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「……地震でしょうか?」
リリアンナがスプーンを口に運ぼうとした時、地面が小刻みに揺れ始めた。
テラスのティーカップがカタカタと音を立てる。
昨夜、ルーカスの残したプリンを食べて涙し、少しだけ素直な気持ちになったリリアンナだったが、その余韻に浸る暇すら与えられないらしい。
「師匠! 大変です! 村の入り口が封鎖されました!」
ミナが屋根の上から飛び降りてくる。
「封鎖? また騎士団ですか? それとも魔獣の大群?」
「いえ、もっと凄いです! 『お荷物』です!」
「荷物?」
リリアンナが眉をひそめて立ち上がった瞬間、村のメインストリートから地響きのような音が近づいてきた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
現れたのは、馬車だ。
一台ではない。
十台、二十台……いや、先が見えないほどの大船団ならぬ、大馬車団。
しかも、その全てに王家の紋章と、宰相府の紋章(意匠化された片眼鏡と薔薇)が刻まれている。
「な、なんですのあれは……」
リリアンナが呆然とする間に、先頭の馬車が丘の上の家の前で停止した。
御者台から降りてきたのは、王都の運送ギルドの長だった。
「へい、お届け物です! リリアンナ・フォン・エッシェンバッハ様宛で間違いありやせんか!」
「……宛名は私ですが、身に覚えがありません。受け取り拒否で」
「勘弁してくださいよ! これ全部持ち帰ったら、俺の首が飛びます!」
ギルド長が泣きつくと同時に、屈強な作業員たちが次々と荷台から木箱を降ろし始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 勝手に置かないで! 庭が埋まります!」
「へい、次! どんどん運べー! 日が暮れるぞー!」
止めようがない。
次々と積み上げられる木箱の山。
「一号車、完了! 中身は『最高級ドレス・田舎暮らし用カジュアルアレンジ』五十着!」
「二号車、完了! 『王都限定スイーツ詰め合わせ(日持ちするやつ)』百箱!」
「三号車、『入浴剤・美肌の湯シリーズ』一年分!」
「四号車、『古代魔導書の写本』および『最新経済新聞のバックナンバー』!」
読み上げられる目録の内容に、リリアンナは目眩を覚えた。
「五号車から十号車までは、全部『食料』です! 生ハム、チーズ、ワイン、干し肉!」
「ひゃっほぉぉぉぉい!!」
ミナが歓喜の雄叫びを上げて木箱にダイブした。
「師匠! 夢のようです! これなら冬眠しても生き延びられます!」
「私たちは熊ではありません!」
リリアンナは頭を抱えた。
これは贈り物ではない。
兵站(へいたん)だ。
軍隊の一つや二つ、余裕で養える物資量だ。
「……あのバカ宰相。金銭感覚はどうなっているんですか」
リリアンナが呻いていると、ギルド長が恭しく一枚の封筒を差し出した。
「あ、これ。依頼主様からの伝票……兼、手紙です」
リリアンナはひったくるように受け取り、封を切った。
中から出てきたのは、流麗な筆記体で書かれたメッセージカード。
『愛しいリリアンナへ。
君がいないと王都の経済が回らない……というのは建前で、僕の心が回らない。
寂しい思いをしていないか心配で、とりあえず生活必需品を送っておくよ。
これだけあれば、わざわざ村へ買い物に行かなくて済むだろう?
君の美しい肌が日焼けするのを防ぐための、僕なりの配慮だ。
追伸:
一番大きな木箱には、君が一番欲しがっているものを入れておいた。
返品は不可だよ。
ルーカス』
「……生活必需品の定義を辞書で引いてから出直してきなさい」
リリアンナはカードを握り潰した。
「一番大きな木箱……?」
庭を見渡すと、確かに一つだけ、棺桶のように巨大で、厳重に梱包された箱が鎮座していた。
「……まさか、自分自身が入っているわけではありませんわよね?」
嫌な予感がする。
あの男ならやりかねない。
「ミナ、開けてみなさい。もしルーカスが入っていたら、そのまま釘を打って送り返します」
「ラジャー! オープン!」
ミナがバールのようなもの(素手)で蓋をこじ開けた。
バカンッ!
