見えてこない。
様々な角度で試してみるが、やはりどの動物を作ったのか分からず、頭の上に疑問符を浮かべた。
その反応に、奥村は訝しむような表情を浮かべる。そして、さも当然といった様子で答えた。
「鼠に決まってんだろ」
「……………………はい?」
体があって、赤い目が二つ、反対側にはそれほど長くもない尻尾。
口がなければ、耳もない。
ここから鼠をどう想像しろと?
空いた口が塞がらないとは、こういうことだろうか。
信繁は暫くの間ポカンと口を開けると、空笑いをした。
「なんだよ、その反応! 意味わかんねえ‼︎」
徐々に顔を朱色に染め、恥ずかしがる。奥村はその感情を隠そうと乱暴に言葉を吐くが、全く隠れていない。
「ね、鼠ってさ、丸い耳が特徴だよな? 奥村が作った雪、鼠? どこにも耳がないんだけど」
おどおどしながら、信繁は鼠の姿を指で雪に描く。思った以上に出来が良かったので、心の中で喜んだ。
その絵を見た奥村は、絵と雪で作った物を見比べ、ハッと気付いた。
すかさず、丸い葉を付けた気を探し、二枚の葉を千切るように取ると雪に刺した。
耳が付いたことで、それなりに動物に見えるが、鼠だとすぐには見えない。全体のバランスがおかしいようで、明らかに左右が崩れている。
「奥村……不器用なんだな」
「なっ⁉︎」
はっきりと言われ、奥村はまた赤面する。
言い訳をしようと口を開くが、視界に入る信繁の雪兎の出来がいい為、口を開閉するだけで終わる。そして、口を一文字にして唸った。
信繁は噛み付いてこない奥村にクスッと笑い、雪兎を端に寄せ、奥村が作った雪鼠を器用に石の上に乗せる。
そして石を持った信繁は立ち上がり、奥村を促した。
「行くぞ」
その言葉に従い、奥村は信繁の後ろに付いて行った。
「奥村」
「?」
屋敷に向かって歩みを進めながら信繁は名前を呼んだ。
「お前の本当の父親についてはもう少し待ってくれ。於江に止められたんだ」
「あー」と声を漏らしながら、奥村は然程興味がなさそうに答える。
「別に。ガキの頃は考えたことあるけど、今は考えてねーよ」
「そうか」
暫しの無言が続く。
しかし、奥村がそれを破った。
「真田のおっさんが親父とか、ないよな……?」
「やっぱり気にしてんじゃねえか」
そう言って、苦笑した。
「違う。おっさんと於江がそんなことしてたなんて考えたくねえし」
視線を外しながら、奥村は黙り込む。
「お前も大人になったな。そんな破廉恥なことも考えるようになったなんて」
片手で雪兎と鼠を乗せた石を持ち、余った手で笑顔で歪む口元を隠す。「奥村殿、禁欲中? あんまり我慢しちゃあ駄目よ」と、あからさまに奥村をいじることが面白くて堪らないような顔をしながら。
ウキウキとしている目を見て、奥村はこめかみに青筋を浮かべる。怒りで力が篭った体がプルプルと震えていた。
「おっさんとこんな話をする為に言ったんじゃねえ!」
「まあまあ、そんなこと言うなって」
奥村の肩を叩きながら笑い続けた。
その時、ゆっくりと近づく足音が聞こえてきた。
「ゆちー! ゆちー!」
雪掻きをした後の道を、まだ足元がおぼつかず、ヨタヨタと歩いてくる小さな子供。時折座り込みながら、両手を前や横に出してバランスを取る姿を見ると、人はつい手を差し出したくなるものだ。しかし、器用に歩く弁丸に感心する。
ガクッと止まり、転げそうになった子供に信繁は慌てて駆け寄り、空いている手で抱き締めた。
ガクンと膝が折れたが、尻を地に着くことはなく、弁丸はニコニコと笑っていた。それなりに雪が積もっている場所で腰を下ろす形になったので、雪に尻の跡ができたが、親の信繁はそれですら愛おしく感じている。
子供は小さな手で信繁の膝に手を付き、自らの力で再び立ち上がる。
「弁丸、寒いから中に入っとけって言ったろ?」
わしゃわしゃと頭を撫で、微笑む信繁の顔は父親そのものである。
離れたところで奥村は立ち止まった。親子の姿に、それ以上近付くことができなかった。
信繁が持っていた雪兎と雪の鼠を弁丸に見せていると、屋敷から駆け足で安岐がやって来た。
「ちょっと目を離した隙に……て、何それ?」
安岐が指差す先には、信繁が持つ雪の塊。
「兎と…………熊?」
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「ごめんなさい! 熊じゃないよね! えーっと、犬、かな?」
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その間も信繁は片手で腹を抱えている。石を持つ腕をプルプルさせながら、器用に笑っていた。笑いながら死ぬんじゃないかと思わせるくらい、息ができずに咳をする。
「犬じゃないよね! 冗談! 冗談だから‼︎ んーっと、犬じゃないってことは……えー……丸、丸……丸い耳かな……?」
頭を回転させてもなかなか雪の塊の正体が分からず、安岐は謝りながら考える。
「これは鼠ですよ、安岐姫様」
「わあ⁉︎」
背後から声が聞こえ、思わず安岐は肩を震わせて驚く。しかしすぐに落ち着きを取り戻し、くるっと振り返った。そこには優しく微笑む於江の姿があった。気配もなく、安岐の背後に降り立った於江は、見事に雪の塊の正体を明かした。
そして、信繁は奥村を見やりながら話す。
「於江、見ろ! この雪鼠は奥村が頑張って作ったんだ。なかなか不器用だろ?」
「おっさん!」
抑えきれずに奥村は睨みつけた。
