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3 コンクール期
#48 静かではない
「きゃああっ!」
階段を降りたところの廊下、鉢合わせた相手にいきなり悲鳴を上げられ不快だった。あまりの騒音にたまらず耳を塞ぐ。どうやら行方を捜されていたらしい。
「朝から元気だな」と冷ややかに言うと、美咲先生はそのデカい目を更にデカくした。
「えっ、指揮棒は!?」
「持ってない」
「なんで!?」
「はー。知らないっすよ」
本当にうるさい人だ。
「それ……『戻れない』ってこと?」
そういやこの人は『指揮者の響木』のほうが好みなんだったか。つまり今のこの状況は嬉しいのか?
「戻るでしょ、いずれは」
「戻るんだ!?」
それにしては安堵したような反応だが。
「さあね」
まあ、どう思われていようとどうでもいい。あくびをひとつして美咲先生を無視しつつ朝食用のおにぎりが置かれた座敷の一角へと足を向けた。すると美咲先生はがばりと振り返って「えっ、タバコ!?」とまたうるさく言ってくる。匂いでもしたか。
「……それがなにか?」
なんでショック受けてんの。ああ、『あいつ』にはたしかに似合わないか。外見は同じだもんな。
「生徒たちに変な影響与えないでくださいね」
「は? バカにすんな」
あれ。この人先輩だっけか? まあ退職済なら関係ないか。
大勢の生徒たちで混雑していたおにぎり置き場は俺が来ると皆空気を読んだようにさっと人がはけた。邪魔にならずありがたいが変に気を使われてもあまりいい気はしない。
その中でひとりニヤニヤして見てくる生徒がいた。久原だ。こいつはこいつで面倒だ。
「誰にタバコもらったん?」
「うるさい」
「あの宮下って人?」
答える代わりに睨んでやると面白がるからまたやりにくい。
「ヒビノは今どうしよるんや?」
「さあね」
こちらが聞きたい。
「もうそのままでもえんちゃう?」
「はあ? なんで」
「モテモテやで。あんた」
言いながら親指を立てて廊下を示す。見ると襖越しにこちらの様子をこそこそ窺うアマ高の女子生徒が何人もいた。久原がニコニコと手を振る。俺の視線に気づくと女子生徒たちは頬を赤くして隠れてしまった。
「ガキにモテても嬉しくない。合奏がやりにくくなるだけだ」
どうせああいう奴らは軽く注意しただけですぐに泣く。
「ははん。ガキだけやないやろ?」
美咲先生のことが言いたいらしい。
「興味ない」
素っ気なく返すと適当におにぎりを二つばかり手にしてその場を去ろうとした。が、ひとつ閃いて久原に訊ねた。
「ね、そーいうTシャツ余分にない?」
やっぱ暑苦しくて着てられなかった。イメージ壊してわるいな。『ヒビノ先生』。
「最終日、今日で詰めるんでアマ高もミト中も気合いを入れ直して合奏に臨んでください。今日は昨日より容赦しないしできるまで終わらないつもりなんで」
久原に借りた黒Tシャツに着替えて朝のミーティングでそう脅すと生徒たちの顔は一層強ばった。
挨拶をしてそれぞれ動き出す部員たちの間を抜けて俺のもとへ美咲先生がまた近づいてきた。本当にうるさいな。
「なんかどんどん別人になっていきますね」
服装のことか。
「都合がいいから替えただけです」
「体調、大丈夫ですか?」
「ご心配なく」
「本当に?」
「嘘ついてどうする」
「昨日みたいに倒れないですか?」
「ないですよ」
「絶対?」
「しつこい」
「もう、心配してるのにっ」
無視をして歩き出すとまだしつこく追いかけてきた。
「……わかりました。でも昨日みたいに『まずい』と思ったら今日もとめさせてもらいますからね」
この人になら『あいつ』を呼び覚ませるかもな。一瞬そう考えるがそんな簡単じゃないだろうと思い直す。
「とめれるもんならどーぞ」
言いながら伸びをして合奏室へ向かった。廊下で談笑していた生徒たちが俺に気付いて慌てて道をあける。ったくびびりすぎだろ。そういえばいつも絡んでくる梅吉やほかの奴らも今日は静かだ。
相手が俺だからか。
おい。ワタル。どこにいる。おまえがいないとどうにも不安そうな奴らばっかだ。
なあ。早く戻ってきたらどーなの。
階段を降りたところの廊下、鉢合わせた相手にいきなり悲鳴を上げられ不快だった。あまりの騒音にたまらず耳を塞ぐ。どうやら行方を捜されていたらしい。
「朝から元気だな」と冷ややかに言うと、美咲先生はそのデカい目を更にデカくした。
「えっ、指揮棒は!?」
「持ってない」
「なんで!?」
「はー。知らないっすよ」
本当にうるさい人だ。
「それ……『戻れない』ってこと?」
そういやこの人は『指揮者の響木』のほうが好みなんだったか。つまり今のこの状況は嬉しいのか?
