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「――決闘だ、スカーレット!」
翌日、私の別荘の扉に突き刺さったのは、剣ではなく、金色の縁取りがされた派手な招待状でした。
差出人は、もちろんジュリアン殿下。
内容は以下の通りです。
『私の愛と正義を証明するため、明日の正午、村の中央広場にて「公開討論会」を開催する。村人たちの前で、どちらが真に国を憂い、どちらが非道であるか、白黒つけようではないか。逃げれば貴様の負けとみなす』
「……暇なのですか、あの方は」
私はリビングで招待状をテーブルに投げ捨てました。
「国政が停滞しているこの時期に、辺境の村で弁論大会? 優先順位が崩壊していますわ」
「全くだ」
ソファで法律書を読んでいたヴィクター氏が、呆れたように眼鏡を押し上げました。
「だが、狙いは悪くない。彼は『論理』では君に勝てないと悟り、『感情』と『多数決』に訴える作戦に出たようだ。民衆の前で君を『冷酷な悪女』として断罪し、同情票を集めるつもりだろう」
「なるほど。劇場型政治というわけですね」
「ああ。群衆心理は厄介だ。理屈よりも、涙ながらの演説に弱い。君のような『可愛げのない女』は、悪役に仕立て上げられやすいぞ?」
ヴィクター氏は意地悪く笑いました。
「どうする? 辞退するか?」
「まさか」
私は優雅に紅茶を啜りました。
「売られた喧嘩を買わないのは、商人の娘(実家は元・豪商)として沽券に関わります。それに……」
私はチラリと窓の外を見ました。
「彼が選んだ場所が『この村』だということが、最大の敗因だと教えて差し上げましょう」
「……性格が悪いな、君は」
「お褒めにあずかり光栄です」
***
翌日の正午。
村の中央広場には、急ごしらえの木のステージが組まれていました。
その周りには、村人全員が集まっているのではないかというほどの人だかりができています。
「おお、来たぞ! スカーレット様だ!」
「女神様のお通りだ!」
私がレオンハルト様にエスコートされて現れると、群衆がざわめきました。
しかし、ステージ上のジュリアン殿下には、それが「悪女へのブーイング」に聞こえたようです。
「ふふん、見たまえスカーレット。民衆は怒っているぞ!」
殿下は白いタキシード(どこで着替えたのですか)に身を包み、マイク代わりの拡声魔道具を持って勝ち誇っています。
「彼らは知っているのだ! 君が国を捨て、職務を放棄し、私の心を傷つけたことを!」
「……」
私は無言でステージに上がりました。
私の後ろには、護衛役のレオンハルト様、弁護人役のヴィクター氏、そしてなぜか応援団長のハチマキを巻いたリリィ様が控えています。
「さあ、始めようか! 『第一回・王太子vs悪役令嬢、真実の愛はどっちだ決定戦』!」
殿下がタイトルを叫びました。
ネーミングセンスが絶望的です。
「まず、私の主張を聞いてくれ、善良なる民よ!」
殿下は身振り手振りを交えて、朗々と語り始めました。
「私は、このスカーレットに虐げられてきた! 彼女は私の自由を奪い、毎日深夜まで書類仕事を強制し、私の癒しであるリリィとの時間を邪魔したのだ! これは『精神的虐待』ではないか!」
おおぉ……と会場がどよめきます。
殿下は満足げに頷きました。
「さらに彼女は、ここへ逃亡する際、私の大切なリリィまで連れ去った! 見てくれ、あそこにいるリリィの姿を! あんな貧相な服を着せられ、怯えているではないか!」
殿下が指差した先には、私のジャージを着て、ハチマキ姿で「スカーレット様ファイトぉ!」と旗を振っているリリィ様。
……ええと、怯えているようには見えませんが、殿下のフィルターを通すとそう見えるのでしょうか。
「私は問いたい! 愛のない効率主義者が国母に相応しいか? 否! 国に必要なのは、人の痛みが分かる、温かい心を持った指導者ではないか!」
殿下の演説は、確かに感情に訴える力がありました。
涙を浮かべ、声を震わせる演技力。さすがは王族です。
「さあ、スカーレット。反論があるなら言ってみろ。ただし、小難しい理屈は禁止だ。心で語れ!」
殿下は私に拡声魔道具を渡しました。
広場が静まり返ります。
数百人の視線が、私に突き刺さります。
私はゆっくりと息を吸い、村人たちを見渡しました。
そして、静かに口を開きました。
「……皆様。今年の村の予算、余っていますか?」
