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エデンの村は、建国以来、最も煌びやかな一日を迎えていた。
村の広場には真紅の絨毯が敷き詰められ、王都から取り寄せた最高級の薔薇が咲き乱れている。
空には祝福の魔法による虹がかかり、聖歌隊(王立音楽団)の歌声が響き渡る。
「……やりすぎですわ」
村の教会に設けられた控え室で、リリアンナは鏡の中の自分を見つめて呟いた。
純白のウェディングドレス。
ただし、ただの白ではない。
生地にはダイヤモンドの粉末が織り込まれ、レース部分は国宝級の職人が半年かけて編むような繊細なもの(ルーカスが魔法で時短作成させた)。
さらに、ティアラには卵ほどの大きさの宝石が鎮座している。
「総額、金貨一万枚……。私が歩くたびに、城が一つ建つ計算になります」
「師匠! 綺麗です! 女神様みたいです!」
花嫁介添人のミナが、号泣しながら飛びついてきた。
彼女のドレスもまた、パステルピンクの可愛らしいものだが、背中の筋肉で縫い目が悲鳴を上げている。
「ううぅ……師匠が……あの悪徳商人のような師匠が、こんなに幸せになって……!」
「言葉を選びなさい。誰が悪徳商人ですか」
リリアンナは苦笑しながら、ハンカチでミナの涙を拭いた。
「泣かないでください。メイクが崩れますよ。それに、貴女には重要な任務があるでしょう?」
「はい! ブーケトスで投げられたブーケを、空中で粉砕することですよね!」
「違います。キャッチしなさい。……幸せを、掴むんですよ」
「師匠……!」
ミナが再び涙腺崩壊しかけた時、扉がノックされた。
「リリアンナ。準備はいいかい?」
現れたのは、父であるエッシェンバッハ公爵だ。
彼は娘の姿を見るなり、無言で目頭を押さえた。
「……美しくなったな。損得勘定しかできない娘だと思っていたが」
「お父様まで。……行きますわよ。旦那様を待たせると、延滞料金を請求されかねませんから」
リリアンナは父の腕を取り、歩き出した。
教会の扉が開く。
光が溢れる。
バージンロードの先には、大勢の参列者が待ち構えていた。
村人たちが「おめでとう!」と紙吹雪を撒く。
文官たちがハンカチを噛んで泣いている。
最前列では、フレデリック王子が「うわぁぁん! リリアンナぁぁ!」と子供のように泣きじゃくり、国王陛下に「これこれ、泣くな」と背中を叩かれている。
そして、祭壇の前。
そこに、銀色の髪の男が立っていた。
純白のタキシードを纏い、この世のものとは思えないほど美しく、そして優しく微笑んでいる。
ルーカス・フォン・グランツ。
かつては「腹黒宰相」として警戒し、天敵として戦い、そして今は──生涯のパートナーとなる男。
(……悔しいですが)
リリアンナは一歩ずつ彼に近づきながら、心の中で認めた。
(やっぱり、顔が良いですわね)
父の手から、ルーカスの手へとリリアンナが渡される。
その手は温かく、力強かった。
「……綺麗だ、リリアンナ。世界中の財宝を集めても、今の君には敵わない」
「口が上手いですこと。……貴方も、そこそこ見られますわよ」
憎まれ口を叩きながらも、リリアンナの頬は朱に染まっている。
祭壇には、神父役として国王陛下(ノリノリである)が立っていた。
「ゴホン。では、これより誓いの儀式を執り行う」
陛下が厳かに宣言する。
「新郎ルーカス。汝、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も……まあ、こやつが貧しくなることはないだろうが、妻を愛し、守り抜くことを誓うか?」
「誓います。……私の命と魂、そして全財産にかけて」
ルーカスが即答し、リリアンナを見つめる。
その瞳の重力に、リリアンナは吸い込まれそうになる。
「新婦リリアンナ。汝、同じく夫を愛し、敬い、その浪費癖を管理し、共に歩むことを誓うか?」
「……誓います。彼の資産価値がゼロになるその日まで、徹底的に管理させていただきます」
会場から笑いが起きた。
しかし、ルーカスだけは愛おしそうに目を細めている。
「では、誓いの口づけを」
陛下が促す。
ルーカスがリリアンナのベールを上げ、顔を近づける。
世界がスローモーションになる。
甘い吐息がかかる距離。
リリアンナは目を閉じかけ──そして、パチリと開けた。
「……あ、ちょっと待ってください」
「ん?」
ルーカスが止まる。
リリアンナはドレスの隠しポケットから、一枚の羊皮紙とペンを取り出した。
「誓約書へのサインがまだです」
「……今かい?」
「当然です。口約束は無効ですから。『浮気したら全財産没収』『喧嘩した時は私が勝つ』『プリンは私の分も確保する』……はい、ここにサインを」
