15 / 27
15
しおりを挟む
「……何かの間違いではないか? この私が、第一王子のこの私が、リリアーヌへのプレゼントを買えないなどということがあってたまるものか!」
王宮のきらびやかな一室で、ジュリアンが絶叫した。
手元にあるのは、宝石商から突きつけられた一枚の「お断り」の書状だ。
そこには丁寧な文体で、暗に『お前の口座は空っぽだ』という事実が記されていた。
「ジュリアン様、そんなに怒らないでください。あのピンクダイヤモンドのネックレス、とっても可愛かったですけど……。買えないなら、お城の庭にある噴水を金塊に変えて売っちゃえばいいんじゃないかしらぁ?」
リリアーヌが、マシュマロを頬張りながら恐ろしい提案をする。
「リリアーヌ、それは名案だ! 流石は私の愛した女性だ。よし、今すぐ工事を……」
「できるわけがないでしょうがぁぁぁ!!」
扉が蹴破られ、財務大臣が文字通り「死神」のような形相で飛び込んできた。
彼の顔は青白く通り越して土色になり、手には震える手つきで一冊の帳簿を抱えている。
「殿下! お聞きください! 我が国の金庫は、今朝、ついに空になりました! どころか、このままでは来月の役人の給料すら払えません! 国が……国が破産します!」
「何を馬鹿な。昨日まではあんなに金があったではないか。私がリリアーヌのために開いた夜会、十回分くらいの予算は残っていたはずだぞ」
「それは、エーリカ様が『裏帳簿』を回して、余剰利益を捻出していたからです! 殿下が浪費するたびに、彼女は自分の個人資産を切り崩し、商会との交渉で値引きを引き出し、無駄な支出を徹底的に削って……そうやって、奇跡のようなバランスで保っていたのですよ!」
ジュリアンは一瞬、言葉を失った。
だが、すぐに鼻を鳴らして反論する。
「あいつの勝手だろう。公爵令嬢なのだから、金くらい持っていたはずだ。それに、あいつがいなくなっても、このリリアーヌの『愛の力』があれば運気も上がるはず……」
「愛の力で金が増えるなら、今すぐこの国中のパンを金に変えてください! いいですか殿下、現在、各国の商会から『エーリカ様がいないなら、この国に信用はない』と、売掛金の即時回収を求められています! 総額で国家予算の三倍です!」
「さ、三倍……?」
ジュリアンは、ようやく事の重大さに気づき始めたのか、膝をガクガクと震わせた。
「さらに、先日の『キャベツ一万トン』の輸送費と廃棄手数料が、追い打ちをかけております。殿下、キャベツの山を公爵家に送ろうとして失敗した際の、往復の運賃だけで、地方の橋が三つ建つほどの金額がかかっているのですよ!」
「だって、リリアーヌが名案だって言うから……」
「そうですわ、ひどいですわ大臣さん! 私はただ、緑色のお野菜がいっぱいあれば、みんな健康になれると思っただけなのに!」
リリアーヌが涙目で訴えるが、大臣の瞳に慈悲はない。
「リリアーヌ様。健康になる前に、この国は餓死します。現在、王宮のシェフたちも『給料が出ないなら、今夜からキャベツの芯しか出さない』とストライキを始めておりますぞ」
「キャベツの芯!? そんなの嫌ですわ! 私、甘いケーキが食べたいの!」
「ならば、その宝石をすべて売り払ってください! それでようやく、明日一日の食費が賄えるかどうかです!」
大臣の咆哮に、リリアーヌは悲鳴を上げて自分の首筋を隠した。
「そんなのダメです! これはジュリアン様が私に『永遠の愛』としてくださったものですもの!」
「永遠の愛も、現金の前では無力です! 殿下、今すぐエーリカ様に土下座をして戻ってきていただくしかありません。彼女の持つ『アステリア・ネットワーク』……彼女が独自に築いた商流がなければ、我が国の経済は一週間で沈没します!」
ジュリアンは机の上に崩れ落ちた。
かつて「冷徹で面白みのない女」と切り捨てたエーリカが、実はこの国の血流を一人で支えていた心臓だったのだと、今更ながらに突きつけられたのだ。
「……エーリカ。あいつ、そんなに働いていたのか?」
「殿下が昼寝をしている間に三百通の書類に目を通し、殿下がリリアーヌ様と遊んでいる間に国境の関税交渉を行い、殿下が夜会で騒いでいる間に翌年の予算案を独力で書き上げておられました! むしろ、なぜ今まで彼女が愛想を尽かさなかったのか、不思議なくらいです!」
大臣は涙ながらに訴え、そのまま心労でその場に倒れ込んだ。
「……ジュリアン様ぁ、どうしましょう。お腹が空いてきちゃいましたわ」
「……黙れ、リリアーヌ。今、キャベツという言葉を聞いただけで、吐き気がするんだ……」
栄華を極めたはずの王宮は今、かつてないほどの静寂と、インクの匂いの代わりに漂う「キャベツの腐敗臭」に包まれていた。
それは、有能な「悪役」を追い出した愚か者たちに下された、あまりにも現実的で、ユーモアの欠片もない報いだった。
王宮のきらびやかな一室で、ジュリアンが絶叫した。
手元にあるのは、宝石商から突きつけられた一枚の「お断り」の書状だ。
そこには丁寧な文体で、暗に『お前の口座は空っぽだ』という事実が記されていた。
「ジュリアン様、そんなに怒らないでください。あのピンクダイヤモンドのネックレス、とっても可愛かったですけど……。買えないなら、お城の庭にある噴水を金塊に変えて売っちゃえばいいんじゃないかしらぁ?」
リリアーヌが、マシュマロを頬張りながら恐ろしい提案をする。
「リリアーヌ、それは名案だ! 流石は私の愛した女性だ。よし、今すぐ工事を……」
「できるわけがないでしょうがぁぁぁ!!」
扉が蹴破られ、財務大臣が文字通り「死神」のような形相で飛び込んできた。
彼の顔は青白く通り越して土色になり、手には震える手つきで一冊の帳簿を抱えている。
「殿下! お聞きください! 我が国の金庫は、今朝、ついに空になりました! どころか、このままでは来月の役人の給料すら払えません! 国が……国が破産します!」
「何を馬鹿な。昨日まではあんなに金があったではないか。私がリリアーヌのために開いた夜会、十回分くらいの予算は残っていたはずだぞ」
「それは、エーリカ様が『裏帳簿』を回して、余剰利益を捻出していたからです! 殿下が浪費するたびに、彼女は自分の個人資産を切り崩し、商会との交渉で値引きを引き出し、無駄な支出を徹底的に削って……そうやって、奇跡のようなバランスで保っていたのですよ!」
