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獣国編 毒蛇と魔女
憤怒の克服
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散々悩んだ、ああ悩んださ。コアちゃんにここで待ってろと言われ、果たして本当にそうするべきなのかどうかと人知れず悩みまくった。
答えを出してくれる存在は居ない。俺が考え行動しなければならない。
ひたすら待って、いつものようにコアちゃんが隠し通路からひょっこり頭を覗かせるのを待つのか。
それとも牢屋を抜け出して後を追うべきなのか。そうする事で俺にどんな疑惑がかけられるのか。
「(……いや、疑惑もクソも無いだろ。もしこの騒ぎが喰らう者の仕業だとしたら、最悪獣人達は全滅。
俺が無害だと証明する人も居なくなってしまう。何より――)」
そうなれば、それはコアちゃんを見捨てる事と同義。あの子を、ずっと俺を気に掛けてくれていた女の子を見捨てる? ……出来る訳がない。
その選択をしてここを出たとして、胸を張って母様達と再会など論外だ。あの子達は犠牲にしていい命じゃない。
だけど俺が行って何になる? 助けに行って俺まで殺されてしまえば元も子もないではないか。それは無駄死にと変わらない。
だけど、それでも――。
「(そうだな、助けたいんだ、俺は)」
理屈じゃない。あの子の力になってやりたい。それが、答えだ。
思い立ったが吉日。直ぐに鉄格子を力任せにこじ開けて外へ出る。そのまま階段の上へ駆け上がろうとして、思い切り翼がつっかえた。
わぁ、かっこ悪い。
「(そうだよ、前回は身体創造で姿を変えてたんだった)」
颯爽と駆け出しといてこれである。いやぁ、俺って期待を裏切らないね。たぶん格好いい生き方なんて俺には一生無理だわ。
何はともあれ姿を変えねば始まらない。
直ぐに意識を集中させて、スキルを発動。
相変わらず主張の激しい光を発しながら体は変化を見せ、あの夜と変わらぬ小さな白い女の子……もとい、男児へと変貌した。
「(やっぱり素っ裸だよな――ってあれ⁉)」
自分の姿を見下ろして驚いた。上半身は変わらず裸なのに、下半身は何故か半ズボンを履いている。麻袋の切れっ端より遥かに良い物が、確かにそこにはあった。
ど、どういうことだ? 何故急に半ズボンが……いや普通にありがたいけど、えー???
身体創造――否、スキルって本当に訳わからん。
一先ず謎の半ズボンは置いておき、足早に階段を駆け上がって周りを見渡す。あの時と違い昼間なので、随分と幻想的な光景が広がっていた。
まるで神様でも住んでるみたいな美しい森だ。
「(あった、足跡)」
階段上の地面に複数の小さな足跡。十中八九コアちゃん達のものだとして、真っ直ぐに獣人の住処へ向かっている。
トウレンくんの言っていた行動力バカとは言い得て妙だな。コアちゃんは後先考えてるのだろうか。
「(よし、行こうか)」
大地を踏みしめて駆け出す。もしかしたらクロエさんみたいに俺の事を見ている誰かがいるかもしれないが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
後悔の無い選択をするんだ。この先どうなっても、見捨てた事実が重荷になるよりずっとマシだから。
「(どうなっても、か。俺もコアちゃんの事は言えないな)」
ひとりごちて進む速度を更に速める。自分でも驚く程の速さなのに、足がもつれて転ぶ事が無いのは身体能力の恩恵か、ありがたい。
前世の俺だったら間違いなく制御できずに何処かその辺に突っ込んでいるだろうな。
そうして走って、走って、やがて見えてきたのは……獣人の死体だった。
思わず足を止めてしまう。しゃがんで脈を確認してみるものの、やはり死んでいる。異様な死に方だ。
足も、腕も、首も、あらぬ方向へ向いてしまっている。惨い殺され方だな。
とにかくこれで良くない事が起きているのは確定した。少なくとも、こうして死人が出てしまう程度には緊急事態と見ていい。
やれやれ、いったいどんな奴なんだろうな、その喰らう者ってのは。
亡骸に少しの間だけ手を合わせて、再び駆け出す。間もなく見えてきたのは住処への入口……それに。
「だ、ダメだよぅ……! やっぱり怖いもんっ!」
「じゃあお前だけ逃げればいいだろ! 俺はコアを追う!」
「ふえぇぇぇっ、ひと、1人はやぁだぁぁぁぁ……!」
「だぁぁぁもう面倒くせぇなお前!」
あそこで引っ張り合いをしているのはまさしくトウレンくんとミャーコちゃん! あれ? コアちゃんの姿が見えないが……。
「っ!」
「わぁぁっ!? な、何だお前!?」
「ぐすっ……う……?」
しまった、つい足を止めちゃったけど通り過ぎるべきだった。トウレンくん達はこの姿の俺を知らないのに!
