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学園祭の興奮も冷めやらぬ翌日。私は実行委員の特権を乱用して、高級な茶葉を淹れながら優雅な朝を過ごしていました。
ところが、扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたセシリア様の顔色を見て、私の優雅な時間は一瞬で吹き飛びました。
「ル、ルミエル! 大変よ! 先ほどエドワード様から、放課後に『二人きりで話したいことがある』と呼び出されたわ!」
「二人きり……。それも、祭りの直後に。セシリア様、これは間違いありませんわ。婚約破棄の前兆ですわ!」
私は手に持っていた高級カップを落としそうになり、慌てて机に置きました。
「ええっ!? でも、昨日の夜会であんなに仲良く……!」
「甘いですわ! 男心と秋の空、そして相場の変動は予測不可能ですの! きっと、昨日の騒動を見て『やっぱり公爵家はトラブルが多くて面倒だ』と再確認してしまったに違いありません!」
私は椅子から立ち上がり、部屋の中を激しく往復しました。
ここで婚約破棄などされたら、私の「最高の紹介状」という名の報酬が、紙屑以下の価値になってしまいます。
「いいですか、セシリア様。言葉には言霊が宿ります。『婚約を破棄したい』という言葉を殿下の口から出させてしまったら、そこですべてが終了ですわ」
「じゃあ、どうすればいいのよ! 逃げ回るわけにもいかないわ!」
「先手必勝ですわ。殿下が口を開く前に、こちらから『圧倒的な誠意』を見せつけ、彼の良心をゴリゴリに削るのです!」
私はセシリア様の肩を掴み、その目をじっと見つめました。
「秘技……『貴族的土下座』を伝授いたしますわ!」
「ど、どげざ!? 貴女、公爵令嬢の私に向かって何を仰るの!?」
「ただの土下座ではありません。ドレスの裾を完璧に扇状に広げ、うなじを最も美しく見せる角度で床に伏す、高貴なる謝罪の芸術ですわ! これをやられて、追い打ちをかけられる男はいません!」
私はその場で実演してみせました。膝を突き、流れるような動作で頭を下げつつ、しかし背筋のラインは美しさを保つ。
「見てください。この『私がすべて悪かったのです、でも貴方なしでは生きていけません』というオーラを!」
「……何だか、ものすごく惨めに見えるけれど、確かに目は離せないわね」
「これですわ! さあ、練習しましょう! 殿下が『セシリア、実は……』と言いかけたら、即座にこれですわよ!」
放課後。学園の裏庭にある、静かな東屋。
私は茂みに隠れて、息を潜めて二人の様子を伺っていました。
エドワード王子は、少し緊張した面持ちでセシリア様の前に立っています。
「セシリア。昨日の君は、本当に素晴らしかった。……それで、改めて話しておきたいことがあってね」
「(きた! 言わせないわよ! セシリア様、今ですわ!)」
私は茂みの中で、拳を握りしめました。
「殿下! お待ちください!」
セシリア様が突如、鋭い声を上げました。
「え? あ、ああ。何だい?」
「昨日の事件で、私の不徳が招いた混乱、そして今までの数々の無礼……! 私は、私は万死に値しますわ!」
セシリア様は、私が教えた通りの完璧なフォームで、地面に膝をつきました。
「な、何をしているんだ、セシリア!?」
「殿下からの『お言葉』は分かっております! ですが、どうか、どうかその言葉だけは飲み込んでくださいませ! 私は、心を入れ替えましたの! 貴方の理想の妻になるためなら、毎日豆だけで生活しても構いませんわ!」
「豆!? いや、何を言っているんだ!」
王子は慌ててセシリア様を抱き起こそうとしましたが、彼女は頑として頭を上げません。
「婚約破棄だけは、どうかご勘弁を! 私には、貴方と、ルミエルに紹介してもらう金持ちの……いえ、殿下との未来しかないのです!」
「(……あ、本音が混じりましたわね。まあいいでしょう)」