「戻るでしょ、いずれは」
「戻るんだ!?」
それにしては安堵したような反応だが。
「さあね」
まあ、どう思われていようとどうでもいい。あくびをひとつして美咲先生を無視しつつ朝食用のおにぎりが置かれた座敷の一角へと足を向けた。すると美咲先生はがばりと振り返って「えっ、タバコ!?」とまたうるさく言ってくる。匂いでもしたか。
「……それがなにか?」
なんでショック受けてんの。ああ、『あいつ』にはたしかに似合わないか。外見は同じだもんな。
「生徒たちに変な影響与えないでくださいね」
「は? バカにすんな」
あれ。この人先輩だっけか? まあ退職済なら関係ないか。
大勢の生徒たちで混雑していたおにぎり置き場は俺が来ると皆空気を読んだようにさっと人がはけた。邪魔にならずありがたいが変に気を使われてもあまりいい気はしない。
その中でひとりニヤニヤして見てくる生徒がいた。久原だ。こいつはこいつで面倒だ。
「誰にタバコもらったん?」
「うるさい」
「あの宮下って人?」
答える代わりに睨んでやると面白がるからまたやりにくい。
「ヒビノは今どうしよるんや?」
「さあね」
こちらが聞きたい。
「もうそのままでもえんちゃう?」
「はあ? なんで」
「モテモテやで。あんた」
言いながら親指を立てて廊下を示す。見ると襖越しにこちらの様子をこそこそ窺うアマ高の女子生徒が何人もいた。久原がニコニコと手を振る。俺の視線に気づくと女子生徒たちは頬を赤くして隠れてしまった。
「ガキにモテても嬉しくない。合奏がやりにくくなるだけだ」
どうせああいう奴らは軽く注意しただけですぐに泣く。
「ははん。ガキだけやないやろ?」
美咲先生のことが言いたいらしい。
「興味ない」
素っ気なく返すと適当におにぎりを二つばかり手にしてその場を去ろうとした。が、ひとつ閃いて久原に訊ねた。
「ね、そーいうTシャツ余分にない?」
やっぱ暑苦しくて着てられなかった。イメージ壊してわるいな。『ヒビノ先生』。
「最終日、今日で詰めるんでアマ高もミト中も気合いを入れ直して合奏に臨んでください。今日は昨日より容赦しないしできるまで終わらないつもりなんで」
久原に借りた黒Tシャツに着替えて朝のミーティングでそう脅すと生徒たちの顔は一層強ばった。
挨拶をしてそれぞれ動き出す部員たちの間を抜けて俺のもとへ美咲先生がまた近づいてきた。本当にうるさいな。
「なんかどんどん別人になっていきますね」
服装のことか。
「都合がいいから替えただけです」
「体調、大丈夫ですか?」
「ご心配なく」
「本当に?」
「嘘ついてどうする」
「昨日みたいに倒れないですか?」
「ないですよ」
「絶対?」
「しつこい」
「もう、心配してるのにっ」
無視をして歩き出すとまだしつこく追いかけてきた。
「……わかりました。でも昨日みたいに『まずい』と思ったら今日もとめさせてもらいますからね」
この人になら『あいつ』を呼び覚ませるかもな。一瞬そう考えるがそんな簡単じゃないだろうと思い直す。
「とめれるもんならどーぞ」
言いながら伸びをして合奏室へ向かった。廊下で談笑していた生徒たちが俺に気付いて慌てて道をあける。ったくびびりすぎだろ。そういえばいつも絡んでくる梅吉やほかの奴らも今日は静かだ。
相手が俺だからか。
おい。ワタル。どこにいる。おまえがいないとどうにも不安そうな奴らばっかだ。
なあ。早く戻ってきたらどーなの。
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