えぇい! 止めたもんは仕方ない! とにかく情報! とりあえずコアちゃんが何処に行ったかだけでも聞き出さないと!
「っ……っ……!」
「は? な、なんだよ、口だけパクパクさせて。誰なんだよお前!」
あぁぁぁぁぁぁ!! この臆病者! この期に及んでまだ声を出すのが怖いのか馬鹿野郎! この姿で「キュッ」て言っちゃうのがそんなに怖いか!
クソッ、自分の不甲斐なさに反吐が出る!
何か、何か伝える方法……そうだ筆談! 牢屋の時と同じように書けば伝わる筈!
「(そうと決まれば――って落ち葉だらけ!)」
いざ地面に書こうとしたら下は落ち葉でいっぱいだった。そもそも掻き分けた先の土に書いたところで、しっかりと文字に出来るのかも怪しい。やたらフカフカだもんなここら辺の土……。
えーっと、えーっと! 何か他には――。
「も、もしかして……イヴくん?」
「っ!?」
あたふたとする俺を余所に、ぽそりと呟いたミャーコちゃんの声にギョッとした。
いつの間にかドラゴンの姿に戻ってるのかと慌てて確認してみたけど、人間の姿のままだ。
どうして分かったんだミャーコちゃん。
「はぁ? お前何言ってんだよ。どう見たって人間――って何で人間が居るんだ!?」
今更な反応ありがとなトウレンくん。
「人の、姿になれるの……?」
「……」
「おいミャーコ、いくら怖いからって現実逃避すんなよ。コイツのどこをどう見たらあのドラゴンに見えるんだよ」
「そう、そういうスキルがあるって、本で読んだ事あるから、もしかしてって……。
そ、それに、イヴくんの特徴とも合ってるし」
「えっ、そんなスキルあんのかよ。まぁ、確かにアイツに似てるっちゃ似てるか。目も赤いし、髪も肌も白いし……おいお前、あのドラゴンだってんなら俺の名前言ってみろよ」
そう言われてもな。喋れるならとっくに喋ってるんだよ。でも如何せん未だ恐怖心の方が勝ってて、言葉を出そうとしても寸前で引っ込んでしまうんだ。
「……」
「何も言わねーって事は違うんだな?」
ここで頭を振って答えても信用はされないだろうな。……そうだ!