参列者たちがざわめく。
「ま、まさか式の最中に契約書!?」
「さすが師匠だ! ブレない!」
ミナが大喜びしている。
ルーカスは呆れたように、しかし最高に幸せそうに笑い出した。
「ははは! 参ったな。ムードもへったくれもない」
「愛にムードは不要です。必要なのは法的拘束力です」
「わかったよ。負けた」
ルーカスはペンを受け取り、サラサラとサインをした。
「これで満足かい? 僕の可愛い債権者様」
「ええ。契約成立で──んぐっ!?」
リリアンナが書類を確認しようとした瞬間、ルーカスが強引に彼女の唇を塞いだ。
書類が手から滑り落ち、風に乗って空へと舞い上がる。
「……んッ……!」
長い、長い口づけ。
契約書なんてどうでもよくなるほどの、熱烈な愛の証明。
会場から割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がる。
鐘が鳴り響く。
鳩が飛び立つ(ミナが驚いて一羽捕まえそうになる)。
唇が離れた時、リリアンナは酸欠でフラフラになっていた。
「……き、奇襲は反則です……!」
「契約書には『キスはいつでも有効』と書いておいたはずだよ?」
ルーカスは悪戯っぽくウィンクをした。
「もう逃がさないよ、リリアンナ。君は一生、僕の腕の中だ」
「……仕方ありませんね」
リリアンナは観念して、ルーカスの首に手を回した。
「覚悟しておいてくださいませ、旦那様。……高くつきますわよ?」
「望むところだ」
二人は再び抱き合い、祝福の光に包まれた。
◇
数年後。
エデンの村は、『王国の第二首都』として大いに発展していた。
そこには、村人と共に畑を耕す元・宰相と、それを日傘の下で指示する元・悪役令嬢の姿がある。
「あなた! 畝(うね)が曲がっていますわよ! 魔法で誤魔化さないで!」
「厳しいなあ、リリーは。……休憩にしないか? 特製ケーキを焼いたんだ」
「……食べます。あとで請求書に入れますからね」
二人の周りには、いつも笑顔と、計算機の音と、そして騒がしい弟子(今は近衛騎士団長になったミナ)の声が響いている。
悪役令嬢は引退した。
けれど、彼女の「強欲」なまでの幸せ探求の旅は、この先もずっと続いていく。
最高のパートナーと共に。
村の広場には真紅の絨毯が敷き詰められ、王都から取り寄せた最高級の薔薇が咲き乱れている。
空には祝福の魔法による虹がかかり、聖歌隊(王立音楽団)の歌声が響き渡る。
「……やりすぎですわ」
村の教会に設けられた控え室で、リリアンナは鏡の中の自分を見つめて呟いた。
純白のウェディングドレス。
ただし、ただの白ではない。
生地にはダイヤモンドの粉末が織り込まれ、レース部分は国宝級の職人が半年かけて編むような繊細なもの(ルーカスが魔法で時短作成させた)。
さらに、ティアラには卵ほどの大きさの宝石が鎮座している。
「総額、金貨一万枚……。私が歩くたびに、城が一つ建つ計算になります」
「師匠! 綺麗です! 女神様みたいです!」
花嫁介添人のミナが、号泣しながら飛びついてきた。
彼女のドレスもまた、パステルピンクの可愛らしいものだが、背中の筋肉で縫い目が悲鳴を上げている。
「ううぅ……師匠が……あの悪徳商人のような師匠が、こんなに幸せになって……!」
「言葉を選びなさい。誰が悪徳商人ですか」
リリアンナは苦笑しながら、ハンカチでミナの涙を拭いた。
「泣かないでください。メイクが崩れますよ。それに、貴女には重要な任務があるでしょう?」
「はい! ブーケトスで投げられたブーケを、空中で粉砕することですよね!」
「違います。キャッチしなさい。……幸せを、掴むんですよ」
「師匠……!」
ミナが再び涙腺崩壊しかけた時、扉がノックされた。
「リリアンナ。準備はいいかい?」
現れたのは、父であるエッシェンバッハ公爵だ。
彼は娘の姿を見るなり、無言で目頭を押さえた。
「……美しくなったな。損得勘定しかできない娘だと思っていたが」
「お父様まで。……行きますわよ。旦那様を待たせると、延滞料金を請求されかねませんから」
リリアンナは父の腕を取り、歩き出した。
教会の扉が開く。
光が溢れる。
バージンロードの先には、大勢の参列者が待ち構えていた。
村人たちが「おめでとう!」と紙吹雪を撒く。
文官たちがハンカチを噛んで泣いている。
最前列では、フレデリック王子が「うわぁぁん! リリアンナぁぁ!」と子供のように泣きじゃくり、国王陛下に「これこれ、泣くな」と背中を叩かれている。
そして、祭壇の前。
そこに、銀色の髪の男が立っていた。
純白のタキシードを纏い、この世のものとは思えないほど美しく、そして優しく微笑んでいる。
