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旅立ちの条件 上

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 あの宴の後の3日間は、新郎新婦が他の人と顔を合わせず2人きりで過ごす蜜月期間なんだそうだ。
 どんなに愛を交わしても、翌日になるとわたしの記憶からはそれが綺麗に消去されてしまう事を知って、彼もわたしもとても悲しい気持ちにはなったのだけれど、魔力の供給に関してのアルの予測が正しかった事が証明された事もあって、彼は気持ちを切り替える事にしたらしい。
なんというか、アルは意外とポジティブだよなとソレを見ながら思う。
わたしの方がまだ落ち込んでるとか、なんだか馬鹿みたいじゃない?

 その為、やっとその期間が過ぎた事により、アルを連れて旅に出る為の話し合いをする時間が取れた。
集まっているのは、アルの両親フーガさんとイリーナさんアルのお兄ちゃんアスラーダさん、リエラちゃんの4人。
彼等に、その事について話をすると、フーガさんが最初に口を開いた。

「今の状態でアスタールと彼女を離すのは危険だろう。」

 と言うのが、フーガさんの意見。
有難い。
彼は、アルが一緒に行くのを後押ししてくれるみたいだ。
下手に引き離すと、アルが精神的にもたないんじゃないかと心配してくれてるらしい。
イリーナさんは、その言葉をよく聞かないうちから頷いてた。
先に、話しあいでもしてたんだろうか??

「俺としては、一緒に行きたいところなんだが……」

 悔しげに呟くのはアスラーダさん。
過保護なお兄ちゃんらしいので、きっとついて行きたいというのは本音なんだろう。
ただ、彼はお留守番が決定しているリエラちゃんを支えてあげるって言うお仕事があるから、ソレはちょっと難しい。
それ以外でも、王宮でのお仕事があるらしいから、突然抜ける訳にいかんよね。
この人は……リエラちゃんの事が無かったら、放り出したかもしれないと、アルに向かって伸びている糸の太さを見て、考えを修正する。
彼は、かなりなブラコンらしい。
いや、なんとなくは知ってたけど。

「私としてはお2人だけで、というのが不安要素ですね。」

 アスラーダさんに申し訳なさそうな視線を送ってから、そう口にしたのはリエラちゃん。
そして、その意見にはフーガさんもアスラーダさんも口々に同意する。

「という事は、誰か同伴者が必要って事?」
「新婚旅行……。」
「そうですね。出来れば、旅慣れてて機転が利く、信用のおける男女が望ましいんですが……。」

 わたしの質問の後に、アルがポツリと『2人きりで行くものじゃないのか?』と言わんばかりに呟いた言葉はみんな綺麗にスルーだ。
ボケに付き合う気はないらしい。

「その条件だとなかなかキツイな。」
「そう言う人に心当たりはあるの?」

 その辺りに関しては、フーガさんは口を出す気は無いらしい。
アスラーダさんの呟きに続いて、わたしが問うとリエラちゃんは、少しだけ悩無そぶりを見せた後にため息をつき、こう言いだした。

「候補者は居ますが……。私がどんなに信頼できる相手でも、肝心のアスタールさんとリリンさんが信用出来ないと思う可能性もありますから、一度会って貰った方がいいでしょう。」



 そんな訳で空間転移を使って連れていかれたのが、迷宮都市アトモス……にあるリエラちゃんの実家の彼女のお部屋。
ちょっぴり乙女チックな雰囲気は正直、彼女っぽくはないかな?
日本基準で考えると随分と広いお部屋に、お話合いに参加していた全員でピョルっと転移してまいりました!
ここに、アルが(一応)代表を務める錬金術工房の支店があって、そこのダブル店長の片方が心当たりの人物らしい。

 ちなみに、アルの暮らしていたグラムナードは、彼と同じ黒髪エルフっぽい人達が主に生活している町だったんだよね。
宴の時に少しだけ、他種族の子とも話したけれどこの世界に住まう人種はあんなものじゃないらしい。
もっと色んな種族の人もみたいなーと思ってた矢先に、今回突然、『訪問☆異世界の町!』状態なんですよ、奥さん!

「ふぉおおおおおおおおおおお!?」

 思わずこんな声だって上がっちゃいますよ?!
だってね?
一歩部屋を出た途端に、人の気配を感じてやってきたご両親って言うのが、ウサギ耳の可愛いお母さんと、おっきな熊さ……ゲフゲフゲフ熊人族っていう、熊がそのまま2足歩行してる感じの種族の方々。
……アレ? リエラちゃんって、普通の耳のまぁるい、地球にも普通に居そうな女の子だよね??
不思議に思って首を傾げていたら、リエラちゃんの養父母なんだとアスラーダさんが教えてくれた。
 彼等はリエラちゃんを滅茶苦茶可愛がってるらしい。
彼女に向かってふんわりと優しい色合いの糸がしっかりと伸びているのが見えて、思わず口元が緩む。

「どうかしたのかね?」
「リエラちゃん、ご両親養父母に愛されてるんだなぁって思って。」
「……君の目には、そう言うモノが見えるのだったか。」
「うん。こう、糸の形が多いかなぁ。色によって感情の種類がちがうっぽい感じ。」
「成程。」
「参考までにお話しするなら、アルから私に伸びてるのはちょっとオカシイデス。」

 話題に出たので、ついでに話しておこうと話しを振ると、アルは不思議そうに首を傾げる。

「どんな風に?」
「赤い鎖とか、怖すぎ!」
「大変頑丈そうで素晴らしい。」
「いや、おかしいって。」

 成程成程と、納得した様子で頷くアルのこめかみをテチテチと叩いていると、養父母の抱擁から解放されたリエラちゃんがちょっとふらつきながらやって来た。

「それじゃ、フーガさん達はここで待っていてくれるそうなので、私達だけで行きましょうか。」
「りょうかーい。」

 返事を返しつつ、彼女の後に続く。
家……というより、館? お屋敷? と呼んだ方がいいのかな?
随分と長い廊下を通り抜けて外へと出ると、随分と新しい小奇麗なお屋敷だった。
良くイメージする中世的な建物のイメージよりは、割と近代的な作りの様な気がする。
まぁ、同じ様な文明の進化を辿ってはいないだろうから、同じ型にはめるのはナンセンスなのかもしれないけど。

「まずは、先に男性の方だけご紹介します。」

 彼女はそう言うと、ヒカルさんという男性と引きあわせる。
三つ目族だと紹介されたものの、頭の中に『先読族さきみぞく』という名前が浮かぶ。
グラムナードに暮らす人達の事を紹介された時にも似た様な事があったな、と思いながらも取り敢えず黙っておいた。
もしかしたら、創造主が種族ごとに付けた名と通称は違うのかもしれないし。
ちなみにグラムナード民と呼ばれている人達は、『輝影族』だ。

「輝と申します。よろしくお見知りおきを、アスタールさん、りりんさん。」

 そう口にしながら、艶やかと表現したくなる様な笑みを浮かべる彼は、アルとはまた別種の美形さん。
なんというか、彼の方が『女性的』なしなやかさを感じさせるのだ。
艶やかな黒髪を高くポニーテールにしているんだけど、それでもひざ裏までの長さがあるとか、どんだけの長髪なんだろう??
手入れが凄く大変そうだ。


それはそれとして、女装が似合いそうな人だなぁ……。


 そんな事を考えながら上の空で挨拶を返していると、アルに後ろから抱きつかれる。

「にょ?!」

 驚いてアルを見ると、不愉快だと言わんばかりに耳が揺れてる。
もしや、ヤキモチか?

「アルだけだよ?」
「それでも嫌だ。」

 コソッと囁くと、不機嫌そうな声が返って来た。
随分とご機嫌斜めらしく、耳を甘噛みされる。

「ちょ、アル~!」
「君が悪い。」

 ツンとそっぽを向くアルから周りに視線を移すと、クスクス笑う輝さんと生暖かい視線を向けてくるリエラちゃん達。
わたしは恥ずかしさのあまり、アルの腕に思いきり齧りついた。

「~~~~~~!!!!!!」

 昼下がりの秋空の下、彼の声にならない叫びが響く。
暫くして離れた時には、彼の腕に少し血が滲む綺麗な歯型が刻まれてる。


……ちょっとやり過ぎたかも知れない。


 アスラーダさんがビックリした顔をしているのを見て、わたしはちょっとだけ反省した。
日光のサル的なレベルでだけど。
だってね、半分はアルの自業自得だと思うんだ。
人が見てる前で、ああ言う事えっちぃ事をする方が悪い!
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