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「……あの、団長? 顔が近いです」
私の指摘に、レオンハルト・アイゼン騎士団長はピクリとも動きません。
至近距離にあるアイスブルーの瞳は、獲物を逃がさない猛禽類のように鋭く、そしてなぜか少し潤んでいるようにも見えます。
整いすぎた顔立ちが視界いっぱいに広がる状況は、世の女性ならば卒倒ものの「ご褒美」でしょう。
しかし、私にとっては「残業の延長」でしかありません。
早く帰りたい。帰ってパジャマに着替えたい。そして明日からのニート生活の計画を練り直さなければならないのです。
「聞こえていますか、アイゼン団長。私は今、一般市民に戻りました。騎士団に拘束される覚えはありません」
私が冷静に抗議すると、彼はようやく少しだけ顔を離しました。
しかし、私の退路を塞ぐ両腕――鋼のような筋肉の壁――はそのままでした。
「拘束ではない。護衛だ」
「護衛?」
「そうだ。元婚約者である王太子殿下は、感情的になっている。君が会場を出た後、激情に駆られて追手を差し向ける可能性が高い」
レオンハルト団長は、もっともらしい顔で言いました。
「君の身の安全が確保されるまで、私が個人的に警護する」
「……はあ」
一理ある、と言えなくもありません。
あの殿下のことですから、「やっぱり待て!」と騒ぎ出し、騎士たちに私を連れ戻させる命令を下すことくらいやりそうです。
ですが、それなら尚更、さっさと姿を消すのが最善手のはず。
「ご配慮は痛み入りますが、無用です。私には優秀な御者が待機しておりますので」
「その御者なら、帰した」
「はい?」
私の眉がピクリと跳ね上がりました。
「か、帰した? 私の馬車を?」
「ああ。『公爵令嬢は騎士団が責任を持って送り届けるゆえ、下がってよし』と伝えたら、安堵した顔で帰っていったぞ」
「なっ……!」
あいつ(御者)、さては殿下の騒動に巻き込まれるのを恐れて逃げましたね!?
解雇です。退職金なしの懲戒解雇です。
私が絶句していると、レオンハルト団長がおもむろに私の手を取りました。
ゴツゴツとした大きな掌が、私の華奢な手をすっぽりと包み込みます。
「さあ、行くぞ。私の馬車を回してある」
「ちょ、ちょっと! 離してください!」
「転ぶと危ない」
「子供じゃあるまいし、平らな廊下で転びません!」
抵抗しようとしましたが、悲しいかな、デスクワーク一筋の令嬢と、国一番の武人とでは基礎ステータスが違いすぎました。
彼は私の抵抗などそよ風程度にしか感じていない様子で、スタスタと歩き出します。
まるで連行される宇宙人のような格好で、私はバルコニーから夜の庭園へと引きずり出されました。
「あ、見て! アイゼン様よ!」
「スカーレット様を支えていらっしゃるわ……」
「なんてお優しい……。傷ついた彼女を、あのように守るなんて」
庭園で涼んでいた貴族たちが、私たちを見てうっとりと溜息をついています。
違います。
これはエスコートではありません。強制連行です。
「離して、離してと言っているでしょう! 聞いていますか!?」
「足元に段差がある。気をつけろ」
「会話になっていませんわ!」
私の抗議はすべて黙殺され、あれよあれよと言う間に、王家の紋章が入った豪奢な馬車の前まで連れてこられました。
御者台に座っていた騎士が、慌てて飛び降りて扉を開けます。
「だ、団長! 本当にお連れしたんですか!?」
「当然だ。出せ」
レオンハルト団長は私をひょいと抱き上げ――そう、お姫様抱っこです――そのまま馬車の中へと押し込みました。
「きゃっ!」
ふかふかのシートに放り出された私が体勢を立て直す前に、彼もまた素早く乗り込み、私の隣にどっかと腰を下ろします。
「だ、出しろ! 公爵邸だ!」
窓の外へ短く命じると、馬車はガタゴトと動き出しました。
密室。
逃げ場なし。
向かいの席ではなく、なぜか隣に座る氷の騎士団長。
その距離、わずか数センチ。彼の太腿が私のドレスに触れています。
(近い! 暑苦しい! 圧がすごい!)