「え、な、なに……?」
喋れないならやはり筆談。地面ではなく、ミャーコちゃんの前にしゃがみ込んでその手を取る。
何してんだと横からトウレンくんが吠えてくるのを少し強めに睨み返して押し止める。おとなしくなったところでミャーコちゃんの手のひらに、指で文字を書いてみた。
伝わりやすいようにゆっくり一文字ずつ。
「い、ゔ、に、あ……やっぱりイヴくん!」
「うえ?! ほ、ホントにあのドラゴン!?」
よし、とりあえず俺だと分かってもらえた。次は――。
「こ、あ、ち、ゃ、ん、は、ど、こ……」
「コアちゃんだぁっ!? てめ気安く――」
「(ちょっと黙ってて)」
「いってぇ!?」
いちいち突っかかってくるトウレンくんの額に軽くチョップをかまし、ミャーコちゃんの返答を待つ。
すると、泣きそうな表情になりながら、ミャーコちゃんは住処の方を指差した。
まぁ、予想はしてた。でも無事なようでホッと一息。ってまだ見つけるまで安心はできないな。
引き続きミャーコちゃんの手のひらに指を這わせていく。
「な、に、が、お、き、て、る、の……わ、わかんないよ。奥からずっと変な音とか声とかしてるし、した、死体もあったし……!」
「あ~いってぇ……チッ、良くねー事が起きてんのは確かだろ。避難所の方から大勢の声がするって事は、そこに逃げ込むだけの何かが起きてんだ」
「く、ら、う、も、の……くらうもの? な、なんだろ、分かる? トウレンくん」
「俺に聞くなよ。あれ? でも何か聞いた事があるような……なんだっけ?」
なるほど、ミャーコちゃん達にも喰らう者については詳しく教えられていないらしい。あの時コアちゃんが言ってた通り、不安を煽らないように子供にだけは秘密にしてるのか。
こうして事が起きてしまった以上、不安も何もあったもんじゃないが。
ん? でもあの夜ヴェロニカさんが言ってたよな? 喰らう者はドラゴンじゃないと子供でも知っているとか何とか。
もしかしなくても、秘密にしていたのは喰らう者が集落を襲い続けてる事実だけなのか?
……まぁいいや、それよりも。
「ふ、た、り、は、に、げ、て……お、れ、が、こ、あ、ち、ゃ、ん、を、さ、が、す……え?」
「はぁ?! ふっざけんな! 何でお前に任せて俺達が引き下がらなきゃなんねーんだよ! 部外者は引っ込んでろ!」
「……!」
「うっ、な、なんだよっ、やるかっ?」
再びトウレンくんを睨んでしまう。
好意を寄せている相手の事は他の奴に任せろと言われてイラつく気持ちは分からんでもない。
でもなトウレンくん、今は部外者がどうのこうの言ってる場合じゃないんだよ。
本当に喰らう者が現れたなら、それこそ子供を危険に晒す訳にはいかない。
「……」
「だからっ、なんだよ――って近ぇ!」
「……」
「う……ぃや、だから、その……あぁもう! 分かったって! 離れろクソドラゴン!」
よしっ、無言で睨みながら徐々に顔を寄せていってみよう作戦成功。この何とも言えない圧力には敵うまい、ふふふ。
でも何で頬を赤らめてんだトウレンくん。
「と、トウレンくん、顔真っ赤――」
「うっせうっせ! 行くぞミャーコ!」
「あぅぅ……! い、イヴくんっ、きを、気を付けてねぇぇ……!」
理由も分からないままにトウレンくんはミャーコちゃんの手を引いてどこかへ行ってしまった。さっき避難所って言ってたし、そこに向かうのだろう。
ともあれ避難してくれるならミャーコちゃん達の心配は無用だ。あとはコアちゃんを探すだけ。
何が起きてるにしろ、死人が出ている以上は子供が首を突っ込んでいい筈がない。早く探し出してトウレンくん達の言う避難所とやらに連れて行かねば。
「(っ⁉ この声)」
決意を新たにした矢先、何者かの咆哮が木霊する。獣人のものとは考えにくいし、件の喰らう者と見て間違いない。
でも何だろう、この声、どこかで聞いた覚えがあるような……?
「(って、考えるのは後回し!)」
時は一刻を争うのだ。即座に駆け出して住処の奥へと進んでいく。
喰らう者の仕業か、あの夜に見た建物は尽くが破壊されていて見る影もない。意識して見ればそこら中に倒れている獣人の姿があった。
先程見た死体と似たような死に方をしている者、圧殺されて弾けとんでいる者、中には謎の液体に濡れて溶けている者まで居た。
惨い……コアちゃんのような子供が見ていい光景ではない。こんな凄惨な場所を駆け抜けて行ったのか? あの子は。
「(見えた――っ!? あれって、まさか!)」
走って行くうちに、ようやく見えてきたのは蠢く巨大な何か。デカさだけで言えば母様に匹敵すると言っても過言ではない。
水色の鱗に覆われた巨体に赤い斑点模様。
そして奥に見えるのは一対の角を生やした蛇の頭。
絶句した。あれが喰らう者かとか、予想以上の化け物だったとか、そんな理由ではなく……俺はアレを知っている。
間違いない、あれはバジリスクだ。
元の世界でも奴の存在は広く知られている。ドラゴンには及ばずとも、脅威度で言えば十分に国が動く規模の魔獣! それこそ優秀な冒険者か、勇者が出張る化け物!
