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さようならわたし
しおりを挟む学校についた頃には夕方に差し掛かり授業も終わっていた。
サボった私にとって校舎に入るのは少し気まずかったけれど、誰にも気が付かれなかった。
私なんてその程度の存在だ。
そして再び屋上の扉を開けてフェンスを乗り越える。
妹は無言のままだったがきちんとついてきていた。このまま私なんか放ってどこかに行ってもいいのに。
最低な姉に、ついてきていた。
さあ、自殺だ。
その前に一言だけ、妹に話そうと思った。
「あんなこと言っちゃってごめんね。最低なおねえちゃんだったね。でも疲れたの。私もパパとママのところに行きたいの」
屋上の端に立ちそういった。
最初の時と違うのは表情と覚悟。悲壮な表情は、目の前の妹も同じで今にも泣き出しそうな気がする。
その表情を見ていると決意なんてものはあっさり崩れる。
…私は死にたいのだろうか、それとも死にたくないのだろうか。
こんな、ひとりぼっちの世界、生きていて価値がないと思っていたのに。
それなのにどうして目の前の女の子は私の気持ちを揺さぶるんだろう。
「とめないよ」
あぁ。死ぬ絶望の力がまた湧いた気がした。
続く女の子の言葉を聞くまでは。
「わたしはとめないよ。おねえちゃんとずっと一緒だもん。死ぬば一緒に死ぬし、生きて辛かったら私もそばにいるもん」
「そばに……いる?」
「うん。わたしずっと一緒にいたんだよ。最初は赤ちゃんだったから話しかけられなかったのと、なんて話しかけたらいいかわからなかったから」
ずっといてくれた?
「でも、今日おねえちゃんが死のうとしてて、一回もお話も遊ぶのもしてなかったのはイヤだなって思ったから勇気出したの」
ずっと、赤ん坊の頃から。つまり、死んでからずっと。
あなたに何がわかるの、そんな言葉をぶつけた自分が嫌になる。
わかっていたのだ妹は。
「おねえちゃん、わたしね。パパとママが一緒に死んじゃって、とても悲しんでた。おねえちゃんだけ残してしまったこと。わたしもしんじゃったこと。そしてね、2人のこの世の存在と引き換えにわたしを残してくれたの。わたしはおねえちゃんのそばにいたの」
原理は全くわからない。けれどもそれが真実だと直感した。また、涙が溢れる。絶望ではない涙。
パパもママも、見れなかっただけだった。私のことを愛してくれていた。そして、大事な妹を残してくれていた。
さっきまでの絶望感は、愛されていたという事実にすんなりと払拭されていった。
私にとって生きづらい世界であるのには変わりない。
でも。
「ねぇ、あなたは私とこれからも一緒にいてくれるの?」
今はママとパパが残してくれたこの大切な妹がいる。
「うん。わたしはおねえちゃんの霊?みたいなのだから、おねえちゃんの幸せはわたしの幸せだし、辛かったらわたしも一緒にその辛さをうけるよ。にんじんだけはきらいだけどね」
「好き嫌いは、だめ、だよ」
言葉になっていかない。世界に色が差し込むように私には感じた。
ひとりぼっちじゃない世界。
死のうとした世界。
死にたくなくなった世界。
目の前の妹はまるで神様のように神々しく、薄く輝いていた。
あれだけくっきり見えていた姿も薄まっている。
「おねえちゃん、わたしずっとはこうやってお話しできなかったみたい。でもね、見えなくなってもだいすきだから。ずっとそばにいるからね!」
「まって!消えないで!そばに一緒にいてよ!」
情けない、そんなのは分かっていてもまた失いたくない。
「ちがうよ。わたしはいつでもおねえちゃんと一緒だよ。きっとまた会える。それまでおねえちゃんの楽しいこと、おもしろいこと、一緒にたくさん経験させてね!今日は東京タワーも、電車も、ご飯も最高だった。また、行きたいな」
「 まって!」
抱きつく私の手をすり抜けて、光は空へと溶け込んでいった。
いつのまにかフェンスをまた乗り越えて戻ってきていた私はその場にへたり込んだ。
けれども、もう死のうとは思わない。妹に胸を張り生きていきたい。死後の世界があるならばママとパパにやはり褒めてもらいたい。
また妹に会えた時に、それまでに見限られるような姉にならないように。
絶望は色を変え私を希望に塗り替えて、明日へ向かう空模様のように明るくしてくれた。
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