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「……ねえ、ミナ。スローライフの定義を覚えていますか?」
「はい! 『食べて、寝て、筋肉を育てること』です!」
「違います。『心穏やかに、静かな時間を過ごすこと』です」
リリアンナは遠い目で言った。
目の前には、依然として積み上げられた木箱の山。
そして、それを取り囲む村人たちの熱気。
「奥さん! この『王都限定スイーツ』、隣村のバザールで売ったら飛ぶように売れたぞ!」
「こっちの『最高級美肌入浴剤』もだ! 婆さんたちの肌が二十歳若返ったって大騒ぎだ!」
「猪の牙の加工品も、王都の商人が言い値で買っていくぞ! エデン・ブランドの誕生だ!」
かつて地図にも載らない辺境だったエデンの村は、今やちょっとした『物流拠点』と化していた。
原因は明白。ルーカスが送りつけた大量の物資と、リリアンナが構築した「猪ビジネス」の相乗効果だ。
「……計算通り、黒字です。黒字なのですが……」
リリアンナは帳簿(裏紙)をめくりながら溜息をついた。
「忙しすぎますわ」
朝から晩まで在庫管理、売上計算、村人たちへの利益配分。
優雅に紅茶を飲む暇もない。
これでは王城で働いていた時と変わらないではないか。
「師匠、贅沢な悩みですね! お金が貯まるならいいじゃないですか!」
ミナが高級生ハムを丸かじりしながら言う。
「お金は大事です。ですが、私の求めていたのは『不労所得』による優雅な生活であって、『労働』による富ではないのです」
リリアンナはペンを置いた。
ふと、視線を上げる。
窓の外では、村の子供たちがルーカスの送ってきた絵本を読んでいる。
老人たちが、高価な毛布に包まって日向ぼっこをしている。
村全体が潤い、皆が笑顔だ。
「……まあ、悪くはありませんけど」
リリアンナは頬杖をついた。
以前の彼女なら、「私の資産が増えたわけではない」と切り捨てていただろう。
だが今は、村人たちの笑顔を見ると、胸の奥が温かくなる。
これもあの「お人好し宰相」の影響だろうか。
「……あーあ。暇ですね」
「え? 忙しいって言ったばかりじゃないですか?」
「心の隙間が、暇なんです」
リリアンナはポツリと漏らした。
帳簿は完璧だ。
トラブルもない。
村人たちは親切で、ミナは頼りになる。
けれど、何かが足りない。
「……突っ込みが、不在なんです」
「ツッコミ?」
「ええ。私が皮肉を言っても、誰も『君は素直じゃないな』と返してくれない。私が金勘定をしても、誰も『強欲で可愛いね』と笑ってくれない」
リリアンナは窓の外、隣の空き家(ルーカスのログハウス)を見つめた。
「……張り合いがないんです。まるで、塩を入れ忘れたスープみたいに」
「師匠、それって……」
ミナが口元のハムくずを拭い、真顔で言った。
「『寂しい』って言うんですよ」
「……ッ!」
リリアンナは顔を赤らめて立ち上がった。
「ち、違います! これは……そう、高度な経営戦略的思考です! 優秀なパートナーが不在であることによる、機会損失への懸念です!」
「はいはい。そういうことにしておきます」
ミナは肩をすくめた。
リリアンナはテラスに出た。
秋の風が吹いている。
「……早く来ればいいのに」
誰にも聞こえない声で呟く。
「世界の果てまで追いかけると言ったくせに。……遅刻したら、延滞料金を取りますからね」
その時だった。
ズズズズズ……。
またしても、地響きが聞こえてきた。
「……まさか、また荷物ですか? もう置く場所がありませんよ!」
リリアンナが身構える。
しかし、現れたのは馬車ではなかった。
街道の向こうからやってきたのは、ツルハシやスコップを担ぎ、統一された作業服を着た屈強な男たちの集団──『土木工事部隊』だった。
しかも、その数、およそ百人。
「な、なんですのあれは!?」
「師匠! エンブレムを見てください! 『王立建設ギルド』です!」
先頭に立つ親方らしき男が、リリアンナの家の前で足を止めた。
