10 / 28
10
しおりを挟む
「――開門! 開門せよ! 王太子の御成であるぞ!」
優雅な朝のティータイムを台無しにしたのは、そんな怒号と、鼓膜を震わせるような金属音でした。
私は焼きたてのスコーン(レオンハルト様作)を持ったまま、窓の外を見下ろしました。
「……来ましたか」
「ああ。予想より早かったな」
向かいの席で、レオンハルト様が紅茶を飲み干し、静かに立ち上がりました。
窓の外――道路を挟んだ向かいの「レオンハルト要塞」の前に、数十名の騎士たちと、王家の紋章を掲げた馬車がひしめき合っています。
しかし、彼らは一歩も敷地内に入れないようでした。
なぜなら、要塞の防壁の上から、レオンハルト様の部下たち(休暇中のはずの精鋭騎士団員)が、眼光鋭く睨みを利かせているからです。
「貴様ら! この屋敷の主が誰か知っているのか! アイゼン騎士団長閣下の私有地だぞ!」
「王太子殿下の命令だ! ここを通せ!」
「ならん! 閣下の許可なく通せば、我々の首が飛ぶ!」
「こっちは殿下の首がかかってるんだよぉぉ!」
門の前で、近衛騎士と騎士団員が押し問答を繰り広げています。
近衛騎士たちの悲壮感が凄まじいことになっていました。
「スカーレット。君はここで待機していてくれ。私が追い払ってくる」
レオンハルト様が腰の剣を帯び直しました。
「いえ、行きます」
私はスコーンを皿に戻し、立ち上がりました。
「あれは私の『負債』です。自分で清算しなければ、こちらのスローライフに支障が出ますから」
「……分かった。だが、私の背中から離れるなよ」
私たちは玄関を出て、騒然とする通りへと向かいました。
門の前まで来ると、怒号がピタリと止みました。
騎士たちが割れ、その奥から一人の男がフラフラと歩み出てきます。
「……スカーレット……」
その姿を見た瞬間、私は思わず眉をひそめました。
「……どなたですか?」
そこには、かつてのキラキラしい王太子の面影はありませんでした。
髪はボサボサ、頬はこけ、目は落ち窪み、衣服は着崩れ、まるで三日間徹夜した後の亡霊のような男が立っていたのです。
「私だ……ジュリアンだ……! 見間違えるな……!」
「あら、これは失礼。あまりに人相が変わっておられましたので。魔界からの死者かと思いましたわ」
私が扇で口元を隠して冷たく言うと、ジュリアン殿下は縋るような目で私を見つめました。
「スカーレット……! 会いたかった……! 君がいなくなってから、城は地獄だ! 闇だ! 誰も何も分からないんだ!」
「それは大変でしたわね。皆様の無能さが露呈して」
「ああ、そうだ、君の言う通りだ! 私が愚かだった! だから頼む、戻ってきてくれ!」
殿下は鉄格子の隙間から手を伸ばしてきました。
「君が必要なんだ! 君がいないと、予算も、外交も、明日の晩餐会のメニューさえ決まらない! 君こそが私の光、私の知能、私の生命維持装置だったんだ!」
「……愛の告白にしては、随分と実利的な響きですわね」
私はため息をつきました。
「殿下。私はもう部外者です。光でも知能でもありません。ただの無職です」
「許す! 全て許すから!」
殿下は叫びました。
「君の冷たい態度も、可愛げのなさも、リリィへの嫌がらせも、全部水に流してやる! だから帰ってきて、あの書類の山を片付けてくれぇぇぇ!」
「……」
私は懐から、一枚の紙を取り出しました。
それは、昨夜のうちに作成しておいた請求書です。
「レオンハルト様、あれを」
私が紙を手渡すと、レオンハルト様は無言で受け取り、鉄格子の隙間から殿下へ突き出しました。
「な、なんだこれは?」
殿下が震える手で受け取ります。
「請求書です」
私は冷ややかに告げました。
「私が過去五年間、王太子妃教育という名目で行ってきた『公務代行』および『殿下の尻拭い』に対する報酬、並びに未払い残業代、休日出勤手当、そして今回の不当解雇に対する慰謝料。……締めて、金貨五億枚になります」
