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魔法使い⁉︎
しおりを挟む目が覚めた時、シモンがいない事に落胆した。
あれだけ近付かないで、触らないでと思っていたのに、シモンに抱きしめられても嫌悪感など無く、ただただ安心出来た。
抱きしめられてからも文句ばかりシモンに言っていたけど、シモンは全部その文句を肯定していた。
温かさとシモンの静かな声音と優しい手に安心していつの間にか寝てしまっていた。
久しぶりに悪夢を見る事なく眠った事で大分冷静になれた。
久しぶりに会ったシモンはとても痩せていた。
私もすっかり痩せてしまったけど、シモンも随分痩せてしまっていた。
シモンが私を以前と変わらず私を愛しているのも分かった。
リリアを好きになったから浮気した訳ではない事も分かった。
でもあの光景は衝撃的過ぎて消える事はない。
でもあのシモンが何故あそこまでのめり込んでリリアを抱き続けたのかが分からない。
例え性欲が溜まっていたとはいえ、何故拒否しなかったのか。
百歩譲って、驚いて拒否出来なかった最初はともかく、射精した時点でいつものシモンなら次は必ず拒絶した筈だ。
そして罪悪感に苛まれ、帰ってきた私に正直に話して土下座していたと思う。
なのに私が帰ってくるまで浮気を続けた理由が分からない。
学院生の時もシモンはモテていた。
私がいない時、シモンに近寄る女子は多かった。
私よりも大人っぽい色気たっぷりの人に言い寄られていたのも知っている。
それでもシモンは触られただけで嫌悪感を露わにして、烈火の如く怒鳴りつけていた。
なのに今回はどうしてあんな事になったのだろう…。
媚薬を盛られた?
いやいや、毎日薬を盛ることなど不可能だ。
うーーん、分からない…。
結局は性行為の快感を覚えてしまったがために、抑えられなかった性欲が爆発したのだろうか?
考え事に集中していてノックに気付かなかったのか、いつの間にか両親と兄夫婦が部屋に入ってきていた。
「シャル、大丈夫?ノックをしても返事がなかったから入ってきてしまったわ。
具合は大丈夫?食事は取れる?」
心配そうに母が私の体調を労ってくれた。
「体調は悪くないの。ただ考え事をしていただけ。」
と答えると父が、
「シモンの事かい?泣き喚いた声が聞こえなくなったと思ったら、急に静かになって部屋の前でみんな開けて良いのか心配していたんだよ。
しばらく待って開けてみたら、シャルはシモンに抱かれて眠っていたから驚いた。
でもとても安心した顔で眠っていたから、シモンにそのままここに運んでもらった。
少しスッキリしたようだね。」
とここまでシモンに抱かれて運ばれた事を教えてくれた。
「顔色も良くなったみたいね。シモンに会って、言いたい事を言ったらモヤモヤが無くなったでしょ?」とアンナ。
「うん。沢山言ってやったらスッキリしたわ!
でも冷静になったら、どうしても分からなくて…。
アンナも知ってると思うけど、シモンは学生時代もとってもモテてしたでしょ?
どんなに色っぽい女子に言い寄られても鬼の形相で拒否してたでしょ?
いくら童貞じゃなくなったからって急にあんな獣のように浮気するかなと思って…。
媚薬でも盛られたのかなと思ったけど、毎回薬を盛るなんて事不可能でしょ?
だからやっぱりただ溜まってたからなのかなあって思ったんだけど…何か納得出来ないと思って・・・。」
「それは俺も思った。
あのシモンがシャル以外の女性に手を出した事が今でも信じられない。
だってあのシモンだぞ、シャル以外の女性は人間と思っていない男だぞ⁉︎
なのにシャル以外に手を出したなんていくら考えても理解出来ん。」
兄も首を傾げている。
確かに…と両親とアンナも頷いた。
「もしかすると、これはただの浮気ではないのかもしれん…。
私はフォックス侯爵に連絡してメイドを放逐しないように伝える。
もし“魅了”を使える者、または何らかの道具を持っていたらマズイ。
急いだ方が良さそうだ。今すぐ私はあちらに行ってくる。」
そう言うと父は部屋を出て行った。
「“魅了”って何?」と私が言うと、
「聞いた事ないか?学生時代、『恋が叶うおまじない』とか。
効くんだか効かないんだかも分からん、香水やらお守りやらお茶とか。
俺の同級生の女子はよくそんな話しをしていたぞ。
そのおまじないが効いた、とは聞いたことがないが、路地裏の目立たない場所にある店やお祭りとかの出店とかに売ってたぞ。」
と兄が説明してくれた。
「あーー、聞いた事があるわ!私達の時も同じクラスの子が“惚れ薬”なんて怪しげな液体を持って、好きな人の飲み物に入れてみるとか言ってるのを聞いたわ。
実際飲ませてからどうなったのかは知らないけど。」とアンナが言った。
「え⁉︎私知らないんだけど⁉︎」と言うと、
「シャルはシモンがガッチリ囲い込んでたし、シモンはあの頃鉄壁のガードで女子を遠ざけてたから、狙われていても隙が無かったのよ。
あの人、結界でも張ってるんじゃないの?って位シャル以外の女子が近寄れなかったじゃない?
よく派手な女子達が嘆いていたもの、“シモン様に近付くと何故か静電気みたいにバチッとなるから近寄れないって。
あの人魔法でも使ってたのかしら?」と冗談を言っていたアンナに母が、
「あながち冗談でもないかもしれないわよ。
大昔だけど“魔法使い”はいたんだから。
まあ聞いた事はないけど、何処かに居てもおかしくはないって程度ね。」
「「ええーーー⁉︎」」
私とアンナは聞いたことがない話しに驚いていたが、母と兄は呆れていた。
「お前達は歴史の授業を聞いてなかったんだな、誰でも知ってるぞ。
だからあんな“おまじない”なんてくだらない物も売れるんだ。
でももしその中に本物があったとしたら問題だ。
それを悪用したのなら尚更な。
だから父上は急いで確認に行ったんだよ。」
と兄が呆れながら教えてくれた。
「知らなかった…歴史は眠くて…あんまり真剣に聞いてなかった…。」
私とアンナは歴史が苦手だったから赤点ギリギリだったのだ。
「ん?だったら今回の事はそんな“おまじない”が効いたって事⁉︎」
思わずそう叫ぶと、
「まあ無くはないって事だな。確率的には低いが。
実際はシモンの性欲が強かったってだけだと思うぞ。
あんまり期待するなよ、シャル。
“魅了”されていたとしてもそれは抗えるほどのものだと思う。
それに抗えなかったのはシモンの意思の弱さだ。
“魅了”されていたからって簡単に許せる行為ではないと俺は思う。
実際かけられたことがないから何とも言えないが…。」
少し安心していた。
そんな摩訶不思議な力で浮気してしまったんだと思いたかったのだ、私は。
そうなのだ、シモンが私の目の前で浮気した事に変わりはない。
なんだか何がなんだか分からなくてなってしまい、せっかく戻った食欲も無くなってしまった。
その日、父が帰ってきたのは夜も遅い時間だった。
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