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「――開門! 開門せよ! 王太子の御成であるぞ!」
優雅な朝のティータイムを台無しにしたのは、そんな怒号と、鼓膜を震わせるような金属音でした。
私は焼きたてのスコーン(レオンハルト様作)を持ったまま、窓の外を見下ろしました。
「……来ましたか」
「ああ。予想より早かったな」
向かいの席で、レオンハルト様が紅茶を飲み干し、静かに立ち上がりました。
窓の外――道路を挟んだ向かいの「レオンハルト要塞」の前に、数十名の騎士たちと、王家の紋章を掲げた馬車がひしめき合っています。
しかし、彼らは一歩も敷地内に入れないようでした。
なぜなら、要塞の防壁の上から、レオンハルト様の部下たち(休暇中のはずの精鋭騎士団員)が、眼光鋭く睨みを利かせているからです。
「貴様ら! この屋敷の主が誰か知っているのか! アイゼン騎士団長閣下の私有地だぞ!」
「王太子殿下の命令だ! ここを通せ!」
「ならん! 閣下の許可なく通せば、我々の首が飛ぶ!」
「こっちは殿下の首がかかってるんだよぉぉ!」
門の前で、近衛騎士と騎士団員が押し問答を繰り広げています。
近衛騎士たちの悲壮感が凄まじいことになっていました。
「スカーレット。君はここで待機していてくれ。私が追い払ってくる」
レオンハルト様が腰の剣を帯び直しました。
「いえ、行きます」
私はスコーンを皿に戻し、立ち上がりました。
「あれは私の『負債』です。自分で清算しなければ、こちらのスローライフに支障が出ますから」
「……分かった。だが、私の背中から離れるなよ」
私たちは玄関を出て、騒然とする通りへと向かいました。
門の前まで来ると、怒号がピタリと止みました。
騎士たちが割れ、その奥から一人の男がフラフラと歩み出てきます。
「……スカーレット……」
その姿を見た瞬間、私は思わず眉をひそめました。
「……どなたですか?」
そこには、かつてのキラキラしい王太子の面影はありませんでした。
髪はボサボサ、頬はこけ、目は落ち窪み、衣服は着崩れ、まるで三日間徹夜した後の亡霊のような男が立っていたのです。
「私だ……ジュリアンだ……! 見間違えるな……!」
「あら、これは失礼。あまりに人相が変わっておられましたので。魔界からの死者かと思いましたわ」
私が扇で口元を隠して冷たく言うと、ジュリアン殿下は縋るような目で私を見つめました。
「スカーレット……! 会いたかった……! 君がいなくなってから、城は地獄だ! 闇だ! 誰も何も分からないんだ!」
「それは大変でしたわね。皆様の無能さが露呈して」
「ああ、そうだ、君の言う通りだ! 私が愚かだった! だから頼む、戻ってきてくれ!」
殿下は鉄格子の隙間から手を伸ばしてきました。
「君が必要なんだ! 君がいないと、予算も、外交も、明日の晩餐会のメニューさえ決まらない! 君こそが私の光、私の知能、私の生命維持装置だったんだ!」
「……愛の告白にしては、随分と実利的な響きですわね」
私はため息をつきました。
「殿下。私はもう部外者です。光でも知能でもありません。ただの無職です」
「許す! 全て許すから!」
殿下は叫びました。
「君の冷たい態度も、可愛げのなさも、リリィへの嫌がらせも、全部水に流してやる! だから帰ってきて、あの書類の山を片付けてくれぇぇぇ!」
「……」
私は懐から、一枚の紙を取り出しました。
それは、昨夜のうちに作成しておいた請求書です。
「レオンハルト様、あれを」
私が紙を手渡すと、レオンハルト様は無言で受け取り、鉄格子の隙間から殿下へ突き出しました。
「な、なんだこれは?」
殿下が震える手で受け取ります。
「請求書です」
私は冷ややかに告げました。
「私が過去五年間、王太子妃教育という名目で行ってきた『公務代行』および『殿下の尻拭い』に対する報酬、並びに未払い残業代、休日出勤手当、そして今回の不当解雇に対する慰謝料。……締めて、金貨五億枚になります」
