婚約破棄?喜んで!完璧悪役令嬢は引退予定です!

ちゅんりー

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翌朝。


小鳥の囀りではなく、窓ガラスをくちばしで激しく突つく音で、私は目を覚ましました。


「……何ですの、朝から」


眠い目をこすりながら窓を開けると、一羽の鳩が飛び込んできました。


足には王家の紋章……ではなく、我がヴァレンタイン公爵家の紋章が入った筒が括り付けられています。


「伝書鳩? お父様から?」


嫌な予感がしました。


郵便ではなく、緊急用の鳩を使うなど、よほどの事態です。


私は筒から小さな紙片を取り出し、広げました。


そこには、父の震える筆跡で、こう書かれていました。


『至急報む! 今朝、王太子殿下より通達あり。「スカーレットを三日以内に返還せねば、ヴァレンタイン家の全資産を凍結し、商取引を禁止する」とのこと! 現在、主要取引銀行に圧力がかかっている! 我が家の資金繰りがヤバい! 父、胃が痛い!』


「……は?」


私は寝起きの頭で、その紙片を三度読み返しました。


資産凍結。


商取引禁止。


つまり、経済制裁です。


「……あのアホ(殿下)」


私の口から、令嬢にあるまじき低音の悪態が漏れました。


私個人を連れ戻せないと悟るや否や、私の実家を人質に取り、兵糧攻めを仕掛けてきたのです。


しかも、ヴァレンタイン家は国の物流と金融の要。そこを止めれば、我が家だけでなく国全体の経済が麻痺することすら理解していない。


「スカーレット? どうした、殺気立っているぞ」


リビングへ降りると、エプロン姿で朝食の準備をしていたレオンハルト様が、フライパン片手に振り返りました。


「おはようございます、レオンハルト様。……少し、戦争の準備をしておりまして」


「戦争? 朝飯前にか?」


「ええ。殿下が『核兵器』のスイッチに手をかけられましたので」


私は父からの手紙をテーブルに叩きつけました。


レオンハルト様は手紙を一読し、目を細めました。


「……資産凍結か。卑劣な手を」


「卑劣な上に、無知ですわ。公爵家の資産を凍結すれば、関連する下請け業者、物流網、さらには王都の市場まで連鎖倒産することを知らないのです」


私は怒りで震える手で、コーヒーを淹れました。


「私を愛している? 笑わせないでください。愛する女性の実家を破産させようとする男が、どこの世界にいますか!」


「その通りだ。……どうする? 私の資産を使えば、ヴァレンタイン家の負債くらい一瞬で肩代わりできるが」


レオンハルト様が、さらりと「国家予算並みの提案」をしてきました。


この人の実家(アイゼン公爵家)は、実は王家よりも金持ちだという噂は本当だったようです。


しかし。


「お気持ちは嬉しいですが、お断りします」


私はキッパリと言いました。


「これは私の戦いです。殿下は『金で女を支配できる』と思っている。その勘違いを、徹底的に粉砕しなければ気が済みません」


「……頼もしいな。では、どう戦う?」


「法的措置と、経済報復です」


私はテーブルに新しい紙を広げ、羽根ペンを手に取りました。


私の目は、深夜の残業モード――「修羅場モード」に切り替わっていました。


「まず、王家といえど、正当な理由なく貴族の私有財産を凍結することは『貴族法第12条』により禁じられています。これは明らかな職権乱用」


サラサラとペンが走ります。


「次に、銀行への圧力ですが、これは『金融取引法』違反。証拠さえあれば、銀行側を逆に訴えることができます」


「証拠はどうする?」


「父に指示を送ります。『殿下からの脅迫状を全て保管し、銀行との会話も記録せよ』と。……それから」


私はニヤリと笑いました。


「殿下が経済制裁をするなら、こちらも相応のカードを切ります」


「カード?」


「ヴァレンタイン家は、王宮への『食材・燃料・消耗品』の最大供給元です」


私はペン先を突きつけました。


「殿下が資産を凍結するというなら、結構。我が家も『資金不足により、王宮への納入を停止せざるを得ない』と発表します」


「……なるほど」


レオンハルト様が感心したように唸りました。


「つまり、王宮のライフラインを止めるわけか」


「ええ。明日から王宮の食事は乾パンのみ、暖炉の薪もなく、トイレの紙もなくなるでしょう。……リリィ様が逃げ出した今、誰がその補充を手配できるかしら?」


「地獄だな」


「自業自得です。喧嘩を売る相手と、経済の仕組みを理解していなかったことを、空腹と寒さの中で後悔させて差し上げます」


私が手紙を書き終えた時、背後からあくびをしながらリリィ様が起きてきました。


「ふわぁ……おはようございますぅ。なんか、空気がピリピリしてません?」


「おはよう、リリィ。……これから、君の元カレ(殿下)と全面戦争よ」


「えっ!? またですかぁ!?」


私は書き上げた反撃の指示書を筒に入れ、待機していた鳩の足に結びつけました。


「行きなさい! お父様に『倍返しです』と伝えて!」


鳩は力強く羽ばたき、王都の空へと消えていきました。


「さあ、朝食にしましょう。戦にはエネルギーが必要です」


私は席につき、レオンハルト様が焼いたオムレツを一口食べました。


「……美味しい」


「だろう? 怒っている君も魅力的だが、やはり食べている顔が一番だ」


レオンハルト様は優しくコーヒーを注ぎ足してくれました。


「スカーレット。君の実家へのフォローだが、裏で私の家の商会も動かしておこう。表向きは君の作戦通りに進めるが、万が一の時のセーフティネットだ」


「……過保護ですね」


「君の『倍返し』が成功するよう、舞台を整えるのが私の役目だからな」


彼はウィンクしました。


「それに、法務大臣が来るなら、こちらも『法』の専門家を用意する必要があるだろう?」


「あてがあるのですか?」


「私の友人に、性格の悪い敏腕弁護士がいてな。君と気が合いそうだ」


性格が悪い、は余計ですが、心強い味方のようです。


「分かりました。では、その方にもご協力を」


こうして、私の優雅な朝食は「作戦会議」へと変わりました。


王都の父よ、安心してください。


貴方の娘は、泣き寝入りするほど弱くはありません。


殿下が経済で殴ってくるなら、私は法律と流通で殴り返す。


徹底抗戦の火蓋は、切って落とされました。
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