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意外と快適な入院生活
しおりを挟む疲れが出たのか、入院初日に熱が出た。
朦朧として視界も暗く、ほとんど覚えていないほど苦しかった。
熱が下がったのは、入院3日目の朝だった。
本当なら退院するはずだったのに、入院はさらに1週間伸びた。
名取先生が来たのはお昼過ぎだった。
「谷川さん、調子はどうですか?顔色もだいぶよくなりましたね。
どこか気になる所はありませんか?」
「調子は…少しだるいですが、辛いほどではありません。でも、シャワーを浴びたいです…」
「汗たくさんかきましたもんね。でもまだシャワーは許可出来ないので、身体は拭くだけにして下さいね。洗髪したいなら1階に散髪屋さんがありますから、そちらで洗髪してもらったらスッキリしますよ。」
「洗髪…そうですね、歩けそうなら行ってみます。」
「先ずは体力を戻しましょう。元々、体力は限界でしたので、高熱のせいでさらに体力がなくなってしまったと思います。
今は食べて寝て、食べて寝てを繰り返して、少しずつ院内を歩いてみましょうね。
運動もしないとね。」
「はい、食べて寝て、食べて寝てなんて仕事してる時なら夢のような毎日ですね。」
「そうですね、でも今の谷川さんの仕事は“食べて寝ること”です。お仕事、頑張って下さいね。私もお仕事頑張ってきますのでね。」
そう言って先生は病室を出て行った。
売店まで歩いてみようと、ベッドから降りて歩くと、少しふらつく。
なので、ゆっくり休み休み歩いて、ようやく売店についた。
飲み物とタオルと下着を数枚買って、またゆっくり病室まで戻った。
途中、先生が言っていた散髪屋、隣りに小さな美容院もあったので、明日は髪を洗ってもらおうと思った。
身体を軽く拭いて、下着を替えた後は夕食まで眠ってしまった。
夕食を食べた後は、瑞希や母にメールをして、その日はすぐに眠りについた。
病院だからなのか、誰も知り合いがいないからなのか、入院生活は快適だ。
誰にも邪魔されず、自分のペースで生活出来る事がこんなに有難い事なんだと思った。
今の私に一番必要だったのはこれだったんだと実感した。
入院してる間、嫌なことを一切考えずにいたせいか、気分も軽い。
美容院に行って、シャンプーとカットをしてもらった。
頭も軽くなり、足取りも軽い。
病院の中庭に出て、ベンチに座り、ボォーっとする。
穏やかだ。
街の音が聞こえ、不快な音は一切ない。
風も心地良く、自然と目を閉じた。
ふと気付くと、隣りに人の気配がしてパッと目を開けた。
隣りを見れば、名取先生がいた。
「すみません、余りにも無防備だったので心配して隣りに座ってしまいました。」
テヘヘと擬音が付きそうな笑顔の先生は、とても優しい笑顔のイケメンなんだと初めて気付いた。
「すみません、気持ち良くて…つい…」
「今日は気持ち良いですもんね、分かります、その気持ち。でも、悪い輩もいるかもしれません、谷川さんはとても魅力的なので。」
「フフ、ここがバーならナンパみたいですね。」
「え?うわ、なんかすみません…恥ずかしいです…」
「いえいえ、久しぶりに楽しいと思いました。」
「そうですか、なら良かった。お母さんが楽しいとお腹の赤ちゃんも楽しくなりますからね。」
「そういうものなのですか?」
「そうですよ、お母さんが悲しいと赤ちゃんにも伝わってしまいますからね。」
「そう…ですか…」
「あ、また悲しそうな顔になってしまいました。谷川さんは誰か頼れる人が近くにいますか?」
「・・・・近くにはいません…」
「そうなんですね…。退院しても頼る人がいないという事ですね?」
「…そうですね…」
「では、こうしましょう!私のメル友になりましょう!」
「え?」
「マメではないので返信は遅れますが、谷川さんが困った時、体調が優れない時、お腹の赤ちゃんで困った事が会った時、私にメールをして下さい。」
「それは…えーと…」
「ナンパではありませんよ。主治医としてカウンセラー的なものだと思ってくれて構いません。赤ちゃんを守る為には、先ずお母さんのケアをしないとね。」
「カウンセラー・・・」
「谷川さんには頼れる人が近くにいません。聞きたい事があっても、地元の事を聞ける人がいないのは心細いですから。
なんでも良いんですよ、愚痴でもいいです。天気の事でも良いです。
なんてことない事をメールしてくれても構いません。
今の谷川さんには、そういう事が大事だと思うんですよ。」
「そんな事をメールしても良いんでしょうか…」
「はい。日記みたいな感じでも良いですよ。交換日記みたいで楽しいかもしれません。」
「交換日記…」
「はい。なんだか付き合いたての中学生みたいですが、一応、主治医と患者というていで、お願いします。」
そう言って、またテヘヘと笑う先生。
そんな優しく笑う先生と、気付けばアドレスの交換をしていた。
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