「まあ! 奥村が? 手先が不器用なのによく作りましたね」
初めて知ったかのように、大袈裟に反応する於江の様子を見て、奥村は眉を寄せ、吠えた。たった今、於江自身が鼠だと答えたばかりだ。きっと鼠を作っていた辺りから、木の陰かそこらでこっそりと見ていたのだろう。そう思うと、奥村は怒りを隠せなかった。
「俺が作ったって分かってるくせにわざわざ聞き返すなっつーの!」
「ほほほ」
あしらうように笑う。
突然、雪が落ちる音がした。
「あ」
「べ、弁丸! 源次郎と奥村さんが作ってくれたものを‼︎」
声が漏れ、微動だにしなくなった信繁とキャッキャッとご機嫌な弁丸。そして、目前には弁丸に払い落とされた無残な雪の塊。石の上には、形が崩れた雪と兎の耳だった葉が一枚と、どちらかの眼だった赤い実が一つ。だが、その赤い実もコロコロと転がり、ぽとりと落ちていった。
灰のように崩れる信繁を尻目に、弁丸は追い打ちをかけるように唯一石に残っている雪をガシガシと掴んでいた。安岐が弁丸の手を掴んでも、それを振りほどいて、弁丸は楽しそうに雪で遊ぶ。
そんな明るい家族を前に、居心地が悪そうな表情を浮かべた奥村はこの場から立ち去ろうと身を翻す。
だが、何者かに肩を叩かれ目を遣ると、切なそうに笑う於江の姿があった。
「恋しいですか?」
「……別に」
奥村は言葉を選ぶように間を置いた後、表情を変えずに短く答えた。
「育ての父親は早く亡くなられたようですね」
「しょうがないだろ、忍び者なら分かりきってることだ」
「貴方の父親が誰か、知りたいですか?」
「…………」
もしここで知りたくないと言っても、そうですかの一言で終わるだろう。
本当に知りたくないのか? 知りたいのではないか?
奥村は自問自答した。
〝別に〟の一言で片付けて、他人任せにしているような気がする。知らなくてもいいし、知ってもいいし。相手にどちらにするか決めていいよと、言っているような。単純に、知るのがただ怖いだけかもしれない。
迷ったが、奥村は静かに答えた。
「まあ、知ってもいいかな」
一度も於江に目を合わせないまま決意した奥村に、於江はあたたかく笑いかけた。
ある稽古場から男の掛け声が聞こえる。その稽古場の中では木刀を握り締め、一心不乱に素振りをする男がいた。
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周りの空気の温度が低い中、火照る身体からは湯気が出ている。それに気付いた男は、自身の集中力が低下してきていると判断し、そろそろ休憩にするかと考えていた時だった。
音を立てながら戸を開ける音が響いた。
「伊豆守様」
呼ばれた男は、木刀の先からゆっくりと下ろす。まるで木刀の端から端まで神経が行き渡っているのようだった。そして、木刀を脇に差しながら、一つに結んだ髪が大きく靡かぬ様に振り返る。
戸には手拭いと文を持った女が立っていた。
「小松。何用か」
「左衛門佐殿から文が届きましたよ」
小松と呼ばれた女は、落ち着いた足取りで歩く。
「信繁から? 妙に早い返事だね」
小松は伊豆守と呼んだ男に近寄り、文を手渡す。そして、持っていた手拭いで男の汗を拭いた。文を読む際に邪魔にならないように素早く拭く。
「真田伊豆守信之様……か。相変わらずあの面で味のある字を書く」
変わらない執筆に、信之はクスッと笑った。
「左衛門佐殿はなんと?」
拭き終わった手拭いを少しのズレもなく、綺麗に畳む。
「『このままだと来年の正月は貧困になりそうだからどうしたものかなぁ……』」
読み終えると、小松は困ったかのように溜め息を吐いた。
しかし、信之は嫌な顔をせずに、読んだ文を丁寧に畳んでいく。
「折角の新年に、食に寂しい思いをしなくてもいいだろう。父上に元気になってもらえるような品を送らなければいけないな」
そう言った信之は文を大事そうに懐に収める。そして、戸に向かって歩きだすと、小松も後ろに続いた。
奥村に父親が誰か告げたか……彼はどう出るかな……。
信之は、そう思いながら目を細める。
文に書いてあった、もう一つの内容。それは於江が奥村に父の名を明かしたとのことだった。
信之は奥村がどんな行動に出るのか、思いつく限り予想してみる。
信繁のことだから、父に会いたい、父に仕えたいと奥村に言われたら、その願いを叶えるに違いない。そういう奴だ。
今までもそうだった。
正直、どうしてポンポンと戦力となる忍び者を手放すことができるのか。
信之には理解できずにいた。
徳川側とすれば、奥村ほどの手慣れが付くのであれば願ったり叶ったりだ。拒否する理由がない。
戦力を保持、むしろ削ぐような行動をする信繁が何を考えているのか。これではまるで自ら滅ぼそうとしているように見えて仕方がない。
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だが、信之が知っている信繁はそんな男ではない。
一体何を考えている、信繁。
信之は真っ直ぐ歩いていく。軋む床の音が気にならない程、信繁の行動の意図を考える。
「形があるのに触れた瞬間に消える……。それなのにこの存在感とは……」
戸の前で立ち止まる。そして戸を開けると、無数の白い雪がゆっくりと降っていた。
「まるでこの雪のような兄上だ」
信之は歩みを進めた。
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