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「終わりましたわ! 全百四十八箱、分類および検品完了です! ハンス、この台帳を倉庫番に。不備がある場合は三十分以内に申し出るように伝えてちょうだい!」
夕暮れ時のシュヴァルツ・シュロス。
エーリカは、夕日に照らされながら高らかに宣言した。
彼女の背後には、つい数時間前までゴミの山のように積み上げられていた木箱が、種類別・期限別にミリ単位の狂いもなく整列している。
「畏まりました。……しかしお嬢様、顔がかつての『戦鬼』に戻っておりますぞ」
ハンスの指摘に、エーリカはハッとして自分の手元を見た。
握りしめていた羽ペンは、あまりの速筆に先が少し割れている。
そして何より、自分の心臓が心地よいリズムで高鳴っていることに、彼女は絶望した。
「……嘘でしょう? 私、休みに来たはずなのに。ニートとしての第一歩を刻むはずが、なぜ在庫管理の金字塔を打ち立てているのかしら」
エーリカはその場に膝をつき、両手で顔を覆った。
三年間、王宮というブラック環境で培われた「不合理を見つけると体が勝手に動く」という呪いが、ここ隣国でも発動してしまったのだ。
「エーリカ殿! 素晴らしい、実に見事だ!」
そこへ、騎士たちを従えたクラウスが歩み寄ってきた。
彼の手には、先ほどエーリカが爆速で書き上げた在庫リストが握られている。
「我が領の騎士団が三ヶ月かけても整理できなかった物資を、わずか数時間で……! 見てくれ、ボロボロだった兵舎の備品がどこにあるか一目で分かる。これで明日の演習の効率は五倍に跳ね上がるだろう!」
「閣下、喜んでいるところ申し訳ありませんが、私は今、猛烈に自分を恥じていますの。せっかくの旅行中、私はまた無償で労働を……。あぁ、指が、指が勝手に次の書類を探しているわ!」
エーリカの指が、虚空を掴むようにピクピクと動く。
それは重度の職業病――ブラック労働の後遺症だった。
「お、お嬢様! こちらを、こちらをご覧ください!」
一人の若い騎士が、涙を流しながら駆け寄ってきた。
彼の手には、一足の真新しい革靴がある。
「去年の冬に紛失して、自腹で買い直そうか悩んでいた私の予備の靴です! まさかあんな箱の底に眠っていたなんて。エーリカ様、あなたは神ですか? それとも整理整頓の女神なのですか!」
「女神ではありません、ただの元事務方です。……感謝しないでちょうだい、余計に仕事をした実感が湧いてしまうから!」
「いいえ、感謝させてください! この城の者たちは皆、あなたの手際を見て震えております! あんなに不機嫌そうに、それでいて完璧に仕事をこなす人を、私たちは初めて見ました!」
騎士たちが次々とエーリカを囲み、感謝の言葉を投げかける。
王宮では、どれほど成果を上げても「やって当然」という顔をされていた。
だが、ここでは彼女の「一仕事」が、誰かの切実な助けになっている。
「……困りますわ。私、褒められると余計に『もっと効率化できるところはないかしら』って考えてしまう体質なんですのよ」
エーリカは、困ったように眉を下げた。
その時、クラウスが彼女の肩を優しく叩いた。
「エーリカ。貴殿にとっては『トラウマ』かもしれないが、我々にとっては『希望』なのだ。だが、無理はさせん。……さあ、仕事はここまでだ。約束通り、最高の茶と菓子を用意させた。今はただ、その手を休めてくれ」
クラウスはエーリカを促し、城内のサロンへと案内した。
用意されていたのは、隣国では手に入らない貴重な茶葉と、見たこともないほど繊細な装飾のケーキ。
「……このケーキ、盛り付けのバランスが完璧ね。黄金比を意識しているのかしら」
「そこまで分析しなくていい。ただ、甘さを楽しんでくれ」
クラウスが淹れてくれたお茶は、驚くほど温かく、そして優しかった。
エーリカは一口飲み、ふう、と深く息を吐き出した。
(……おかしいわね。あんなに働いたのに、王宮にいた時のような『泥のような疲れ』がまったくないわ)
それはきっと、自分の仕事が正当に評価され、そして隣に、自分を「労働力」ではなく「一人の女性」として見つめる男がいるからだろう。
「閣下。……一つだけ、言っておきますわ」
「なんだ?」
「あそこの倉庫、棚の配置を変えればさらに二割は収納力が増えますわよ。……明日、ちょっとだけ図面を引いてもよろしいかしら?」
「ははは! やはり貴殿は、最高に愛すべき仕事中毒者だな。あぁ、好きなだけやってくれ。私の心も、好きなように配置し直して構わんぞ」
「それは結構ですわ」
エーリカは毒づきながらも、二個目のケーキに手を伸ばした。
