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可愛い悪態 シモン視点
しおりを挟むシャルに会う為にマルティノ侯爵家に向かう馬車の中では、父と二人一言も話さずお互い窓から見える景色を見るとはなしに見ていた。
実際は緊張で握りしめている手のひらは汗でびっしょりだし、寝不足気味のせいか目の下の隈も顔色も悪い。
せめて身綺麗にと思い、風呂に入り、まだ腕を通していない新しい服を選んで着てきた。
シャルと色を合わせて仕立てた服だ。
「随分痩せたな」
突然、父が話しかけてきた事に驚いて視線を戻すと、
「今日は落ち着いてシャルと話せると良いな。頑張りなさい。」
それだけ言うとまた窓に視線を戻した父に、
「はい…頑張ります。」と答え、俺も外の景色を眺めたが、あれからまともな会話をしたのは初めてだったし、心配してくれた事に少し緊張も解れた。
そしてマルティノ侯爵家に到着した。
馬車から降りると、義父、義母、義兄、義姉が出迎えていた。
先ず父が挨拶した後、今回の事が起きてから初めて会うシャルの家族に頭を下げた。
「この度は私の恥ずべき行為のせいでシャルーナを深く傷付け、苦しめてしまった事、誠に申し訳ございません。
謝っても許してなど頂けないでしょうが、謝らせて下さい。
全て私の不徳の致すところでございます。
本当に申し訳ございませんでした。
本日は貴重なお時間を頂きましたこと、ありがとうございます。」
「とりあえず中に入りなさい。」
義父に促され、父と屋敷に入り応接室に案内された。
ここには殆ど入った事はない。
いつもはサロンや家族用のリビング、シャルの自室に案内された。
今日は身内としてではなく、あくまで“客”なのだろう…。
「シモン、シャルが来るまでに聞いておきたい事がある。」
「は、はい、何でもお聞き下さい。」
急に声をかけられ驚きで吃ってしまった。
「本当に最近だけなのだな、浮気をしたのは。
結婚前や結婚後から長期で浮気をしていたのではないのだな。」
「はい。浮気しようなど、一度たりとも思った事はありません。
自分でもどうしてここまでの事をしてしまったのか分かりません…。
でもしてしまった事は事実です…。
申し訳ありませんでした。
シャル…シャルーナにも誠心誠意謝罪させて頂きます。
許してはもらえないと思いますが、何度でも謝罪しますし、医者に行って二度と浮気が出来ない身体にしてもらっても構いません。
俺は、私はシャルーナと離婚はしたくありません。
シャルーナがどうしても離婚したいと言うまでは諦めるつもりはありません。
その事だけは許して下さい。お願いします。」
幼馴染みであり義兄のネイサンが、
「幼い時からお前達を見てきて、お前達に限ってはこんな騒動など起こり得ない事だと思っていた。
最初は信じられなかったが、シャルのあんな姿を見てしまっては信じる以外なかった。
夫婦の問題ではあるが、私達はシャルが離婚を求めるなら全力でそれを後押しするつもりだ。
その事を忘れないで欲しい。
そしてまた妹を泣かせるような事があれば、その時は容赦はしない。」
「はい、分かっています。」
会話が終わったタイミングで、シャルやってきた。
一瞬目が合った時、シャルは身体をビクつかせた後、俯いた。
それからは顔を上げなかった。
その事が胸を抉る。
義父も父も無理はするなとシャルに言っている。
じっと俯いてるシャルを見ていた。
かなり痩せている。
頬もこけているし、隈も出来ている。
こんなに窶れさせてしまった事に泣きそうになる。
シャルが顔を上げて、俺と二人きり話したいと言っている。
そしてようやくこちらを向いた。
顔色も青白く、体調が万全ではない事が分かる。
泣いてしまいそうになるのを必死に堪えた。
そして二人きりになった。
何か話そうと思うが、泣き出してしまいそうで口を開けない。
また俯いてしまったシャルを見つめていた。
一回り小さくなったようなシャルに胸が痛んだ。
どれだけ傷付けてしまったのか…
そんな事を思ったら耐えられなかった。
シャルの握りしめる拳が白くなっていた。
その手を開いて撫でてあげたくても今の俺にそれは出来ない。
情けなさで、もう涙を止める事は出来なかった。
そしてシャルが顔を上げて俺の顔を見つめると、くしゃりと顔を歪めた後、涙がポロポロと溢れ出し、一気に溜まったものを吐き出した。