私はジリジリと窓際へ寄りましたが、馬車が揺れるたびに彼の肩がぶつかります。
「……あの、アイゼン団長」
「レオンハルトでいい」
「ではレオンハルト様。なぜ向かいの席に座らないのですか? 四人乗りの馬車ですよね?」
「向かいだと、急ブレーキの際に君を支えられない」
「シートベルト代わりですか、貴方は」
呆れて溜息をつくと、彼がふと視線を落とし、懐からハンカチを取り出しました。
純白のシルクに、彼の家の紋章が刺繍された上等な品です。
それを無言で差し出されました。
「……何でしょう?」
「使え」
「は?」
「泣きたいんだろう?」
彼は真剣な眼差しで私を見つめました。
「無理をして笑っていたのは分かっている。公衆の面前で婚約破棄され、あれほど堂々と振る舞える令嬢などいない。……ここでは誰も見ていない。泣いていいぞ」
ああ、なるほど。
世間一般の常識に照らし合わせれば、私は「強がって気丈に振る舞う、哀れな捨てられ令嬢」に見えるわけですね。
そして彼は、そんな私を不器用に慰めようとしている、と。
(……悪い人ではないのね。ただ、絶望的に勘違いしているだけで)
私はハンカチを丁重に押し返しました。
「お気遣い感謝します。ですが、涙など一滴も出ませんわ」
「強がらなくていい」
「強がりではありません。あえて言うなら、嬉し泣きが出そうなくらいです」
「……嬉し泣き?」
彼が怪訝そうに眉を寄せました。
私はニヤリと笑うのを堪え、冷静に説明を試みます。
「レオンハルト様。貴方は、明日提出しなければならない書類が山積みで、上司が無能で、部下が使えなくて、毎日三時間睡眠が続いている状況を想像できますか?」
「……地獄だな」
「その地獄から、『今日で辞めていいよ』と言われたら、泣いて悲しみますか?」
「いや、宴を開くだろう」
「それです」
私はポンと手を打ちました。
「今の私は、まさに宴を開く直前の心境なのです。ですから、泣くためのハンカチよりも、祝杯のためのシャンパンを所望したいくらいでして」
私の完璧な比喩表現に、彼はポカンと口を開けました。
しばらくの間、馬車の中に車輪の音だけが響きます。
やがて、彼が低く唸るように呟きました。
「……そうか。君は、王太子殿下を愛していなかったのか」
「愛? ビジネスパートナーに愛を求める方が間違いです。求めていたのは『納期厳守』と『報連相』だけです」
キッパリと言い切ると、レオンハルト様は口元を手で覆い、肩を震わせ始めました。
(む。怒らせたかしら? 不敬だと?)
一応、騎士団長は王族の守護者です。王太子の悪口はまずかったかもしれません。
私が身構えると、彼は覆った手の隙間から、くつくつと喉を鳴らす音を漏らしました。
「……ふ、っ……はは……!」
「え?」
「『納期厳守』か……っ、傑作だ……!」
氷の騎士が、笑っている?
噂では「彼が笑うと気温が下がる」とか「笑った翌日には嵐が来る」とか言われていますが、目の前の彼は、まるで少年のように無邪気に笑っていました。
その笑顔が思いのほか破壊力抜群で、私は思わず目を逸らしてしまいます。
「わ、笑い事ではありません。こっちは死活問題だったのです」
「すまない。……だが、安心した」
彼は笑い収めると、ふっと優しい声色になりました。
「君が傷ついていないなら、それが一番だ」
その声の温度に、私の胸がトクリと跳ねました。
な、何ですかこの甘い雰囲気は。
調子が狂います。私はこういう「情緒」のある会話が苦手なのです。
私は咳払いを一つして、話題を実務的な方向へ修正しました。
「とにかく、そういうわけですので、私は明日から田舎へ引っ込みます。ほとぼりが冷めるまで、のんびりスローライフを満喫する予定です」
「田舎へ?」
「ええ。西の国境付近にある、祖母の古い別荘へ。あそこなら殿下の追手も来ませんし、何より温泉がありますから」
うっかりペラペラと喋ってしまいました。
まあ、どうせ明日には出発するのですから、隠しても意味はありません。
ところが。
レオンハルト様は、またしても私の予想を裏切る言葉を口にしました。
「西の国境付近か。奇遇だな」
「はい?」
「私も明日から、長期休暇を取っている」
嫌な予感がします。
背筋に冷たいものが走りました。
「そ、それは結構なことで。どこへ行かれるのです?」
「西だ」
「……方角が同じですね」
「目的地も同じかもしれん」
彼は懐から、先ほどとは別の書類を取り出しました。
それは、不動産の売買契約書のように見えました。
「実は先日、静養のために別荘を購入してな。場所は……ここだ」
彼が指差した地図の一点。
そこは、私の祖母の別荘の、まさに「お隣さん」でした。
「……………………は?」
思考がフリーズします。
偶然? いえ、そんな馬鹿な。
私が移住計画を立てたのは三日前。彼が契約書を作った日付も三日前。
「ご近所付き合い、よろしく頼む」
レオンハルト様は、この上なく爽やかな「ドヤ顔」で私に手を差し出しました。
その手には、確信犯の気配が濃厚に漂っています。
(逃げられない……!)
私の直感が警鐘を鳴らしました。
この男、ただの護衛ではありません。
私の「パジャマで一日中ゴロゴロする計画」を根本から破壊しに来た、最強の刺客です。
馬車がゆっくりと停止しました。
どうやら、我が家の屋敷に着いてしまったようです。
「さあ、着いたぞ。明日の出発は早朝だろう? 迎えに来る」
「頼んでません!」
「遠慮するな。荷造りも手伝おう」
「帰ってください! 絶対に来ないでください!」
私はドレスの裾を掴んで馬車から飛び降りました。
振り返ると、窓枠に肘をついたレオンハルト様が、楽しそうに手を振っています。
その目は語っていました。
『絶対に逃がさない』と。
私は屋敷の玄関へ駆け込みながら、天を仰ぎました。
(私の平穏な眠りは、一体どこへ――!?)
私の指摘に、レオンハルト・アイゼン騎士団長はピクリとも動きません。
至近距離にあるアイスブルーの瞳は、獲物を逃がさない猛禽類のように鋭く、そしてなぜか少し潤んでいるようにも見えます。
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しかし、私にとっては「残業の延長」でしかありません。
早く帰りたい。帰ってパジャマに着替えたい。そして明日からのニート生活の計画を練り直さなければならないのです。
「聞こえていますか、アイゼン団長。私は今、一般市民に戻りました。騎士団に拘束される覚えはありません」
私が冷静に抗議すると、彼はようやく少しだけ顔を離しました。
しかし、私の退路を塞ぐ両腕――鋼のような筋肉の壁――はそのままでした。
「拘束ではない。護衛だ」
「護衛?」
「そうだ。元婚約者である王太子殿下は、感情的になっている。君が会場を出た後、激情に駆られて追手を差し向ける可能性が高い」
レオンハルト団長は、もっともらしい顔で言いました。
「君の身の安全が確保されるまで、私が個人的に警護する」
「……はあ」
一理ある、と言えなくもありません。
あの殿下のことですから、「やっぱり待て!」と騒ぎ出し、騎士たちに私を連れ戻させる命令を下すことくらいやりそうです。
ですが、それなら尚更、さっさと姿を消すのが最善手のはず。
「ご配慮は痛み入りますが、無用です。私には優秀な御者が待機しておりますので」
「その御者なら、帰した」
「はい?」
私の眉がピクリと跳ね上がりました。
「か、帰した? 私の馬車を?」
「ああ。『公爵令嬢は騎士団が責任を持って送り届けるゆえ、下がってよし』と伝えたら、安堵した顔で帰っていったぞ」
「なっ……!」
あいつ(御者)、さては殿下の騒動に巻き込まれるのを恐れて逃げましたね!?
解雇です。退職金なしの懲戒解雇です。
私が絶句していると、レオンハルト団長がおもむろに私の手を取りました。
ゴツゴツとした大きな掌が、私の華奢な手をすっぽりと包み込みます。
「さあ、行くぞ。私の馬車を回してある」
「ちょ、ちょっと! 離してください!」
「転ぶと危ない」
「子供じゃあるまいし、平らな廊下で転びません!」
抵抗しようとしましたが、悲しいかな、デスクワーク一筋の令嬢と、国一番の武人とでは基礎ステータスが違いすぎました。
彼は私の抵抗などそよ風程度にしか感じていない様子で、スタスタと歩き出します。
まるで連行される宇宙人のような格好で、私はバルコニーから夜の庭園へと引きずり出されました。
「あ、見て! アイゼン様よ!」
「スカーレット様を支えていらっしゃるわ……」
「なんてお優しい……。傷ついた彼女を、あのように守るなんて」
庭園で涼んでいた貴族たちが、私たちを見てうっとりと溜息をついています。
違います。
これはエスコートではありません。強制連行です。
「離して、離してと言っているでしょう! 聞いていますか!?」
「足元に段差がある。気をつけろ」
「会話になっていませんわ!」
私の抗議はすべて黙殺され、あれよあれよと言う間に、王家の紋章が入った豪奢な馬車の前まで連れてこられました。
御者台に座っていた騎士が、慌てて飛び降りて扉を開けます。
「だ、団長! 本当にお連れしたんですか!?」
「当然だ。出せ」
レオンハルト団長は私をひょいと抱き上げ――そう、お姫様抱っこです――そのまま馬車の中へと押し込みました。
「きゃっ!」
ふかふかのシートに放り出された私が体勢を立て直す前に、彼もまた素早く乗り込み、私の隣にどっかと腰を下ろします。
「だ、出しろ! 公爵邸だ!」
窓の外へ短く命じると、馬車はガタゴトと動き出しました。
密室。
逃げ場なし。
向かいの席ではなく、なぜか隣に座る氷の騎士団長。
その距離、わずか数センチ。彼の太腿が私のドレスに触れています。
(近い! 暑苦しい! 圧がすごい!)
私はジリジリと窓際へ寄りましたが、馬車が揺れるたびに彼の肩がぶつかります。
「……あの、アイゼン団長」
「レオンハルトでいい」
「ではレオンハルト様。なぜ向かいの席に座らないのですか? 四人乗りの馬車ですよね?」
「向かいだと、急ブレーキの際に君を支えられない」
「シートベルト代わりですか、貴方は」
呆れて溜息をつくと、彼がふと視線を落とし、懐からハンカチを取り出しました。
純白のシルクに、彼の家の紋章が刺繍された上等な品です。
それを無言で差し出されました。
「……何でしょう?」
「使え」
「は?」
「泣きたいんだろう?」
彼は真剣な眼差しで私を見つめました。
「無理をして笑っていたのは分かっている。公衆の面前で婚約破棄され、あれほど堂々と振る舞える令嬢などいない。……ここでは誰も見ていない。泣いていいぞ」
ああ、なるほど。
世間一般の常識に照らし合わせれば、私は「強がって気丈に振る舞う、哀れな捨てられ令嬢」に見えるわけですね。
そして彼は、そんな私を不器用に慰めようとしている、と。
(……悪い人ではないのね。ただ、絶望的に勘違いしているだけで)
私はハンカチを丁重に押し返しました。
「お気遣い感謝します。ですが、涙など一滴も出ませんわ」
「強がらなくていい」
「強がりではありません。あえて言うなら、嬉し泣きが出そうなくらいです」
「……嬉し泣き?」
彼が怪訝そうに眉を寄せました。
私はニヤリと笑うのを堪え、冷静に説明を試みます。
「レオンハルト様。貴方は、明日提出しなければならない書類が山積みで、上司が無能で、部下が使えなくて、毎日三時間睡眠が続いている状況を想像できますか?」
「……地獄だな」
「その地獄から、『今日で辞めていいよ』と言われたら、泣いて悲しみますか?」
「いや、宴を開くだろう」
「それです」
私はポンと手を打ちました。
「今の私は、まさに宴を開く直前の心境なのです。ですから、泣くためのハンカチよりも、祝杯のためのシャンパンを所望したいくらいでして」
私の完璧な比喩表現に、彼はポカンと口を開けました。
しばらくの間、馬車の中に車輪の音だけが響きます。
やがて、彼が低く唸るように呟きました。
「……そうか。君は、王太子殿下を愛していなかったのか」
「愛? ビジネスパートナーに愛を求める方が間違いです。求めていたのは『納期厳守』と『報連相』だけです」
キッパリと言い切ると、レオンハルト様は口元を手で覆い、肩を震わせ始めました。
(む。怒らせたかしら? 不敬だと?)