「は?」
殿下がずっこけました。
しかし、村人たちの目の色が変わりました。
「昨年の橋の修繕工事、予算不足で中止になりましたね? なぜだかご存知ですか?」
私は淡々と続けました。
「それは、中央政府からの補助金が、王太子殿下の『個人的な祝賀パーティー』のために流用され、カットされたからです」
ザワッ……と広場の空気が変わりました。
「さらに、今年の税金が上がった理由。それは、殿下が『リリィ様に贈るための宝石』を国庫から購入し、その穴埋めをするためでした」
「な、なに……?」
殿下が青ざめます。
「ス、スカーレット! 何を言っている! そんな細かい話は関係ないだろう!」
「関係あります。政治とは、生活です。愛や夢で、橋は直せません。宝石で、お腹は膨れません」
私は一歩前に出ました。
「殿下は『私が仕事を強制した』と仰いました。ええ、しましたとも。なぜなら、貴方がサボれば、地方への予算配分が遅れ、堤防の工事が止まり、民が洪水で死ぬからです!」
私は声を張り上げました。
「私が深夜まで残業していたのは、貴方のためではありません! 貴方の背後にいる、この国の一人一人の生活を守るためでした! それを『虐待』と呼ぶなら、甘んじて受け入れましょう。ですが!」
私は殿下を指差しました。
「その『虐待』から逃げ出した結果、今、国はどうなっていますか? 書類は止まり、物流は滞り、私の実家への制裁のせいで、来月にはこの村への行商も来なくなるでしょう!」
「えっ……!?」
村人たちが驚愕の声を上げました。
「物流が止まる?」
「俺たちの食い扶持はどうなるんだ?」
「全部、あいつ(殿下)のせいか?」
村人たちの視線が、同情から「殺意」へと変わっていきます。
それに気づかず、殿下は狼狽えました。
「ち、違う! 私はただ、愛を……」
「愛? 結構ですわね」
私は畳み掛けました。
「では聞きます。殿下は、この村の特産品をご存知ですか? この村の人口は? 主要な水源は?」
「そ、そんなこと、知るわけが……」
「私は知っています。特産はルベル織物、人口は三百四十二名、水源は北の湧き水。……なぜ知っていると思います?」
私は胸に手を当てました。
「昨日、村の帳簿を全て見直し、再建計画を立てたからです!」
ドッ!! と会場が沸きました。
「おおお! そうだ、スカーレット様は俺たちの帳簿を直してくれた!」
「積立金の運用まで教えてくれたぞ!」
「女神様だ! 我らの女神様だ!」
「かえれ! 無能王子はかえれ!」
「スカーレット様万歳!」
村人たちの大合唱(コール)が巻き起こりました。
「な、な、な……」
殿下は後ずさり、ステージの端に追い詰められました。
「貴様ら、私は王太子だぞ! 不敬だぞ!」
「殿下」
私が冷ややかに告げました。
「これが『民意』です。貴方が求めていた、感情と多数決の結果ですわ」
「そ、そんな……馬鹿な……」
殿下は膝から崩れ落ちました。
そこへ、トドメとばかりにヴィクター氏が進み出ました。
「さて、勝負あったようですね。では、これより『王室会計監査特例法』に基づく、殿下の資産差し押さえ手続きに入らせていただきます」
「え?」
「先ほどのスカーレット嬢の発言により、殿下の私的流用が公になりました。証人(村人全員)もいます。言い逃れはできませんよ?」
ヴィクター氏は満面の笑みで、分厚い書類を殿下の目の前に突きつけました。
「こ、ここにサインを。拒否すれば、アイゼン騎士団長による『強制執行』が行われます」
「強制執行……?」
殿下が恐る恐る横を見ると、レオンハルト様が親指で剣の鯉口を切り、ニチャリと笑っていました。
「安心してください殿下。峰打ちで、指の骨を一本ずつ折るだけですから」
「ひぃぃぃぃ!!」
殿下は悲鳴を上げ、脱兎のごとくステージから飛び降りました。
「お、覚えてろぉぉ! 今日はこのくらいにしてやるぅぅ!」
「待て! 逃がすな!」
「石を投げろ!」
村人たちに追いかけられ、泥だらけになって逃げていく王太子の背中。
かつての婚約者の無様な姿を見送りながら、私は小さく息を吐きました。
「……勝ちましたわ」
「ああ。完全勝利だ」
レオンハルト様が私の肩を抱き、優しく労ってくれました。
「君の演説、痺れたぞ。やはり君は、最高の女性だ」
「……口が上手いですわね」
広場には、私を称える村人たちの歓声が響き渡っていました。
公開処刑?