中に入っていたのは、人間ではなかった。
巨大な水晶の塊──『超長距離通信用・魔導スクリーン』だった。
しかも、既に起動しており、画面には優雅に紅茶を飲むルーカスの顔が映し出されていた。
『やあ、リリアンナ。届いたみたいだね』
画面越しのルーカスが、爽やかに手を振る。
「……これ、国家機密レベルの通信機ですよね?」
『うん。王様の執務室から拝借してきた』
『横領です! 今すぐ返しなさい!』
リリアンナが画面に向かって叫ぶと、ルーカスは楽しそうに目を細めた。
『やっと、いつもの元気な声が聞けた』
「……っ」
『プリンの置手紙だけじゃ、君が寂しがって泣いているんじゃないかと思ってね。顔が見たかったんだ』
図星だった。
リリアンナは言葉に詰まり、顔を背けた。
「……泣いてなどいません。あまりの物量に呆れていただけです」
『そう? 目が赤いよ』
『……花粉症です』
『秋に花粉は飛ばないけどね』
ルーカスはクスクスと笑い、そして少しだけ真面目な顔になった。
『リリアンナ。その物資は、ただのプレゼントじゃない』
「では何ですの? 嫌がらせ?」
『手付金だよ』
「手付金?」
『ああ。僕は言ったはずだ。「君が逃げても、世界の果てまで追いかける」と』
ルーカスが画面越しに、リリアンナを指差す。
『その物資は、僕がそっちへ行くための準備(先行投資)だ。今、王都で引継ぎを猛スピードで終わらせている。……覚悟しておいで、僕の奥様』
「……は?」
リリアンナは思考停止した。
「そっちへ行く? 引継ぎ? ……まさか、本当に宰相を辞める気ですか!?」
『辞めるというか、有給消化というか……まあ、現地で説明するよ』
『ちょっと! 説明責任を果たしなさい! 王都はどうなるんですか!』
『フレデリックが覚醒したから大丈夫さ。それに、優秀な部下(君のお父上を含む)も育てておいた』
『お父様まで巻き込んだんですか!?』
『じゃあね。愛しているよ』
プツン。
通信が切れた。
画面が暗転し、リリアンナの顔が映り込む。
その顔は、怒りと、呆れと……そして隠しきれない歓喜で、くしゃくしゃに歪んでいた。
「……バカな男」
リリアンナはその場にへたり込んだ。
庭を埋め尽くす物資の山。
それは、ルーカスが本気で「こちらの世界(スローライフ)」に侵食してくるという、決定的な証拠だった。
「師匠! この生ハム、絶品です! あ、こっちの箱には『ルーカス様専用・抱き枕(本人ボイス機能付き)』が入ってます!」
「燃やしなさい! それは即刻焼却処分です!」
「えー、いい声なのにー」
ミナが抱き枕のスイッチを押す。
『リリアンナ、愛してる』
「ひぃぃぃッ! 消して! 近所迷惑です!」
リリアンナが慌てて抱き枕を奪い取ろうと追いかける。
静寂なエデンの村に、再び騒がしい日常が戻ってきた。
しかし、リリアンナの心にもう「欠落感」はなかった。
あるのは、これからやってくるであろう「嵐」への予感と、それを待ちわびる高揚感だけ。
(……来るなら来なさい。返り討ち……いえ、全額徴収してやりますわ!)
リリアンナは空を見上げた。
王都の方角から、何かが近づいてくる気配がする。
それは馬車か、それとも──?
リリアンナがスプーンを口に運ぼうとした時、地面が小刻みに揺れ始めた。
テラスのティーカップがカタカタと音を立てる。
昨夜、ルーカスの残したプリンを食べて涙し、少しだけ素直な気持ちになったリリアンナだったが、その余韻に浸る暇すら与えられないらしい。
「師匠! 大変です! 村の入り口が封鎖されました!」
ミナが屋根の上から飛び降りてくる。
「封鎖? また騎士団ですか? それとも魔獣の大群?」
「いえ、もっと凄いです! 『お荷物』です!」
「荷物?」
リリアンナが眉をひそめて立ち上がった瞬間、村のメインストリートから地響きのような音が近づいてきた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
現れたのは、馬車だ。
一台ではない。
十台、二十台……いや、先が見えないほどの大船団ならぬ、大馬車団。
しかも、その全てに王家の紋章と、宰相府の紋章(意匠化された片眼鏡と薔薇)が刻まれている。
「な、なんですのあれは……」
リリアンナが呆然とする間に、先頭の馬車が丘の上の家の前で停止した。
御者台から降りてきたのは、王都の運送ギルドの長だった。
「へい、お届け物です! リリアンナ・フォン・エッシェンバッハ様宛で間違いありやせんか!」
「……宛名は私ですが、身に覚えがありません。受け取り拒否で」
「勘弁してくださいよ! これ全部持ち帰ったら、俺の首が飛びます!」
ギルド長が泣きつくと同時に、屈強な作業員たちが次々と荷台から木箱を降ろし始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 勝手に置かないで! 庭が埋まります!」
「へい、次! どんどん運べー! 日が暮れるぞー!」
止めようがない。
次々と積み上げられる木箱の山。
「一号車、完了! 中身は『最高級ドレス・田舎暮らし用カジュアルアレンジ』五十着!」
「二号車、完了! 『王都限定スイーツ詰め合わせ(日持ちするやつ)』百箱!」
「三号車、『入浴剤・美肌の湯シリーズ』一年分!」
「四号車、『古代魔導書の写本』および『最新経済新聞のバックナンバー』!」
読み上げられる目録の内容に、リリアンナは目眩を覚えた。
「五号車から十号車までは、全部『食料』です! 生ハム、チーズ、ワイン、干し肉!」
「ひゃっほぉぉぉぉい!!」
ミナが歓喜の雄叫びを上げて木箱にダイブした。
「師匠! 夢のようです! これなら冬眠しても生き延びられます!」
「私たちは熊ではありません!」
リリアンナは頭を抱えた。
これは贈り物ではない。
兵站(へいたん)だ。
軍隊の一つや二つ、余裕で養える物資量だ。
「……あのバカ宰相。金銭感覚はどうなっているんですか」
リリアンナが呻いていると、ギルド長が恭しく一枚の封筒を差し出した。
「あ、これ。依頼主様からの伝票……兼、手紙です」
リリアンナはひったくるように受け取り、封を切った。
中から出てきたのは、流麗な筆記体で書かれたメッセージカード。
『愛しいリリアンナへ。
君がいないと王都の経済が回らない……というのは建前で、僕の心が回らない。
寂しい思いをしていないか心配で、とりあえず生活必需品を送っておくよ。
これだけあれば、わざわざ村へ買い物に行かなくて済むだろう?
