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【第1話】 裁かれぬ罪
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――カンッ。
乾いた音が、世界の終わりを告げた。
法廷に響いたその一撃で、俺の人生は崩れ落ちた。
「被告人を――無罪とする。」
誰かが泣き崩れる音。
自分の声かどうかも分からない。
「心神喪失……刑事責任能力を欠く……」
天井が低い。空気が薄い。
前列で青いスーツの弁護士が口角だけで笑った。
その瞬間――胸の奥を、釘が打ち込まれるような痛みが貫いた。
カンッという音が、頭の裏で再び響く。
その響きは、空気を裂くように冷たかった。
そこで、冷たい何かが頭の裏側を走った。
映像でも声でもない。意味だけが、脳に滑り込む。
この世は法がすべて。
法に従う者の魂は、すべて平等である。
視界がにじむ。まぶたの裏に赤い帯。
秒針が一拍だけ早まった気がした。
◇
産声。小さな手が、空を掴むように開く。
初めての子育てで、夫婦ともに戸惑っていた。
泣く理由も分からず、夜中に交代であやした日々。
「大丈夫、きっとこれでいいわ」
妻の声に救われ、俺はうなずいた。
日々の成長に、驚きと喜びがあった。
寝返りを打ち、なんとも言えない表情で離乳食を食べ、
一歩を踏み出そうと、何度も転びながら立ち上がった。
玄関の扉を開けた瞬間、
小さな声が言った。
「パパ」
その二音で、胸の奥に溜まっていた疲れが、静かにほどけた。
……それらは、交差点で途切れた。
◇
帰宅。静寂。テーブルに開いたままの絵本。
足元に近づく小さな重み。
「……ただいま、小鉄」
鳴かずに、足首に顔を押しつける。
その重みで、ようやく自分が立っていると分かる。
コートを脱ぎ、流しに弁当箱を置く。
冷めた白米が固まり、箸の跡だけが残っていた。
仕事は、ただ“日常”を装うための儀式になっていた。
ポケットから、くしゃくしゃの紙を取り出す。
判決の写し。
白い紙、黒い文字。
——被害者:那智由佳・那智蘭。
その瞬間、頭の奥に誰かの声が響いた。
この世は法がすべて。
法に従う者の魂は、すべて平等である。
紙の一行が、ゆっくりと赤く滲みはじめる。
熱が掌を伝い、視界の端が歪む。
その瞬間、脳の奥で微かな電流が弾けた。
まぶたの裏が白く光り、息を呑む。
気づけば、指先が紙の上にあった。
ほんの一瞬、なにかをなぞったような感触が走る。
……今、俺の指が動いた?
俺が指を動かしたのか?
そう思ったときには、もう赤は静まり返り、
さっきまでの脈動が嘘のように消えていた。
「……気のせいか。疲れてるな。」
小鉄が、ふいに耳をピクピクさせた。
部屋の隅をじっと見つめている。
何もない空間に、ただ静かに視線を置くように。
「……どうした」
声をかけても、反応はない。
しばらくして小鉄は膝に跳び、丸くなった。
喉の音が、部屋の静けさに小さな波紋をつくる。
暗闇の奥で、あの言葉が静かに、しかし確かに胸に沈み込んでいった。
――何が平等だ。
……こんな法なら、俺が壊してやる。
――カンッ。
胸の奥で、またひとつ、世界が鳴った。
乾いた音が、世界の終わりを告げた。
法廷に響いたその一撃で、俺の人生は崩れ落ちた。
「被告人を――無罪とする。」
誰かが泣き崩れる音。
自分の声かどうかも分からない。
「心神喪失……刑事責任能力を欠く……」
天井が低い。空気が薄い。
前列で青いスーツの弁護士が口角だけで笑った。
その瞬間――胸の奥を、釘が打ち込まれるような痛みが貫いた。
カンッという音が、頭の裏で再び響く。
その響きは、空気を裂くように冷たかった。
そこで、冷たい何かが頭の裏側を走った。
映像でも声でもない。意味だけが、脳に滑り込む。
この世は法がすべて。
法に従う者の魂は、すべて平等である。
視界がにじむ。まぶたの裏に赤い帯。
秒針が一拍だけ早まった気がした。
◇
産声。小さな手が、空を掴むように開く。
初めての子育てで、夫婦ともに戸惑っていた。
泣く理由も分からず、夜中に交代であやした日々。
「大丈夫、きっとこれでいいわ」
妻の声に救われ、俺はうなずいた。
日々の成長に、驚きと喜びがあった。
寝返りを打ち、なんとも言えない表情で離乳食を食べ、
一歩を踏み出そうと、何度も転びながら立ち上がった。
玄関の扉を開けた瞬間、
小さな声が言った。
「パパ」
その二音で、胸の奥に溜まっていた疲れが、静かにほどけた。
……それらは、交差点で途切れた。
◇
帰宅。静寂。テーブルに開いたままの絵本。
足元に近づく小さな重み。
「……ただいま、小鉄」
鳴かずに、足首に顔を押しつける。
その重みで、ようやく自分が立っていると分かる。
コートを脱ぎ、流しに弁当箱を置く。
冷めた白米が固まり、箸の跡だけが残っていた。
仕事は、ただ“日常”を装うための儀式になっていた。
ポケットから、くしゃくしゃの紙を取り出す。
判決の写し。
白い紙、黒い文字。
——被害者:那智由佳・那智蘭。
その瞬間、頭の奥に誰かの声が響いた。
この世は法がすべて。
法に従う者の魂は、すべて平等である。
紙の一行が、ゆっくりと赤く滲みはじめる。
熱が掌を伝い、視界の端が歪む。
その瞬間、脳の奥で微かな電流が弾けた。
まぶたの裏が白く光り、息を呑む。
気づけば、指先が紙の上にあった。
ほんの一瞬、なにかをなぞったような感触が走る。
……今、俺の指が動いた?
俺が指を動かしたのか?
そう思ったときには、もう赤は静まり返り、
さっきまでの脈動が嘘のように消えていた。
「……気のせいか。疲れてるな。」
小鉄が、ふいに耳をピクピクさせた。
部屋の隅をじっと見つめている。
何もない空間に、ただ静かに視線を置くように。
「……どうした」
声をかけても、反応はない。
しばらくして小鉄は膝に跳び、丸くなった。
喉の音が、部屋の静けさに小さな波紋をつくる。
暗闇の奥で、あの言葉が静かに、しかし確かに胸に沈み込んでいった。
――何が平等だ。
……こんな法なら、俺が壊してやる。
――カンッ。
胸の奥で、またひとつ、世界が鳴った。
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