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序章

これぞ我が子達の名

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 本格的に泣き喚こうとする弟くんを前に、俺は意識を地図からそちらへと移してサヤさんの腕から脱出した。
 問題なく着地して素早く弟くんの元へ駆け寄り、優しく抱き締めて背中を擦る。それを見てエトちゃんも俺ごと弟くんを抱き締めてくれた。ありがてぇ。

背後から妹ちゃんがキューキュー言ってても今はこっちが優先だ。

 何としても泣き叫ぶのは阻止しなければならない。これはルドルフさんを守る為とかそういう訳ではなく、弟くんの泣き声を聞きつけて来た母様が憤慨し、ルドルフさんごとこの家を消し飛ばしかねないからである。

 俺はサヤさんとルドルフさんが半殺しにされたあの出来事を忘れてないぞ。

 「キュ……キュ……」

 「こわくない、こわくない。いいこいいこ」

 ぐずってはいるものの、対処が早かったおかげで弟くんは寸前の所で踏みとどまってくれたようだ。エトちゃんパワー大活躍。

 はぁ……ひとまずは安心か。
 ったく、何してくれてるんだよルドルフさん。この鋭利な歯で噛み付いてやろうか! と思ったのもつかの間、直ぐにその必要は無いと思い直した。

 何故ならば。

 「ジジイ、遺言を言いなさい。5文字以内で」

 「あらあら、サヤ? 5文字は譲歩し過ぎじゃないかしら?」

 「それもそうね。じゃあ1文字で」

 「ほぼ何も言えんだろうが!」

 俺の代わりに額に青筋を浮かべてくれている逞しい女性2人。うん、ここは任せよう。

 「ま、まぁまぁ、ここでルドルフさんに制裁を加えても、結局イヴニア様達には悪影響なんだから、抑えて抑えて」

 お、トマスさんが常識的に割り込んだ。
 確かに、美人2人が老兵1人をボコボコにしてる絵面は教育上よろしくはないだろう。サヤさんの言葉遣いと同じく、この子達が真似をしたら大変だ。

 「チッ、イヴニア様達に感謝しなさいクソジジイ」

 「む、むぅ……今回ばかりは言い返せんな。すまなかった」

 「は、ははは。それでルドルフさん、急にどうしたんです? 確か今日もシェラメア様のお傍に居たのでは?」

 「おお! そうであったわ! 聞けいお主ら‼」

 「うるっさいのよっ。もう少し声量落としなさいっ」

 「う、うむ。おほんっ、えー、決まったぞ」

 決まった? 何が? ……って、このタイミングでその発言は、もしかしなくても名付けに関係してる事だよな。

 てっきり今日も無事終わらないものだと思ってたんだが、まぁ決まったのなら何よりか。

 「ついに、ですか!」

 「おうとも。ついさっきシェラメア様が選び終えた所だ。その名は! と、今すぐ発表したいのは山々であるが、シェラメア様抜きではいかんだろう」

 おろ? そう言われれば、選び終わったらしいのに母様の姿が見えない。ルドルフさんが開けっ放しにしているドアの向こうにもその影は無いし、はて?

 「そのシェラメア様は?」

 「三日三晩休み無く考えておられた故、流石のシェラメア様も限界を迎えたらしくてな。選び終えた途端に力尽き、今は酒場奥の休憩室でお休みになられておる」

 うえ!? 休み無し!? てっきり小休憩なり仮眠なり挟んでるとは思ってたのに……張り切り過ぎだろ母様。

 「シェラメア様がお休みになられてるなら、尚の事傍に居なさいよ。あんた兵士長でしょうが。護衛をしなさい護衛を」

 「カッ、まぁ小娘は知らんよな。シェラメア様は就寝の際には防護結界を張り巡らせるお方だ。寝首をかかれるなどありえん」

 え、毎日一緒に寝てる俺も知らなかったんですけど。いつも俺の方が早く眠りにつくから気が付かなかったのかな。

 「それでも建前上は居た方がいいと思いますが」

 「酒場周りには兵を配置しておる。心配あるまいて」

 「はぁ、なるほど?」

 そもそも天災級のドラゴンに護衛を付ける事自体が前代未聞なんだけどなぁ……まぁそれも俺の常識ってだけで、ここでは違うのだろう。別世界だとするなら尚更だ。

 兎にも角にも、妹ちゃん達の名前を知るのは母様が目覚めてからになりそうだな。それまでただ待つのも退屈だ。
 ここが別世界説濃厚になってきた今、この時間を利用してエリザさん宅を色々と見て回ろう。もっと情報が欲しい。

