婚約破棄?喜んで!完璧悪役令嬢は引退予定です!

ちゅんりー

文字の大きさ
19 / 28

19

しおりを挟む
「……嫌な予感がします」


平和な昼下がり。


総理大臣執務室で、私は紅茶のカップを置き、眉間を揉みました。


「どうした、スカーレット。偏頭痛か?」


隣のソファで書類(騎士団の遠征計画書)をチェックしていたレオンハルト様が、心配そうに顔を上げました。


「いえ、体調は万全です。ただ……私の『トラブル感知センサー』が、最大音量で警告音を鳴らしているのです」


「君のセンサーは百発百中だからな。……また書類の山か? それとも元王太子が脱走したか?」


「いいえ。もっと、こう……粘着質で、面倒くさい気配が……」


その時でした。


バアン!!


執務室の扉が、ノックもなしに開け放たれました。


「失礼するよ! 噂の『鉄の女宰相』殿!」


入ってきたのは、目も覚めるような銀髪の青年でした。


豪奢な軍服に、自信満々の笑顔。そして背後には、顔色の悪い当国の外務大臣と、屈強な護衛たちを引き連れています。


「……どなたですの?」


私は冷ややかに尋ねました。


「アポなしの訪問は受け付けておりません。お引き取りを」


「ははは! 噂通り冷たいね! ゾクゾクするよ!」


青年は私のデスクまで大股で歩み寄ると、いきなり机に両手をつき、至近距離で私を覗き込みました。


「僕はルーカス。隣国、ガレリア帝国の皇太子だ」


「……ガレリア帝国?」


私はペンを止めました。


我が国の北に位置する軍事大国。


その次期皇帝が、なぜこんなところに?


