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王都の正門が見えてきました。
私は馬車の中で、緊張に身を固くしました。
「……いいですか、皆様。門をくぐれば、そこは敵地です。何が飛んでくるか分かりません。石か、卵か、罵声か……」
私は最悪の事態を想定していました。
王太子との婚約破棄、そして一方的な物流停止と経済制裁。
王都の民からすれば、私は生活を脅かす「悪女」そのものでしょう。
「大丈夫だ。何が飛んでこようと、私が全て斬り落とす」
レオンハルト様が剣の柄に手をかけ、頼もしく宣言しました。
「法的観点から言えば、暴徒化した市民への自衛行為は認められる。……まあ、私が先に扇動罪で王家を訴えるがな」
ヴィクター氏も眼鏡を光らせ、臨戦態勢です。
「ひぃぃ……怖いよぉ……石は痛いよぉ……」
リリィ様だけがガタガタと震えて、私の背中に隠れています。
黒騎士団に先導され、私たちの馬車はゆっくりと正門を通過しました。
その瞬間でした。
ワァァァァァァァッ!!!!
地響きのような轟音が、鼓膜を揺らしました。
「な、何事っ!?」
私が身構えると、馬車の窓の外には、信じられない光景が広がっていました。
大通りを埋め尽くす、数千、いや数万の群衆。
彼らは手に手に花束や旗を持ち、満面の笑みで叫んでいました。
「スカーレット様万歳!!」
「お帰りなさい、我らの救世主!」
「聖女スカーレット様に栄光あれ!」
「……は?」
私は呆然としました。
悪口雑言ではなく、歓声?
石ではなく、花びらが舞っています。
「こ、これは一体……?」
「ふむ。どうやら君の人気は、君が思っている以上に高いようだな」
レオンハルト様が、少し誇らしげに窓の外を見ました。
馬車が進むにつれ、市民たちの声が具体的に聞こえてきます。
「スカーレット様がいなくなってから、役所の窓口が全然進まなくなったんだ!」
「物価は上がるし、ゴミ収集も遅れるし、もう散々だった!」
「やっぱりこの国には、あんたが必要なんだよ!」
「王太子は引っ込んでろ! スカーレット様を首相にしろ!」
なるほど。
私が不在の二週間で、王都の行政サービスとインフラが目に見えて低下した結果、市民たちは「誰が真に国を回していたか」を肌で理解したようです。
そこへ、ヴィクター氏がニヤリと笑いました。
「……加えて、私が裏で流しておいた『王太子の無能エピソード集(号外)』も効いているようだな」
「貴方でしたか、この熱狂の仕掛け人は」
「真実を伝えただけだ。民衆は賢い。どちらにつけば生活が良くなるか、本能で理解している」
馬車は花吹雪の中をパレードのように進みます。
沿道では、商店主たちが「スカーレット様帰還記念セール!」の看板を掲げ、子供たちが私の似顔絵(なぜか後光が差している)を振っています。
「すごい……スカーレットお姉様、アイドルみたいですぅ!」
リリィ様が目を丸くして窓に張り付きました。
「私、王宮にいた時でもこんなに歓迎されたことないですぅ……」
「それは貴女が何もしていなかったからです」
私は冷静にツッコミを入れつつ、困惑を隠せませんでした。
(英雄扱いなんて、居心地が悪いわ……)
私はただ、効率的に仕事をしていただけ。
感謝されたくてやっていたわけではありません。
しかし、窓の外の人々の顔は、あの田舎の村人たちと同じ――純粋な感謝と期待に満ちていました。
「手を振ってやれ、スカーレット」
レオンハルト様が促しました。
「彼らは君を待っていたんだ。君の『仕事』が、これだけの人の生活を支えていたという証だ」
「……仕方がありませんわね」
私は扇を開き、窓から少しだけ顔を出しました。
そして、努めて優雅に、小さく手を振りました。
それだけで、ウオォォォ! と歓声が倍増しました。
「キャーッ! スカーレット様がこっち見た!」
「お美しい! そして冷ややかな目が素敵!」
「踏んでください!」
一部、特殊な性癖のファンもいるようですが、概ね好意的です。
こうして、私たちは「罪人」としてではなく、「凱旋将軍」のような扱いで王城の前まで到着しました。
城門の前には、青ざめた顔の近衛兵たちが整列していました。
その奥には、さらに顔色の悪い――土色になったジュリアン殿下の姿も見えます。
彼は群衆の「王太子帰れコール」に縮こまり、柱の陰に隠れるようにしていました。
「……無様ですわね」
馬車を降りた私は、冷ややかに呟きました。
かつて婚約者だった男。
今や、民衆の支持を完全に失い、私という「元・部下」の帰還に怯えるだけの存在。
「さあ、行こうか。王がお待ちだ」
レオンハルト様が私の手を取り、エスコートします。
その横には、不敵な笑みのヴィクター氏と、キョロキョロしているリリィ様。
私たちは大階段を上ります。
その足取りは力強く、迷いはありませんでした。
王宮の衛兵たちが、敬礼をして道を開けます。その目にも、私への敬意(と、王太子への冷ややかな視線)が宿っていました。
いよいよ、謁見の間。
この国の頂点、国王陛下との対面です。
重厚な扉の前に立った時、私は一度だけ深呼吸をしました。
(震える必要はない。私は何も間違っていない)
「開け!」
衛兵の声と共に、巨大な扉がゆっくりと開かれました。
その奥の玉座に座る、老練な王と対峙するために。
私の「最後の戦い」が、幕を開けました。
私は馬車の中で、緊張に身を固くしました。
「……いいですか、皆様。門をくぐれば、そこは敵地です。何が飛んでくるか分かりません。石か、卵か、罵声か……」
私は最悪の事態を想定していました。
王太子との婚約破棄、そして一方的な物流停止と経済制裁。
王都の民からすれば、私は生活を脅かす「悪女」そのものでしょう。
「大丈夫だ。何が飛んでこようと、私が全て斬り落とす」
レオンハルト様が剣の柄に手をかけ、頼もしく宣言しました。
「法的観点から言えば、暴徒化した市民への自衛行為は認められる。……まあ、私が先に扇動罪で王家を訴えるがな」
ヴィクター氏も眼鏡を光らせ、臨戦態勢です。
「ひぃぃ……怖いよぉ……石は痛いよぉ……」
リリィ様だけがガタガタと震えて、私の背中に隠れています。
黒騎士団に先導され、私たちの馬車はゆっくりと正門を通過しました。
その瞬間でした。
ワァァァァァァァッ!!!!