あれが喰らう者の正体? だとしたら腑に落ちない。奴は刺激さえしなければ無害だし、仮に怒らせたとしても自分の縄張りからは絶対に出ない習性を持っている。
そうだ、あの夜ヴェロニカさん達が話していた習性はまさしくバジリスクのもの。
「(なのにどうして――え?)」
色々と頭の中で考えを巡らせる中で、ふと視界に映ったのはバジリスクの前で何事かを叫んでいるガラルさん。
そして、その腕の中で力無く倒れているのは――。
「……」
気付けば跳躍のスキルを発動させていた。バジリスクの事とか、これからどうしようとか、何をすればとか、そういう考えが全部吹き飛んで、とにかく俺が感じていたのは……煮え滾る程に激しい明確な怒りだった。
「っの……野郎……」
抑えきれない怒りに押し出されるように、あれだけ恐怖していた言葉が喉の奥からせり上がる。
ようやくハッキリと言葉を発する事が出来たのに、それを喜ぶ事もなく、俺は無我夢中で木々の間を駆け回った。
やがてバジリスクの頭の位置と同じ高さまで辿り着いた時、足場にしていた木の幹を吹き飛ばす勢いで跳躍を発動。
「俺の恩人に……何をしたっ……!」
空中で身を捩り、勢いそのままに飛び蹴りの体勢へ。
あの頭をぶち抜く、ぶち壊す、ぶち殺す。攻撃的な俺の意思に体はしっかりと応えてくれる。
「ドラゴンキィィィィィィィック!!!!」
アホな事を叫びながらも狙い違わず、俺の蹴りがバジリスクの横っ面に炸裂した。
――――
あとがき。
目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!
答えを出してくれる存在は居ない。俺が考え行動しなければならない。
ひたすら待って、いつものようにコアちゃんが隠し通路からひょっこり頭を覗かせるのを待つのか。
それとも牢屋を抜け出して後を追うべきなのか。そうする事で俺にどんな疑惑がかけられるのか。
「(……いや、疑惑もクソも無いだろ。もしこの騒ぎが喰らう者の仕業だとしたら、最悪獣人達は全滅。
俺が無害だと証明する人も居なくなってしまう。何より――)」
そうなれば、それはコアちゃんを見捨てる事と同義。あの子を、ずっと俺を気に掛けてくれていた女の子を見捨てる? ……出来る訳がない。
その選択をしてここを出たとして、胸を張って母様達と再会など論外だ。あの子達は犠牲にしていい命じゃない。
だけど俺が行って何になる? 助けに行って俺まで殺されてしまえば元も子もないではないか。それは無駄死にと変わらない。
だけど、それでも――。
「(そうだな、助けたいんだ、俺は)」
理屈じゃない。あの子の力になってやりたい。それが、答えだ。
思い立ったが吉日。直ぐに鉄格子を力任せにこじ開けて外へ出る。そのまま階段の上へ駆け上がろうとして、思い切り翼がつっかえた。
わぁ、かっこ悪い。
「(そうだよ、前回は身体創造で姿を変えてたんだった)」
颯爽と駆け出しといてこれである。いやぁ、俺って期待を裏切らないね。たぶん格好いい生き方なんて俺には一生無理だわ。
何はともあれ姿を変えねば始まらない。
直ぐに意識を集中させて、スキルを発動。
相変わらず主張の激しい光を発しながら体は変化を見せ、あの夜と変わらぬ小さな白い女の子……もとい、男児へと変貌した。
「(やっぱり素っ裸だよな――ってあれ⁉)」
自分の姿を見下ろして驚いた。上半身は変わらず裸なのに、下半身は何故か半ズボンを履いている。麻袋の切れっ端より遥かに良い物が、確かにそこにはあった。
ど、どういうことだ? 何故急に半ズボンが……いや普通にありがたいけど、えー???