「よう! ここが宰相閣下の『新居予定地』で間違いないか!」
「新居……?」
リリアンナが瞬きをする。
「へい! 閣下から直々の特命を受けましてな! 『王都からエデンの村まで、馬車が揺れないように全面舗装せよ』との仰せだ!」
「はぁ!?」
「さらに! 『村までの通信回線を光魔法レベルで整備せよ』『上下水道を完備せよ』『ついでに温泉も掘れ』との追加オーダーも入ってる!」
親方はガハハと笑い、図面を広げた。
「いやあ、宰相閣下も物好きだ! こんな辺境に『第二の首都』を作る気か?ってくらいの予算が下りてるぜ!」
「……第二の、首都?」
リリアンナの脳内で、ルーカスの言葉がリフレインする。
『世界の果てまで追いかける』
『覚悟しておいで』
「……あ、あのバカ……本気ですわ」
リリアンナは戦慄した。
彼はただ「引っ越してくる」だけではない。
「自分の生活水準」と「国家機能」ごと、ここへ移動してくる気だ。
「おい野郎ども! 工事開始だ! 閣下が到着されるまでに、この村を『王都並み』にアップデートするぞ!」
「「「オォォォォッ!!」」」
作業員たちが一斉に動き出す。
魔法使いが地面を整地し、職人が石畳を敷き詰め、魔導技師が通信塔を建て始める。
静かだったエデンの村が、瞬く間に「建設ラッシュ」の現場へと変貌していく。
「あわわ……師匠、どうしますか? スローライフが……文明の波に飲み込まれていきます!」
「……止められません」
リリアンナは額を押さえた。
「止められるわけがありません。だってあの男、国一番の権力者で、国一番の金持ちで、国一番の『私のストーカー』なんですから……」
彼女は諦めの溜息をつくと同時に、口元が微かに緩むのを止められなかった。
「……まったく。本当に、規格外な男ですこと」
リリアンナは、騒がしくなった村を見下ろしながら、懐中時計を取り出した。
「さあ、急ぎなさいルーカス。……貴方が作ったこの騒動、貴方が来てくれないと、収拾がつきませんからね」
インフラ整備が始まった。
それは、王国の中心が、この小さな村へと移動しつつあることの序章に過ぎなかった。
「はい! 『食べて、寝て、筋肉を育てること』です!」
「違います。『心穏やかに、静かな時間を過ごすこと』です」
リリアンナは遠い目で言った。
目の前には、依然として積み上げられた木箱の山。
そして、それを取り囲む村人たちの熱気。
「奥さん! この『王都限定スイーツ』、隣村のバザールで売ったら飛ぶように売れたぞ!」
「こっちの『最高級美肌入浴剤』もだ! 婆さんたちの肌が二十歳若返ったって大騒ぎだ!」
「猪の牙の加工品も、王都の商人が言い値で買っていくぞ! エデン・ブランドの誕生だ!」
かつて地図にも載らない辺境だったエデンの村は、今やちょっとした『物流拠点』と化していた。
原因は明白。ルーカスが送りつけた大量の物資と、リリアンナが構築した「猪ビジネス」の相乗効果だ。
「……計算通り、黒字です。黒字なのですが……」
リリアンナは帳簿(裏紙)をめくりながら溜息をついた。
「忙しすぎますわ」
朝から晩まで在庫管理、売上計算、村人たちへの利益配分。
優雅に紅茶を飲む暇もない。
これでは王城で働いていた時と変わらないではないか。
「師匠、贅沢な悩みですね! お金が貯まるならいいじゃないですか!」
ミナが高級生ハムを丸かじりしながら言う。
「お金は大事です。ですが、私の求めていたのは『不労所得』による優雅な生活であって、『労働』による富ではないのです」
リリアンナはペンを置いた。
ふと、視線を上げる。
窓の外では、村の子供たちがルーカスの送ってきた絵本を読んでいる。
老人たちが、高価な毛布に包まって日向ぼっこをしている。
村全体が潤い、皆が笑顔だ。
「……まあ、悪くはありませんけど」
リリアンナは頬杖をついた。
以前の彼女なら、「私の資産が増えたわけではない」と切り捨てていただろう。
だが今は、村人たちの笑顔を見ると、胸の奥が温かくなる。
これもあの「お人好し宰相」の影響だろうか。