地響きのような轟音が、鼓膜を揺らしました。
「な、何事っ!?」
私が身構えると、馬車の窓の外には、信じられない光景が広がっていました。
大通りを埋め尽くす、数千、いや数万の群衆。
彼らは手に手に花束や旗を持ち、満面の笑みで叫んでいました。
「スカーレット様万歳!!」
「お帰りなさい、我らの救世主!」
「聖女スカーレット様に栄光あれ!」
「……は?」
私は呆然としました。
悪口雑言ではなく、歓声?
石ではなく、花びらが舞っています。
「こ、これは一体……?」
「ふむ。どうやら君の人気は、君が思っている以上に高いようだな」
レオンハルト様が、少し誇らしげに窓の外を見ました。
馬車が進むにつれ、市民たちの声が具体的に聞こえてきます。
「スカーレット様がいなくなってから、役所の窓口が全然進まなくなったんだ!」
「物価は上がるし、ゴミ収集も遅れるし、もう散々だった!」
「やっぱりこの国には、あんたが必要なんだよ!」
「王太子は引っ込んでろ! スカーレット様を首相にしろ!」
なるほど。
私が不在の二週間で、王都の行政サービスとインフラが目に見えて低下した結果、市民たちは「誰が真に国を回していたか」を肌で理解したようです。
そこへ、ヴィクター氏がニヤリと笑いました。
「……加えて、私が裏で流しておいた『王太子の無能エピソード集(号外)』も効いているようだな」
「貴方でしたか、この熱狂の仕掛け人は」
「真実を伝えただけだ。民衆は賢い。どちらにつけば生活が良くなるか、本能で理解している」
馬車は花吹雪の中をパレードのように進みます。
沿道では、商店主たちが「スカーレット様帰還記念セール!」の看板を掲げ、子供たちが私の似顔絵(なぜか後光が差している)を振っています。
「すごい……スカーレットお姉様、アイドルみたいですぅ!」
リリィ様が目を丸くして窓に張り付きました。
「私、王宮にいた時でもこんなに歓迎されたことないですぅ……」
「それは貴女が何もしていなかったからです」
私は冷静にツッコミを入れつつ、困惑を隠せませんでした。
(英雄扱いなんて、居心地が悪いわ……)
私はただ、効率的に仕事をしていただけ。
感謝されたくてやっていたわけではありません。
しかし、窓の外の人々の顔は、あの田舎の村人たちと同じ――純粋な感謝と期待に満ちていました。
「手を振ってやれ、スカーレット」
レオンハルト様が促しました。
「彼らは君を待っていたんだ。君の『仕事』が、これだけの人の生活を支えていたという証だ」
「……仕方がありませんわね」
私は扇を開き、窓から少しだけ顔を出しました。
そして、努めて優雅に、小さく手を振りました。
それだけで、ウオォォォ! と歓声が倍増しました。
「キャーッ! スカーレット様がこっち見た!」
「お美しい! そして冷ややかな目が素敵!」
「踏んでください!」
一部、特殊な性癖のファンもいるようですが、概ね好意的です。
こうして、私たちは「罪人」としてではなく、「凱旋将軍」のような扱いで王城の前まで到着しました。
城門の前には、青ざめた顔の近衛兵たちが整列していました。
その奥には、さらに顔色の悪い――土色になったジュリアン殿下の姿も見えます。
彼は群衆の「王太子帰れコール」に縮こまり、柱の陰に隠れるようにしていました。
「……無様ですわね」
馬車を降りた私は、冷ややかに呟きました。
かつて婚約者だった男。
今や、民衆の支持を完全に失い、私という「元・部下」の帰還に怯えるだけの存在。
「さあ、行こうか。王がお待ちだ」
レオンハルト様が私の手を取り、エスコートします。
その横には、不敵な笑みのヴィクター氏と、キョロキョロしているリリィ様。
私たちは大階段を上ります。
その足取りは力強く、迷いはありませんでした。
王宮の衛兵たちが、敬礼をして道を開けます。その目にも、私への敬意(と、王太子への冷ややかな視線)が宿っていました。
いよいよ、謁見の間。
この国の頂点、国王陛下との対面です。
重厚な扉の前に立った時、私は一度だけ深呼吸をしました。
(震える必要はない。私は何も間違っていない)
「開け!」
衛兵の声と共に、巨大な扉がゆっくりと開かれました。
その奥の玉座に座る、老練な王と対峙するために。
私の「最後の戦い」が、幕を開けました。
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