「ご、ご、五億……!?」
殿下の目が飛び出ました。
「国家予算の一割に相当するぞ!?」
「ええ。私の働きはそれだけの価値がありました。それを無償で使い潰そうとしたのですから、当然の対価です」
「払えるわけがないだろう!」
「では、お引き取りを。金のない依頼はお断りです」
私が踵を返そうとすると、殿下は半狂乱になって叫びました。
「待て! 金ではない! 愛だ! 私たちは愛し合っていたはずだろう!? あの婚約は、国のためだけでなく、二人の絆のためだったはずだ!」
「絆?」
私は足を止め、振り返りました。
「殿下。貴方がリリィ様を選び、私を捨てた瞬間に、その絆とやらは消滅しました。……いえ、そもそも最初から、私たちが共有していたのは『業務提携』だけでしたけれど」
「違う! 私は君を……!」
「それに、リリィ様への嫌がらせ? まだそんな妄言を信じていらっしゃるのですか?」
「え……?」
「出てらっしゃい、リリィ様」
私が手招きすると、私の後ろから、おずおずとピンクブロンドの頭が覗きました。
手にはデッキブラシを持ち、頭には三角巾を被った、完全な「掃除のおばちゃん」スタイルのリリィ様です。
「ひぃっ! 見つかったぁ……!」
「リ、リリィ!?」
殿下が目を疑いました。
「な、なぜ君がそこにいる!? しかも、その格好はなんだ!?」
「あ、あの、えっと……」
リリィ様は私の背中に隠れながら、プルプルと震えて叫びました。
「帰りたくないですぅぅ! 王宮は怖いですぅ! ここの方がご飯も美味しいし、スカーレットお姉様は優しいし、レオンハルト様は怖いけど頼りになるし、何より哲学書を読まなくていいから幸せなんですぅぅ!」
「な……っ」
殿下の顔が引きつりました。
「優しい? スカーレットが? 君をいじめていた悪女だぞ!?」
「違います! いじめてたのは殿下の『愛の重さ』と『仕事の押し付け』ですぅ! スカーレット様は、私に洗濯板の使い方を教えてくれた恩人です!」
「洗濯板……?」
殿下の脳内で処理しきれない単語が飛び交い、彼は混乱の極みに達しました。
「ま、待て、どういうことだ……。私のリリィは、可憐で、何もできなくて、私がいなければ生きていけない儚い花だったはず……」
「花も水をやらねば枯れますし、肥料をやりすぎれば根腐れします」
レオンハルト様が、冷たく言い放ちました。
「殿下。貴方の愛は、自己満足の押し付けに過ぎない。二人の女性は、貴方の元から逃げ出し、ここで自立して生きている。……それが答えだ」
「アイゼン……貴様ぁ……!」
殿下の怒りの矛先が、レオンハルト様に向けられました。
「貴様、近衛騎士団長の分際で、王太子に逆らうのか! スカーレットをたぶらかし、囲い込んでいるのは貴様だな!」
「たぶらかしてなどいない。私が彼女に惚れ込み、勝手に押しかけているだけだ」
レオンハルト様は堂々と宣言しました。
「それに、逆らっているつもりもない。私は『休暇中』であり、ここは『私有地』だ。不法侵入者を防ぐのは、土地の所有者として当然の権利だ」
「くっ……! こ、近衛兵! 突入せよ! スカーレットとリリィを奪還し、この無礼な男を捕縛せよ!」
殿下がヒステリックに叫びました。
しかし。
近衛兵たちは、誰一人として動こうとしませんでした。
「……何をしている! 命令だぞ!」
「あ、あの、殿下……」
近衛兵隊長が、青ざめた顔で囁きました。
「相手は『氷の騎士団長』と、その精鋭部隊です……。我々如きが束になっても、三分で全滅します」
「なっ、情けないぞ!」
「それに……先ほどのスカーレット様のご発言、および請求書の内容を見るに……我々の給与未払い問題も解決していない現状では、士気が……」
「貴様ら、金の話か!」
「生活がかかっておりますので!」
近衛兵たちもまた、ブラックな職場環境に疲弊していたのです。