 「(そうと決まればさっそく……お、おぅ)」

 弟くんを離していざ散策と足を踏み出そうとした途端、俺の体は背後から拘束されてしまった。
 誰がとは思わない。俺の腹に回されてるこの手はまず間違いなく妹ちゃんのものだ。

 そうか、妹ちゃんが居る限り、俺には自由が無いんだな。

 俺は早々に散策を諦めた。





――……。





 翌日。

 「皆、よく集まってくれた。3日間付き合ってくれた事、感謝する。
 それとすまないエリザ、トマス。世話をかけてしまったな」

 「いえいえ、短い間でもイヴニア様達のお世話が出来て光栄でした」

 「貴重な経験をさせていただき、光栄です」

 朝まで爆睡だったらしい母様の招集を受け、名前決め大会参加者全員が再び酒場へと集まった。
 今回の主役は妹ちゃん達だ。よって皆に囲まれる形でそれぞれ机の上に座っているのだが、例によって妹ちゃんが俺から離れたがらないので俺も座ってます。

 「では、3日も待たせてしまったし、勿体ぶるのも無しにしよう。まずはこの子――」

 「キュー!!!」

 さっそく妹ちゃんの名前を発表しようと母様が抱き上げようとする。飽きるくらい何度も言ってるけど、基本的に俺から離れない妹ちゃんは当然嫌がり、母様の手を突っぱねてしまった。

 「……」ショボン

 ああ、あんまりにも嫌がるから母様がしょんぼりしてる。ごめんなお兄ちゃん子で。

 「わはははは! いやはや本当に妹様はイヴニア様一筋のようですな!」

 「ふふ、ウチに居た間も、片時も離れようとしなかったものね」

 「兄妹仲が良好で嬉しい限りだが、こうも私に寄ってきてくれないのは寂しいんだぞ。母親として自信を無くしてしまいそうだ」

 いや、ホントすまんな。なんとか弟くんと同じように母様にも甘えてくれないものかと考えてはいるんだけど、それ以上に俺への愛がすんごいの。
 正直考えるだけ無駄かなとも思ってる。ホントごめん母様、諦めて。

 「仕方ない、イヴニアと一緒に抱き上げるとしよう」

 うん、それが手っ取り早い。

 昨日のサヤさんと同じく、俺ごと妹ちゃんを抱き上げた母様が改めて皆に向き直る。

 「では発表する。この子の名はレティシアだ。
 サヤ、お前が考えてくれた名前を採用する事にしたよ」

 おおっ、すっごいサラッと発表されたけど、レティシアか! 思っていた以上に良い名前じゃないか!
 トマスさんのネーミングセンスを聞いて以降、サヤさんに申し訳ないとは思いつつ何となく不安になってたんだよなぁ。

 「ふふん、当然ね。はぁぁぁ~、私が名付け親だなんて、今夜は上等なお酒飲も~っと♪」

 「小娘が考えた名にしてはなかなかだな」

 「アンタに褒められても嬉しかないのよ」

 まーたサヤさんとルドルフさんがバチバチと火花を散らせてる。

 どうでもいいけど流れるように険悪な空気にしないでくれよ……。
 まぁいい。サヤさん達は放っておいて今は妹ちゃん改めレティシアだ。

 「(よかったなぁ~レティシア~。よーしよしよし)」

 「キュ~♪」

 お祝い代わりにほっぺをモニモニ。
 ふふふ、いつも以上にぷにってやろうぞ! 愛い奴め!

