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「……ハンス! 荷造りよ! 三秒で終わらせなさい!!」
私はフローラ様がバルコニーから飛び降りた直後、絶叫しながらクローゼットに飛び込んだ。
「お、お嬢様! まだ夜中の二時ですだ! それに、さっき着いたばかりではありませんか!」
ハンスが寝ぼけ眼をこすりながら、飛んできたドレスを器用にキャッチする。
「いいから! 『明日のお迎え』って言ったじゃない! あの子の『明日』は、たぶん午前零時を一秒過ぎた瞬間から始まってるのよ!」
私は引き出しの中身をすべてベッドの上にぶちまけた。
「あの笑顔、見たでしょう!? 『大切に扱う』なんて、高級な陶器をプチプチで包んで、暗い地下室の棚の奥深くに死ぬまで飾っておくって意味に決まってるわ!!」
「……なるほど。独自の言語解読能力、そして電光石火の判断力。ターリア様、貴女の危機管理能力には脱帽します」
いつの間にか部屋の隅で、蝶々結びにされかけた剣を研いでいたアルベルト様が、深く頷いた。
「アルベルト様! 感心してる暇があったら、あなたの鎧もパッキングして! 今すぐここを出るわよ!」
「……ですが、ターリア様。ここはこの国で最も安全な場所です。外に出れば、かえって彼女の餌食になるのでは?」
アルベルト様が、もっともな正論を口にする。
だが、私は彼の肩を掴んで、前後に激しく揺さぶった。
「安全!? さっきパラソル一本であなたの全力を弾き返した女がいた場所に、安全なんて言葉が存在すると思ってるの!? あの子にとって、この塔はただの『ちょっと高いところにあるイチゴ置き場』なのよ!!」
「……ッ!! イチゴ置き場……! 我が国の誇る聖域が、そこまで侮辱されるとは……!」
アルベルト様は屈辱に顔を歪めたが、すぐに私の「真意(という名の妄想)」に気づいたようで、目を見開いた。
「そうか。あえて拠点を捨て、常に移動し続けることで、彼女の捕捉を回避する『流動防衛』ですね!? 一つの場所に留まることは、標的を固定することに他ならない。……素晴らしい、軍略の基本を忘れていました!」
(……軍略じゃないわよ! ただの夜逃げよ!)
「ハンス、宝石類と金貨、それからあの『ピンク色の手紙』は全部焼いて! 呪われてるかもしれないから!」
「手紙は証拠として取っておかなくていいんですかだ?」
「いらないわ! あんなもの、持ってるだけでGPS……じゃなくて、魔法的な追跡装置になりそうだもの!」
私は凄まじい速度でスーツケースを閉め、その上に乗って体重をかけた。
「……ターリア様。一つ、提案があります」
アルベルト様が、鋭い光を宿した瞳で私を見た。
「私の独断になりますが……。この国と隣国の国境付近にある、『名もなき廃村』へ向かいましょう。そこは古の魔法大戦で呪われた地とされ、地図からも抹消されています」
「……呪われた地?」
「はい。強力な『認識阻害』の呪いが常に発動しており、強い意志を持たない者は、村の入り口にすら辿り着けません。あのような異常な執着心を持つ者なら、逆に入り込めないはずです」
(……認識阻害! 素晴らしい! あの子が『お姉様がどこにもいなーい』って言って泣きながら帰ってくれるかもしれない!)
「そこよ! そこに行きましょう! ハンス、馬車の準備は!?」
「もうできてますだ! お嬢様のパッキング速度に合わせて、私も光の速さで準備しましただ!」
ハンス、君は本当に有能な従者ね。
私たちは、夜明け前の闇に紛れ、誰にも告げずに聖域の塔を脱出した。
アルベルト様が手配した隠密用の馬車は、振動が少なく、音も極限まで抑えられている。
「……ふふ。ふふふふ。これで、ようやく……」
馬車の中で、私はようやく深く息を吐いた。
「今度は大丈夫よね、アルベルト様。呪われた地なんて、聖女様が一番苦手そうな場所だもの」
「ええ。そこには聖なる力は通用しません。彼女がどれほど物理的に強くとも、場所そのものが彼女を拒絶するでしょう」
アルベルト様は、私の隣で頼もしく微笑んだ。
(……そうよ。物理がダメなら、魔法や呪いに頼ればいいのよ。私はついに、フローラ様の攻略法を見つけたんだわ!)
私は、窓の外を流れる暗闇を見つめながら、勝利を確信した。
――が、その時。
馬車の床下から、コンコン、と控えめな音が響いた。
「……え?」
私は硬直した。
「お、お姉様ぁ。……そっちの道は、ぬかるんでいて馬車が汚れちゃいますわよぉ?」
「……ぎゃあああああああああああああ!!」
私はアルベルト様の首にしがみついて絶叫した。
「し、下!? 馬車の底に張り付いてるの!? 忍者!? あの子、聖女じゃなくて忍者なの!?」
「……なっ! この速度で走る馬車の底に!? なんという腕力と体幹……!!」
アルベルト様が即座に床板を剣で突き刺そうとしたが、それよりも早く。
ガコンッ!!
