婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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「……嘘よ。そんなはずないわ。私の設置した、最新鋭の対・聖女トラップが……!」


私は屋敷のバルコニーから、絶望の声を漏らした。


『牙の森』の別邸の周囲には、昨日まで確かに「地雷(踏むと音が鳴る)」「落とし穴」「自動矢放ち機」がこれでもかと設置されていたはずだった。


それらはすべて、アルベルト様の私兵たちが一晩かけて作り上げた、鉄壁の防衛網だったのだ。


だが、今、私の眼前に広がる景色はどうだろう。


「……お嬢様。あそこを見てくださいだ」


ハンスが震える指で指差した先。


そこには、落とし穴を埋め立てた跡があり、その上にはなぜか「ピンク色の百合」が綺麗に植えられていた。


さらに、自動矢放ち機のあった場所には、可愛らしい「ピンク色のリボン」でデコレーションされた鳥かごが置かれている。


森の入り口へと続く街道の木々には、すべて等間隔でピンクの布が巻き付けられていた。


「……掃除されてる。私の殺意が、全部『可愛い』で上書きされてるわ……!」


私は頭を抱えて座り込んだ。


これは警告だ。


「あなたの罠なんて、私にとってはインテリアの一部なのよ」という、フローラ様からの無言のメッセージに違いない。


「失礼します、ターリア様! 異常事態です!」


アルベルト様が、慌ただしい足取りでバルコニーに現れた。


「……わかっているわ、アルベルト様。罠が消えたのね」


「いえ、それだけではありません。森の奥に生息していた凶暴な魔物『ブラッディ・ベア』の群れが……全滅していました」


「……全滅?」


「はい。死因はすべて『平手打ち』による脳震盪……。しかも、そのクマたちの首には、すべてこれと同じものが結ばれていました」


アルベルト様が差し出したのは、泥ひとつついていない、新品のように輝くピンク色のリボンだった。


「……ヒッ、ヒギィッ!!」


私は悲鳴を上げて、アルベルト様の背後に隠れた。


「怖い! 怖すぎるわ! あの子、クマをビンタで片付けながら、リボンを巻いて回ったのよ!? どんな精神状態なのよ!」


「……なるほど。これは『慈愛』の誇示ですね」


アルベルト様は、リボンをじっと見つめながら深く頷いた。


「……はい?」


「敵対する魔物すらも、死の間際に装飾を施して弔う。相手は、自分の暴力性を『愛』というオブラートで包み隠す、極めて知能の高い狂人……。ターリア様、貴女がこれほどまでに怯える理由がようやく理解できました」


(……いや、知能が高いっていうか、物理がカンストしてるだけなんだけど!)


「ですが、安心してください。相手がそれほどの執念を見せるなら、こちらも相応の覚悟で挑むまで。……者共! 第二防衛ラインを構築せよ!」


アルベルト様の号令で、騎士たちが一斉に動き出す。


だが、私の耳には、風に乗って聞こえてくる「あの声」が止まらない。


『おねえさまぁ……。リボン、気に入ってくれましたかぁ……?』


「聞こえる! 聞こえるわ! すぐそこまで来てる! アルベルト様、壁を! もっと分厚い壁を作ってぇええ!」


「……なんという感覚の鋭さだ。私にはまだ、風の音しか聞こえないというのに。ターリア様はすでに、敵の吐息まで感じ取っているのか!」


アルベルト様は感動のあまり、私の手を強く握りしめた。


「貴女のその『恐怖』……いや、『極限の集中状態』、無駄にはしません。このグランツ家、全戦力を注ぎ込んで貴女をお守りします!」


「……あの、アルベルト様。私、別に集中してるわけじゃなくて、ただパニックになってるだけで……」


「わかっています。戦士は、極限まで追い詰められた時にこそ真価を発揮するもの。貴女のその瞳、先ほどよりも一層鋭く、冷徹な輝きを放っていますよ」


鏡を。誰か私に鏡を。


たぶん、今の私は白目を剥きかけて、顔面蒼白で、ただただ人相が悪くなっているだけのはずだ。


その時、屋敷の正面玄関から、ドンドンドンドンと激しいノックの音が響いた。


「……ッ!?」


私はアルベルト様の腕の中に飛び込んだ。


「来たわ! ついに来たわよ! ドアノブを引きちぎる前の予備動作よ!」


「……落ち着いてください、ターリア様。私が確認してきます」


アルベルト様が剣を抜き、慎重に玄関へと向かう。


私も、ハンスの背中に隠れながら、恐る恐るその様子を伺った。


アルベルト様が、ゆっくりと扉を開ける。


そこには――。


一人の小さな村の娘が、大きな籠を持って立っていた。


「……あ、あの。アルベルト様でしょうか? 入り口のところに、これが置いてあったので……」


娘が差し出した籠の中には、摘みたての新鮮なイチゴが山盛りになっていた。


そして、そのイチゴの上には、一枚のカードが。


『お姉様、ビタミン不足はお肌に悪いですわよ。 フローラより』


「……ぎゃああああああああああ!!」


私は、イチゴを見て絶叫した。


「毒よ! これ、絶対毒が入ってるわ! それか、食べたら中からフローラ様が小さくなって出てくるタイプのアレよ!!」


「……ターリア様、落ち着いてください! これはただのイチゴです!」


「ただのイチゴが、あんなピンクのリボンに包まれて届くわけないでしょぉおおお!」


私は狂ったように自分の髪をかきむしった。


アルベルト様は、そのイチゴを一口食べて見せた。


「……毒は入っていません。非常に甘く、美味しいイチゴです。……なるほど、これは『餌付け』ですね。相手は貴女を、ゆっくりと精神的に追い詰め、最後には自分の元へ飼い慣らそうとしている」


「……そうよ! そうなのよ! あの子、私をペットか何かだと思ってるのよぉお!」


「……許せない。このような高潔な女性を、弄ぼうとするなど……!」


アルベルト様の瞳に、本物の「怒り」が宿った。


「ターリア様。決めました。この屋敷での籠城は止めます。……打って出ましょう」


「……え? 戦うの? あの怪物と?」


「いいえ。さらに遠く、我が国の王都にある、魔法障壁に守られた『聖域の塔』へ貴女をお連れします。そこなら、物理的な力は一切通用しません」


「……それ! それで行きましょう! 今すぐ! イチゴを捨てる暇があったら出発してぇええ!」


私はハンスを急かし、再び荷物をまとめ始めた。


辺境の平和な生活は、わずか三日で「ピンク色の恐怖」によって幕を閉じた。


――屋敷を去る間際。


私は、玄関の柱に刻まれた、小さな「傷」を見逃さなかった。


それは、爪で削り取られたような、ハート型のマーク。


その中心には、私の髪の色と同じ、黒い糸が一筋だけ……結びつけられていた。
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