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【第12話】 序の条
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白。
世界は、一度、真っ白になった。
音も風も消え、街は輪郭だけを灰の影に残した。
しばらくのあいだ、光の粒子だけが漂っていた。
だがやがて、それも薄れていく。
——第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。
その文だけが、世界の底に沈んでいた。
◇
数十年後。
《無垢ノ地》。
割れたコンクリートを押し上げる若木。
つぎはぎの家並み。
人は少ないが、呼吸は確かに戻っている。
法学校の教室。
窓から射し込む光が、古びた机を照らしていた。
前方の黒板の前に、白髪の教師が立つ。
「ここ《無垢ノ地》は、かつて一度、すべてを失った。
だが、“第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。”
その条文によって、今の私たちは、生かされた。」
「その者が何を願い、どこまで見ていたのかは、記録に残っていない。
ただ、その行いによって多くの命が失われ、
同時に、今の私たちが“生かされた”のも事実だ。
——これが《第十三条》だ。」
教室の一番後ろの席。
法学校に通う少女——ラルが顔を上げ、窓の外を見つめていた。
遠くで鐘の音が響く。
「ただ……生かされただけで、いいのかな……」
小さな呟きが風に溶けた。
教師は一瞬だけ目を細め、微笑んだ。
「人間は、何度でも立ち直れる。
それが、私たちの不思議な力だ。……そう、何度でも。」
◇
放課後。
ラルは丘へ向かう。
そこは、彼女がひとりで過ごす癒やしの場所。
草の香り、鳥の声、穏やかな風。
この街で、最も静かな場所だった。
ふと、頬をかすめる風の中に、誰かの気配を感じた。
嫌な感じではない。
むしろ、どこか懐かしくて——優しく背中を押されたような気がした。
「……ん? 今の、なに?」
ラルは首を傾げ、微笑んだ。
そしてノートを開き、ペンを走らせる。
最初の一文は、授業で習った法のままだった。
——第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。
その下に、小さく前に習った言葉も書き添える。
《法に従う者の魂は、すべて平等である。》
「うーん……どっちも違うんだよなぁ」
ペン先をくるくる回しながら、ラルは呟いた。
「もっと、シンプルなやつがいいな。」
少し考えてから、ゆっくりと書き足す。
《法は未来を生きる人の為にある♡》
彼女は人差し指を立てて、弾けるように笑った。
「うんっ、これだ♪」
そのとき、足もとで草が揺れた。
灰色のもふもふした毛並みの猫が、静かにこちらを見ていた。
「君、またここにいるの? ここは君の特等席かな?
全然話してくれないから、淋しいんだけどぉ。」
猫は鳴かない。
ただ、ゆっくりと瞬きをした。
「……ふふ、そっか。」
遠くで友達が呼ぶ声。
ラルはノートを閉じて駆け出した。
丘の上に、置き忘れられたノート。
風がめくるページ。
“法は未来を生きる人のためにある♡”
その文字が、じんわりと優しい紫色の光を帯びていく。
芽吹いた若木が、小さく揺れた。
まるで、世界がもう一度歩き出そうとしているように——。
END
世界は、一度、真っ白になった。
音も風も消え、街は輪郭だけを灰の影に残した。
しばらくのあいだ、光の粒子だけが漂っていた。
だがやがて、それも薄れていく。
——第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。
その文だけが、世界の底に沈んでいた。
◇
数十年後。
《無垢ノ地》。
割れたコンクリートを押し上げる若木。
つぎはぎの家並み。
人は少ないが、呼吸は確かに戻っている。
法学校の教室。
窓から射し込む光が、古びた机を照らしていた。
前方の黒板の前に、白髪の教師が立つ。
「ここ《無垢ノ地》は、かつて一度、すべてを失った。
だが、“第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。”
その条文によって、今の私たちは、生かされた。」
「その者が何を願い、どこまで見ていたのかは、記録に残っていない。
ただ、その行いによって多くの命が失われ、
同時に、今の私たちが“生かされた”のも事実だ。
——これが《第十三条》だ。」
教室の一番後ろの席。
法学校に通う少女——ラルが顔を上げ、窓の外を見つめていた。
遠くで鐘の音が響く。
「ただ……生かされただけで、いいのかな……」
小さな呟きが風に溶けた。
教師は一瞬だけ目を細め、微笑んだ。
「人間は、何度でも立ち直れる。
それが、私たちの不思議な力だ。……そう、何度でも。」
◇
放課後。
ラルは丘へ向かう。
そこは、彼女がひとりで過ごす癒やしの場所。
草の香り、鳥の声、穏やかな風。
この街で、最も静かな場所だった。
ふと、頬をかすめる風の中に、誰かの気配を感じた。
嫌な感じではない。
むしろ、どこか懐かしくて——優しく背中を押されたような気がした。
「……ん? 今の、なに?」
ラルは首を傾げ、微笑んだ。
そしてノートを開き、ペンを走らせる。
最初の一文は、授業で習った法のままだった。
——第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。
その下に、小さく前に習った言葉も書き添える。
《法に従う者の魂は、すべて平等である。》
「うーん……どっちも違うんだよなぁ」
ペン先をくるくる回しながら、ラルは呟いた。
「もっと、シンプルなやつがいいな。」
少し考えてから、ゆっくりと書き足す。
《法は未来を生きる人の為にある♡》
彼女は人差し指を立てて、弾けるように笑った。
「うんっ、これだ♪」
そのとき、足もとで草が揺れた。
灰色のもふもふした毛並みの猫が、静かにこちらを見ていた。
「君、またここにいるの? ここは君の特等席かな?
全然話してくれないから、淋しいんだけどぉ。」
猫は鳴かない。
ただ、ゆっくりと瞬きをした。
「……ふふ、そっか。」
遠くで友達が呼ぶ声。
ラルはノートを閉じて駆け出した。
丘の上に、置き忘れられたノート。
風がめくるページ。
“法は未来を生きる人のためにある♡”
その文字が、じんわりと優しい紫色の光を帯びていく。
芽吹いた若木が、小さく揺れた。
まるで、世界がもう一度歩き出そうとしているように——。
END
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