「……セシリア。落ち着いてくれ。私は、君を捨てるつもりなんて毛頭ないよ」
王子の声は、困惑しつつも、とても優しく響きました。
「え……? 違うのですか?」
セシリア様がおずおずと顔を上げました。
「ああ。私は……君が、私のためにこれほど努力してくれたことに感動したんだ。だから、これからは義務ではなく、一人の女性として君を大切にしたいと言いたかっただけなんだが……」
王子の顔が、夕日に照らされて真っ赤になっています。
「……え。じゃあ、今の私の土下座、ただの無駄骨ですの?」
「無駄骨どころか、君の新たな一面を見て、正直……少しだけ、引いたというか、圧倒されたよ」
王子が苦笑しながら手を差し伸べました。
「(……大・成・功・ですわ!)」
私は茂みの中で、無音のガッツポーズを決めました。これで婚約継続は盤石。私の報酬も、プラチナ級の輝きを放ち始めましたわ。
「ふむ。公爵令嬢を地面に這わせるとは。君の教育方針は、相変わらず理解の範疇を超えているな」
背後から不意にかけられた声に、私は「ぎゃっ!」と短い悲鳴を上げました。
「か、閣下! また、覗き見ですか!? 趣味が悪いですわ!」
振り返ると、クロード様が呆れた顔で立っていました。
「覗き見ではない。監視だ。……ルミエル、君、本当にいつか誰かに刺されるぞ?」
「刺される前に、金貨の鎧を身に纏うから大丈夫ですわ。……それより閣下、今の見ました? 私の作戦勝ちですわよ!」
私が得意げに胸を張ると、クロード様はため息をつきながら、私の頭を乱暴に撫でました。
「……君のその、なりふり構わない強欲さと機転。……嫌いではないが、少しは自分の身分を弁えろ」
クロード様の指が、私の髪を優しく整えました。
「(……何ですの、今の間は。私の心臓が、少しだけ高い利子を払っているような音がしますわ)」
「さあ、帰るぞ。夜道は危ない……主に、君に騙されそうな男たちにとってな」
「失礼な! 私はいつだって、誠実なビジネスパートナーですわよ!」
私はクロード様の背中を追いかけながら、騒がしく反論しました。
とりあえず、最大の危機は脱しました。これからは、私の報酬をいかに回収するかという、楽しいフェーズの始まりですわ!
ところが、扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたセシリア様の顔色を見て、私の優雅な時間は一瞬で吹き飛びました。
「ル、ルミエル! 大変よ! 先ほどエドワード様から、放課後に『二人きりで話したいことがある』と呼び出されたわ!」
「二人きり……。それも、祭りの直後に。セシリア様、これは間違いありませんわ。婚約破棄の前兆ですわ!」
私は手に持っていた高級カップを落としそうになり、慌てて机に置きました。
「ええっ!? でも、昨日の夜会であんなに仲良く……!」
「甘いですわ! 男心と秋の空、そして相場の変動は予測不可能ですの! きっと、昨日の騒動を見て『やっぱり公爵家はトラブルが多くて面倒だ』と再確認してしまったに違いありません!」
私は椅子から立ち上がり、部屋の中を激しく往復しました。
ここで婚約破棄などされたら、私の「最高の紹介状」という名の報酬が、紙屑以下の価値になってしまいます。
「いいですか、セシリア様。言葉には言霊が宿ります。『婚約を破棄したい』という言葉を殿下の口から出させてしまったら、そこですべてが終了ですわ」
「じゃあ、どうすればいいのよ! 逃げ回るわけにもいかないわ!」
「先手必勝ですわ。殿下が口を開く前に、こちらから『圧倒的な誠意』を見せつけ、彼の良心をゴリゴリに削るのです!」
私はセシリア様の肩を掴み、その目をじっと見つめました。
「秘技……『貴族的土下座』を伝授いたしますわ!」
「ど、どげざ!? 貴女、公爵令嬢の私に向かって何を仰るの!?」
「ただの土下座ではありません。ドレスの裾を完璧に扇状に広げ、うなじを最も美しく見せる角度で床に伏す、高貴なる謝罪の芸術ですわ! これをやられて、追い打ちをかけられる男はいません!」