ルーカス・フォン・グランツ。
かつては「腹黒宰相」として警戒し、天敵として戦い、そして今は──生涯のパートナーとなる男。
(……悔しいですが)
リリアンナは一歩ずつ彼に近づきながら、心の中で認めた。
(やっぱり、顔が良いですわね)
父の手から、ルーカスの手へとリリアンナが渡される。
その手は温かく、力強かった。
「……綺麗だ、リリアンナ。世界中の財宝を集めても、今の君には敵わない」
「口が上手いですこと。……貴方も、そこそこ見られますわよ」
憎まれ口を叩きながらも、リリアンナの頬は朱に染まっている。
祭壇には、神父役として国王陛下(ノリノリである)が立っていた。
「ゴホン。では、これより誓いの儀式を執り行う」
陛下が厳かに宣言する。
「新郎ルーカス。汝、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も……まあ、こやつが貧しくなることはないだろうが、妻を愛し、守り抜くことを誓うか?」
「誓います。……私の命と魂、そして全財産にかけて」
ルーカスが即答し、リリアンナを見つめる。
その瞳の重力に、リリアンナは吸い込まれそうになる。
「新婦リリアンナ。汝、同じく夫を愛し、敬い、その浪費癖を管理し、共に歩むことを誓うか?」
「……誓います。彼の資産価値がゼロになるその日まで、徹底的に管理させていただきます」
会場から笑いが起きた。
しかし、ルーカスだけは愛おしそうに目を細めている。
「では、誓いの口づけを」
陛下が促す。
ルーカスがリリアンナのベールを上げ、顔を近づける。
世界がスローモーションになる。
甘い吐息がかかる距離。
リリアンナは目を閉じかけ──そして、パチリと開けた。
「……あ、ちょっと待ってください」
「ん?」
ルーカスが止まる。
リリアンナはドレスの隠しポケットから、一枚の羊皮紙とペンを取り出した。
「誓約書へのサインがまだです」
「……今かい?」
「当然です。口約束は無効ですから。『浮気したら全財産没収』『喧嘩した時は私が勝つ』『プリンは私の分も確保する』……はい、ここにサインを」
参列者たちがざわめく。
「ま、まさか式の最中に契約書!?」
「さすが師匠だ! ブレない!」
ミナが大喜びしている。
ルーカスは呆れたように、しかし最高に幸せそうに笑い出した。
「ははは! 参ったな。ムードもへったくれもない」
「愛にムードは不要です。必要なのは法的拘束力です」
「わかったよ。負けた」
ルーカスはペンを受け取り、サラサラとサインをした。
「これで満足かい? 僕の可愛い債権者様」
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リリアンナが書類を確認しようとした瞬間、ルーカスが強引に彼女の唇を塞いだ。
書類が手から滑り落ち、風に乗って空へと舞い上がる。
「……んッ……!」
長い、長い口づけ。
契約書なんてどうでもよくなるほどの、熱烈な愛の証明。
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鐘が鳴り響く。
鳩が飛び立つ(ミナが驚いて一羽捕まえそうになる)。
唇が離れた時、リリアンナは酸欠でフラフラになっていた。
「……き、奇襲は反則です……!」
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ルーカスは悪戯っぽくウィンクをした。
「もう逃がさないよ、リリアンナ。君は一生、僕の腕の中だ」
「……仕方ありませんね」
リリアンナは観念して、ルーカスの首に手を回した。
「覚悟しておいてくださいませ、旦那様。……高くつきますわよ?」
「望むところだ」
二人は再び抱き合い、祝福の光に包まれた。
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数年後。
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そこには、村人と共に畑を耕す元・宰相と、それを日傘の下で指示する元・悪役令嬢の姿がある。
「あなた! 畝(うね)が曲がっていますわよ! 魔法で誤魔化さないで!」
「厳しいなあ、リリーは。……休憩にしないか? 特製ケーキを焼いたんだ」
「……食べます。あとで請求書に入れますからね」
二人の周りには、いつも笑顔と、計算機の音と、そして騒がしい弟子(今は近衛騎士団長になったミナ)の声が響いている。
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