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「面を上げよ」
重々しい声が、広い謁見の間に響きました。
私はゆっくりと顔を上げました。
玉座には、この国の支配者である国王陛下。その隣には王妃殿下。
そして玉座の階段の下、少し離れた位置に、小さくなって震えているジュリアン王太子殿下の姿がありました。
「久しぶりだな、スカーレットよ」
国王陛下は、疲労の色が濃い顔で私を見下ろしました。
「余が呼んだ理由は分かっておろう?」
「はい。美味しいお茶をいただけると伺っておりますが」
私がすっとぼけると、陛下は苦笑しました。
「……皮肉も腕を上げたな。単刀直入に言おう。戻ってこい、スカーレット」
陛下は身を乗り出しました。
「そちが去ってから、国政は停滞し、民は不安に揺れている。ジュリアンには荷が重すぎたようだ。……余からも詫びる。この通りだ」
なんと、国王陛下が玉座の上で軽く頭を下げたのです。
周囲の文官や衛兵たちが息を呑みます。
「スカーレット。そちを再び『王太子婚約者』として迎え入れる。ジュリアンも反省しておるし、リリィとかいう娘も……そこにいるようだが、側室などの話は白紙に戻す。これで不満はあるまい?」
陛下は「これで解決だ」と言わんばかりの顔でした。
普通の令嬢なら、国王の謝罪と婚約復帰の打診に、涙を流して感謝する場面でしょう。
しかし。
「……お断りします」
私の口から出たのは、氷のように冷たい拒絶の言葉でした。
「な、なんだと?」
「陛下。私は一度解雇された身です。今さら『やっぱり必要だから戻れ』と言われても、はいそうですかと戻るほど、安安い女ではありません」
私は扇を閉じ、パチリと音を立てました。
「それに、王太子婚約者? あのようなブラックな職場には、死んでも戻りたくありません」
「ブ、ブラック……?」
聞き慣れない単語に、陛下が首を傾げました。
「朝四時から夜十時までの拘束、休日なし、給与なし(名誉職のため)、上司(殿下)のパワハラ・セクハラ(リリィ様への浮気)が横行する環境。……労働基準法違反も甚だしいですわ」
「ぐぬ……」
「そこで陛下。もし私を国政に関わらせたいのであれば、こちらの『条件』を呑んでいただきます」
私はパチンと指を鳴らしました。
「ヴィクター」
「御意」
待機していたヴィクター氏が、分厚い革鞄から書類の束を取り出し、うやうやしく宰相に手渡しました。
「こ、これは……?」
宰相が書類を見て、目を剥きました。
「『スカーレット・ヴァレンタイン氏の再雇用に関する労働条件契約書』……?」
「内容は以下の通りです」
私は指を折って数え上げました。
「一、勤務時間は午前九時から午後五時まで。残業は一切しません」
「二、週休二日制の導入。祝日も休みます」
「三、王太子ジュリアン殿下の『廃嫡』、および私の視界に入らない場所への更迭」
「は、廃嫡!?」
陛下が叫びました。
「四、私の役職は『王太子妃』ではなく、新設する『内閣総理大臣(仮)』とし、王族と同等の決裁権と、公爵家当主並みの給与を保証すること」
「そ、総理大臣……!?」
「五、過去の未払い賃金五億ゴールドを一括で支払うこと」
「ご、五億……」
「六、リリィ様を私の専属メイドとして雇用し、その給与は王家が負担すること」
「えっ、私も!?」
後ろでリリィ様が素っ頓狂な声を上げましたが、無視です。
「以上、六項目。これを受け入れていただけるなら、国政の立て直しに協力しないこともありません」
静寂。
謁見の間が、完全に凍りつきました。
王族に対して、これほど一方的かつ高圧的な要求を突きつけた令嬢は、建国以来初めてでしょう。
「ふ、ふざけるな!」
沈黙を破ったのは、ジュリアン殿下でした。
彼は真っ赤な顔で立ち上がり、私を指差しました。
「廃嫡だと!? この私を!? そんな勝手な要求が通ると思っているのか!」
「黙りなさい、無能」
「ひぃっ」
私の一喝で、殿下は再び縮こまりました。
「貴方が招いた事態です。自分の尻も拭けない男が、偉そうな口を利かないで」
私は陛下に向き直りました。
「陛下。これは『お願い』ではありません。『交渉』です」
「交渉だと……?」
