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この馬車からの景色を忘れないだろう
しおりを挟むクリスが失恋した日から、2年経ち、俺達は21歳になった。
クリスは結局婚約者だったフランシスと結婚した。
王族籍は抜かなかったので、2人はクリスが住んでいた離宮にそのまま入る事になったが、色々あったけど、まあ仲良くやってはいるようだ。
クリスが以前と少し変わったくらいだが、その少しがフランシスは不安なようだ。
顔にはほとんど出さないが、どこか悲しそうな顔をする時がある。
誰もクリスが変わった理由は知らないはずなのに、フランシスにはなんとなく分かったんだろうか。
女の勘ってやつか…。
それでも、表面上は仲睦まじい夫婦だ。
そのうち子供も出来るだろう。
そうすると次はこっちの番とばかりに婚約者候補と毎日お茶を付き合わされる羽目になるわけだ。
ウンザリして、久しぶりにこっそり街に出た。
ブラブラ歩いていると、
“バチーン”と痛そうな音がした。
音がした方を見ると、ケバい女を腕にぶら下げた男を、知的美人がビンタしたところだった。
“あ~これよくあるやつだ、俺らが学生ん時もよくあったわ~”と思い、通り過ぎようかと思ったが、
「ハア~で、どうする?白紙?破棄?
それに貴方の彼女に馬鹿にされる筋合いなんかないんだけど。
そちらの方の家には公爵家から正式に抗議文送らせてもらうから。
後で父がジャンの家に行くと思うわ。
じゃあ、お二人とも、ごきげんよう。」
と言うと颯爽と帰っていった。
その後を、
「ジュリア、待ってよ、婚約破棄なんてしないよ、この人は勝手にくっ付いてるだけだから!待って、ジュリア!」
と腕に引っ付いてる女を振り解き、走って追いかけていった。
なんとなくエルザとシルビオを思い出した。
俺達が1年の時、エルザ達は3年だったから2人を見かけた事は何回かある。
あの時はシルビオの片想いだったが、似たようなシーンを見た事があった。
その時のエルザは、
「ハア~退いて下さい。私はこの方とは何の関係もございませんので、お二人でご自由にどうぞ。」
とシルビオと引っ付いてる女に言っていたのをふと思い出した。
だからなのか、その時の“ジュリア”と呼ばれた気の強そうな女が気になった。
公爵家のジュリア。
調べればすぐ分かるだろうが、そこまではする気はない。
だからそれっきり忘れていた。
ヒーナス侯爵家には、たまに遊びに行ったりした。
さすがにクリスは行かないが、俺1人でシルビオやジョバンニを揶揄い、エルザと剣を交えたり、可愛いエルビオと遊んだりしている。
その日もフラッと遊びに行くと、ジョバンニに、
「また貴方はフラフラと!連絡しなさい、連絡を!」と怒られた。
ジョバンニって意外と順応性が高いのか、豪胆なのか、王太子なのに敬ってはくれなくなった。
でもそれが楽でちょくちょく来てしまう。
それにここの人間はほぼ俺をあまり王太子だからと遜らない。
最低限の礼儀はあるが、エルビオに至っては、王太子が言えないから“おうたいち”から面倒なのか“たいち”になった。
そして遊びに来た今日、珍しくエルザの弟ヤーコフが客を連れてきていた。
それもあの時の女、ジュリアを。
なんで⁉︎と思ったが、帰るのもと思い、なんとなく居座った。
「ごめんなさいね、1人邪魔者がいるんだけど、気にしないでね。この人帰らないし、無碍にも出来ない人だから。」
「いえ、まさか王太子殿下がいる時にお邪魔してしまい、申し訳ございません。」
「あ、こっちこそ邪魔しちゃってごめんね。
堅苦しい挨拶はいらないよ。」
「ありがとうございます。ジュリア・トビアスと申します。」
「私の事は気にしないで。聞かないようにするから。」
気にするだろうけど、何を相談するのか気になったので、話しを進めさせた。
「ジュリアさん、私に相談があるそうなんだけど何かしら?お役に立てるのか不安だけど、良かったら聞かせてくれる?
私の事はエルザと呼んでくれていいからね。」
「ありがとうございます、エルザ様。
相談は…婚約者の事なんです…。
私の婚約者、ジャン・ローレルと言いますが、何と言いますか・・浮気性なんです。」
そこから話す内容はエルザとシルビオの関係に似ていた。
ようは、愛しているのに婚約者は浮気をする、そしてそんな浮気する男に惚れてるジュリア嬢。
愛されてるのは分かるが、どうして浮気するのか分からない。もう別れたほうが良いのか、そのまま結婚しても良いのか、悩んでいるってわけだ。
「分かる!分かるわ~ジュリア様!
馬鹿みたいに毎日好き好き言うのよね!
どんなにあっち行けって言っても離れないし、そのくせ他の人と付き合ったり。腹が立ったわ~!」
その後エルザがどうしてよりを戻したのかを話し出した。
俺もその辺は聞いてなかったから、そういう事だったのかと納得した。
そしてエルザはその時のレポートを持ってきて、ジュリアに読ませていた。
ついでに俺も読ませてもらった。
なんだか読んでいたらシルビオがエルザに宛てたラブレターのようで、恥ずかしいやら面白いやらで、なんとも言えない感情になった。でもシルビオが真っ直ぐエルザを愛しているのは分かった。
ジュリア嬢はそれを読んで、
「失いそうになってようやく気付いたんですね、侯爵様は・・・。」
「私もなんだけどね。それからは寄ってくる女性を千切っては投げ、千切っては投げって感じね。
でもね、本当に本気で別れようと思ったの。
私もシルビオを愛してたし、シルビオも私を愛してたけど、自分が悪気もなくやった浮気で大事なものを失うって事をどうしても分からせたかった。
だから、私と別れてその人と結婚しろって言って家を出たのよ。
離婚届にサインをして、シルビオがサインするだけの状態にして。
でも、手が震えてサインが出来なかったのよ…泣いちゃうし。
だから落ち着いたら書けって置いてったら、出さないでお父様に預けちゃったの。」
「想像出来る・・・」
俺はその時のシルビオが容易に想像出来た。
想像出来るから胸が何故だか苦しくなる。
そんなにエルザはシルビオを愛しているのかぁ…そんな事を考えてしまう。
しかし、よくこの夫婦、持ち直したものだ。
「詳しく話させてしまって、申し訳ありませんでした。ですが、とても…参考になりました。
私とジャンがそうなるとは限りませんが、しっかり考えたいと思います。
今日はありがとうございました。」
そうしてジュリア嬢は帰って行った。
ヤーコフが、
「俺には何の情報も入ってこなかったから知らなかったけど、色々大変だったね…何も助けてあげられなくてごめんね、姉さん。
でも、モリス義兄さんがよく、俺には何も教えてくれないし、教えてくれても1番最後って言ってたのが、よぉーく分かったよ。
俺だって家族なのに!」と騒いでいた。
「エルザ、一つ聞いていいか?」
「嫌です!」
「何でだよ!大した事じゃないんだけど、シルビオの事、嫌いにはならなかったのか?」
「うーん、シルビオってすぐ泣くから、放っておけないんですよ、泣くくらいならやるなって話しなんですけど、嬉しかったり、感動したり、暇さえあれば泣いてるんです。
私がメイドに変装してた時なんて、寝てても泣いてましたから。
それも全部私の事で。
最近はエルビオの事もですけど、そんな人放っておけないですよ、ブライアン様。」
とても綺麗に微笑んだエルザを見て、良い女だなぁと実感した。
王太子妃にもなれる気品、容姿、聡明さ、そして自分をも守れる強さを持つこの女性を妻に持てたらと本気で思った。
国母になって俺の隣りに立ったエルザは美しいだろうなぁ・・・。
本当に後3年、いや1年早く生まれていたら、俺が年上だったら、そんな事をずっと考えていたら、
「ブライアン様、おかしな事考えてません?」
とヤーコフに半目で言われてドキっとした。
「なんだよ、おかしな事って⁉︎」
「別に~~~ただなんとなくヤバい目つきだったので。」
「ヤダ!ブライアン様いやらしい!私の身体を見ていましたの⁉︎出禁にしますわよ!」
「なんでだよ、そんな目で見たらシルビオにもサバーナ侯爵にも殺されてしまう!」
「そういえばブライアン様はまだ婚約者は決まらないのですか?誰か紹介します?」
「いやいや、自分で探すから!」
これ以上いるのは危険と思い、早々に退散した。
帰りの馬車の中で、窓枠に肘をついて景色を見ていた。
なるほど、クリスの気持ちが分かった。
彼女の近くは危険だ。
側に居ればいるほど好きになる。
ハア~~クリスが馬車の中で涙を流した時にはマジか⁉︎と思ってたのに、今の俺はクリス以上に酷い。
告白すらする事も出来ず、見ている事も出来ない。
でもまだ間に合う。
もう彼女には会わない。
どんなに想ってもどうにもならない相手なのだから。
「クソッ・・・絶対クリスには言わない!」
バレたら絶対笑われる。
“ほらな、言っただろ”って。
「そろそろ決めるかぁ・・・婚約者…」
ようやく腹を括る事が出来た。
俺はあんな良い女は似合わない。
自分の母親を殺した男なんだから。
ただこの馬車の中でだけはあの綺麗な笑顔を忘れないでいよう、それくらいは許して欲しい。
そして、いつも見ている馬車からの景色だが、今日のこの景色は決して忘れはしないだろう。
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