という音と共に、馬車の車輪が一つ、あらぬ方向へと飛んでいった。
「……あ」
馬車が激しく傾き、私たちは叫び声を上げながら車内に叩きつけられた。
「お姉様! 危ないですから、私が『お姫様抱っこ』して差し上げますわねぇ!!」
壊れた馬車の屋根が、缶詰の蓋のようにベリベリと剥がされた。
そこには、月を背負い、満面の笑みを浮かべたフローラ様が、両手を広げて立っていた。
私の引っ越し計画は、開始からわずか十五分で、物理的に粉砕されたのだった。
私はフローラ様がバルコニーから飛び降りた直後、絶叫しながらクローゼットに飛び込んだ。
「お、お嬢様! まだ夜中の二時ですだ! それに、さっき着いたばかりではありませんか!」
ハンスが寝ぼけ眼をこすりながら、飛んできたドレスを器用にキャッチする。
「いいから! 『明日のお迎え』って言ったじゃない! あの子の『明日』は、たぶん午前零時を一秒過ぎた瞬間から始まってるのよ!」
私は引き出しの中身をすべてベッドの上にぶちまけた。
「あの笑顔、見たでしょう!? 『大切に扱う』なんて、高級な陶器をプチプチで包んで、暗い地下室の棚の奥深くに死ぬまで飾っておくって意味に決まってるわ!!」
「……なるほど。独自の言語解読能力、そして電光石火の判断力。ターリア様、貴女の危機管理能力には脱帽します」
いつの間にか部屋の隅で、蝶々結びにされかけた剣を研いでいたアルベルト様が、深く頷いた。
「アルベルト様! 感心してる暇があったら、あなたの鎧もパッキングして! 今すぐここを出るわよ!」
「……ですが、ターリア様。ここはこの国で最も安全な場所です。外に出れば、かえって彼女の餌食になるのでは?」
アルベルト様が、もっともな正論を口にする。
だが、私は彼の肩を掴んで、前後に激しく揺さぶった。
「安全!? さっきパラソル一本であなたの全力を弾き返した女がいた場所に、安全なんて言葉が存在すると思ってるの!? あの子にとって、この塔はただの『ちょっと高いところにあるイチゴ置き場』なのよ!!」
「……ッ!! イチゴ置き場……! 我が国の誇る聖域が、そこまで侮辱されるとは……!」
アルベルト様は屈辱に顔を歪めたが、すぐに私の「真意(という名の妄想)」に気づいたようで、目を見開いた。
「そうか。あえて拠点を捨て、常に移動し続けることで、彼女の捕捉を回避する『流動防衛』ですね!? 一つの場所に留まることは、標的を固定することに他ならない。……素晴らしい、軍略の基本を忘れていました!」
(……軍略じゃないわよ! ただの夜逃げよ!)
「ハンス、宝石類と金貨、それからあの『ピンク色の手紙』は全部焼いて! 呪われてるかもしれないから!」
「手紙は証拠として取っておかなくていいんですかだ?」
「いらないわ! あんなもの、持ってるだけでGPS……じゃなくて、魔法的な追跡装置になりそうだもの!」
私は凄まじい速度でスーツケースを閉め、その上に乗って体重をかけた。
「……ターリア様。一つ、提案があります」
アルベルト様が、鋭い光を宿した瞳で私を見た。
「私の独断になりますが……。この国と隣国の国境付近にある、『名もなき廃村』へ向かいましょう。そこは古の魔法大戦で呪われた地とされ、地図からも抹消されています」
「……呪われた地?」
「はい。強力な『認識阻害』の呪いが常に発動しており、強い意志を持たない者は、村の入り口にすら辿り着けません。あのような異常な執着心を持つ者なら、逆に入り込めないはずです」
(……認識阻害! 素晴らしい! あの子が『お姉様がどこにもいなーい』って言って泣きながら帰ってくれるかもしれない!)
「そこよ! そこに行きましょう! ハンス、馬車の準備は!?」
「もうできてますだ! お嬢様のパッキング速度に合わせて、私も光の速さで準備しましただ!」
ハンス、君は本当に有能な従者ね。
私たちは、夜明け前の闇に紛れ、誰にも告げずに聖域の塔を脱出した。
アルベルト様が手配した隠密用の馬車は、振動が少なく、音も極限まで抑えられている。
「……ふふ。ふふふふ。これで、ようやく……」
馬車の中で、私はようやく深く息を吐いた。
「今度は大丈夫よね、アルベルト様。呪われた地なんて、聖女様が一番苦手そうな場所だもの」
「ええ。そこには聖なる力は通用しません。彼女がどれほど物理的に強くとも、場所そのものが彼女を拒絶するでしょう」
アルベルト様は、私の隣で頼もしく微笑んだ。
(……そうよ。物理がダメなら、魔法や呪いに頼ればいいのよ。私はついに、フローラ様の攻略法を見つけたんだわ!)
私は、窓の外を流れる暗闇を見つめながら、勝利を確信した。
――が、その時。
馬車の床下から、コンコン、と控えめな音が響いた。
「……え?」
私は硬直した。
「お、お姉様ぁ。……そっちの道は、ぬかるんでいて馬車が汚れちゃいますわよぉ?」
「……ぎゃあああああああああああああ!!」
私はアルベルト様の首にしがみついて絶叫した。
「し、下!? 馬車の底に張り付いてるの!? 忍者!? あの子、聖女じゃなくて忍者なの!?」
「……なっ! この速度で走る馬車の底に!? なんという腕力と体幹……!!」
アルベルト様が即座に床板を剣で突き刺そうとしたが、それよりも早く。
ガコンッ!!
という音と共に、馬車の車輪が一つ、あらぬ方向へと飛んでいった。
「……あ」
馬車が激しく傾き、私たちは叫び声を上げながら車内に叩きつけられた。
「お姉様! 危ないですから、私が『お姫様抱っこ』して差し上げますわねぇ!!」
壊れた馬車の屋根が、缶詰の蓋のようにベリベリと剥がされた。
そこには、月を背負い、満面の笑みを浮かべたフローラ様が、両手を広げて立っていた。
私の引っ越し計画は、開始からわずか十五分で、物理的に粉砕されたのだった。
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