「はい。現在、王都の物流と経済は、私の実家であるヴァレンタイン家が握っています。そして、王都の世論は完全に私を支持しています」
私はニッコリと笑いました。
「もしこの条件を拒否されるなら、私はレオンハルト様と共に隣国へ亡命します。……優秀な騎士団長と、元・国政の要を同時に失ったこの国が、どうなるかご想像できますか?」
「なっ……」
陛下は絶句し、視線を横に向けました。
そこには、無言で剣の柄に手をかけているレオンハルト様がいました。
「……アイゼン、そちもか?」
「はい」
レオンハルト様は迷いなく答えました。
「私はスカーレットの剣であり、盾です。彼女が『行こう』と言えば、地獄の底だろうと隣国だろうとお供します。……もちろん、我がアイゼン公爵家の全資産を持って」
「ぐはっ……!」
陛下が胸を押さえました。
国一番の武力と、国一番の財力が同時に離反する。それは実質的な国家の崩壊を意味します。
「ま、待て……話し合おう……」
「話し合いは終わっています。イエスか、ノーか。今ここでお決めください」
ヴィクター氏が、契約書とペンを差し出しました。
「サインを、陛下。期限は今、この瞬間です」
陛下は脂汗を流しながら、王妃殿下を見ました。
王妃殿下は深く溜息をつき、静かに首を縦に振りました。
「……あなた。もう、潮時ですわ。ジュリアンには無理だったのです」
「……うぅ……」
陛下は震える手でペンを取りました。
そして、まるで処刑台にサインするかのような悲壮な顔で、契約書に署名をしたのです。
「……分かった。全ての条件を呑もう」
「ありがとうございます、陛下。賢明なご判断です」
私は書類を素早く回収し、懐にしまいました。
「では、直ちに業務を開始します。……まずは、そこにいる粗大ゴミ(元王太子)の片付けからですね」
私は冷ややかにジュリアン殿下を見下ろしました。
「いやぁぁぁ! 母上ぇぇ! 父上ぇぇ!」
衛兵に引きずられていく元王太子の悲鳴が、謁見の間に虚しく響き渡りました。
こうして、前代未聞の「労働闘争」は、私の完全勝利で幕を閉じました。
悪役令嬢は、王太子妃には戻りませんでした。
その代わり、この国初となる「女性宰相(兼・内閣総理大臣)」という、新たな、そして最強の地位を手に入れたのです。
重々しい声が、広い謁見の間に響きました。
私はゆっくりと顔を上げました。
玉座には、この国の支配者である国王陛下。その隣には王妃殿下。
そして玉座の階段の下、少し離れた位置に、小さくなって震えているジュリアン王太子殿下の姿がありました。
「久しぶりだな、スカーレットよ」
国王陛下は、疲労の色が濃い顔で私を見下ろしました。
「余が呼んだ理由は分かっておろう?」
「はい。美味しいお茶をいただけると伺っておりますが」
私がすっとぼけると、陛下は苦笑しました。
「……皮肉も腕を上げたな。単刀直入に言おう。戻ってこい、スカーレット」
陛下は身を乗り出しました。
「そちが去ってから、国政は停滞し、民は不安に揺れている。ジュリアンには荷が重すぎたようだ。……余からも詫びる。この通りだ」
なんと、国王陛下が玉座の上で軽く頭を下げたのです。
周囲の文官や衛兵たちが息を呑みます。
「スカーレット。そちを再び『王太子婚約者』として迎え入れる。ジュリアンも反省しておるし、リリィとかいう娘も……そこにいるようだが、側室などの話は白紙に戻す。これで不満はあるまい?」
陛下は「これで解決だ」と言わんばかりの顔でした。
普通の令嬢なら、国王の謝罪と婚約復帰の打診に、涙を流して感謝する場面でしょう。
しかし。
「……お断りします」
私の口から出たのは、氷のように冷たい拒絶の言葉でした。
「な、なんだと?」
「陛下。私は一度解雇された身です。今さら『やっぱり必要だから戻れ』と言われても、はいそうですかと戻るほど、安安い女ではありません」
私は扇を閉じ、パチリと音を立てました。
「それに、王太子婚約者? あのようなブラックな職場には、死んでも戻りたくありません」
「ブ、ブラック……?」
聞き慣れない単語に、陛下が首を傾げました。
「朝四時から夜十時までの拘束、休日なし、給与なし(名誉職のため)、上司(殿下)のパワハラ・セクハラ(リリィ様への浮気)が横行する環境。……労働基準法違反も甚だしいですわ」
