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「……はぁ。昨夜は少し、お湯に当てられすぎましたわね」
翌朝。エーリカは保養地の爽やかな目覚めと共に、昨夜の自分を振り返って枕を叩きたくなった。
月光の下で、あの筋肉騎士にアドバイスを送るなど、何の「有能アピール」だろうか。
あれではまるで、彼の懐に飛び込む隙を与えたようなものではないか。
「お嬢様、朝食の用意ができておりますぞ。……おや、顔が赤い。またのぼせましたかな?」
「うるさいわ、ハンス。それより、今朝は旅館の豪華な食事ではなく、もっとこう、胃に優しくて合理的なものが食べたい気分なんですの」
「左様かと思いまして、一画にある共同調理場を借りておきました。あそこなら、お嬢様の好きなように『調理という名の工程管理』ができますぞ」
「さすがね。分かっているじゃない」
エーリカは意気揚々と調理場へ向かった。
そこには地元の新鮮な野菜や卵、そして薪を焼く香ばしい匂いが漂っていた。
彼女は手際よく袖をまくり、包丁を握る。
「野菜のカットは均一に。火の通りを計算し、調味料の投入順序は化学反応に基づいた最短ルートで。……あぁ、やはり手を動かすのは落ち着くわね」
慣れた手つきで、余った食材を使い、栄養バランスを完璧に整えた「具沢山の野菜スープ」と「ふわふわのオムレツ」を爆速で作り上げていく。
そこへ、吸い寄せられるように一人の男が現れた。
「――芳しい香りだ。この香りの構成、一切の無駄がなく、食欲の増進を完璧に計算しているな」
「……おはようございます、閣下。朝からその『分析的褒め言葉』、お腹がいっぱいになりそうですわ」
そこにいたのは、騎士服を整えたクラウスだった。
彼はエーリカの魔法のような手さばきを、まるで神事でも見るかのような敬虔な眼差しで見つめている。
「エーリカ殿。それは、貴殿が作ったものか?」
「ええ。旅館の食事も素晴らしいですが、たまには自分の管理下にある味を食べたくなるのですわ。……もしよろしければ、毒見程度にはなりますが召し上がります?」
エーリカが余分に作ったスープを差し出すと、クラウスはそれを両手で恭しく受け取った。
彼は一口、ゆっくりとスープを口に運ぶ。
「…………っ!」
「……どうしました? やはり塩分濃度がコンマ数パーセント狂っていましたか?」
「いいえ。……聖母だ。ここに、聖母がいらした」
「はい?」
クラウスは震える手でスプーンを置き、深く感動したように項垂れた。
「このスープには、慈愛が含まれている。野菜の甘みを引き出すための丁寧な下処理。火力を抑え、旨味を閉じ込める忍耐。これはもはや、料理ではなく『救済』だ。戦場で干し肉を噛み締めていた日々が、今、この一杯で浄化されていく……!」
「閣下、ただの野菜スープです。大袈裟すぎますわ」
「いいえ! 私は確信した。貴殿を我が領地に迎えることは、内政の安定だけでなく、我が領民すべての『魂の栄養』を保証することに他ならない! エーリカ殿、どうか! 我が領の厨房……いや、私の人生の専属料理人にもなってはくれないか!」
「お断りします。また仕事が増えるじゃないですか!」
エーリカはぴしゃりと言い放ったが、スープを幸せそうに飲み干すクラウスの姿に、ほんの少しだけ口角が上がってしまうのを止められなかった。
「……ま、まぁ、そこまで仰るなら。たまに、気が向いた時くらいは作って差し上げてもよろしいですけれど」
「本当か!? ならば私は、その日のために一生分の運を使い果たしても構わん!」
エーリカは、熱烈すぎる騎士の反応に呆れつつも、誰かに「美味しい」と言ってもらえることの心地よさを、王宮の冷えた空気の中では決して得られなかったその温度を、噛み締めていた。
翌朝。エーリカは保養地の爽やかな目覚めと共に、昨夜の自分を振り返って枕を叩きたくなった。
月光の下で、あの筋肉騎士にアドバイスを送るなど、何の「有能アピール」だろうか。
あれではまるで、彼の懐に飛び込む隙を与えたようなものではないか。
「お嬢様、朝食の用意ができておりますぞ。……おや、顔が赤い。またのぼせましたかな?」
「うるさいわ、ハンス。それより、今朝は旅館の豪華な食事ではなく、もっとこう、胃に優しくて合理的なものが食べたい気分なんですの」
「左様かと思いまして、一画にある共同調理場を借りておきました。あそこなら、お嬢様の好きなように『調理という名の工程管理』ができますぞ」
「さすがね。分かっているじゃない」
エーリカは意気揚々と調理場へ向かった。
そこには地元の新鮮な野菜や卵、そして薪を焼く香ばしい匂いが漂っていた。
彼女は手際よく袖をまくり、包丁を握る。
「野菜のカットは均一に。火の通りを計算し、調味料の投入順序は化学反応に基づいた最短ルートで。……あぁ、やはり手を動かすのは落ち着くわね」
慣れた手つきで、余った食材を使い、栄養バランスを完璧に整えた「具沢山の野菜スープ」と「ふわふわのオムレツ」を爆速で作り上げていく。
そこへ、吸い寄せられるように一人の男が現れた。
「――芳しい香りだ。この香りの構成、一切の無駄がなく、食欲の増進を完璧に計算しているな」
「……おはようございます、閣下。朝からその『分析的褒め言葉』、お腹がいっぱいになりそうですわ」
そこにいたのは、騎士服を整えたクラウスだった。
彼はエーリカの魔法のような手さばきを、まるで神事でも見るかのような敬虔な眼差しで見つめている。
「エーリカ殿。それは、貴殿が作ったものか?」
「ええ。旅館の食事も素晴らしいですが、たまには自分の管理下にある味を食べたくなるのですわ。……もしよろしければ、毒見程度にはなりますが召し上がります?」
エーリカが余分に作ったスープを差し出すと、クラウスはそれを両手で恭しく受け取った。
彼は一口、ゆっくりとスープを口に運ぶ。
「…………っ!」
「……どうしました? やはり塩分濃度がコンマ数パーセント狂っていましたか?」
「いいえ。……聖母だ。ここに、聖母がいらした」
「はい?」
クラウスは震える手でスプーンを置き、深く感動したように項垂れた。
「このスープには、慈愛が含まれている。野菜の甘みを引き出すための丁寧な下処理。火力を抑え、旨味を閉じ込める忍耐。これはもはや、料理ではなく『救済』だ。戦場で干し肉を噛み締めていた日々が、今、この一杯で浄化されていく……!」
「閣下、ただの野菜スープです。大袈裟すぎますわ」
「いいえ! 私は確信した。貴殿を我が領地に迎えることは、内政の安定だけでなく、我が領民すべての『魂の栄養』を保証することに他ならない! エーリカ殿、どうか! 我が領の厨房……いや、私の人生の専属料理人にもなってはくれないか!」
「お断りします。また仕事が増えるじゃないですか!」
エーリカはぴしゃりと言い放ったが、スープを幸せそうに飲み干すクラウスの姿に、ほんの少しだけ口角が上がってしまうのを止められなかった。
「……ま、まぁ、そこまで仰るなら。たまに、気が向いた時くらいは作って差し上げてもよろしいですけれど」
「本当か!? ならば私は、その日のために一生分の運を使い果たしても構わん!」
エーリカは、熱烈すぎる騎士の反応に呆れつつも、誰かに「美味しい」と言ってもらえることの心地よさを、王宮の冷えた空気の中では決して得られなかったその温度を、噛み締めていた。
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