5 / 13
【第4話】 反動
しおりを挟む
朝。
カーテンの隙間から光が落ちる。
小鉄の足音。いつもより静かだ。
テレビでは、同じニュースが何度も繰り返されていた。
《SNS誹謗中傷防止法、正式に施行》
《投稿履歴、全期間で本人照合可能に》
《匿名通報アプリ・モラルポイント制度、全国導入》
街の声は肯定一色だった。
「ようやく時代が追いついた」
「悪口で人を殺す奴は、罰を受けて当然」
正しいことが、正しいまま通っていく。
だが、その均整がどこか異様だった。
俺が、望んだ世界のはずだ。
……それなのに、何かが違う。
◇
出勤途中。
駅前の大型モニターには笑顔の市民。
《あなたの通報が社会を守る》
《一件ごとにポイント付与 正義で報われる国へ》
(……“いいね”の代わりに通報、か)
誰かを指差すことが、善意の証明になっていた。
その指の数だけ、拍手が増える。
笑顔の裏に、微かな焦燥が混じっていた。
会社に着くと、同僚がスマホを見せてきた。
「見ろよ、うちの部長も炎上中。“態度が高圧的”ってさ」
笑いながらスクロールする指。
薫は、笑えなかった。
ひとつの法を変えると、
その周りの法も形が変わる……。
……なるほど、そういう仕組みか。
◇
昼。
社員食堂の雑音が妙に耳についた。
「昨日のニュース見た? 隣の県の主婦、誹謗罪で逮捕だって」
「子どもがいじめられてたらしいけど、SNSで相手の親を晒したんだって。
やり過ぎはやっぱダメだよな。」
共感ではなく、報いを語る声。
誰かの不幸が、昼食の“おかず”になっていた。
スプーンを持つ指が微かに震えた。
世界が静かに“自浄”していく音がした。
◇
午後。
缶コーヒーを片手に、席へ戻る。
机の上には、朝に買った同じ缶がまだ残っていた。
(……疲れてるだけだ。)
そう言い聞かせて、微笑んだ。
その笑みの作り方を、少し忘れていた。
◇
夜。
机の上には、開きっぱなしの法学書。
赤い跡が、かすかに呼吸しているように見える。
(……また直すべきか?)
指を伸ばしかけて、止まる。
冷えた空気が肌を撫でた。
胸の奥で、鈍い鼓動が響く。
それが恐怖なのか、高揚なのか、自分でも分からない。
カーテンにもぐり、外を眺めていた小鉄が不意に駆け寄る。
鳴かない。
ただ、静かに薫の足に頬を押しあてた。
その温もりに、わずかな安堵を覚えた。
秒針が、また一拍早く動いた。
世界はまだ、静かに壊れ続けている。
カーテンの隙間から光が落ちる。
小鉄の足音。いつもより静かだ。
テレビでは、同じニュースが何度も繰り返されていた。
《SNS誹謗中傷防止法、正式に施行》
《投稿履歴、全期間で本人照合可能に》
《匿名通報アプリ・モラルポイント制度、全国導入》
街の声は肯定一色だった。
「ようやく時代が追いついた」
「悪口で人を殺す奴は、罰を受けて当然」
正しいことが、正しいまま通っていく。
だが、その均整がどこか異様だった。
俺が、望んだ世界のはずだ。
……それなのに、何かが違う。
◇
出勤途中。
駅前の大型モニターには笑顔の市民。
《あなたの通報が社会を守る》
《一件ごとにポイント付与 正義で報われる国へ》
(……“いいね”の代わりに通報、か)
誰かを指差すことが、善意の証明になっていた。
その指の数だけ、拍手が増える。
笑顔の裏に、微かな焦燥が混じっていた。
会社に着くと、同僚がスマホを見せてきた。
「見ろよ、うちの部長も炎上中。“態度が高圧的”ってさ」
笑いながらスクロールする指。
薫は、笑えなかった。
ひとつの法を変えると、
その周りの法も形が変わる……。
……なるほど、そういう仕組みか。
◇
昼。
社員食堂の雑音が妙に耳についた。
「昨日のニュース見た? 隣の県の主婦、誹謗罪で逮捕だって」
「子どもがいじめられてたらしいけど、SNSで相手の親を晒したんだって。
やり過ぎはやっぱダメだよな。」
共感ではなく、報いを語る声。
誰かの不幸が、昼食の“おかず”になっていた。
スプーンを持つ指が微かに震えた。
世界が静かに“自浄”していく音がした。
◇
午後。
缶コーヒーを片手に、席へ戻る。
机の上には、朝に買った同じ缶がまだ残っていた。
(……疲れてるだけだ。)
そう言い聞かせて、微笑んだ。
その笑みの作り方を、少し忘れていた。
◇
夜。
机の上には、開きっぱなしの法学書。
赤い跡が、かすかに呼吸しているように見える。
(……また直すべきか?)
指を伸ばしかけて、止まる。
冷えた空気が肌を撫でた。
胸の奥で、鈍い鼓動が響く。
それが恐怖なのか、高揚なのか、自分でも分からない。
カーテンにもぐり、外を眺めていた小鉄が不意に駆け寄る。
鳴かない。
ただ、静かに薫の足に頬を押しあてた。
その温もりに、わずかな安堵を覚えた。
秒針が、また一拍早く動いた。
世界はまだ、静かに壊れ続けている。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