身体創造――否、スキルって本当に訳わからん。
一先ず謎の半ズボンは置いておき、足早に階段を駆け上がって周りを見渡す。あの時と違い昼間なので、随分と幻想的な光景が広がっていた。
まるで神様でも住んでるみたいな美しい森だ。
「(あった、足跡)」
階段上の地面に複数の小さな足跡。十中八九コアちゃん達のものだとして、真っ直ぐに獣人の住処へ向かっている。
トウレンくんの言っていた行動力バカとは言い得て妙だな。コアちゃんは後先考えてるのだろうか。
「(よし、行こうか)」
大地を踏みしめて駆け出す。もしかしたらクロエさんみたいに俺の事を見ている誰かがいるかもしれないが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
後悔の無い選択をするんだ。この先どうなっても、見捨てた事実が重荷になるよりずっとマシだから。
「(どうなっても、か。俺もコアちゃんの事は言えないな)」
ひとりごちて進む速度を更に速める。自分でも驚く程の速さなのに、足がもつれて転ぶ事が無いのは身体能力の恩恵か、ありがたい。
前世の俺だったら間違いなく制御できずに何処かその辺に突っ込んでいるだろうな。
そうして走って、走って、やがて見えてきたのは……獣人の死体だった。
思わず足を止めてしまう。しゃがんで脈を確認してみるものの、やはり死んでいる。異様な死に方だ。
足も、腕も、首も、あらぬ方向へ向いてしまっている。惨い殺され方だな。
とにかくこれで良くない事が起きているのは確定した。少なくとも、こうして死人が出てしまう程度には緊急事態と見ていい。
やれやれ、いったいどんな奴なんだろうな、その喰らう者ってのは。
亡骸に少しの間だけ手を合わせて、再び駆け出す。間もなく見えてきたのは住処への入口……それに。
「だ、ダメだよぅ……! やっぱり怖いもんっ!」
「じゃあお前だけ逃げればいいだろ! 俺はコアを追う!」
「ふえぇぇぇっ、ひと、1人はやぁだぁぁぁぁ……!」
「だぁぁぁもう面倒くせぇなお前!」
あそこで引っ張り合いをしているのはまさしくトウレンくんとミャーコちゃん! あれ? コアちゃんの姿が見えないが……。
「っ!」
「わぁぁっ!? な、何だお前!?」
「ぐすっ……う……?」
しまった、つい足を止めちゃったけど通り過ぎるべきだった。トウレンくん達はこの姿の俺を知らないのに!
えぇい! 止めたもんは仕方ない! とにかく情報! とりあえずコアちゃんが何処に行ったかだけでも聞き出さないと!
「っ……っ……!」
「は? な、なんだよ、口だけパクパクさせて。誰なんだよお前!」
あぁぁぁぁぁぁ!! この臆病者! この期に及んでまだ声を出すのが怖いのか馬鹿野郎! この姿で「キュッ」て言っちゃうのがそんなに怖いか!
クソッ、自分の不甲斐なさに反吐が出る!
何か、何か伝える方法……そうだ筆談! 牢屋の時と同じように書けば伝わる筈!
