悪役令嬢の契約期間が終了です!優雅に高飛びします!

ちゅんりー

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「……ねえ、ルーカス」

「なんだい?」

「離れてくれませんか? 暑苦しいです」

ログハウスのリビング。
暖炉の前で、リリアンナはソファに座り……いや、埋もれていた。
正確には、ルーカスの膝の上に抱きかかえられ、背後から完全に拘束されている状態だ。

「嫌だ。二週間分の不足分を補給中だと言っただろう?」

ルーカスはリリアンナの首筋に顔を埋め、深呼吸をしている。
まるで吸血鬼か、あるいは猫吸いをする飼い主のようだ。

「もう一時間は経ちましたよ。文官たちが外で泣いています」

「放っておけばいい。彼らには『温泉掘削』という重要なミッションを与えてある」

「職権乱用も極まれりですね」

リリアンナは呆れつつも、抵抗する力を抜いていた。
正直に言えば、この重みと体温が心地よい。
王城での緊張感から解放され、久しぶりに心から安らげる時間だった。

「……リリアンナ」

不意に、ルーカスが体を離し、リリアンナの肩を回して向き合わせた。
いつになく真剣な表情。
紫水晶の瞳が、暖炉の火を映して揺れている。

「大事な話があるんだ」

「なんです? また変な物資を送るつもりなら、倉庫の増築が必要ですが」

「いいや。もっと長期的な……一生に関わる契約の話だ」

ルーカスは懐から、一冊の分厚いファイルを出し、テーブルに置いた。
表紙には王家の紋章と、宰相府の厳重な封蝋が押されている。

「これは?」

「僕の『資産目録』と『生涯収支計画書』だ」

「……はい?」

リリアンナが目を丸くすると、ルーカスはページをめくった。

「見てごらん。王都の一等地に持つ屋敷が三つ、領地の権利書、王立銀行の特別口座、そして個人的に投資している魔導鉄道の株式……。現在の総資産は、ざっと金貨五千万枚といったところかな」

「ご、五千万……ッ!?」

リリアンナの目が、チャリンという音と共に金貨マークに変わった。
国家予算並みだ。
いや、この男、個人で小国を買えるほど持っている。

「さらに、宰相としての年俸と、王族としての年金、各種利権収入が毎年入ってくる。死ぬまで使い切れない額だね」

「……素晴らしい優良物件ですわ。で、これを私に見せて自慢したいのですか?」

「違うよ」

ルーカスはリリアンナの手を取り、その掌に小さな鍵を乗せた。

「管理してほしいんだ」

「……管理?」

「ああ。僕は金には無頓着でね。使うのは得意だけど、守るのは苦手だ。だから、信頼できる最高の『金庫番』に、全権を委ねたい」

ルーカスはリリアンナの前に跪いた。
まるで騎士が姫に忠誠を誓うように。
あるいは、罪人が女神に許しを乞うように。

「リリアンナ・フォン・エッシェンバッハ」

彼はポケットから、小さな箱を取り出した。
パカッ、と開かれる。
中に入っていたのは、巨大なダイヤモンド……ではなく、虹色に輝く『賢者の石』が埋め込まれた指輪だった。