ジュリアンは一瞬、言葉を失った。
だが、すぐに鼻を鳴らして反論する。
「あいつの勝手だろう。公爵令嬢なのだから、金くらい持っていたはずだ。それに、あいつがいなくなっても、このリリアーヌの『愛の力』があれば運気も上がるはず……」
「愛の力で金が増えるなら、今すぐこの国中のパンを金に変えてください! いいですか殿下、現在、各国の商会から『エーリカ様がいないなら、この国に信用はない』と、売掛金の即時回収を求められています! 総額で国家予算の三倍です!」
「さ、三倍……?」
ジュリアンは、ようやく事の重大さに気づき始めたのか、膝をガクガクと震わせた。
「さらに、先日の『キャベツ一万トン』の輸送費と廃棄手数料が、追い打ちをかけております。殿下、キャベツの山を公爵家に送ろうとして失敗した際の、往復の運賃だけで、地方の橋が三つ建つほどの金額がかかっているのですよ!」
「だって、リリアーヌが名案だって言うから……」
「そうですわ、ひどいですわ大臣さん! 私はただ、緑色のお野菜がいっぱいあれば、みんな健康になれると思っただけなのに!」
リリアーヌが涙目で訴えるが、大臣の瞳に慈悲はない。
「リリアーヌ様。健康になる前に、この国は餓死します。現在、王宮のシェフたちも『給料が出ないなら、今夜からキャベツの芯しか出さない』とストライキを始めておりますぞ」
「キャベツの芯!? そんなの嫌ですわ! 私、甘いケーキが食べたいの!」
「ならば、その宝石をすべて売り払ってください! それでようやく、明日一日の食費が賄えるかどうかです!」
大臣の咆哮に、リリアーヌは悲鳴を上げて自分の首筋を隠した。
「そんなのダメです! これはジュリアン様が私に『永遠の愛』としてくださったものですもの!」
「永遠の愛も、現金の前では無力です! 殿下、今すぐエーリカ様に土下座をして戻ってきていただくしかありません。彼女の持つ『アステリア・ネットワーク』……彼女が独自に築いた商流がなければ、我が国の経済は一週間で沈没します!」
ジュリアンは机の上に崩れ落ちた。
かつて「冷徹で面白みのない女」と切り捨てたエーリカが、実はこの国の血流を一人で支えていた心臓だったのだと、今更ながらに突きつけられたのだ。
「……エーリカ。あいつ、そんなに働いていたのか?」
「殿下が昼寝をしている間に三百通の書類に目を通し、殿下がリリアーヌ様と遊んでいる間に国境の関税交渉を行い、殿下が夜会で騒いでいる間に翌年の予算案を独力で書き上げておられました! むしろ、なぜ今まで彼女が愛想を尽かさなかったのか、不思議なくらいです!」
大臣は涙ながらに訴え、そのまま心労でその場に倒れ込んだ。
「……ジュリアン様ぁ、どうしましょう。お腹が空いてきちゃいましたわ」
「……黙れ、リリアーヌ。今、キャベツという言葉を聞いただけで、吐き気がするんだ……」
栄華を極めたはずの王宮は今、かつてないほどの静寂と、インクの匂いの代わりに漂う「キャベツの腐敗臭」に包まれていた。
それは、有能な「悪役」を追い出した愚か者たちに下された、あまりにも現実的で、ユーモアの欠片もない報いだった。
12
あなたにおすすめの小説
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
婚約破棄されてイラッときたから、目についた男に婚約申し込んだら、幼馴染だった件
ユウキ
恋愛
苦節11年。王家から押し付けられた婚約。我慢に我慢を重ねてきた侯爵令嬢アデレイズは、王宮の人が行き交う大階段で婚約者である第三王子から、婚約破棄を告げられるのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。アデレイズのコンディションは最悪だったのだ。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
恋の締め切りには注意しましょう
石里 唯
恋愛
侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。
幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。
最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。
そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、
「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。
その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。
虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい
みおな
恋愛
何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。
死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。
死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。
三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。
四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。
さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。
こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。
こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。
私の怒りに、神様は言いました。
次こそは誰にも虐げられない未来を、とー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる