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「……ここはどこですか? 王都の表参道ですか?」
リリアンナは呆然と立ち尽くしていた。
数日前まで、のどかな田舎道だったエデンの村のメインストリート。
それが今や、美しく舗装された石畳、ガス灯(魔法石式)の街路灯、そして整然と植えられた街路樹によって、洗練された大通りへと変貌を遂げていた。
「すごいですね師匠! 道が平らです! これなら台車で百キロの荷物を運んでもガタつきません!」
ミナが石畳の上でタップダンスを踊っている。
「インフラ整備とは聞きましたが、ここまでとは……。この短期間でこれだけの工事を完了させるなんて、どれだけ予算と人員を投下したのですか」
リリアンナは頭を抱えた。
静かなスローライフはどこへ行った。
これでは、王都の貴族街と変わらないではないか。
その時。
パーパパパーン!
高らかなファンファーレが鳴り響いた。
「な、なんですの!?」
「師匠! あっちを見てください! パレードが来ました!」
街道の向こうから現れたのは、煌びやかな馬車の列だった。
先頭には、王家の紋章旗を掲げた近衛騎士団。
続いて、宰相府の文官たちを乗せた大型馬車。
さらに、書類の山を積んだ荷馬車隊。
最後尾には、移動式の「簡易執務室(プレハブ小屋だが豪華)」まで牽引されている。
「……軍事パレード? いいえ、大名行列……?」
リリアンナが後ずさりする中、行列は彼女の家の前でピタリと停止した。
中央の、一際豪華な漆黒の馬車の扉が開く。
降りてきたのは、銀色の髪を風になびかせ、完璧な微笑みを浮かべた男。
「やあ、リリアンナ。ただいま」
ルーカス・フォン・グランツ。
この国の宰相が、まるでコンビニから帰ってきたかのような気軽さでそこに立っていた。
「……『ただいま』ではありません」
リリアンナは震える指で、行列全体を指差した。
「説明してください。この……国ごと移動してきたような集団は、一体何なんです?」
「ああ、彼ら? 僕の部下だよ」
ルーカスは爽やかに答えた。
「僕がここに住むと言ったら、彼らが『閣下がいないと仕事になりません!』と泣きついてきてね。仕方ないから、宰相府の機能を一時的にここへ移転することにしたんだ」
「……移転?」
「そう。名付けて『国家機能分散化プロジェクト・エデン』だ。地方創生とリスク分散を兼ねた、画期的な政策だよ」
「職権乱用です!!」
リリアンナは叫んだ。
「私物化もいい加減になさい! 一人の女を追いかけるために、国家機関を動かすバカがどこにいますか!」
「ここにいるよ」
ルーカスは悪びれもせず、一歩近づいてくる。
「それに、君だって寂しかっただろう? 君のために、王都の利便性と田舎の自然を融合させてあげたんだ。感謝してほしいな」
「頼んでいません! 私の静寂を返してください!」
「静寂ならあるよ。……ほら」
ルーカスが指を鳴らす。
「サイレント・フィールド(防音結界)」
フワッ、と見えない膜が展開される。
途端に、周囲の騎士団や文官たちの喧噪が消え失せた。
「これなら、僕と君だけの世界だ」
「物理的に遮断しただけでしょうが!」
リリアンナは抗議するが、ルーカスは聞く耳を持たない。
彼はリリアンナの手を取り、恭しく口づけを落とした。
「会いたかったよ、リリアンナ。……二週間ぶりだね」
その声の甘さに、リリアンナの心臓が不覚にも跳ねる。
「……たった二週間です」
「僕には二年にも感じられた。君のいない王都は、色のない砂漠のようだったよ」
「またポエムを……」
「本心さ。……君はどうだった? 僕がいなくて、せいせいしたかい?」
試すような視線。
リリアンナは口を開きかけ、そして閉じた。
「せいせいしました」と言えば嘘になる。
かといって、「寂しかった」と認めるのは癪だ。
「……プリンは、美味しかったです」
彼女は視線を逸らし、ボソリと言った。
「賞味期限ギリギリでしたけど」
その一言で、ルーカスの表情が花が咲くように輝いた。
「そうか。……食べてくれたんだね」
「捨てるのはもったいないですから」
「ふふ。やっぱり君は可愛いな」
ルーカスは愛おしそうに彼女を引き寄せ──ようとした時。
「閣下ーッ! 決済印をお願いしますーッ!」
「こっちの外交文書も確認をーッ!」
防音結界の外で、文官たちが必死にジェスチャーをしているのが見えた。
どうやら結界内には入れないらしい。
「……チッ」
ルーカスが盛大に舌打ちをした。
「邪魔だな。全員クビにしてしまおうか」
「ダメです。彼らには家族がいます」
リリアンナはため息をつき、結界を解除させた。
「ルーカス。貴方、ここに骨を埋める気ですか?」
「もちろん。君が許してくれるならね」
「許さなかったら?」
「隣に『第二宰相府』を建設して、毎日窓から君を眺める生活を送るよ」
「……ストーカーの拠点を作らないでください」
リリアンナは観念した。
この男は、梃子でも動かない。
そして何より、彼が来てくれたことで、胸の奥にあった空虚な穴が、ぴたりと埋まったのを感じていた。
「……わかりました。滞在を許可します」
「本当かい!?」
「ただし!」
リリアンナは人差し指を立てた。
「条件があります。一つ、村の景観をこれ以上壊さないこと。一つ、私のスローライフ(農作業)の邪魔をしないこと。そして一つ……」
彼女はニヤリと、悪役令嬢の笑みを浮かべた。
「この村への『法人税』および『滞在税』を、ガッツリ徴収させていただきます」
「……ははは!」
ルーカスは快活に笑った。
「望むところだ。僕の全財産を君に管理してもらえるなら、本望だよ」
「言質を取りましたわよ」
二人が見つめ合う中、ミナが空気も読まずに叫んだ。
「師匠! 荷馬車の中に、最高級のトレーニングマシンがあります! これ、私のですよね!?」
「ミナちゃんへのプレゼントだよ。あとで使い方の指導をするよ」
「ありがとうございます! 一生ついていきます!」
こうして、エデンの村は『王国の隠れ首都』としての機能を持ち始めた。
宰相がいる。
最強の護衛(ミナ)がいる。
そして、影の支配者(リリアンナ)がいる。
ある意味、王都よりも強固な要塞の完成である。
「さて、リリアンナ。引越しの荷解きも大事だけど、その前に……」
ルーカスがリリアンナの腰に手を回す。
「二週間分の『不足分』を、補給させてもらえないかな?」
「……ここでですか? 衆人環視の中で?」
「結界を張るよ」
「却下です。……家の中でなら、考えてあげなくもありません」
リリアンナが顔を赤くして呟くと、ルーカスは嬉しそうに彼女を横抱きにした。
「優先順位変更。荷解きは後回しだ」
「ちょっと! 仕事をしなさい、宰相!」
「今はただの『君の婚約者』だよ」
ルーカスは文官たちに「後は任せた!」と手を振り、リリアンナを連れてログハウスへと消えていった。
残された文官たちは、涙を流しながら書類を広げた。
「……閣下が幸せなら、それでいいか」
「ああ。俺たちも温泉掘ろうぜ」
エデンの村は、今日も平和(?)である。
しかし、物語はまだ終わらない。
宰相が来たということは、王都に残された「あの人」も黙っていないはずだ。
そして、リリアンナ自身もまだ、ある重要な言葉を口にしていなかった。
リリアンナは呆然と立ち尽くしていた。
数日前まで、のどかな田舎道だったエデンの村のメインストリート。
それが今や、美しく舗装された石畳、ガス灯(魔法石式)の街路灯、そして整然と植えられた街路樹によって、洗練された大通りへと変貌を遂げていた。
「すごいですね師匠! 道が平らです! これなら台車で百キロの荷物を運んでもガタつきません!」
ミナが石畳の上でタップダンスを踊っている。
「インフラ整備とは聞きましたが、ここまでとは……。この短期間でこれだけの工事を完了させるなんて、どれだけ予算と人員を投下したのですか」
リリアンナは頭を抱えた。
静かなスローライフはどこへ行った。
これでは、王都の貴族街と変わらないではないか。
その時。
パーパパパーン!
高らかなファンファーレが鳴り響いた。
「な、なんですの!?」
「師匠! あっちを見てください! パレードが来ました!」
街道の向こうから現れたのは、煌びやかな馬車の列だった。
先頭には、王家の紋章旗を掲げた近衛騎士団。
続いて、宰相府の文官たちを乗せた大型馬車。
さらに、書類の山を積んだ荷馬車隊。
最後尾には、移動式の「簡易執務室(プレハブ小屋だが豪華)」まで牽引されている。
「……軍事パレード? いいえ、大名行列……?」
リリアンナが後ずさりする中、行列は彼女の家の前でピタリと停止した。
中央の、一際豪華な漆黒の馬車の扉が開く。
降りてきたのは、銀色の髪を風になびかせ、完璧な微笑みを浮かべた男。
「やあ、リリアンナ。ただいま」
ルーカス・フォン・グランツ。
この国の宰相が、まるでコンビニから帰ってきたかのような気軽さでそこに立っていた。
「……『ただいま』ではありません」
リリアンナは震える指で、行列全体を指差した。
「説明してください。この……国ごと移動してきたような集団は、一体何なんです?」
「ああ、彼ら? 僕の部下だよ」
ルーカスは爽やかに答えた。
「僕がここに住むと言ったら、彼らが『閣下がいないと仕事になりません!』と泣きついてきてね。仕方ないから、宰相府の機能を一時的にここへ移転することにしたんだ」
「……移転?」
「そう。名付けて『国家機能分散化プロジェクト・エデン』だ。地方創生とリスク分散を兼ねた、画期的な政策だよ」
「職権乱用です!!」
リリアンナは叫んだ。
「私物化もいい加減になさい! 一人の女を追いかけるために、国家機関を動かすバカがどこにいますか!」
「ここにいるよ」
ルーカスは悪びれもせず、一歩近づいてくる。
「それに、君だって寂しかっただろう? 君のために、王都の利便性と田舎の自然を融合させてあげたんだ。感謝してほしいな」
「頼んでいません! 私の静寂を返してください!」
「静寂ならあるよ。……ほら」
ルーカスが指を鳴らす。
「サイレント・フィールド(防音結界)」
フワッ、と見えない膜が展開される。
途端に、周囲の騎士団や文官たちの喧噪が消え失せた。
「これなら、僕と君だけの世界だ」
「物理的に遮断しただけでしょうが!」
リリアンナは抗議するが、ルーカスは聞く耳を持たない。
彼はリリアンナの手を取り、恭しく口づけを落とした。
「会いたかったよ、リリアンナ。……二週間ぶりだね」
その声の甘さに、リリアンナの心臓が不覚にも跳ねる。
「……たった二週間です」
「僕には二年にも感じられた。君のいない王都は、色のない砂漠のようだったよ」
「またポエムを……」
「本心さ。……君はどうだった? 僕がいなくて、せいせいしたかい?」
試すような視線。
リリアンナは口を開きかけ、そして閉じた。
「せいせいしました」と言えば嘘になる。
かといって、「寂しかった」と認めるのは癪だ。
「……プリンは、美味しかったです」
彼女は視線を逸らし、ボソリと言った。
「賞味期限ギリギリでしたけど」
その一言で、ルーカスの表情が花が咲くように輝いた。
「そうか。……食べてくれたんだね」
「捨てるのはもったいないですから」
「ふふ。やっぱり君は可愛いな」
ルーカスは愛おしそうに彼女を引き寄せ──ようとした時。
「閣下ーッ! 決済印をお願いしますーッ!」
「こっちの外交文書も確認をーッ!」
防音結界の外で、文官たちが必死にジェスチャーをしているのが見えた。
どうやら結界内には入れないらしい。
「……チッ」
ルーカスが盛大に舌打ちをした。
「邪魔だな。全員クビにしてしまおうか」
「ダメです。彼らには家族がいます」
リリアンナはため息をつき、結界を解除させた。
「ルーカス。貴方、ここに骨を埋める気ですか?」
「もちろん。君が許してくれるならね」
「許さなかったら?」
「隣に『第二宰相府』を建設して、毎日窓から君を眺める生活を送るよ」
「……ストーカーの拠点を作らないでください」
リリアンナは観念した。
この男は、梃子でも動かない。
そして何より、彼が来てくれたことで、胸の奥にあった空虚な穴が、ぴたりと埋まったのを感じていた。
「……わかりました。滞在を許可します」
「本当かい!?」
「ただし!」
リリアンナは人差し指を立てた。
「条件があります。一つ、村の景観をこれ以上壊さないこと。一つ、私のスローライフ(農作業)の邪魔をしないこと。そして一つ……」
彼女はニヤリと、悪役令嬢の笑みを浮かべた。
「この村への『法人税』および『滞在税』を、ガッツリ徴収させていただきます」
「……ははは!」
ルーカスは快活に笑った。
「望むところだ。僕の全財産を君に管理してもらえるなら、本望だよ」
「言質を取りましたわよ」
二人が見つめ合う中、ミナが空気も読まずに叫んだ。
「師匠! 荷馬車の中に、最高級のトレーニングマシンがあります! これ、私のですよね!?」
「ミナちゃんへのプレゼントだよ。あとで使い方の指導をするよ」
「ありがとうございます! 一生ついていきます!」
こうして、エデンの村は『王国の隠れ首都』としての機能を持ち始めた。
宰相がいる。
最強の護衛(ミナ)がいる。
そして、影の支配者(リリアンナ)がいる。
ある意味、王都よりも強固な要塞の完成である。
「さて、リリアンナ。引越しの荷解きも大事だけど、その前に……」
ルーカスがリリアンナの腰に手を回す。
「二週間分の『不足分』を、補給させてもらえないかな?」
「……ここでですか? 衆人環視の中で?」
「結界を張るよ」
「却下です。……家の中でなら、考えてあげなくもありません」
リリアンナが顔を赤くして呟くと、ルーカスは嬉しそうに彼女を横抱きにした。
「優先順位変更。荷解きは後回しだ」
「ちょっと! 仕事をしなさい、宰相!」
「今はただの『君の婚約者』だよ」
ルーカスは文官たちに「後は任せた!」と手を振り、リリアンナを連れてログハウスへと消えていった。
残された文官たちは、涙を流しながら書類を広げた。
「……閣下が幸せなら、それでいいか」
「ああ。俺たちも温泉掘ろうぜ」
エデンの村は、今日も平和(?)である。
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