私の提示した「正当な労働対価」という概念は、敵であるはずの彼らの心にも深く突き刺さっていたようでした。
「くっ……おのれ……! おのれぇぇぇ!」
殿下は地団駄を踏み、悔し涙を流しました。
「スカーレット! 私は諦めんぞ! 国のため、そして私の安眠のために、必ず君を連れ戻す!」
「安眠したいなら、ご自分で公務を片付けてください」
私はピシャリと言いました。
「それと、これ以上騒ぐなら、請求額に『騒音被害慰謝料』を追加します。分単位で加算しますので、覚悟なさい」
「ひぃっ……!」
私が懐中時計を取り出した瞬間、殿下は反射的に後ずさりました。
幼少期の教育係時代、私が時計を見たら「説教の時間」だったトラウマが蘇ったのでしょう。
「お、覚えてろ! 今日は引くが、次は法務大臣を連れてくるからな!」
殿下は捨て台詞を残し、馬車へと逃げ込みました。
「全軍、撤退だぁぁ!」
敗走する王太子軍の砂煙を見送りながら、私はふぅと息を吐きました。
「……まったく。騒がしい朝でしたわ」
「よくやった、スカーレット」
レオンハルト様が、愛おしそうに私の肩を抱きました。
「だが、諦めないと言っていたな。……次は、法的な手段に出るつもりか」
「望むところです。法律と契約書の解釈で、私に勝てると思って? 返り討ちにして差し上げますわ」
私は不敵に笑いました。
その背後で、リリィ様が「うぅ、お腹空いたぁ……」と緊張の糸が切れてへたり込んでいます。
「さあ、戻りましょう。スコーンが冷めてしまいます」
私たちは要塞――ではなく、私の別荘へと戻りました。
しかし、これで終わりではないことは分かっています。
ジュリアン殿下の執着(という名の労働力への渇望)は、そう簡単には消えないでしょう。
けれど、今の私には最強の盾(レオンハルト様)と、意外な味方(リリィ様)がいます。
(負ける気がしませんわ)
私は空を見上げました。
ルベル渓谷の青空は、どこまでも澄み渡っていました。
優雅な朝のティータイムを台無しにしたのは、そんな怒号と、鼓膜を震わせるような金属音でした。
私は焼きたてのスコーン(レオンハルト様作)を持ったまま、窓の外を見下ろしました。
「……来ましたか」
「ああ。予想より早かったな」
向かいの席で、レオンハルト様が紅茶を飲み干し、静かに立ち上がりました。
窓の外――道路を挟んだ向かいの「レオンハルト要塞」の前に、数十名の騎士たちと、王家の紋章を掲げた馬車がひしめき合っています。
しかし、彼らは一歩も敷地内に入れないようでした。
なぜなら、要塞の防壁の上から、レオンハルト様の部下たち(休暇中のはずの精鋭騎士団員)が、眼光鋭く睨みを利かせているからです。
「貴様ら! この屋敷の主が誰か知っているのか! アイゼン騎士団長閣下の私有地だぞ!」
「王太子殿下の命令だ! ここを通せ!」
「ならん! 閣下の許可なく通せば、我々の首が飛ぶ!」
「こっちは殿下の首がかかってるんだよぉぉ!」
門の前で、近衛騎士と騎士団員が押し問答を繰り広げています。
近衛騎士たちの悲壮感が凄まじいことになっていました。
「スカーレット。君はここで待機していてくれ。私が追い払ってくる」
レオンハルト様が腰の剣を帯び直しました。
「いえ、行きます」
私はスコーンを皿に戻し、立ち上がりました。
「あれは私の『負債』です。自分で清算しなければ、こちらのスローライフに支障が出ますから」
「……分かった。だが、私の背中から離れるなよ」
私たちは玄関を出て、騒然とする通りへと向かいました。
門の前まで来ると、怒号がピタリと止みました。
騎士たちが割れ、その奥から一人の男がフラフラと歩み出てきます。
「……スカーレット……」
その姿を見た瞬間、私は思わず眉をひそめました。
「……どなたですか?」
そこには、かつてのキラキラしい王太子の面影はありませんでした。
髪はボサボサ、頬はこけ、目は落ち窪み、衣服は着崩れ、まるで三日間徹夜した後の亡霊のような男が立っていたのです。