「……それは」

「国宝級の魔石だ。これを換金すれば、向こう三代は遊んで暮らせるよ」

ロマンチックな指輪の価値を、即座に換金価値で説明するあたり、この男はリリアンナを熟知している。

「単刀直入に言おう。……僕と結婚してくれ」

「……っ」

「これは『業務委託』じゃない。『永久就職』のオファーだ」

ルーカスは真剣な眼差しで告げた。

「業務内容は、僕を愛すること。そして、僕に愛されること。……それだけだ」

「……給与は?」

リリアンナは震える声で尋ねた。
涙が出そうになるのを、必死に「悪役令嬢」の仮面で隠しながら。

「給与は、この全財産と、僕の持つ政治的影響力、そして……僕の命だ。全て君に捧げる」

「……重いです」

「知っているだろう? 君への愛は、地球の重力より重いって」

ルーカスは悪戯っぽく笑い、リリアンナの左手を取った。

「断ってもいいよ。その場合、僕は隣に住む『金持ちのストーカー』として、一生君に貢ぎ続けるだけだから」

「……選択肢がないのと同じですわ」

リリアンナは溜息をついた。
完敗だ。
金銭的にも、戦力的にも、そして愛の深さにおいても。

「……計算しました」

リリアンナは指輪を見つめながら、ポツリと言った。

「貴方は浪費家で、性格が歪んでいて、敵も多い。リスクの高い物件です」

「否定はしないね」

「でも……収益性(リターン)は無限大です。何より、私の『心の隙間』を埋められるのは、世界で貴方という資源(リソース)だけみたいです」

彼女は左手を差し出した。

「……契約、成立です。謹んでお受けいたします、旦那様」

「リリアンナ……!」

ルーカスが指輪を薬指に滑り込ませる。
サイズはぴったりだった。

「愛しているよ、僕の可愛い奥様」

「……私も、少しだけ……愛してあげますわ」

ルーカスが立ち上がり、リリアンナを抱きしめる。
そして、誓いの口づけを──。

バンッ!!

「師匠ーッ! 大変ですーッ!」

「……またか」

ルーカスが殺意のこもった目でドアを睨む。
そこには、トレーニングマシンを背負ったままのミナが立っていた。

「ミナ。今、人生で一番重要な契約の捺印中だったんだが?」

「すみません! でも緊急事態なんです!」

ミナが外を指差す。

「空から! また誰か来ました!」

「誰か? 文官ならもう足りているよ」

「いえ、もっとキラキラした……なんか、羽の生えた馬車です!」

リリアンナとルーカスが顔を見合わせ、テラスへと出る。
夕暮れの空に、黄金に輝くペガサスに引かれた馬車が、優雅に降下してくるところだった。
馬車の側面には、王家の紋章がデカデカと描かれている。

「……あれは」

リリアンナが呻く。

「フレデリック殿下の専用機……いえ、専用馬車ですね」

馬車が庭(物資で埋まっている)に強引に着陸する。
中から飛び出してきたのは、王冠を被り、やたらと派手なマントを羽織ったフレデリック王子だった。

「リリアンナァァァァ! ルーカス兄上ェェェェ!」

王子は芝生の上を転がるように走ってきた。

「やっと追いついた! 置いていくなんて酷いじゃないか!」

「……チッ。嗅ぎつけてきたか」

ルーカスが舌打ちをする。
リリアンナは扇子を取り出した。

「殿下。ここは観光地ではありません。入場料をいただきますよ」

「払うよ! いくらでも払う!」

フレデリックは二人の前に立つと、ゼェゼェと息を切らしながら、一枚の羊皮紙を掲げた。

「そ、それより! これを見てくれ!」

「なんですか? また新しいポエム?」

「違う! 『国王陛下からの勅命』だよ!」

「勅命?」

フレデリックは羊皮紙を読み上げた。

『宰相ルーカス、および公爵令嬢リリアンナに告ぐ。
我が国の重要人物が二人も揃って辺境に引きこもるとは、国家の損失である。
よって、直ちに結婚式を挙げよ。
場所はエデンの村で構わん。
余も参列する。
以上!』

「……は?」

リリアンナが固まる。

「陛下も来るんですか? ここに?」

「うん! もう後ろの馬車に乗ってるよ!」

フレデリックが指差す先、後続の馬車から、恰幅の良い国王陛下が「いやあ、良い空気だ!」と手を振りながら降りてきた。

「……嘘でしょう」

エデンの村が、完全に王都化している。
宰相がいて、王子がいて、国王まで来た。
これでは遷都どころか、国家移転だ。

「ははは! さすが陛下だ。話が早い」

ルーカスは愉快そうに笑い、リリアンナの肩を抱いた。

「どうやら、僕たちの結婚式は国家プロジェクトになるみたいだね」

「……予算は? 結婚式の予算は誰が出すんですか?」

リリアンナが真っ先に気にしたのはそこだった。

「もちろん、国費だよ」

「なら、よし!」

リリアンナは高らかに宣言した。

「やりましょう、結婚式! 国費を使って、史上最高に豪華で、最高に黒字が出る式を挙げてやりますわ!」

「それでこそ僕の妻だ」

二度目のプロポーズは、国王の乱入というカオスな形で幕を閉じた。
しかし、リリアンナの左手の指輪は、夕陽を受けて確かに輝いていた。
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