彼女の「隠居生活」は、どうやら「やりたい仕事だけをする」という、新しい形へと進化しつつあった。
夕暮れ時のシュヴァルツ・シュロス。
エーリカは、夕日に照らされながら高らかに宣言した。
彼女の背後には、つい数時間前までゴミの山のように積み上げられていた木箱が、種類別・期限別にミリ単位の狂いもなく整列している。
「畏まりました。……しかしお嬢様、顔がかつての『戦鬼』に戻っておりますぞ」
ハンスの指摘に、エーリカはハッとして自分の手元を見た。
握りしめていた羽ペンは、あまりの速筆に先が少し割れている。
そして何より、自分の心臓が心地よいリズムで高鳴っていることに、彼女は絶望した。
「……嘘でしょう? 私、休みに来たはずなのに。ニートとしての第一歩を刻むはずが、なぜ在庫管理の金字塔を打ち立てているのかしら」
エーリカはその場に膝をつき、両手で顔を覆った。
三年間、王宮というブラック環境で培われた「不合理を見つけると体が勝手に動く」という呪いが、ここ隣国でも発動してしまったのだ。
「エーリカ殿! 素晴らしい、実に見事だ!」
そこへ、騎士たちを従えたクラウスが歩み寄ってきた。
彼の手には、先ほどエーリカが爆速で書き上げた在庫リストが握られている。
「我が領の騎士団が三ヶ月かけても整理できなかった物資を、わずか数時間で……! 見てくれ、ボロボロだった兵舎の備品がどこにあるか一目で分かる。これで明日の演習の効率は五倍に跳ね上がるだろう!」
「閣下、喜んでいるところ申し訳ありませんが、私は今、猛烈に自分を恥じていますの。せっかくの旅行中、私はまた無償で労働を……。あぁ、指が、指が勝手に次の書類を探しているわ!」
エーリカの指が、虚空を掴むようにピクピクと動く。
それは重度の職業病――ブラック労働の後遺症だった。
「お、お嬢様! こちらを、こちらをご覧ください!」
一人の若い騎士が、涙を流しながら駆け寄ってきた。
彼の手には、一足の真新しい革靴がある。
「去年の冬に紛失して、自腹で買い直そうか悩んでいた私の予備の靴です! まさかあんな箱の底に眠っていたなんて。エーリカ様、あなたは神ですか? それとも整理整頓の女神なのですか!」
「女神ではありません、ただの元事務方です。……感謝しないでちょうだい、余計に仕事をした実感が湧いてしまうから!」
「いいえ、感謝させてください! この城の者たちは皆、あなたの手際を見て震えております! あんなに不機嫌そうに、それでいて完璧に仕事をこなす人を、私たちは初めて見ました!」
騎士たちが次々とエーリカを囲み、感謝の言葉を投げかける。
王宮では、どれほど成果を上げても「やって当然」という顔をされていた。
だが、ここでは彼女の「一仕事」が、誰かの切実な助けになっている。
「……困りますわ。私、褒められると余計に『もっと効率化できるところはないかしら』って考えてしまう体質なんですのよ」
エーリカは、困ったように眉を下げた。
その時、クラウスが彼女の肩を優しく叩いた。
「エーリカ。貴殿にとっては『トラウマ』かもしれないが、我々にとっては『希望』なのだ。だが、無理はさせん。……さあ、仕事はここまでだ。約束通り、最高の茶と菓子を用意させた。今はただ、その手を休めてくれ」
クラウスはエーリカを促し、城内のサロンへと案内した。
用意されていたのは、隣国では手に入らない貴重な茶葉と、見たこともないほど繊細な装飾のケーキ。
「……このケーキ、盛り付けのバランスが完璧ね。黄金比を意識しているのかしら」
「そこまで分析しなくていい。ただ、甘さを楽しんでくれ」
クラウスが淹れてくれたお茶は、驚くほど温かく、そして優しかった。
エーリカは一口飲み、ふう、と深く息を吐き出した。
(……おかしいわね。あんなに働いたのに、王宮にいた時のような『泥のような疲れ』がまったくないわ)
それはきっと、自分の仕事が正当に評価され、そして隣に、自分を「労働力」ではなく「一人の女性」として見つめる男がいるからだろう。
「閣下。……一つだけ、言っておきますわ」
「なんだ?」
「あそこの倉庫、棚の配置を変えればさらに二割は収納力が増えますわよ。……明日、ちょっとだけ図面を引いてもよろしいかしら?」
「ははは! やはり貴殿は、最高に愛すべき仕事中毒者だな。あぁ、好きなだけやってくれ。私の心も、好きなように配置し直して構わんぞ」
「それは結構ですわ」
エーリカは毒づきながらも、二個目のケーキに手を伸ばした。
彼女の「隠居生活」は、どうやら「やりたい仕事だけをする」という、新しい形へと進化しつつあった。
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