いいえ、これは公開論破。そして、私の新たな伝説の始まりでした。
翌日、私の別荘の扉に突き刺さったのは、剣ではなく、金色の縁取りがされた派手な招待状でした。
差出人は、もちろんジュリアン殿下。
内容は以下の通りです。
『私の愛と正義を証明するため、明日の正午、村の中央広場にて「公開討論会」を開催する。村人たちの前で、どちらが真に国を憂い、どちらが非道であるか、白黒つけようではないか。逃げれば貴様の負けとみなす』
「……暇なのですか、あの方は」
私はリビングで招待状をテーブルに投げ捨てました。
「国政が停滞しているこの時期に、辺境の村で弁論大会? 優先順位が崩壊していますわ」
「全くだ」
ソファで法律書を読んでいたヴィクター氏が、呆れたように眼鏡を押し上げました。
「だが、狙いは悪くない。彼は『論理』では君に勝てないと悟り、『感情』と『多数決』に訴える作戦に出たようだ。民衆の前で君を『冷酷な悪女』として断罪し、同情票を集めるつもりだろう」
「なるほど。劇場型政治というわけですね」
「ああ。群衆心理は厄介だ。理屈よりも、涙ながらの演説に弱い。君のような『可愛げのない女』は、悪役に仕立て上げられやすいぞ?」
ヴィクター氏は意地悪く笑いました。
「どうする? 辞退するか?」
「まさか」
私は優雅に紅茶を啜りました。
「売られた喧嘩を買わないのは、商人の娘(実家は元・豪商)として沽券に関わります。それに……」
私はチラリと窓の外を見ました。
「彼が選んだ場所が『この村』だということが、最大の敗因だと教えて差し上げましょう」
「……性格が悪いな、君は」
「お褒めにあずかり光栄です」
***
翌日の正午。
村の中央広場には、急ごしらえの木のステージが組まれていました。
その周りには、村人全員が集まっているのではないかというほどの人だかりができています。
「おお、来たぞ! スカーレット様だ!」
「女神様のお通りだ!」
私がレオンハルト様にエスコートされて現れると、群衆がざわめきました。
しかし、ステージ上のジュリアン殿下には、それが「悪女へのブーイング」に聞こえたようです。
「ふふん、見たまえスカーレット。民衆は怒っているぞ!」
殿下は白いタキシード(どこで着替えたのですか)に身を包み、マイク代わりの拡声魔道具を持って勝ち誇っています。
「彼らは知っているのだ! 君が国を捨て、職務を放棄し、私の心を傷つけたことを!」
「……」
私は無言でステージに上がりました。
私の後ろには、護衛役のレオンハルト様、弁護人役のヴィクター氏、そしてなぜか応援団長のハチマキを巻いたリリィ様が控えています。
「さあ、始めようか! 『第一回・王太子vs悪役令嬢、真実の愛はどっちだ決定戦』!」
殿下がタイトルを叫びました。
ネーミングセンスが絶望的です。
「まず、私の主張を聞いてくれ、善良なる民よ!」
殿下は身振り手振りを交えて、朗々と語り始めました。
「私は、このスカーレットに虐げられてきた! 彼女は私の自由を奪い、毎日深夜まで書類仕事を強制し、私の癒しであるリリィとの時間を邪魔したのだ! これは『精神的虐待』ではないか!」
おおぉ……と会場がどよめきます。
殿下は満足げに頷きました。
「さらに彼女は、ここへ逃亡する際、私の大切なリリィまで連れ去った! 見てくれ、あそこにいるリリィの姿を! あんな貧相な服を着せられ、怯えているではないか!」
殿下が指差した先には、私のジャージを着て、ハチマキ姿で「スカーレット様ファイトぉ!」と旗を振っているリリィ様。
……ええと、怯えているようには見えませんが、殿下のフィルターを通すとそう見えるのでしょうか。
「私は問いたい! 愛のない効率主義者が国母に相応しいか? 否! 国に必要なのは、人の痛みが分かる、温かい心を持った指導者ではないか!」
殿下の演説は、確かに感情に訴える力がありました。
涙を浮かべ、声を震わせる演技力。さすがは王族です。
「さあ、スカーレット。反論があるなら言ってみろ。ただし、小難しい理屈は禁止だ。心で語れ!」
殿下は私に拡声魔道具を渡しました。
広場が静まり返ります。
数百人の視線が、私に突き刺さります。
私はゆっくりと息を吸い、村人たちを見渡しました。
そして、静かに口を開きました。
「……皆様。今年の村の予算、余っていますか?」
「は?」
殿下がずっこけました。
