私は貴方から逃げたかっただけ

jun

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土下座

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始発の新幹線に一人ボォーっと乗っていた。
スマホの電源はあれから一度も入れていない。

ひょっとしたら大阪まで来るかなと思ったけど、来なかった。

弟とは東京駅で待ち合わせをした。

ちょうど朝のラッシュの時間の東京駅は人でごった返している。

見つけるのが大変そうなので、スマホに連絡しようと取り出してはみたものの、電源を入れられない。

とにかく待ち合わせ場所に向かうと、キョロキョロと私を探す弟がいた。
私を見つけると、私の腕を取り、ぐんぐん歩いて、駅中のコーヒーショップに入った。

私のスマホを取り、指紋認証で開いた後、何かササっとやって私に返した。

「これで電源入れられる。ひょっとしてその女の連絡先も登録してる?」

「うん…」

「貸して。なんて人?」

お店の名前で登録してあったので、店の名前を言うと、またササっと操作し、私に返した。

「着拒した。だからもう連絡来ないから。おとんとおかんが心配してる。電話してやり!」

実家に電話し、今着いたと言うと、弟が電話を変わり、
「姉ちゃん、捕まえたからもう大丈夫。また連絡する。」
と言って切った。

「陸、怒ってる…ごめん、大学休ませて…」

「ハア~姉ちゃんに怒ってるんちゃうし!」

「部屋、解約したん?」

「とりあえず月末までって事にした。だから急ぐ必要はないけど、いつアイツが来るか分からんから、サッサと終わらそう。
先ずは時間が早いから朝飯食おう。」

「私、いらない…」

「俺が食うの!」

陸はここは嫌だと近くの有名ハンバーガー店に入り、一人でバクバク食べていた。
私にはオレンジジュースを頼んでくれていた。

私に合わせて飲み物だけはチビチビ飲んでくれて、気付けば10時近くになっていたので、式場に行った。

担当してくれた加藤さんに、詳しい事は言わず、結婚はなくなった事を告げた。
私の様子を見て、加藤さんは、

「残念です…。でも、麻美さんの今の姿を見たら…引き止めようとは思いません…。」

そう言って、キャンセルの手続きをしてくれた。
キャンセル料は振り込みますと告げたら、
「今、支払います。」
と陸が言い、現金で払っていた。
「預かってきたお金やから。」
と言ったので、お父さんとお母さんが陸に渡してくれたのだろう。
後で返さないと。
領収書を貰い、式場を出た。
加藤さんは、表まで送ってくれて頭をずっと下げてくれていた。

雅彦の実家に電話をし、今から行く事告げた。雅彦から何か聞いているのだろう、いつも明るいお義母さんの声は暗かった。

手土産を買い、二人で向かった。

インターフォンを押すと、バタバタとかけてくる音が聞こえた。

玄関のドアが開き、

「麻美ちゃん!」と言って、私を抱きしめようといたが、陸に気付き手を止めた。

リビングにはお義父さんもいた。

私と陸がソファに座ると、お義父さんとお義母さんが正座し、
「麻美ちゃんに酷い事をした息子に代わって、謝罪させて下さい。
本当にこの度は、ウチのバカ息子がご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。
許してもらえるとは思っていません。
ですが、私達は麻美ちゃんが嫁に来るのを本当に楽しみにしていました…なのに、息子があんな酷い仕打ちをするとは、思っていませんでした。
慰謝料は払わせて頂きます。
お金を払う事しか出来なくて申し訳ございません。
本当にこの度は申し訳ございませんでした。」
と泣きながらお二人は土下座をした。

「頭を、上げて下さい…。お義父さんとお義母さんは何も悪くはありません。
私の至らなさでこんな事になり、こちらこそ申し訳ございませんでした。
私もお二人の娘になる事を楽しみにしていました。
お二人の謝罪は受け取りました。
慰謝料もいりません。
もうお会いする事もございませんが、
どうかお身体にお気をつけて。
式場のキャンセルの手続きは終わりました。招待客の方々にはこれから連絡していきたいと思っております。」

そう言うと、私と陸は一礼し、佐々木家を後にした。

無言で二人で歩いていると、
「姉ちゃん、慰謝料いらんの?」

「うん、いらない。もう、あの人から何も貰いたくないの。」

「・・・そっか。」

また無言で歩き、私のマンションに着くまで何も喋らなかった。

部屋のドアの前で開かずにいると、陸はさっさと鍵を開けて入ってしまった。

部屋の中は、陸が片付けてくれたのか、少し片付いていた。

ボォーっと立っていると、

「姉ちゃん、何も食ってない。アイスでもジュースでも何でも良いから口に入れろ!」

と冷蔵庫からアイスを取り出した。

それを言われるがまま、食べた。
なんだか急に涙が出て、泣きながら食べた。

陸は、淡々とゴミ袋にいらないものを突っ込んでいた。
雅彦の物と思われるものは全部袋に入れていた。

目につくものを全て入れた陸は、
「後は分からん、ほっとこ。必要なのは勝手に持って行くやろ。後は業者に頼も。」

「うん。」

「姉ちゃんが必要なもんだけ持ってもうこの部屋出よ、なんか嫌。」

「あ、待って!これ置いていくから。」

指に嵌めていた婚約指輪を外して、引き出しのケースの中に戻した。

シンプルで好きだった、この指輪。
私の誕生日にプロポーズと一緒にはめてくれた指輪。

大好きだったなぁ…
楽しかったなぁ…

ケースと一緒に入れていた婚姻届。
記入済みで出すだけだった。

涙がポロポロ出て、婚姻届の字は滲んでしまった。

「行こう。」

陸に声をかけられても動けなくて、

「姉ちゃん、ごめん、早くここから出たい。アイツがいた場所、気持ち悪い。」

そう言って私の腕を引っ張り、荷物も持ってくれてようやく部屋を出た。

とりあえずホテルにチェックインしようとなり、部屋に入った。

「なあ、姉ちゃん、なんか食べよ、倒れたらまた心配かけるから。な、食べたいもん、買ってくるから。」

「…じゃあ・・・・塩おにぎり…具が入ってるやつは吐く。」

「分かった。後は適当に買ってくる。」


こんなに弟と喋ったのは久しぶりだ。

陸って意外と面倒見がいいんだなと、ちょっと感心した。

ベッドに仰向けになり、お腹に触った。

ここに赤ちゃんがいる。

雅彦が一度だけ、中に出してしまった事があった。
その時だろう。

まだ実感がなくて、勢いで動いてる今は自分の事で精一杯だ。

私はこれからどうしよう…

仕事も家も東京には無くなった。
お腹には赤ちゃん。
赤ちゃんの父親はいない。
仕事もなかなか見たからないだろう。
かと言って、ずっと実家にはいられない。

ついこの間までは雅彦と二人で幸せだったのに…



思い出すと泣いてしまう。

だから今は何も考えない。
何も考えたくない。













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