「それで、皇太子殿下が何用でしょう? 外交ルートを通していないようですが」


「堅苦しい挨拶は抜きだ。僕は君に会いに来たんだ、スカーレット・ヴァレンタイン!」


ルーカス殿下は、紫色の瞳を輝かせました。


「君の『王宮改革』の話は聞いているよ! 不要な会議を全廃し、残業を禁止し、わずか一週間で国家予算の赤字を黒字に転換させた手腕! まさに僕が求めていた人材だ!」


「はあ……」


「単刀直入に言おう。我がガレリア帝国に来ないか?」


彼は懐から、一枚の契約書を取り出しました。


「条件は破格だ。年俸は今の三倍。帝国財務省の全権限を委譲する。さらに、研究費として国家予算の二割を自由に使っていい」


「二割……!?」


私の目が釘付けになりました。


軍事大国の国家予算の二割。それは、我が国の全予算に匹敵する金額です。


それがあれば、長年の夢だった「全自動書類処理ゴーレム」の開発や、「大陸全土を結ぶ高速魔導列車網」の整備ができるかもしれない。


ゴクリ、と喉が鳴りました。


「悪くない条件でしょう? 君のような天才が、こんな小国でくすぶっているのは損失だ」


ルーカス殿下は、悪魔の微笑みで囁きました。


「さあ、サインを。今すぐこの国を捨てて、僕の国へ――」


「断る」


鋭い声と共に、私の目の前に銀色の刃が割り込みました。


レオンハルト様の剣です。


切っ先はルーカス殿下の喉元、わずか数センチのところで止まっています。


「おっと、危ないな」


ルーカス殿下は動じず、ゆっくりと体を起こしました。


「君は……ああ、知っているよ。『氷の騎士団長』レオンハルト・アイゼンだね」


「いかにも。……ガレリア皇太子殿下。我が国の総理大臣に対する無礼な勧誘は、外交問題に発展しかねませんぞ」


レオンハルト様の声は、絶対零度でした。


部屋の空気が張り詰めます。


「勧誘? 人聞きが悪いな。僕は『求婚』しているんだよ」


「……は?」


私とレオンハルト様の声が重なりました。


「求婚?」


「そうとも。帝国では、有能な女性を皇太子妃に迎えるのが伝統でね。スカーレット、君を僕の妻として迎えたい」


ルーカス殿下は、私の手を取ろうとしました。


「君の頭脳と、僕の軍事力があれば、大陸統一も夢ではない! どうだい、二人で世界を効率化してみないか?」


「世界征服の誘い文句に『効率化』を使う人を初めて見ましたわ」


私は呆れましたが、同時にこの男の「ヤバさ」を理解しました。


彼は私と同類です。


感情ではなく、利益と効率で動くタイプ。


だからこそ、私のツボ(予算と権限)を的確に突いてくるのです。


「……お断りします」


レオンハルト様が、私を背に庇うように立ち塞がりました。


「スカーレットは私の婚約者だ。横槍を入れるなら、国同士の戦争も辞さない」


「へえ? 君の婚約者?」


ルーカス殿下は、面白そうにレオンハルト様を見上げました。


「でも、まだ結婚はしていないんだろう? なら、より好条件を提示した方が勝つ。それが市場原理というものだ」


「彼女は物ではない」


「いいや、彼女のような至宝は、正当な価格で評価されるべきだ。……なあ、スカーレット?」


ルーカス殿下はレオンハルト様の肩越しに、私にウィンクしました。


「帝国に来れば、君の嫌いな『根回し』も『しがらみ』もない。僕が皇帝になれば、君の法案は即日施行される。……今の男(レオンハルト)は、そこまでの権限を持っているかい?」


痛いところを突かれました。


確かに、レオンハルト様は公爵家当主ですが、法案を通すには議会の承認が必要です。


独裁的なスピード感という点では、帝国のオファーは魅力的すぎます。


私が一瞬沈黙すると、レオンハルト様がバッと振り返りました。


「スカーレット!? まさか迷っているのか!?」


「い、いえ! 迷ってなど……ただ、予算の二割というのは、その、夢がある数字だなと……」


「金か!? 金なら私の家にもある! いくらだ!? 倍出せばいいのか!?」


「そういう問題ではありません。……いえ、そういう問題かもしれませんが」


「ははは! 正直でいい!」


ルーカス殿下は手を叩いて笑いました。


「気に入った! やはり君は僕の運命の相手だ!」


彼は宣言しました。


「いいだろう。今日は一旦引き揚げる。だが、僕は諦めないよ。滞在期間中、君に帝国の素晴らしさと、僕の有能さをプレゼンさせてもらう」


彼は優雅に一礼し、出口へと向かいました。


そして去り際に、レオンハルト様に向かって不敵に笑います。


「せいぜいガードを固めることだね、騎士団長殿。……油断していると、彼女ごと国を乗っ取ってしまうよ?」


バタン、と扉が閉まりました。


嵐が去った後の執務室に、重苦しい沈黙が流れます。


「……スカーレット」


「は、はい」


「今夜は帰さない」


レオンハルト様の目が、かつてないほど据わっていました。


「えっ?」


「あの皇太子、本気だ。君をさらって国へ持ち帰る気だ。……私の目の届くところにいてもらう」


「あの、でも明日の仕事が……」


「仕事と私、どっちが大事だ?」


まさか、この古典的な台詞を言われる日が来るとは。


私は溜息をつき、それから少しだけ嬉しくなって、彼の頬に手を添えました。


「……今は、貴方です。レオンハルト様」


「スカーレット……!」


彼は私を強く抱きしめました。


「絶対に渡さない。帝国だろうが皇帝だろうが、君を奪う奴は全員敵だ」


その腕の強さに、私は覚悟を決めました。


どうやら、外交問題という新たな「残業」が発生したようです。


しかも今度の相手は、私の「効率主義」を理解した上で、それを上回る条件を提示してくる最強のライバル。


(……面白くなってきましたわね)


私の仕事中毒(ワーカホリック)の血が騒ぐのと同時に、レオンハルト様の嫉妬という「甘い檻」も、心地よく感じている自分がいました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー

愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! 幼女編、こちらの続編となります。 家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。 新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。 その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか? 離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。 そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。 ☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。 全75話 全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。 前編は幼女編、全91話になります。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

処理中です...