「……あーあ。暇ですね」
「え? 忙しいって言ったばかりじゃないですか?」
「心の隙間が、暇なんです」
リリアンナはポツリと漏らした。
帳簿は完璧だ。
トラブルもない。
村人たちは親切で、ミナは頼りになる。
けれど、何かが足りない。
「……突っ込みが、不在なんです」
「ツッコミ?」
「ええ。私が皮肉を言っても、誰も『君は素直じゃないな』と返してくれない。私が金勘定をしても、誰も『強欲で可愛いね』と笑ってくれない」
リリアンナは窓の外、隣の空き家(ルーカスのログハウス)を見つめた。
「……張り合いがないんです。まるで、塩を入れ忘れたスープみたいに」
「師匠、それって……」
ミナが口元のハムくずを拭い、真顔で言った。
「『寂しい』って言うんですよ」
「……ッ!」
リリアンナは顔を赤らめて立ち上がった。
「ち、違います! これは……そう、高度な経営戦略的思考です! 優秀なパートナーが不在であることによる、機会損失への懸念です!」
「はいはい。そういうことにしておきます」
ミナは肩をすくめた。
リリアンナはテラスに出た。
秋の風が吹いている。
「……早く来ればいいのに」
誰にも聞こえない声で呟く。
「世界の果てまで追いかけると言ったくせに。……遅刻したら、延滞料金を取りますからね」
その時だった。
ズズズズズ……。
またしても、地響きが聞こえてきた。
「……まさか、また荷物ですか? もう置く場所がありませんよ!」
リリアンナが身構える。
しかし、現れたのは馬車ではなかった。
街道の向こうからやってきたのは、ツルハシやスコップを担ぎ、統一された作業服を着た屈強な男たちの集団──『土木工事部隊』だった。
しかも、その数、およそ百人。
「な、なんですのあれは!?」
「師匠! エンブレムを見てください! 『王立建設ギルド』です!」
先頭に立つ親方らしき男が、リリアンナの家の前で足を止めた。
「よう! ここが宰相閣下の『新居予定地』で間違いないか!」
「新居……?」
リリアンナが瞬きをする。
「へい! 閣下から直々の特命を受けましてな! 『王都からエデンの村まで、馬車が揺れないように全面舗装せよ』との仰せだ!」
「はぁ!?」
「さらに! 『村までの通信回線を光魔法レベルで整備せよ』『上下水道を完備せよ』『ついでに温泉も掘れ』との追加オーダーも入ってる!」
親方はガハハと笑い、図面を広げた。
「いやあ、宰相閣下も物好きだ! こんな辺境に『第二の首都』を作る気か?ってくらいの予算が下りてるぜ!」
「……第二の、首都?」
リリアンナの脳内で、ルーカスの言葉がリフレインする。
『世界の果てまで追いかける』
『覚悟しておいで』
「……あ、あのバカ……本気ですわ」
リリアンナは戦慄した。
彼はただ「引っ越してくる」だけではない。
「自分の生活水準」と「国家機能」ごと、ここへ移動してくる気だ。
「おい野郎ども! 工事開始だ! 閣下が到着されるまでに、この村を『王都並み』にアップデートするぞ!」
「「「オォォォォッ!!」」」
作業員たちが一斉に動き出す。
魔法使いが地面を整地し、職人が石畳を敷き詰め、魔導技師が通信塔を建て始める。
静かだったエデンの村が、瞬く間に「建設ラッシュ」の現場へと変貌していく。
「あわわ……師匠、どうしますか? スローライフが……文明の波に飲み込まれていきます!」
「……止められません」
リリアンナは額を押さえた。
「止められるわけがありません。だってあの男、国一番の権力者で、国一番の金持ちで、国一番の『私のストーカー』なんですから……」
彼女は諦めの溜息をつくと同時に、口元が微かに緩むのを止められなかった。
「……まったく。本当に、規格外な男ですこと」
リリアンナは、騒がしくなった村を見下ろしながら、懐中時計を取り出した。
「さあ、急ぎなさいルーカス。……貴方が作ったこの騒動、貴方が来てくれないと、収拾がつきませんからね」
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