一応、騎士団長は王族の守護者です。王太子の悪口はまずかったかもしれません。
私が身構えると、彼は覆った手の隙間から、くつくつと喉を鳴らす音を漏らしました。
「……ふ、っ……はは……!」
「え?」
「『納期厳守』か……っ、傑作だ……!」
氷の騎士が、笑っている?
噂では「彼が笑うと気温が下がる」とか「笑った翌日には嵐が来る」とか言われていますが、目の前の彼は、まるで少年のように無邪気に笑っていました。
その笑顔が思いのほか破壊力抜群で、私は思わず目を逸らしてしまいます。
「わ、笑い事ではありません。こっちは死活問題だったのです」
「すまない。……だが、安心した」
彼は笑い収めると、ふっと優しい声色になりました。
「君が傷ついていないなら、それが一番だ」
その声の温度に、私の胸がトクリと跳ねました。
な、何ですかこの甘い雰囲気は。
調子が狂います。私はこういう「情緒」のある会話が苦手なのです。
私は咳払いを一つして、話題を実務的な方向へ修正しました。
「とにかく、そういうわけですので、私は明日から田舎へ引っ込みます。ほとぼりが冷めるまで、のんびりスローライフを満喫する予定です」
「田舎へ?」
「ええ。西の国境付近にある、祖母の古い別荘へ。あそこなら殿下の追手も来ませんし、何より温泉がありますから」
うっかりペラペラと喋ってしまいました。
まあ、どうせ明日には出発するのですから、隠しても意味はありません。
ところが。
レオンハルト様は、またしても私の予想を裏切る言葉を口にしました。
「西の国境付近か。奇遇だな」
「はい?」
「私も明日から、長期休暇を取っている」
嫌な予感がします。
背筋に冷たいものが走りました。
「そ、それは結構なことで。どこへ行かれるのです?」
「西だ」
「……方角が同じですね」
「目的地も同じかもしれん」
彼は懐から、先ほどとは別の書類を取り出しました。
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「……………………は?」
思考がフリーズします。
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レオンハルト様は、この上なく爽やかな「ドヤ顔」で私に手を差し出しました。
その手には、確信犯の気配が濃厚に漂っています。
(逃げられない……!)
私の直感が警鐘を鳴らしました。
この男、ただの護衛ではありません。
私の「パジャマで一日中ゴロゴロする計画」を根本から破壊しに来た、最強の刺客です。
馬車がゆっくりと停止しました。
どうやら、我が家の屋敷に着いてしまったようです。
「さあ、着いたぞ。明日の出発は早朝だろう? 迎えに来る」
「頼んでません!」
「遠慮するな。荷造りも手伝おう」
「帰ってください! 絶対に来ないでください!」
私はドレスの裾を掴んで馬車から飛び降りました。
振り返ると、窓枠に肘をついたレオンハルト様が、楽しそうに手を振っています。
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