 「さ、次だ」

 俺と妹ちゃんを机の上へ戻し、次に母様が抱き上げたのは大泣き未遂に終わった甘えん坊第二号の弟くんだ。
 皆から一心に注目を集めているものだから、プルプルして今にも泣いてしまいそうである。それでも泣かないのは母様の手の中に居るからだろうな。

 「この子はディーヴァ。残念ながら今この場には居ないカザネ・・・の案を採用させてもらった」

 甘えん坊な弟くんの名前はディーヴァか。これまた良い名前をもらったものだ。
 三日三晩休み無く選んで途中からテキトーにやってんじゃないかなとか密かに疑ってた俺を許してくれ母様。

 いや悪意は無いよ? 単純に寝ないでいると思考能力って低下するからさ。

 ……それにしても。

 「(カザネさんって誰だろう)」

 初めて聞く名前だ。ここには居ないと言っていたけど仕事だろうか?
 まぁ何にしても感謝だカザネさんとやら。良い名前をありがとう。

 「さぁどんどん行くぞ」

 「キュー!」

 「(ぐえっ)」

 母様が弟くん改めディーヴァを下ろすと、ようやく視線の嵐から解放されたディーヴァは一目散に俺の元まで駆け寄り、そのまま首元に抱き着いてきた。よほど居心地が悪かったと見える。

 左にレティシア、右にディーヴァ。お互い負けじと俺の首を締め上げてくる。

 ははは、死ぬぞ? 2度目の死因も絞殺は流石に笑えないからおやめになって~。

 「この子の名前はヒューリィ。この子に関しては私が名付けた。皆の案と比べてかなり悩んだ末の選択だ。許してくれ」

 次に母様が抱き上げたのは、金色の瞳を持ったやんちゃ坊主達の片割れ。
 ディーヴァとは違って視線に晒されても元気いっぱいだ。

 名付けられた名はヒューリィ。しかも母様直々ときた。
 俺とお揃いだね~。今後もよろしく頼むぞ我が弟ヒューリィよ。できればあんまり手のかかる事はしないでおくれ。

 「さぁ最後だ」

 「キュー!」

 「(何故っ!? ぐほぁっ?!)」

 何か新しい遊びだとでも思ってるのか、母様が下ろした途端にディーヴァと同じくヒューリィが俺に突撃をかましてきた。
 手のかかる事はしないでと願ったそばからこれだよ。子供って恐ろしい。

 支え切れず倒れた俺の後頭部に軽い衝撃。同時に俺の頭上に浮かぶ赤い線がほんの少しだけ縮んだ。

 3頭抱えるのは赤子の身には酷過ぎる!
 というか、何気に薄々感じていた事が確信に変わった。やはりこの赤い線、俺が何かしらのダメージを受ける事で減っている。

 ふーむ……俺の体力、ないしは生命力……な訳ないよな?

 「この子はダリウス。ルドルフ、お前が名付け親だ」

 「な、なんと‼ まことですかシェラメア様ぁ!!!」

 「ああ。実を言うと初日に即決していたんだ」

 「お、おおおぉぉぉ……‼ 生涯でこれほど感激した事はありませんぞぉぉぉぉ!!! よもやこのワシが名付け親になろうとはー!!!
 このルドルフ・ビガー! 誠心誠意、ダリウス様のお世話をさせていただきますぞ‼ まずは鍛錬からですな!!」

 「いや世話するのは私だからな。やらんぞ」

 最後の子はダリウスか。そして名付け親はルドルフさんと。

 あれだけ悩みに悩んでいたのに、本当にあっさりと終わってしまったな。何はともあれ全員変な名前を付けられなくてよかったよかった。

 あ、名前と言えば。

 「(ふぅむ……やっぱり見えない)」

 実はレティシア達が産まれてから疑問に思っていた事がある。大した事ではないけど、気にはなっていた。

 と言うのも、レティシア達の頭上には例の線やら名前やらが浮かんでいないのだ。母様は相変わらず見えるのに、名付けられた今でもレティシア達のはやはり見えない。

 ちょっと期待してたんだけどな。何か条件でもあ――。

 「キュー!」

 「ギュイィッぐぼあぁっ!!!?」

 本日三度目の衝撃。完全に油断していた。
 ヒューリィの真似をしてダリウスも突っ込んでくると少し考えれば分かるだろうに、学ばない男である。

 しかしヒューリィと違って衝撃が段違いだった。
 既に3頭を抱える身。何とか上体を起こしたはいいものの、更なる突進には耐え切れず、そのまま強かに後頭部を強打。

 誰かの悲鳴が聞こえたような聞こえなかったような。そんな曖昧な感覚の中、俺の視界は呆気なく暗転したのだった。




――――



あとがき。

目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!
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