涙と鼻水で酷い顔なのに、可愛いのは変わらない。
愛しくて愛らしいシャルに微笑みそうになる。
少しシャルが落ち着くのを待って、シャルに俺の気持ちを伝えた。
ただ淡々と、冷静に話した。
段々シャルも落ち着いてきたのか、たまにしゃくりあげるが涙は止まったようだ。
話終わった後、鼻水だか涙だかが垂れそうで、拭いてあげたくてハンカチを出した。
拭いてあげようとしたらハンカチはシャルに取られ、涙を拭いて鼻を噛んだ後、俺に投げ返してきた。
落ちたハンカチを拾ってポケットに入れると、また可愛らしい悪態をついてきた。
一々反応しているシャルが可愛くてついからかってしまう。
でもまた興奮してきて泣いてしまった。
俺の事を愛しているのに大嫌いだと泣くシャル。
他の女に触れるのが嫌だ、抱かないでとしゃくりあげるシャル。
助けてと俺の名前を呼ぶシャルを抱きしめてあげたかった。
一度だけで良いから抱きしめさせて言ったら“お試しで”なんて可愛らしい事を言うから笑いそうになったのを堪えて、優しく抱きしめた。
悪阻が酷かった時ですらこんなに痩せていなかったのに、今はほっそりを通り越してガリガリになっていたシャルの背中を摩り続けた。
気付けばシャルは眠ってしまっていた。
だから抱っこして抱きしめた。
ごめん、ごめん、シャル…
ずっと小声で謝りながら頭や頬を撫でた。
しばらくすると、義父達が入ってきた。
俺とシャルの姿を見て全員が驚いていたが、何も言わなかった。
シャルの部屋まで運んで欲しいと言われ、そのままシャルを抱えてベッドに寝かせた。
グッスリ眠っているシャルの額に軽くキスした後、部屋を出た。
「シャルがあんなに安心した顔で眠っているのは久しぶりだ…。
いつも夢でも見てるのか魘されている。
やっぱりシモンが一番なんだな…」
とネイサンが言った。
「シャルは…離婚はしたくないけど、どうして良いのか分からないと泣いていました。
でも、かなりたくさん溜まっていたものは吐き出せたと思います。
これから少しずつ話し合えたらと思います。
今日はありがとうございました。
シャルに会う事を許していただき、ありがとうございました。」
頭を下げた時、「あうー」と声が聞こえて振り返ると、キャシーに抱かれたロビンがいた。
「ロビン!」
ロビンの近くに行くと、ご機嫌なのか俺に手を伸ばしてくる。
義父達を見ると、何も言わないのでロビンを抱っこする。
少し重くなった息子を抱きしめた。
ミルクの匂いがする可愛い息子を抱いたのはもう大分前の事だ。
「ロビン…ロビン…父様、母様を沢山泣かせてしまった…。
またしばらく会えないけど、ロビンが母様を守っておくれ。」
「あう、あう」
可愛いロビン。
ロビンをキャシーに渡そうとすると、父が駆け寄り、ロビンを抱っこした。
「ロビンの父様はとっても阿呆なのだよ、ロビンは決して父様のようにはなってはダメだよ」と碌でもないことを教えている。
それから俺と父はマルティノ家を辞し、屋敷へと馬車を走らせた。
「シャル、戻ってくると良いな、シモン。」
「はい、これから頑張ります。」
行きの馬車の重苦しい雰囲気は無くなった。
帰りは抱きしめたシャルの感触と、可愛い悪態を思い出し、クスッと笑った。
「なんだ、思い出し笑いか。
そういえばシャルとどんな話しをしたんだ。
まあ、大体はドアの前で皆んなで聞いていたが。」
「だと思いました。
最初は怒りをぶつけていましたが、その後は可愛らしい悪態をついていましたよ。
変態とかエロ親父とか。あー、腐れチ○コとか言った時は吹き出しそうになりましたよ。
抱きしめたいのを堪えるのが辛かったです。
でもどうして良いのか分からない、助けて言われた時は耐えられませんでした。
ちゃんと許可は取ってから抱きしめましたよ。“お試しでお願いします”と言われてから抱きしめました。
泣くだけ泣いたら眠ってしまって…。
シャルはガリガリでした…。
あんなに窶れさせてしまって…俺は…。」
ギュッと目を閉じ唇を噛んだ。
「これからはお前次第だ。
シャルはあんな目にあってもお前に抱かれて眠れた。
とりあえずは一安心だな、シモン…。」
「・・・はい」
屋敷に着くまでずっと噛み締めていた唇からは血が滲んでいた。
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