「ご、ご、五億……!?」
殿下の目が飛び出ました。
「国家予算の一割に相当するぞ!?」
「ええ。私の働きはそれだけの価値がありました。それを無償で使い潰そうとしたのですから、当然の対価です」
「払えるわけがないだろう!」
「では、お引き取りを。金のない依頼はお断りです」
私が踵を返そうとすると、殿下は半狂乱になって叫びました。
「待て! 金ではない! 愛だ! 私たちは愛し合っていたはずだろう!? あの婚約は、国のためだけでなく、二人の絆のためだったはずだ!」
「絆?」
私は足を止め、振り返りました。
「殿下。貴方がリリィ様を選び、私を捨てた瞬間に、その絆とやらは消滅しました。……いえ、そもそも最初から、私たちが共有していたのは『業務提携』だけでしたけれど」
「違う! 私は君を……!」
「それに、リリィ様への嫌がらせ? まだそんな妄言を信じていらっしゃるのですか?」
「え……?」
「出てらっしゃい、リリィ様」
私が手招きすると、私の後ろから、おずおずとピンクブロンドの頭が覗きました。
手にはデッキブラシを持ち、頭には三角巾を被った、完全な「掃除のおばちゃん」スタイルのリリィ様です。
「ひぃっ! 見つかったぁ……!」
「リ、リリィ!?」
殿下が目を疑いました。
「な、なぜ君がそこにいる!? しかも、その格好はなんだ!?」
「あ、あの、えっと……」
リリィ様は私の背中に隠れながら、プルプルと震えて叫びました。
「帰りたくないですぅぅ! 王宮は怖いですぅ! ここの方がご飯も美味しいし、スカーレットお姉様は優しいし、レオンハルト様は怖いけど頼りになるし、何より哲学書を読まなくていいから幸せなんですぅぅ!」
「な……っ」
殿下の顔が引きつりました。
「優しい? スカーレットが? 君をいじめていた悪女だぞ!?」
「違います! いじめてたのは殿下の『愛の重さ』と『仕事の押し付け』ですぅ! スカーレット様は、私に洗濯板の使い方を教えてくれた恩人です!」
「洗濯板……?」
殿下の脳内で処理しきれない単語が飛び交い、彼は混乱の極みに達しました。
「ま、待て、どういうことだ……。私のリリィは、可憐で、何もできなくて、私がいなければ生きていけない儚い花だったはず……」
「花も水をやらねば枯れますし、肥料をやりすぎれば根腐れします」
レオンハルト様が、冷たく言い放ちました。
「殿下。貴方の愛は、自己満足の押し付けに過ぎない。二人の女性は、貴方の元から逃げ出し、ここで自立して生きている。……それが答えだ」
「アイゼン……貴様ぁ……!」
殿下の怒りの矛先が、レオンハルト様に向けられました。
「貴様、近衛騎士団長の分際で、王太子に逆らうのか! スカーレットをたぶらかし、囲い込んでいるのは貴様だな!」
「たぶらかしてなどいない。私が彼女に惚れ込み、勝手に押しかけているだけだ」
レオンハルト様は堂々と宣言しました。
「それに、逆らっているつもりもない。私は『休暇中』であり、ここは『私有地』だ。不法侵入者を防ぐのは、土地の所有者として当然の権利だ」
「くっ……! こ、近衛兵! 突入せよ! スカーレットとリリィを奪還し、この無礼な男を捕縛せよ!」
殿下がヒステリックに叫びました。
しかし。
近衛兵たちは、誰一人として動こうとしませんでした。
「……何をしている! 命令だぞ!」
「あ、あの、殿下……」
近衛兵隊長が、青ざめた顔で囁きました。
「相手は『氷の騎士団長』と、その精鋭部隊です……。我々如きが束になっても、三分で全滅します」
「なっ、情けないぞ!」
「それに……先ほどのスカーレット様のご発言、および請求書の内容を見るに……我々の給与未払い問題も解決していない現状では、士気が……」
「貴様ら、金の話か!」
「生活がかかっておりますので!」