「(そうと決まれば――って落ち葉だらけ!)」
いざ地面に書こうとしたら下は落ち葉でいっぱいだった。そもそも掻き分けた先の土に書いたところで、しっかりと文字に出来るのかも怪しい。やたらフカフカだもんなここら辺の土……。
えーっと、えーっと! 何か他には――。
「も、もしかして……イヴくん?」
「っ!?」
あたふたとする俺を余所に、ぽそりと呟いたミャーコちゃんの声にギョッとした。
いつの間にかドラゴンの姿に戻ってるのかと慌てて確認してみたけど、人間の姿のままだ。
どうして分かったんだミャーコちゃん。
「はぁ? お前何言ってんだよ。どう見たって人間――って何で人間が居るんだ!?」
今更な反応ありがとなトウレンくん。
「人の、姿になれるの……?」
「……」
「おいミャーコ、いくら怖いからって現実逃避すんなよ。コイツのどこをどう見たらあのドラゴンに見えるんだよ」
「そう、そういうスキルがあるって、本で読んだ事あるから、もしかしてって……。
そ、それに、イヴくんの特徴とも合ってるし」
「えっ、そんなスキルあんのかよ。まぁ、確かにアイツに似てるっちゃ似てるか。目も赤いし、髪も肌も白いし……おいお前、あのドラゴンだってんなら俺の名前言ってみろよ」
そう言われてもな。喋れるならとっくに喋ってるんだよ。でも如何せん未だ恐怖心の方が勝ってて、言葉を出そうとしても寸前で引っ込んでしまうんだ。
「……」
「何も言わねーって事は違うんだな?」
ここで頭を振って答えても信用はされないだろうな。……そうだ!
「え、な、なに……?」
喋れないならやはり筆談。地面ではなく、ミャーコちゃんの前にしゃがみ込んでその手を取る。
何してんだと横からトウレンくんが吠えてくるのを少し強めに睨み返して押し止める。おとなしくなったところでミャーコちゃんの手のひらに、指で文字を書いてみた。
伝わりやすいようにゆっくり一文字ずつ。
「い、ゔ、に、あ……やっぱりイヴくん!」
「うえ?! ほ、ホントにあのドラゴン!?」
よし、とりあえず俺だと分かってもらえた。次は――。
「こ、あ、ち、ゃ、ん、は、ど、こ……」
「コアちゃんだぁっ!? てめ気安く――」
「(ちょっと黙ってて)」
「いってぇ!?」
いちいち突っかかってくるトウレンくんの額に軽くチョップをかまし、ミャーコちゃんの返答を待つ。
すると、泣きそうな表情になりながら、ミャーコちゃんは住処の方を指差した。
まぁ、予想はしてた。でも無事なようでホッと一息。ってまだ見つけるまで安心はできないな。
引き続きミャーコちゃんの手のひらに指を這わせていく。
「な、に、が、お、き、て、る、の……わ、わかんないよ。奥からずっと変な音とか声とかしてるし、した、死体もあったし……!」
「あ~いってぇ……チッ、良くねー事が起きてんのは確かだろ。避難所の方から大勢の声がするって事は、そこに逃げ込むだけの何かが起きてんだ」
「く、ら、う、も、の……くらうもの? な、なんだろ、分かる? トウレンくん」
「俺に聞くなよ。あれ? でも何か聞いた事があるような……なんだっけ?」
なるほど、ミャーコちゃん達にも喰らう者については詳しく教えられていないらしい。あの時コアちゃんが言ってた通り、不安を煽らないように子供にだけは秘密にしてるのか。
こうして事が起きてしまった以上、不安も何もあったもんじゃないが。
ん? でもあの夜ヴェロニカさんが言ってたよな? 喰らう者はドラゴンじゃないと子供でも知っているとか何とか。
もしかしなくても、秘密にしていたのは喰らう者が集落を襲い続けてる事実だけなのか?