私はその場で実演してみせました。膝を突き、流れるような動作で頭を下げつつ、しかし背筋のラインは美しさを保つ。
「見てください。この『私がすべて悪かったのです、でも貴方なしでは生きていけません』というオーラを!」
「……何だか、ものすごく惨めに見えるけれど、確かに目は離せないわね」
「これですわ! さあ、練習しましょう! 殿下が『セシリア、実は……』と言いかけたら、即座にこれですわよ!」
放課後。学園の裏庭にある、静かな東屋。
私は茂みに隠れて、息を潜めて二人の様子を伺っていました。
エドワード王子は、少し緊張した面持ちでセシリア様の前に立っています。
「セシリア。昨日の君は、本当に素晴らしかった。……それで、改めて話しておきたいことがあってね」
「(きた! 言わせないわよ! セシリア様、今ですわ!)」
私は茂みの中で、拳を握りしめました。
「殿下! お待ちください!」
セシリア様が突如、鋭い声を上げました。
「え? あ、ああ。何だい?」
「昨日の事件で、私の不徳が招いた混乱、そして今までの数々の無礼……! 私は、私は万死に値しますわ!」
セシリア様は、私が教えた通りの完璧なフォームで、地面に膝をつきました。
「な、何をしているんだ、セシリア!?」
「殿下からの『お言葉』は分かっております! ですが、どうか、どうかその言葉だけは飲み込んでくださいませ! 私は、心を入れ替えましたの! 貴方の理想の妻になるためなら、毎日豆だけで生活しても構いませんわ!」
「豆!? いや、何を言っているんだ!」
王子は慌ててセシリア様を抱き起こそうとしましたが、彼女は頑として頭を上げません。
「婚約破棄だけは、どうかご勘弁を! 私には、貴方と、ルミエルに紹介してもらう金持ちの……いえ、殿下との未来しかないのです!」
「(……あ、本音が混じりましたわね。まあいいでしょう)」
「……セシリア。落ち着いてくれ。私は、君を捨てるつもりなんて毛頭ないよ」
王子の声は、困惑しつつも、とても優しく響きました。
「え……? 違うのですか?」
セシリア様がおずおずと顔を上げました。
「ああ。私は……君が、私のためにこれほど努力してくれたことに感動したんだ。だから、これからは義務ではなく、一人の女性として君を大切にしたいと言いたかっただけなんだが……」
王子の顔が、夕日に照らされて真っ赤になっています。
「……え。じゃあ、今の私の土下座、ただの無駄骨ですの?」
「無駄骨どころか、君の新たな一面を見て、正直……少しだけ、引いたというか、圧倒されたよ」
王子が苦笑しながら手を差し伸べました。
「(……大・成・功・ですわ!)」
私は茂みの中で、無音のガッツポーズを決めました。これで婚約継続は盤石。私の報酬も、プラチナ級の輝きを放ち始めましたわ。
「ふむ。公爵令嬢を地面に這わせるとは。君の教育方針は、相変わらず理解の範疇を超えているな」
背後から不意にかけられた声に、私は「ぎゃっ!」と短い悲鳴を上げました。
「か、閣下! また、覗き見ですか!? 趣味が悪いですわ!」
振り返ると、クロード様が呆れた顔で立っていました。
「覗き見ではない。監視だ。……ルミエル、君、本当にいつか誰かに刺されるぞ?」
「刺される前に、金貨の鎧を身に纏うから大丈夫ですわ。……それより閣下、今の見ました? 私の作戦勝ちですわよ!」
私が得意げに胸を張ると、クロード様はため息をつきながら、私の頭を乱暴に撫でました。
「……君のその、なりふり構わない強欲さと機転。……嫌いではないが、少しは自分の身分を弁えろ」
クロード様の指が、私の髪を優しく整えました。
「(……何ですの、今の間は。私の心臓が、少しだけ高い利子を払っているような音がしますわ)」
「さあ、帰るぞ。夜道は危ない……主に、君に騙されそうな男たちにとってな」
「失礼な! 私はいつだって、誠実なビジネスパートナーですわよ!」
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