君の美しい肌が日焼けするのを防ぐための、僕なりの配慮だ。
追伸:
一番大きな木箱には、君が一番欲しがっているものを入れておいた。
返品は不可だよ。
ルーカス』
「……生活必需品の定義を辞書で引いてから出直してきなさい」
リリアンナはカードを握り潰した。
「一番大きな木箱……?」
庭を見渡すと、確かに一つだけ、棺桶のように巨大で、厳重に梱包された箱が鎮座していた。
「……まさか、自分自身が入っているわけではありませんわよね?」
嫌な予感がする。
あの男ならやりかねない。
「ミナ、開けてみなさい。もしルーカスが入っていたら、そのまま釘を打って送り返します」
「ラジャー! オープン!」
ミナがバールのようなもの(素手)で蓋をこじ開けた。
バカンッ!
中に入っていたのは、人間ではなかった。
巨大な水晶の塊──『超長距離通信用・魔導スクリーン』だった。
しかも、既に起動しており、画面には優雅に紅茶を飲むルーカスの顔が映し出されていた。
『やあ、リリアンナ。届いたみたいだね』
画面越しのルーカスが、爽やかに手を振る。
「……これ、国家機密レベルの通信機ですよね?」
『うん。王様の執務室から拝借してきた』
『横領です! 今すぐ返しなさい!』
リリアンナが画面に向かって叫ぶと、ルーカスは楽しそうに目を細めた。
『やっと、いつもの元気な声が聞けた』
「……っ」
『プリンの置手紙だけじゃ、君が寂しがって泣いているんじゃないかと思ってね。顔が見たかったんだ』
図星だった。
リリアンナは言葉に詰まり、顔を背けた。
「……泣いてなどいません。あまりの物量に呆れていただけです」
『そう? 目が赤いよ』
『……花粉症です』
『秋に花粉は飛ばないけどね』
ルーカスはクスクスと笑い、そして少しだけ真面目な顔になった。
『リリアンナ。その物資は、ただのプレゼントじゃない』
「では何ですの? 嫌がらせ?」
『手付金だよ』
「手付金?」
『ああ。僕は言ったはずだ。「君が逃げても、世界の果てまで追いかける」と』
ルーカスが画面越しに、リリアンナを指差す。
『その物資は、僕がそっちへ行くための準備(先行投資)だ。今、王都で引継ぎを猛スピードで終わらせている。……覚悟しておいで、僕の奥様』
「……は?」
リリアンナは思考停止した。
「そっちへ行く? 引継ぎ? ……まさか、本当に宰相を辞める気ですか!?」
『辞めるというか、有給消化というか……まあ、現地で説明するよ』
『ちょっと! 説明責任を果たしなさい! 王都はどうなるんですか!』
『フレデリックが覚醒したから大丈夫さ。それに、優秀な部下(君のお父上を含む)も育てておいた』
『お父様まで巻き込んだんですか!?』
『じゃあね。愛しているよ』
プツン。
通信が切れた。
画面が暗転し、リリアンナの顔が映り込む。
その顔は、怒りと、呆れと……そして隠しきれない歓喜で、くしゃくしゃに歪んでいた。
「……バカな男」
リリアンナはその場にへたり込んだ。
庭を埋め尽くす物資の山。
それは、ルーカスが本気で「こちらの世界(スローライフ)」に侵食してくるという、決定的な証拠だった。
「師匠! この生ハム、絶品です! あ、こっちの箱には『ルーカス様専用・抱き枕(本人ボイス機能付き)』が入ってます!」
「燃やしなさい! それは即刻焼却処分です!」
「えー、いい声なのにー」
ミナが抱き枕のスイッチを押す。
『リリアンナ、愛してる』
「ひぃぃぃッ! 消して! 近所迷惑です!」
リリアンナが慌てて抱き枕を奪い取ろうと追いかける。
静寂なエデンの村に、再び騒がしい日常が戻ってきた。
しかし、リリアンナの心にもう「欠落感」はなかった。
あるのは、これからやってくるであろう「嵐」への予感と、それを待ちわびる高揚感だけ。
(……来るなら来なさい。返り討ち……いえ、全額徴収してやりますわ!)
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