婚約破棄?喜んで!完璧悪役令嬢は引退予定です!

ちゅんりー

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「ご紹介しよう。私の友人で、王都一の敏腕弁護士、ヴィクター・アッシュフォードだ」


レオンハルト様に連れられて別荘に現れたのは、銀縁眼鏡をかけた、神経質そうな美青年でした。


彼は完璧にプレスされたスーツを着こなし、手には分厚い革の鞄を持っています。


その目は、まるで私をレントゲン写真のように値踏みしていました。


「……お初にお目にかかります、スカーレット・ヴァレンタイン嬢」


ヴィクター氏は、私の手を取らず、軽く会釈だけをしました。


「アイゼン団長から『面白い女性がいる』と聞き及びましたが……なるほど。確かに、あの愚かな王太子を論破し、請求書を送りつけるだけの『知性』を感じる面構えだ」


「褒め言葉として受け取っておきますわ、アッシュフォード弁護士」


私はニッコリと笑い返しました。


「貴方からも、私の嫌いな『感情論』や『根性論』を一切感じません。非常に話しやすそうな方で安心しました」


「ほう?」


ヴィクター氏の眼鏡がキラリと光りました。


私たちは一瞬で見えない握手を交わしました。


(同類だ)


お互いの直感が、そう告げていたのです。


***


リビングに移動し、早速作戦会議が始まりました。


テーブルには父からの手紙と、私が作成した反撃の草案が広げられています。


ヴィクター氏はそれらをパラパラと捲り、わずか数分で目を通しました。


「……ふむ。悪くない」


彼は短い感想を漏らしました。


「貴族法第12条および金融取引法に基づく違法性の指摘。さらに、物流停止による経済的報復。素人にしては的確な判断だ」


「素人とは失礼な。私は五年間、国の法務・財務の実質的な責任者でしたのよ」


「知っている。だからこそ、ここに来た」


ヴィクター氏はニヤリと笑いました。


「だが、これだけでは不十分だ。王太子は『王権』という超法規的なカードを切ってくる可能性がある。『国家の危機』を捏造し、ヴァレンタイン家を強制捜査する……とかな」


「ああ、あの殿下ならやりかねませんね。『リリィが泣いているのは国家の危機だ!』とか言って」


「えっ!? 私!?」


お茶を運んできたリリィ様が、自分の名前が出てビクッと反応しました。


しかし、私とヴィクター氏は彼女をスルーし、高速で会話を続けます。


「そこでだ、スカーレット嬢。我々はもう一手、法的拘束力のある『王族への対抗措置』を用意すべきだ」


「王族への? まさか『大憲章(マグナ・カルタ)』の第64条、『王族不行跡に対する弾劾裁判』ですか?」


「惜しい。それも有効だが、手続きに時間がかかる。私が提案するのは『王室会計監査特例法』の適用だ」


「……あ!」


私はポンと手を打ちました。


「なるほど! 王族が私的な理由で国庫に損害を与えた疑いがある場合、外部監査機関が王族個人の資産および権限を一時凍結できる、という……!」


「その通り。通称『王の財布封じ』だ」


ヴィクター氏は流れるように説明を続けました。


「今回の経済制裁は、明らかに王太子の私怨だ。これにより物流が停滞すれば、国庫への税収も減る。つまり『王太子が国の利益を損なっている』という構図が成立する」


「素晴らしいですわ! それなら、監査請求の署名は貴族院の三分の一で足ります。父の人脈を使えば、今日中に集まります!」


「さらに、アイゼン家の『軍事予算凍結』もチラつかせれば、軍部もこちらの味方につく」


「完璧です! 論理の包囲網で、殿下の手足を完全に縛れますわ!」


「フフフ……楽しいな。これほど話が通じる相手は久しぶりだ」


「オホホ……私もですわ。論理パズルがカチッとはまる快感、たまりませんわね」


私とヴィクター氏は、恍惚とした表情で笑い合いました。


その横で。


リリィ様が、ポカンと口を開けてレオンハルト様に話しかけていました。


「……あのぉ、レオンハルト様」


「なんだ」


「お二人は、どこの国の言葉を話していらっしゃるんですか? 呪文? 悪魔召喚の儀式?」


「いや、ただの法律用語だ」


レオンハルト様は苦笑しながら、紅茶を啜りました。


「だがまあ、リリィの言うことも分かる。あいつら、似すぎているな」


「ですよねぇ!? 空気が冷たいっていうか、ドライアイスみたいですぅ!」


「安心しろ。スカーレットのあんな楽しそうな顔を引き出せるのは、私以外ではあいつくらいだ。……少し嫉妬するがな」


レオンハルト様は、少しだけ面白くなさそうに頬杖をつきました。


そんな外野の会話など耳に入らず、私とヴィクター氏の「悪巧み」は加速していきます。


「では、この『監査請求書』の作成は私が担当しよう。君は実家の公爵と連携し、被害状況の証拠固めを頼む」


「承知しました。あ、ついでに『精神的苦痛による慰謝料』の算定式ですが、こちらの判例を使おうかと」


「ほう、百年前の『泥沼離婚裁判』の判例か。えげつないな、君は」


「勝つためには使えるものは何でも使います」


「気に入った。アイツ(レオンハルト)が惚れ込むのも無理はない」


ヴィクター氏は眼鏡の位置を直しながら、私に初めて温かい(といっても零度から三度になったくらいですが)視線を向けました。


「スカーレット嬢。君は優秀だ。どうだ、この件が片付いたら、私の事務所で働かないか? 君ならトップパラリーガル、いや、すぐにパートナー弁護士になれる」


突然のヘッドハンティング。


私は目を丸くしました。


「あら、魅力的ですわね。高給優遇、残業なしなら考えなくもありません」


「条件は相談に応じよう。アイツの嫁になるより、よほど有意義な人生が送れるぞ?」


「おい、ヴィクター」


ドスの効いた声が割り込みました。


いつの間にか私の背後に立ったレオンハルト様が、ヴィクター氏を睨みつけています。


「人の婚約者(予定)を勧誘するな。スカーレットは私の専属だ」


「おや、怖いわ。独占欲の強い男は嫌われるぞ?」


「うるさい。……スカーレット、君もだ。あまり楽しそうに男と話すな」


レオンハルト様は私の肩を抱き寄せ、子供のように拗ねて言いました。


「君と『論理パズル』を楽しむのはいいが、その後で私とも『愛の語らい』をする時間を確保しろよ」


「……レオンハルト様。今は作戦会議中です」


「会議は終わりだ。ヴィクター、お前は客室で書類を作れ。私はスカーレットと夕食の準備をする」


「やれやれ。愛に溺れた騎士団長は見苦しいな」


ヴィクター氏は肩をすくめ、鞄を持って立ち上がりました。


「では、私は仕事に戻る。……スカーレット嬢、君の実力、しかと見せてもらった。勝てるぞ、この裁判」


「ええ。完膚なきまでに叩き潰しましょう」


私たちは再び「悪魔の微笑み」を交わしました。


リリィ様が「ひぃっ、同じ顔が二つ……!」と震え上がっています。


最強の知能犯(弁護士)が仲間に加わりました。


これで、法的・経済的な反撃準備は整いました。


あとは、これをいつ、どのタイミングで殿下の喉元に突きつけるか。


(……ふふ。楽しみですわ)


私はキッチンの包丁を手に取り、夕食の野菜を切り始めました。


その切れ味は、かつてないほど鋭く、迷いのないものでした。
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