「ぐぬ……」
「そこで陛下。もし私を国政に関わらせたいのであれば、こちらの『条件』を呑んでいただきます」
私はパチンと指を鳴らしました。
「ヴィクター」
「御意」
待機していたヴィクター氏が、分厚い革鞄から書類の束を取り出し、うやうやしく宰相に手渡しました。
「こ、これは……?」
宰相が書類を見て、目を剥きました。
「『スカーレット・ヴァレンタイン氏の再雇用に関する労働条件契約書』……?」
「内容は以下の通りです」
私は指を折って数え上げました。
「一、勤務時間は午前九時から午後五時まで。残業は一切しません」
「二、週休二日制の導入。祝日も休みます」
「三、王太子ジュリアン殿下の『廃嫡』、および私の視界に入らない場所への更迭」
「は、廃嫡!?」
陛下が叫びました。
「四、私の役職は『王太子妃』ではなく、新設する『内閣総理大臣(仮)』とし、王族と同等の決裁権と、公爵家当主並みの給与を保証すること」
「そ、総理大臣……!?」
「五、過去の未払い賃金五億ゴールドを一括で支払うこと」
「ご、五億……」
「六、リリィ様を私の専属メイドとして雇用し、その給与は王家が負担すること」
「えっ、私も!?」
後ろでリリィ様が素っ頓狂な声を上げましたが、無視です。
「以上、六項目。これを受け入れていただけるなら、国政の立て直しに協力しないこともありません」
静寂。
謁見の間が、完全に凍りつきました。
王族に対して、これほど一方的かつ高圧的な要求を突きつけた令嬢は、建国以来初めてでしょう。
「ふ、ふざけるな!」
沈黙を破ったのは、ジュリアン殿下でした。
彼は真っ赤な顔で立ち上がり、私を指差しました。
「廃嫡だと!? この私を!? そんな勝手な要求が通ると思っているのか!」
「黙りなさい、無能」
「ひぃっ」
私の一喝で、殿下は再び縮こまりました。
「貴方が招いた事態です。自分の尻も拭けない男が、偉そうな口を利かないで」
私は陛下に向き直りました。
「陛下。これは『お願い』ではありません。『交渉』です」
「交渉だと……?」
「はい。現在、王都の物流と経済は、私の実家であるヴァレンタイン家が握っています。そして、王都の世論は完全に私を支持しています」
私はニッコリと笑いました。
「もしこの条件を拒否されるなら、私はレオンハルト様と共に隣国へ亡命します。……優秀な騎士団長と、元・国政の要を同時に失ったこの国が、どうなるかご想像できますか?」
「なっ……」
陛下は絶句し、視線を横に向けました。
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「……アイゼン、そちもか?」
「はい」
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「ぐはっ……!」
陛下が胸を押さえました。
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「ま、待て……話し合おう……」
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ヴィクター氏が、契約書とペンを差し出しました。
「サインを、陛下。期限は今、この瞬間です」
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「……あなた。もう、潮時ですわ。ジュリアンには無理だったのです」
「……うぅ……」
陛下は震える手でペンを取りました。
そして、まるで処刑台にサインするかのような悲壮な顔で、契約書に署名をしたのです。
「……分かった。全ての条件を呑もう」
「ありがとうございます、陛下。賢明なご判断です」
私は書類を素早く回収し、懐にしまいました。
「では、直ちに業務を開始します。……まずは、そこにいる粗大ゴミ(元王太子)の片付けからですね」
私は冷ややかにジュリアン殿下を見下ろしました。
「いやぁぁぁ! 母上ぇぇ! 父上ぇぇ!」
衛兵に引きずられていく元王太子の悲鳴が、謁見の間に虚しく響き渡りました。
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