近衛兵たちもまた、ブラックな職場環境に疲弊していたのです。
私の提示した「正当な労働対価」という概念は、敵であるはずの彼らの心にも深く突き刺さっていたようでした。
「くっ……おのれ……! おのれぇぇぇ!」
殿下は地団駄を踏み、悔し涙を流しました。
「スカーレット! 私は諦めんぞ! 国のため、そして私の安眠のために、必ず君を連れ戻す!」
「安眠したいなら、ご自分で公務を片付けてください」
私はピシャリと言いました。
「それと、これ以上騒ぐなら、請求額に『騒音被害慰謝料』を追加します。分単位で加算しますので、覚悟なさい」
「ひぃっ……!」
私が懐中時計を取り出した瞬間、殿下は反射的に後ずさりました。
幼少期の教育係時代、私が時計を見たら「説教の時間」だったトラウマが蘇ったのでしょう。
「お、覚えてろ! 今日は引くが、次は法務大臣を連れてくるからな!」
殿下は捨て台詞を残し、馬車へと逃げ込みました。
「全軍、撤退だぁぁ!」
敗走する王太子軍の砂煙を見送りながら、私はふぅと息を吐きました。
「……まったく。騒がしい朝でしたわ」
「よくやった、スカーレット」
レオンハルト様が、愛おしそうに私の肩を抱きました。
「だが、諦めないと言っていたな。……次は、法的な手段に出るつもりか」
「望むところです。法律と契約書の解釈で、私に勝てると思って? 返り討ちにして差し上げますわ」
私は不敵に笑いました。
その背後で、リリィ様が「うぅ、お腹空いたぁ……」と緊張の糸が切れてへたり込んでいます。
「さあ、戻りましょう。スコーンが冷めてしまいます」
私たちは要塞――ではなく、私の別荘へと戻りました。
しかし、これで終わりではないことは分かっています。
ジュリアン殿下の執着(という名の労働力への渇望)は、そう簡単には消えないでしょう。
けれど、今の私には最強の盾(レオンハルト様)と、意外な味方(リリィ様)がいます。
(負ける気がしませんわ)
私は空を見上げました。
ルベル渓谷の青空は、どこまでも澄み渡っていました。
優雅な朝のティータイムを台無しにしたのは、そんな怒号と、鼓膜を震わせるような金属音でした。
私は焼きたてのスコーン(レオンハルト様作)を持ったまま、窓の外を見下ろしました。
「……来ましたか」
「ああ。予想より早かったな」
向かいの席で、レオンハルト様が紅茶を飲み干し、静かに立ち上がりました。
窓の外――道路を挟んだ向かいの「レオンハルト要塞」の前に、数十名の騎士たちと、王家の紋章を掲げた馬車がひしめき合っています。
しかし、彼らは一歩も敷地内に入れないようでした。
なぜなら、要塞の防壁の上から、レオンハルト様の部下たち(休暇中のはずの精鋭騎士団員)が、眼光鋭く睨みを利かせているからです。
「貴様ら! この屋敷の主が誰か知っているのか! アイゼン騎士団長閣下の私有地だぞ!」
「王太子殿下の命令だ! ここを通せ!」
「ならん! 閣下の許可なく通せば、我々の首が飛ぶ!」
「こっちは殿下の首がかかってるんだよぉぉ!」
門の前で、近衛騎士と騎士団員が押し問答を繰り広げています。
近衛騎士たちの悲壮感が凄まじいことになっていました。
「スカーレット。君はここで待機していてくれ。私が追い払ってくる」
レオンハルト様が腰の剣を帯び直しました。
「いえ、行きます」
私はスコーンを皿に戻し、立ち上がりました。
「あれは私の『負債』です。自分で清算しなければ、こちらのスローライフに支障が出ますから」
「……分かった。だが、私の背中から離れるなよ」
私たちは玄関を出て、騒然とする通りへと向かいました。
門の前まで来ると、怒号がピタリと止みました。
騎士たちが割れ、その奥から一人の男がフラフラと歩み出てきます。
「……スカーレット……」
その姿を見た瞬間、私は思わず眉をひそめました。
「……どなたですか?」
そこには、かつてのキラキラしい王太子の面影はありませんでした。
髪はボサボサ、頬はこけ、目は落ち窪み、衣服は着崩れ、まるで三日間徹夜した後の亡霊のような男が立っていたのです。
「私だ……ジュリアンだ……! 見間違えるな……!」
「あら、これは失礼。あまりに人相が変わっておられましたので。魔界からの死者かと思いましたわ」
私が扇で口元を隠して冷たく言うと、ジュリアン殿下は縋るような目で私を見つめました。
「スカーレット……! 会いたかった……! 君がいなくなってから、城は地獄だ! 闇だ! 誰も何も分からないんだ!」
「それは大変でしたわね。皆様の無能さが露呈して」
「ああ、そうだ、君の言う通りだ! 私が愚かだった! だから頼む、戻ってきてくれ!」
殿下は鉄格子の隙間から手を伸ばしてきました。
「君が必要なんだ! 君がいないと、予算も、外交も、明日の晩餐会のメニューさえ決まらない! 君こそが私の光、私の知能、私の生命維持装置だったんだ!」
「……愛の告白にしては、随分と実利的な響きですわね」
私はため息をつきました。
「殿下。私はもう部外者です。光でも知能でもありません。ただの無職です」
「許す! 全て許すから!」
殿下は叫びました。
「君の冷たい態度も、可愛げのなさも、リリィへの嫌がらせも、全部水に流してやる! だから帰ってきて、あの書類の山を片付けてくれぇぇぇ!」
「……」
私は懐から、一枚の紙を取り出しました。
それは、昨夜のうちに作成しておいた請求書です。
「レオンハルト様、あれを」
私が紙を手渡すと、レオンハルト様は無言で受け取り、鉄格子の隙間から殿下へ突き出しました。
「な、なんだこれは?」
殿下が震える手で受け取ります。
「請求書です」
私は冷ややかに告げました。
「私が過去五年間、王太子妃教育という名目で行ってきた『公務代行』および『殿下の尻拭い』に対する報酬、並びに未払い残業代、休日出勤手当、そして今回の不当解雇に対する慰謝料。……締めて、金貨五億枚になります」
「ご、ご、五億……!?」
殿下の目が飛び出ました。
「国家予算の一割に相当するぞ!?」
「ええ。私の働きはそれだけの価値がありました。それを無償で使い潰そうとしたのですから、当然の対価です」
「払えるわけがないだろう!」
「では、お引き取りを。金のない依頼はお断りです」
私が踵を返そうとすると、殿下は半狂乱になって叫びました。
「待て! 金ではない! 愛だ! 私たちは愛し合っていたはずだろう!? あの婚約は、国のためだけでなく、二人の絆のためだったはずだ!」
「絆?」
私は足を止め、振り返りました。
「殿下。貴方がリリィ様を選び、私を捨てた瞬間に、その絆とやらは消滅しました。……いえ、そもそも最初から、私たちが共有していたのは『業務提携』だけでしたけれど」
「違う! 私は君を……!」
「それに、リリィ様への嫌がらせ? まだそんな妄言を信じていらっしゃるのですか?」
「え……?」
「出てらっしゃい、リリィ様」
私が手招きすると、私の後ろから、おずおずとピンクブロンドの頭が覗きました。
手にはデッキブラシを持ち、頭には三角巾を被った、完全な「掃除のおばちゃん」スタイルのリリィ様です。
「ひぃっ! 見つかったぁ……!」
「リ、リリィ!?」
殿下が目を疑いました。
「な、なぜ君がそこにいる!? しかも、その格好はなんだ!?」
「あ、あの、えっと……」
リリィ様は私の背中に隠れながら、プルプルと震えて叫びました。
「帰りたくないですぅぅ! 王宮は怖いですぅ! ここの方がご飯も美味しいし、スカーレットお姉様は優しいし、レオンハルト様は怖いけど頼りになるし、何より哲学書を読まなくていいから幸せなんですぅぅ!」
「な……っ」
殿下の顔が引きつりました。
「優しい? スカーレットが? 君をいじめていた悪女だぞ!?」
「違います! いじめてたのは殿下の『愛の重さ』と『仕事の押し付け』ですぅ! スカーレット様は、私に洗濯板の使い方を教えてくれた恩人です!」
「洗濯板……?」
殿下の脳内で処理しきれない単語が飛び交い、彼は混乱の極みに達しました。
「ま、待て、どういうことだ……。私のリリィは、可憐で、何もできなくて、私がいなければ生きていけない儚い花だったはず……」
「花も水をやらねば枯れますし、肥料をやりすぎれば根腐れします」
レオンハルト様が、冷たく言い放ちました。
「殿下。貴方の愛は、自己満足の押し付けに過ぎない。二人の女性は、貴方の元から逃げ出し、ここで自立して生きている。……それが答えだ」
「アイゼン……貴様ぁ……!」
殿下の怒りの矛先が、レオンハルト様に向けられました。
「貴様、近衛騎士団長の分際で、王太子に逆らうのか! スカーレットをたぶらかし、囲い込んでいるのは貴様だな!」
「たぶらかしてなどいない。私が彼女に惚れ込み、勝手に押しかけているだけだ」
レオンハルト様は堂々と宣言しました。
「それに、逆らっているつもりもない。私は『休暇中』であり、ここは『私有地』だ。不法侵入者を防ぐのは、土地の所有者として当然の権利だ」
「くっ……! こ、近衛兵! 突入せよ! スカーレットとリリィを奪還し、この無礼な男を捕縛せよ!」
殿下がヒステリックに叫びました。
しかし。
近衛兵たちは、誰一人として動こうとしませんでした。
「……何をしている! 命令だぞ!」
「あ、あの、殿下……」
近衛兵隊長が、青ざめた顔で囁きました。
「相手は『氷の騎士団長』と、その精鋭部隊です……。我々如きが束になっても、三分で全滅します」
「なっ、情けないぞ!」
「それに……先ほどのスカーレット様のご発言、および請求書の内容を見るに……我々の給与未払い問題も解決していない現状では、士気が……」
「貴様ら、金の話か!」
「生活がかかっておりますので!」
近衛兵たちもまた、ブラックな職場環境に疲弊していたのです。
私の提示した「正当な労働対価」という概念は、敵であるはずの彼らの心にも深く突き刺さっていたようでした。
「くっ……おのれ……! おのれぇぇぇ!」
殿下は地団駄を踏み、悔し涙を流しました。
「スカーレット! 私は諦めんぞ! 国のため、そして私の安眠のために、必ず君を連れ戻す!」
「安眠したいなら、ご自分で公務を片付けてください」
私はピシャリと言いました。
「それと、これ以上騒ぐなら、請求額に『騒音被害慰謝料』を追加します。分単位で加算しますので、覚悟なさい」
「ひぃっ……!」
私が懐中時計を取り出した瞬間、殿下は反射的に後ずさりました。
幼少期の教育係時代、私が時計を見たら「説教の時間」だったトラウマが蘇ったのでしょう。
「お、覚えてろ! 今日は引くが、次は法務大臣を連れてくるからな!」
殿下は捨て台詞を残し、馬車へと逃げ込みました。
「全軍、撤退だぁぁ!」
敗走する王太子軍の砂煙を見送りながら、私はふぅと息を吐きました。
「……まったく。騒がしい朝でしたわ」
「よくやった、スカーレット」
レオンハルト様が、愛おしそうに私の肩を抱きました。
「だが、諦めないと言っていたな。……次は、法的な手段に出るつもりか」
「望むところです。法律と契約書の解釈で、私に勝てると思って? 返り討ちにして差し上げますわ」
私は不敵に笑いました。
その背後で、リリィ様が「うぅ、お腹空いたぁ……」と緊張の糸が切れてへたり込んでいます。
「さあ、戻りましょう。スコーンが冷めてしまいます」
私たちは要塞――ではなく、私の別荘へと戻りました。
しかし、これで終わりではないことは分かっています。
ジュリアン殿下の執着(という名の労働力への渇望)は、そう簡単には消えないでしょう。
けれど、今の私には最強の盾(レオンハルト様)と、意外な味方(リリィ様)がいます。
(負ける気がしませんわ)
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