「私だ……ジュリアンだ……! 見間違えるな……!」
「あら、これは失礼。あまりに人相が変わっておられましたので。魔界からの死者かと思いましたわ」
私が扇で口元を隠して冷たく言うと、ジュリアン殿下は縋るような目で私を見つめました。
「スカーレット……! 会いたかった……! 君がいなくなってから、城は地獄だ! 闇だ! 誰も何も分からないんだ!」
「それは大変でしたわね。皆様の無能さが露呈して」
「ああ、そうだ、君の言う通りだ! 私が愚かだった! だから頼む、戻ってきてくれ!」
殿下は鉄格子の隙間から手を伸ばしてきました。
「君が必要なんだ! 君がいないと、予算も、外交も、明日の晩餐会のメニューさえ決まらない! 君こそが私の光、私の知能、私の生命維持装置だったんだ!」
「……愛の告白にしては、随分と実利的な響きですわね」
私はため息をつきました。
「殿下。私はもう部外者です。光でも知能でもありません。ただの無職です」
「許す! 全て許すから!」
殿下は叫びました。
「君の冷たい態度も、可愛げのなさも、リリィへの嫌がらせも、全部水に流してやる! だから帰ってきて、あの書類の山を片付けてくれぇぇぇ!」
「……」
私は懐から、一枚の紙を取り出しました。
それは、昨夜のうちに作成しておいた請求書です。
「レオンハルト様、あれを」
私が紙を手渡すと、レオンハルト様は無言で受け取り、鉄格子の隙間から殿下へ突き出しました。
「な、なんだこれは?」
殿下が震える手で受け取ります。
「請求書です」
私は冷ややかに告げました。
「私が過去五年間、王太子妃教育という名目で行ってきた『公務代行』および『殿下の尻拭い』に対する報酬、並びに未払い残業代、休日出勤手当、そして今回の不当解雇に対する慰謝料。……締めて、金貨五億枚になります」
「ご、ご、五億……!?」
殿下の目が飛び出ました。
「国家予算の一割に相当するぞ!?」
「ええ。私の働きはそれだけの価値がありました。それを無償で使い潰そうとしたのですから、当然の対価です」
「払えるわけがないだろう!」
「では、お引き取りを。金のない依頼はお断りです」
私が踵を返そうとすると、殿下は半狂乱になって叫びました。
「待て! 金ではない! 愛だ! 私たちは愛し合っていたはずだろう!? あの婚約は、国のためだけでなく、二人の絆のためだったはずだ!」
「絆?」
私は足を止め、振り返りました。
「殿下。貴方がリリィ様を選び、私を捨てた瞬間に、その絆とやらは消滅しました。……いえ、そもそも最初から、私たちが共有していたのは『業務提携』だけでしたけれど」
「違う! 私は君を……!」
「それに、リリィ様への嫌がらせ? まだそんな妄言を信じていらっしゃるのですか?」
「え……?」
「出てらっしゃい、リリィ様」
私が手招きすると、私の後ろから、おずおずとピンクブロンドの頭が覗きました。
手にはデッキブラシを持ち、頭には三角巾を被った、完全な「掃除のおばちゃん」スタイルのリリィ様です。
「ひぃっ! 見つかったぁ……!」
「リ、リリィ!?」
殿下が目を疑いました。
「な、なぜ君がそこにいる!? しかも、その格好はなんだ!?」
「あ、あの、えっと……」
リリィ様は私の背中に隠れながら、プルプルと震えて叫びました。
「帰りたくないですぅぅ! 王宮は怖いですぅ! ここの方がご飯も美味しいし、スカーレットお姉様は優しいし、レオンハルト様は怖いけど頼りになるし、何より哲学書を読まなくていいから幸せなんですぅぅ!」
「な……っ」
殿下の顔が引きつりました。
「優しい? スカーレットが? 君をいじめていた悪女だぞ!?」
「違います! いじめてたのは殿下の『愛の重さ』と『仕事の押し付け』ですぅ! スカーレット様は、私に洗濯板の使い方を教えてくれた恩人です!」
「洗濯板……?」
殿下の脳内で処理しきれない単語が飛び交い、彼は混乱の極みに達しました。