しかし、村人たちの目の色が変わりました。
「昨年の橋の修繕工事、予算不足で中止になりましたね? なぜだかご存知ですか?」
私は淡々と続けました。
「それは、中央政府からの補助金が、王太子殿下の『個人的な祝賀パーティー』のために流用され、カットされたからです」
ザワッ……と広場の空気が変わりました。
「さらに、今年の税金が上がった理由。それは、殿下が『リリィ様に贈るための宝石』を国庫から購入し、その穴埋めをするためでした」
「な、なに……?」
殿下が青ざめます。
「ス、スカーレット! 何を言っている! そんな細かい話は関係ないだろう!」
「関係あります。政治とは、生活です。愛や夢で、橋は直せません。宝石で、お腹は膨れません」
私は一歩前に出ました。
「殿下は『私が仕事を強制した』と仰いました。ええ、しましたとも。なぜなら、貴方がサボれば、地方への予算配分が遅れ、堤防の工事が止まり、民が洪水で死ぬからです!」
私は声を張り上げました。
「私が深夜まで残業していたのは、貴方のためではありません! 貴方の背後にいる、この国の一人一人の生活を守るためでした! それを『虐待』と呼ぶなら、甘んじて受け入れましょう。ですが!」
私は殿下を指差しました。
「その『虐待』から逃げ出した結果、今、国はどうなっていますか? 書類は止まり、物流は滞り、私の実家への制裁のせいで、来月にはこの村への行商も来なくなるでしょう!」
「えっ……!?」
村人たちが驚愕の声を上げました。
「物流が止まる?」
「俺たちの食い扶持はどうなるんだ?」
「全部、あいつ(殿下)のせいか?」
村人たちの視線が、同情から「殺意」へと変わっていきます。
それに気づかず、殿下は狼狽えました。
「ち、違う! 私はただ、愛を……」
「愛? 結構ですわね」
私は畳み掛けました。
「では聞きます。殿下は、この村の特産品をご存知ですか? この村の人口は? 主要な水源は?」
「そ、そんなこと、知るわけが……」
「私は知っています。特産はルベル織物、人口は三百四十二名、水源は北の湧き水。……なぜ知っていると思います?」
私は胸に手を当てました。
「昨日、村の帳簿を全て見直し、再建計画を立てたからです!」
ドッ!! と会場が沸きました。
「おおお! そうだ、スカーレット様は俺たちの帳簿を直してくれた!」
「積立金の運用まで教えてくれたぞ!」
「女神様だ! 我らの女神様だ!」
「かえれ! 無能王子はかえれ!」
「スカーレット様万歳!」
村人たちの大合唱(コール)が巻き起こりました。
「な、な、な……」
殿下は後ずさり、ステージの端に追い詰められました。
「貴様ら、私は王太子だぞ! 不敬だぞ!」
「殿下」
私が冷ややかに告げました。
「これが『民意』です。貴方が求めていた、感情と多数決の結果ですわ」
「そ、そんな……馬鹿な……」
殿下は膝から崩れ落ちました。
そこへ、トドメとばかりにヴィクター氏が進み出ました。
「さて、勝負あったようですね。では、これより『王室会計監査特例法』に基づく、殿下の資産差し押さえ手続きに入らせていただきます」
「え?」
「先ほどのスカーレット嬢の発言により、殿下の私的流用が公になりました。証人(村人全員)もいます。言い逃れはできませんよ?」
ヴィクター氏は満面の笑みで、分厚い書類を殿下の目の前に突きつけました。
「こ、ここにサインを。拒否すれば、アイゼン騎士団長による『強制執行』が行われます」
「強制執行……?」
殿下が恐る恐る横を見ると、レオンハルト様が親指で剣の鯉口を切り、ニチャリと笑っていました。
「安心してください殿下。峰打ちで、指の骨を一本ずつ折るだけですから」
「ひぃぃぃぃ!!」
殿下は悲鳴を上げ、脱兎のごとくステージから飛び降りました。
「お、覚えてろぉぉ! 今日はこのくらいにしてやるぅぅ!」
「待て! 逃がすな!」
「石を投げろ!」
村人たちに追いかけられ、泥だらけになって逃げていく王太子の背中。
かつての婚約者の無様な姿を見送りながら、私は小さく息を吐きました。
「……勝ちましたわ」
「ああ。完全勝利だ」
レオンハルト様が私の肩を抱き、優しく労ってくれました。
「君の演説、痺れたぞ。やはり君は、最高の女性だ」
「……口が上手いですわね」
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