私は貴方から逃げたかっただけ

jun

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偶然

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陸が戻り、コンビニで買ってきたおにぎりをなんとか食べきり、私の職場に行こうとなった。

駅を出て二人で歯医者に向かっている時、歯医者の前に立っている人が見えた。

陸が、

「あの野郎!姉ちゃんは隠れて!」
と言って駆け出した。


私は駅のトイレに駆け込んだ。


あれは雅彦だ。

今はまだ仕事をしている時間なのに、なんであそこにいるのか。

震える身体を支え切れずにしゃがみ込む。
ここでは邪魔になると思い、フラフラしながら個室に入り、自分の身体を抱きしめていた。

しばらくするとスマホが鳴り、ビクッとする。

陸からだ。

「姉ちゃん、どこ?」

「駅のトイレ…」

「今行くから!電話切らないで!」

スマホからは雑音しか聞こえない。

「姉ちゃん、トイレの前にいる。出てきて。」

スマホを切り、トイレから出ると、陸がハアハアと肩で息をし、待っていた。

「陸…」

「もういないから。大丈夫だから。」

「あの人は?」

「とにかく追っ払った。ちょっと座りたい。どっか座ろ。」


どうせ歯医者に行くのなら、歯医者で休もうと二人で歯医者に向かった。

ちょうど午後の診療までに時間があったので、みんなが寄ってきた。

里江さんが、
「麻美ちゃん、大丈夫なの?顔色悪過ぎるよ!」

裏の休憩室に座り、陸がざっと説明してくれた。

「相手はあの時の人だね、麻美ちゃん。」

私が頷くと、

「ハア⁉︎ここに来たの⁉︎わざわざ?信じられない!」
と千代ちゃんが怒っていた。

「今、君の顔色も顔付きも受付が出来る状態ではないよ。
だから気にせず休んでも構わないが、ここは相手にも彼にも知られてる。
どうする?続ける?それとも辞める?
私はいてもらいたいけど、麻美ちゃんが決めていいんだよ。」

「さっきここに彼がいました…。
私を待っていたんだと思います…。
今は・・どうしても会いたくないんです…。

いつかはちゃんとと、思っています…でも、今は…どうしても…顔が見れません…。

それにあの人が来るかもと思ったら…怖くて・・・。
あの、私を可哀想な目で見るあの人には会いたくないので…。

ご迷惑をかけてしまうかもしれません、急で申し訳ありませんが、辞めさせて頂きたいです。
落ち着いたら改めて挨拶にきます…
本当にすみません・・・」


この職場が好きだった。
就活に失敗し、たまたまバイトしたこの歯医者は居心地が良く、気付けばここに就職していた。

先生も歯科助手のお姉さん方、パートの里江さん、みんな良い人ばかりだった。

結婚しても続ける予定だった。


いろんな事を思い出し、涙が溢れた。

みんなの休憩時間を割いて私の話しを聞いてもらっているので、もうお暇すると告げると、退職届だけ一応送ってと先生に言われ、歯医者を後にした。
私物は捨てて構わないとお願いしておいた。


これで後は引っ越しだけだ。


「姉ちゃん、タクシーで帰ろう。もしかするとまだその辺にいるかもしれんし。」

陸は返事も聞かず、すぐタクシーを捕まえ、私を押し込んだ。

ホテルの部屋に入ってから陸に聞きたかった事を聞いてみた。

「陸…あの、殴ったりとかしてないよね?」

「あんなところでさすがにやらない。ただ、お願いだから今はそっとしておいて欲しいって言っただけ。姉ちゃん、体調も悪いし、もう少し待って下さいって言ったの。」

「そっか…ありがとうね、陸。」

「別に良いけど。それより、身体大丈夫なの?」

「・・・まあ、なんとか…」

「よく分からんけど、無理は良くないと、思う。」

「うん、分かってる。でも…実感がないっていうか…考える事を拒否してる…って感じかな…」

「まあ今は良いんじゃねえの、それで。」

「陸…陸がいてくれて良かったよ、ありがとね…お父さんやお母さんだったら余計落ち込んでたかも…」

「心配してるからね、これでも俺。」

「分かってる、でも正直一人はしんどかったと思う、いろんな事やってくれて助かりました。」

「泣いてる姉ちゃんなんて、子供の頃しか見た事なかったし、いっつも喧嘩ばっかしてたから、早くいつもの姉ちゃんになって欲しい…と思っている…。」

「フフ、そうだね、お姉ちゃん、頑張るよ。」

「とにかくなんか食え!」


陸のおかげで少し元気が出た。



引っ越しはまた今度にして、次の日大阪に帰った。













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