「ま、待て、どういうことだ……。私のリリィは、可憐で、何もできなくて、私がいなければ生きていけない儚い花だったはず……」
「花も水をやらねば枯れますし、肥料をやりすぎれば根腐れします」
レオンハルト様が、冷たく言い放ちました。
「殿下。貴方の愛は、自己満足の押し付けに過ぎない。二人の女性は、貴方の元から逃げ出し、ここで自立して生きている。……それが答えだ」
「アイゼン……貴様ぁ……!」
殿下の怒りの矛先が、レオンハルト様に向けられました。
「貴様、近衛騎士団長の分際で、王太子に逆らうのか! スカーレットをたぶらかし、囲い込んでいるのは貴様だな!」
「たぶらかしてなどいない。私が彼女に惚れ込み、勝手に押しかけているだけだ」
レオンハルト様は堂々と宣言しました。
「それに、逆らっているつもりもない。私は『休暇中』であり、ここは『私有地』だ。不法侵入者を防ぐのは、土地の所有者として当然の権利だ」
「くっ……! こ、近衛兵! 突入せよ! スカーレットとリリィを奪還し、この無礼な男を捕縛せよ!」
殿下がヒステリックに叫びました。
しかし。
近衛兵たちは、誰一人として動こうとしませんでした。
「……何をしている! 命令だぞ!」
「あ、あの、殿下……」
近衛兵隊長が、青ざめた顔で囁きました。
「相手は『氷の騎士団長』と、その精鋭部隊です……。我々如きが束になっても、三分で全滅します」
「なっ、情けないぞ!」
「それに……先ほどのスカーレット様のご発言、および請求書の内容を見るに……我々の給与未払い問題も解決していない現状では、士気が……」
「貴様ら、金の話か!」
「生活がかかっておりますので!」
近衛兵たちもまた、ブラックな職場環境に疲弊していたのです。
私の提示した「正当な労働対価」という概念は、敵であるはずの彼らの心にも深く突き刺さっていたようでした。
「くっ……おのれ……! おのれぇぇぇ!」
殿下は地団駄を踏み、悔し涙を流しました。
「スカーレット! 私は諦めんぞ! 国のため、そして私の安眠のために、必ず君を連れ戻す!」
「安眠したいなら、ご自分で公務を片付けてください」
私はピシャリと言いました。
「それと、これ以上騒ぐなら、請求額に『騒音被害慰謝料』を追加します。分単位で加算しますので、覚悟なさい」
「ひぃっ……!」
私が懐中時計を取り出した瞬間、殿下は反射的に後ずさりました。
幼少期の教育係時代、私が時計を見たら「説教の時間」だったトラウマが蘇ったのでしょう。
「お、覚えてろ! 今日は引くが、次は法務大臣を連れてくるからな!」
殿下は捨て台詞を残し、馬車へと逃げ込みました。
「全軍、撤退だぁぁ!」
敗走する王太子軍の砂煙を見送りながら、私はふぅと息を吐きました。
「……まったく。騒がしい朝でしたわ」
「よくやった、スカーレット」
レオンハルト様が、愛おしそうに私の肩を抱きました。
「だが、諦めないと言っていたな。……次は、法的な手段に出るつもりか」
「望むところです。法律と契約書の解釈で、私に勝てると思って? 返り討ちにして差し上げますわ」
私は不敵に笑いました。
その背後で、リリィ様が「うぅ、お腹空いたぁ……」と緊張の糸が切れてへたり込んでいます。
「さあ、戻りましょう。スコーンが冷めてしまいます」
私たちは要塞――ではなく、私の別荘へと戻りました。
しかし、これで終わりではないことは分かっています。
ジュリアン殿下の執着(という名の労働力への渇望)は、そう簡単には消えないでしょう。
けれど、今の私には最強の盾(レオンハルト様)と、意外な味方(リリィ様)がいます。
(負ける気がしませんわ)
私は空を見上げました。
ルベル渓谷の青空は、どこまでも澄み渡っていました。
0
あなたにおすすめの小説
居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる