私は貴方から逃げたかっただけ

jun

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体力のないイケメン

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入院生活も体調も順調で、精神的にも安定した。
気持ちが安定すると考え方も前向きになった。

それもこれも名取先生が、マメに声をかけては笑わせてくれた。
先生は私だけではなく、患者さん皆に声をかけ、不安になっている患者さんにはあの優しい笑顔で話しかけ、話しを聞いていた。
先生が戻る時には患者さんは笑顔になっている。
私もその中の一人だ。

あの姿を見ていれば、ナンパ目的ではなく、本当に私を心配し、メル友になろうと言ってくれたんだと分かる。
ま、妊婦にナンパはしないだろうが。

明日、退院となったので、瑞希に連絡し、母にも一応連絡したが、母には今高知にいる事を退院したら話そうと決めている。
やはり出産する時は母にいてもらいたい。

今後の事も決めていかなければならない。

ずっと瑞希にお世話になっていてはダメだと思う。
だからといって以前瑞希が言ったように生活費や子育ての為の費用、そして仕事、託児所、貯金などすぐに底がつくであろう事は想像がつく。

だからといって、おんぶに抱っこではいられない。
かと言って実家にはやはり帰れない。

だったら開き直って、ここでしばらく子育てしながらお金を貯め、その間にちゃんと自分と子供の家を借りよう。

開き直れば、意外と楽だ。

今は子供を無事に産むことだけを考えよう。

考えが纏まったので、最後の散歩だと思い、中庭を歩く。

最初にここに来た時は、身体も心も安定せずボォーっと座っていた。

今は花を愛でる気持ちや、散歩する患者さんを眺める余裕もあった。

何気に見た先に名取先生と、同じ白衣を着た知的美人って感じの女医さんらしき人と親しげに話している姿が見えた。

あ~お似合いだぁ~と思って見ていたら、名取先生が私に気が付いたのか、満面の笑みで手を振っていた。

私は立ち上がり会釈すると、物凄い勢いで走ってきた。

「谷川さん!明日退院ですね、だいぶ顔色も良いし、頬もふっくらしました。
良かったですね。」

と、とても嬉しそうに言う先生に、

「先生のおかげです。ありがとうございました。」

と頭を下げた。

「いえいえ、私は私の仕事をしたまでですよ。」

「先生、お話しされていたのに、態々すみません。私はもう行きますので、お戻り下さい。明日、改めてお礼申し上げます。」

と言い、お辞儀をし、その場を離れた。

チラッとさっきの女医さんを見た時、睨まれたような気がしたから、先生から離れないとと思ったから。

「あ、谷川さん、待って!」

と先生が呼び止めたが、気付かないふりをして走って戻った。


なんだかあの女医さんがあの人に似ていたような気がして落ち着かなかった。


次の日、同部屋の人に挨拶し、受付で会計をすませて、出入り口に向かっている時、後ろから、

「谷川さん!」

と名取先生が呼び止めた。

昨日、挨拶すると言ってたのに、挨拶もせずに帰ろうとした事が少し気まずかったが、先生にはとてもお世話になったので、やっぱりちゃんとお礼を言おうと振り返った。

先生は走ってきたのか、肩で息をしていた。

「すみ、ません、病室に、行ったら、谷川さん、もう、行ってしまったと、言われたので、走って、きました。」

「大丈夫ですか、先生。椅子に座りましょう。」

近くの椅子に座り、先生の息が整うのを待った。

「すみません、もう歳ですね、運動不足なのがバレバレです、面目ないです。」

「そんな走って来なくても良かったんですよ。会えなかったら次の診察の時にでもお礼しようと思っていたんです。
先生に態々来させてしまい、すみません。」

「いいえ、昨日少し谷川さんの様子がおかしかったので気になっていたのですが、忙しくて顔を出せませんでした。
何かありましたか?」

「いえ何も。ただ先生はいつも忙しそうにされていたので、邪魔になるかと思っただけなんです。すみません、私の態度が悪かったですね、すみませんでした。」

「・・・うーーん、厳しい言い訳ですね~。まあ今は大丈夫そうなので良しとしましょう。それでですね、もし自宅に着きましたら、私にメールして下さい。無事着きましたって。」

「メール…ですか?」

「はい。メル友ですから。」

「メールはあまり使っていないのですが…分かりました。メールします。
でも、メル友って…お母さん世代みたいですね。」

ちょっと面白くて笑ってしまった。

「ですよね。ソーシャルメディアの類のものだと本当にナンパしてるみたいで、言いづらかったんです…咄嗟にメールと言ってしまいました…。」

「ではメールではなくそっちにしますか?その方が気楽に出来ますし。」

「いいのですか?すみません、なんだか恥ずかしいですね、では。」

と二人でスマホを出して登録した。

「良かった。いつでも連絡出来ますね。気軽に一言でも良いから送ってください。
じゃあ、気をつけて!」

と言ってまた走って行ってしまった。


呆気に取られてしまったが、帰ったら早速送ってみよう。

体力のないイケメン…少し笑える。


次の診察が少し楽しみになった。














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