……まぁいいや、それよりも。
「ふ、た、り、は、に、げ、て……お、れ、が、こ、あ、ち、ゃ、ん、を、さ、が、す……え?」
「はぁ?! ふっざけんな! 何でお前に任せて俺達が引き下がらなきゃなんねーんだよ! 部外者は引っ込んでろ!」
「……!」
「うっ、な、なんだよっ、やるかっ?」
再びトウレンくんを睨んでしまう。
好意を寄せている相手の事は他の奴に任せろと言われてイラつく気持ちは分からんでもない。
でもなトウレンくん、今は部外者がどうのこうの言ってる場合じゃないんだよ。
本当に喰らう者が現れたなら、それこそ子供を危険に晒す訳にはいかない。
「……」
「だからっ、なんだよ――って近ぇ!」
「……」
「う……ぃや、だから、その……あぁもう! 分かったって! 離れろクソドラゴン!」
よしっ、無言で睨みながら徐々に顔を寄せていってみよう作戦成功。この何とも言えない圧力には敵うまい、ふふふ。
でも何で頬を赤らめてんだトウレンくん。
「と、トウレンくん、顔真っ赤――」
「うっせうっせ! 行くぞミャーコ!」
「あぅぅ……! い、イヴくんっ、きを、気を付けてねぇぇ……!」
理由も分からないままにトウレンくんはミャーコちゃんの手を引いてどこかへ行ってしまった。さっき避難所って言ってたし、そこに向かうのだろう。
ともあれ避難してくれるならミャーコちゃん達の心配は無用だ。あとはコアちゃんを探すだけ。
何が起きてるにしろ、死人が出ている以上は子供が首を突っ込んでいい筈がない。早く探し出してトウレンくん達の言う避難所とやらに連れて行かねば。
「(っ⁉ この声)」
決意を新たにした矢先、何者かの咆哮が木霊する。獣人のものとは考えにくいし、件の喰らう者と見て間違いない。
でも何だろう、この声、どこかで聞いた覚えがあるような……?
「(って、考えるのは後回し!)」
時は一刻を争うのだ。即座に駆け出して住処の奥へと進んでいく。
喰らう者の仕業か、あの夜に見た建物は尽くが破壊されていて見る影もない。意識して見ればそこら中に倒れている獣人の姿があった。
先程見た死体と似たような死に方をしている者、圧殺されて弾けとんでいる者、中には謎の液体に濡れて溶けている者まで居た。
惨い……コアちゃんのような子供が見ていい光景ではない。こんな凄惨な場所を駆け抜けて行ったのか? あの子は。
「(見えた――っ!? あれって、まさか!)」
走って行くうちに、ようやく見えてきたのは蠢く巨大な何か。デカさだけで言えば母様に匹敵すると言っても過言ではない。
水色の鱗に覆われた巨体に赤い斑点模様。
そして奥に見えるのは一対の角を生やした蛇の頭。
絶句した。あれが喰らう者かとか、予想以上の化け物だったとか、そんな理由ではなく……俺はアレを知っている。
間違いない、あれはバジリスクだ。
元の世界でも奴の存在は広く知られている。ドラゴンには及ばずとも、脅威度で言えば十分に国が動く規模の魔獣! それこそ優秀な冒険者か、勇者が出張る化け物!
あれが喰らう者の正体? だとしたら腑に落ちない。奴は刺激さえしなければ無害だし、仮に怒らせたとしても自分の縄張りからは絶対に出ない習性を持っている。
そうだ、あの夜ヴェロニカさん達が話していた習性はまさしくバジリスクのもの。
「(なのにどうして――え?)」
色々と頭の中で考えを巡らせる中で、ふと視界に映ったのはバジリスクの前で何事かを叫んでいるガラルさん。
そして、その腕の中で力無く倒れているのは――。
「……」
気付けば跳躍のスキルを発動させていた。バジリスクの事とか、これからどうしようとか、何をすればとか、そういう考えが全部吹き飛んで、とにかく俺が感じていたのは……煮え滾る程に激しい明確な怒りだった。
「っの……野郎……」
抑えきれない怒りに押し出されるように、あれだけ恐怖していた言葉が喉の奥からせり上がる。
ようやくハッキリと言葉を発する事が出来たのに、それを喜ぶ事もなく、俺は無我夢中で木々の間を駆け回った。
やがてバジリスクの頭の位置と同じ高さまで辿り着いた時、足場にしていた木の幹を吹き飛ばす勢いで跳躍を発動。
「俺の恩人に……何をしたっ……!」
空中で身を捩り、勢いそのままに飛び蹴りの体勢へ。
あの頭をぶち抜く、ぶち壊す、ぶち殺す。攻撃的な俺の意思に体はしっかりと応えてくれる。
「ドラゴンキィィィィィィィック!!!!」
アホな事を叫びながらも狙い違わず、俺の蹴りがバジリスクの横っ面に炸裂した。
――――
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